王室公式のメロンクリームソーダ

佐藤たま

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 静かな山の中にふたつのエンジン音が鳴り響く。
 軽快な軽い2サイクルの音だ。ふたつのエンジン音は競り合っているのか、絡み合って緩急つけたリズムを奏でていた。

「あれ? 音がしなくなった?」
 誰もが耳を傾けるのをやめて、周りを見渡した。

「…ふたりとも転倒したのかも? 旗振りからなんか言ってきてるかな?」
 蒲田くんはそう言い、無線を持っている役員の所へ駆けて行った。

「旗振りご確認に向かっているらしい。大丈夫だといいけど」

 しばらく静かなコースには鳥の鳴き声だけが聞こえてきていたが、突如、耳にエンジン音が入ってきた。

 みんな山の出口まで駆け寄っていく。
 疋田くんのバイクが見える。後ろに人を乗せているっぽい。

 疋田くんは私たちの前まで来てエンジンを止めて、役員に声をかけた。
「たぶん、左足が折れてるから救急車呼んだほうがいいと思う」

 相手のチーム員が後ろの彼をそっとバイクから下ろして担架に載せた。

 しばらくして来た救急車のサイレンの音が遠のいていく。
 
 相手のチームの人たちは彼のバイクをコースから回収して戻ってきて、こちらに近づいて来た。

「アイツのこと、助けてくれてありがとうございました」

「あなたじゃなかったら、間違いなく轢かれていたって。強引に抜いてしかも目の前で転倒して、すみませんでしたって伝えてほしいと」

 マキコさんが不思議そうに聞く。
「どうやって回避したの?」

「ああ…」
 疋田くんがなかなか話さないでいると、先ほどの相手チームの男の子が代わりに話し出した。

「うちのが強引に彼を抜いてすぐのコーナーで転んだんです。それでバンクとは言いがたい壁を使って、うちのを踏まないように避けてくれて、しかも助けてくれたんだ」

「さすがだね」マキコさんはニコニコしている。


 協議の結果、中断みたいになってしまったレースだ。本来なら相手のチームは棄権、うちのチームは失格となるのかも知れなかったが、そんなことを言いだすチームはなかった。

「1位は…」

 蒲田くんが賞状とトロフィーを貰い、拍手が沸き起こった。感想を尋ねられた彼は、私たちのほうを手で示し言った。
「3か月前はバイクにまたがったこともなかったメンバー、子供の頃からやって来たメンバーと他4名の仲間で出られたことが楽しくて仕方ありませんでした」

「みなさん、ありがとうございました」

 一斉に拍手が上がった。秋のはじまりのコースはススキがゆらゆらと揺れていた。
 何かをひとつやり遂げられた私の夏が終わりを告げた。


 数日後の学校終わりに、チームのみんなで祝賀会をすることになった。

 居酒屋マツけんに18時集合。

「みんなの健闘のおかげで、初出場初優勝となりました。これも俺が駐輪場でトウコちゃんを発見し声を掛けた運命の出会いから、はじまる物語の序章にすぎません」
 
「蒲田~いいから飲ませろ~」
 笑いながらみんなが声を上げた。
 
 レースの話は尽きなかった。
「あの左側が崖のコーナー、怖かったよね」とか、
「スタート失敗しなかったのがよかった
」とか、
「タヌキキツツキキリギリスのスタートの呪文、やけっぱちで唱えたら効きました」とか、そんな話がいつまでも続いた。


 疋田くんと蒲田くんは週末開催されるアマチュアレースに出る算段をしている。

 永見くんとアコちゃんは連休にふたりでツーリングに行くらしい。

 マキコさんとは、週末にふたりで秩父までツーリングに行こうと相談している。

 そこまでにパンク修理の練習をすることにしている。林道を走るとき何かあったら困るから少しは整備もできないといけないということだ。



 日常が一気に戻ってきた。違いといえば、バイク通学に変えたせいでスカートを履かなくなったこと。
 大学の仲間が学食に集まっているのが見える。
 石井くんや前さんがこっちこっちと手を振っている。
 その拍子に原ちゃんがスープの器をひっくり返してテーブルが大惨事になっている。

「大丈夫? フキンもっと持ってこようか?」
「うん、ありがと。なんとかなりそう」

 大騒ぎが一段落するとミキちゃんが
私を見て話しだす。
「トウコのジーンズ姿もだんだん様になってきたね」
「美術学科のバイク集団の一員になってるとは知らなかったわ」
「ほんと、いつの間にって感じよね」

「でも、足が長いからジーンズ似合ってるよ」
 石井くんが褒めてくれた。

「ありがとう」と、伝えると
「今日はなんかいい顔してるよ」と、さらに褒めてくれた。

「実は…松永くんから葉書が届いたんだ」

 その場にいた全員が一斉に
「え!???」と、驚く。

「アイツ、どこにいるの? てか、別れたんじゃなかったの?」と、原ちゃんが言う。

「それ、お前が言うな! 松永の仲間に【トウコ、初カレ作るぞ計画!】がバレたのお前が書いたあの企画書のせいだからね」

「まだつきあってるのかは、正直わからない。でも、こうやって連絡くれたってことは友人ではあると思う」

「今はスペインのグラナダにいます。元気にしています」

 葉書を覗いたみんなはまた、一斉に
「これだけ?」と、笑った。

「海外に行ってるんだね。アイツ100パー留年決定だな」
 前さんもそう言って笑っている。

 アルハンブラ宮殿の葉書をファイルにしまった。

 学食の入り口で誰か呼んでいる。
「おーい、中庭でドッヂボールしようよ~ 人数足りないんだ」

 高柳くんだ。

「誰? あれ」

「あ! 同じアパートの高柳くん。放送学科の同い年…」と、話す私に被せるように
「…の彼女募集中です!」

「ドッチボールやろう!」
 みんな食器を片付けて中庭に飛び出していった。

 

 ツーリングの前日、ルートを確認してガソリンも満タンにした。替えのチューブと最低限の工具も入れた。

「バイクは見たほうに進むから、崖を見たらダメだからな」
 疋田くんは私たちに念を押す。

「心配症だな、疋田は!」

「何言ってんだ。リーダーがマキコってのが心配のタネってわかってるのか? おまえはだいたい…」

「はいはい、考えなさすぎでしょ?,耳にタコができてます~」
 
 このふたり、いい感じになってくれると嬉しいな。大好きなふたりが一緒にいるのって、勝手に嬉しくなってしまう。

 
 ツーリング当日は晴れ。

 林道までも今日は下道でのんびりとした旅のはじまりだ。

 途中、団子を食べたりアイスを食べたりしながらの旅は女の子同士ならではの気兼ねなさが満喫できる。

「ここから林道に入るけど、対向車が一番危ないから、音には気をつけていてね」

「わかった」

「じゃあ行きますか?」
「はい!」
「せいの!」

「タヌキキツツキキリギリス!」
 ふたりは林道を駆け抜けた。


 

 








 

 















 
 
 








 

 
 


 
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