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第二章 条件彼女
第4話 特別
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「でも、ちょっと寂しいかな……」
ぽつりと呟いた有坂は、そのまま言葉を続ける。
「氷室君が好きな人にアプローチできるようになったのは事情をしっていたからわたしも嬉しいけど、さすがに複雑な心境になるね……」
「……」
「もし上手くいったら、わたし必要なくなるでしょ?」
「そう……だな……」
もし舞さんと恋人になれるような未来があるのなら、有坂との関係はお終いだ。
友達になることはあるかもしれないが、少なくとも今の関係は続けられない。
好きな人にアプローチするならセフレとの関係を断ってからにしろよ、と言われても仕方ないかもしれないが、それに対して反論できないところが俺の駄目なところなのだろう。
アプローチするようになったから多少は気が楽になったが、舞さんが既婚者なのは変わらない事実だ。本来は俺の手が届く存在ではないので、鬱屈した感情が晴れることはない。むしろ溜まる一方だ。
既婚者相手にこのままアプローチを続けてもいいのだろうか? 舞さんにとって悪い結末にならないだろうか? とあれこれ考えてしまい、不安に駆られてしまうことがしばしばある。
なので、情けないことだが、今後も有坂たちに縋ってしまうことがあるかもしれない。いや、間違いなく縋ってしまうだろう。
それに、今の都合のいい関係が心地好くて捨てるには惜しいと思っている自分もいる。
――本当に俺は悪い男だな。
と思わず自嘲してしまうくらい自分のクズさ加減に呆れてしまう。
せめてもの贖罪に、今だけは有坂の献身に報いたいと思うのは自分勝手なのだろうか?
「でも一先ず安心した」
ほっと一息吐く有坂は、緊張感からか僅かに強張っていた身体が脱力していく。
「わたしのことを避けていたわけじゃなかったってわかったから」
「俺がお前のことを避けることはないぞ」
「絶対?」
有坂は悪戯っ子のような表情で俺の顔を覗き込む。
「ああ。仮に俺が舞さんと上手くいくことがあったとしたら、有坂にはちゃんと報告するし、縁を切る気はない。もちろんセフレとしての関係は終わらせるけどな」
少なくとも俺のほうからは絶対に縁を切らない。有坂には返しきれない恩があるし、純粋に一人の人間として好ましく思っているから、友人としての付き合いをしていくつもりだ。
だが、有坂のほうから離れていくなら俺はそれを受け入れる。彼女にしてみれば、好きな男がほかの女と恋人になるようなことがあったら辛いだろうから、俺と縁を切ったほうが幾分か気が楽になることもあるだろう。
だからあくまでも俺の気持ちは二の次だ。
なによりも有坂の気持ちを最大限尊重するつもりでいる。
「ふうん。そんなにわたしのことが大事なんだ?」
「そうだな。間違いなく有坂は俺の人生の一部になっている」
口元をにやけさせている有坂に、俺は嘘偽りない本心を告げる。
「なんて言えばいいのかわからないが、一心同体というか……恋愛感情とは違う特別な感情があるんだ」
「それはなんかわかるかも」
「お前もか?」
「うん。わたしは氷室君のことが恋愛対象として好きだけど、それとは別の感情もあるから」
「別の感情か……」
「わたしもなんて言えばいいのかわからないけどね」
有坂はテーブルに置いてあるウーロン茶を手に取って一口啜った後に、言葉を選ぶように絞り出す。
「わたしに振り向いてもらいたいとか、氷室君の恋を応援したいとか、今の関係も意外と悪くないなとか、いろんな感情がごちゃごちゃになっている感じかな……」
そう言って苦笑する有坂は――
「普通は好きな人と付き合いたいって気持ちでいっぱいになるんだろうけど……」
と弱々しく呟く。
「そんなことないんじゃないか?」
「そうかな?」
やんわりと否定すると、有坂はきょとんとした表情になって首を傾げた。
「いや、中にはそういう人もいるだろうが、誰もがそんな簡単に好きな気持ちだけで心を埋め尽くせるわけではないだろ」
実際、俺だって舞さんのことが好きな気持ちだけをまっすぐに持ち続けているわけではない。
もちろん舞さんのことは昔からずっと好きだが、その気持ちだけを持って過ごすことなんてできなかった。
まあ、俺の場合は親子ほど年の離れた女性に恋をするという、世間一般的な価値観に照らし合わせると特殊なケースになるだろう人生を歩んでいるから、また別の話なのかもしれない。
母の親友、母親のような存在、既婚者という、普通なら諦めて然るべき相手に想いを寄せているからこそ、俺の内に潜む感情は単純なものにはならなかった。
舞さんと恋仲になりたい、既婚者だから諦めなければ、孝二さんと幸せになってほしい、有坂のように自分に好意を寄せてくれている人の気持ちに応えて新しい恋に踏み出すべきか、鬱積したもやもやを吐き出すために利用していたセフレに溺れて泥沼に沈んで行っている感覚など、様々な感情が複雑に入り乱れて恋に浮かれることなんてできなかった。
一部の自業自得な所業のせいで余計に複雑化してしまったのは、紛れもない事実なので言い訳のしようがない。
「確かにそうかもしれないね」
「俺と有坂の場合は少し特殊かもしれないが、ほかの人にも大なり小なり消化しきれない感情があるんじゃないか」
まあ、有坂が特殊な状況に置かれているのは全面的に俺のせいなんだけども……。
「とりあえず、わたしが氷室君にとって特別な存在だっていうのは、よ~くわかったよ」
本当に高一の少女か? と首を傾げたくなるほど艶やかに微笑む有坂。
その艶然とした微笑には、老若男女問わず視線が吸い寄せられてしまうであろう魅力があった。間違いなく誰もが妖艶な大人の女性だと錯覚してしまうことだろう。
「単純だけど、特別なんだって思ったら少しすっきりしちゃった」
陰鬱な影が差していた有坂の表情がだいぶ明るくなった。
「時間余ったし、歌おう!」
「一先ず、これで話は終わりでいいのか?」
「うん。用済みじゃないってわかっただけでも充分だったけど、特別というおまけ付きだったから気が晴れたし満足した」
有坂は軽い調子でそう言うと、リモコンを操作して歌う曲を選曲する。
なんか話が有耶無耶のまま終わってしまったような気がするが、有坂が納得しているなら俺がとやかく口を挟むのは野暮だろう。
とはいえ、せめて今日は一日――放課後だからもう半日も残っていないが――有坂のために時間を使うことにしよう。そう心に決めた。
ぽつりと呟いた有坂は、そのまま言葉を続ける。
「氷室君が好きな人にアプローチできるようになったのは事情をしっていたからわたしも嬉しいけど、さすがに複雑な心境になるね……」
「……」
「もし上手くいったら、わたし必要なくなるでしょ?」
「そう……だな……」
もし舞さんと恋人になれるような未来があるのなら、有坂との関係はお終いだ。
友達になることはあるかもしれないが、少なくとも今の関係は続けられない。
好きな人にアプローチするならセフレとの関係を断ってからにしろよ、と言われても仕方ないかもしれないが、それに対して反論できないところが俺の駄目なところなのだろう。
アプローチするようになったから多少は気が楽になったが、舞さんが既婚者なのは変わらない事実だ。本来は俺の手が届く存在ではないので、鬱屈した感情が晴れることはない。むしろ溜まる一方だ。
既婚者相手にこのままアプローチを続けてもいいのだろうか? 舞さんにとって悪い結末にならないだろうか? とあれこれ考えてしまい、不安に駆られてしまうことがしばしばある。
なので、情けないことだが、今後も有坂たちに縋ってしまうことがあるかもしれない。いや、間違いなく縋ってしまうだろう。
それに、今の都合のいい関係が心地好くて捨てるには惜しいと思っている自分もいる。
――本当に俺は悪い男だな。
と思わず自嘲してしまうくらい自分のクズさ加減に呆れてしまう。
せめてもの贖罪に、今だけは有坂の献身に報いたいと思うのは自分勝手なのだろうか?
「でも一先ず安心した」
ほっと一息吐く有坂は、緊張感からか僅かに強張っていた身体が脱力していく。
「わたしのことを避けていたわけじゃなかったってわかったから」
「俺がお前のことを避けることはないぞ」
「絶対?」
有坂は悪戯っ子のような表情で俺の顔を覗き込む。
「ああ。仮に俺が舞さんと上手くいくことがあったとしたら、有坂にはちゃんと報告するし、縁を切る気はない。もちろんセフレとしての関係は終わらせるけどな」
少なくとも俺のほうからは絶対に縁を切らない。有坂には返しきれない恩があるし、純粋に一人の人間として好ましく思っているから、友人としての付き合いをしていくつもりだ。
だが、有坂のほうから離れていくなら俺はそれを受け入れる。彼女にしてみれば、好きな男がほかの女と恋人になるようなことがあったら辛いだろうから、俺と縁を切ったほうが幾分か気が楽になることもあるだろう。
だからあくまでも俺の気持ちは二の次だ。
なによりも有坂の気持ちを最大限尊重するつもりでいる。
「ふうん。そんなにわたしのことが大事なんだ?」
「そうだな。間違いなく有坂は俺の人生の一部になっている」
口元をにやけさせている有坂に、俺は嘘偽りない本心を告げる。
「なんて言えばいいのかわからないが、一心同体というか……恋愛感情とは違う特別な感情があるんだ」
「それはなんかわかるかも」
「お前もか?」
「うん。わたしは氷室君のことが恋愛対象として好きだけど、それとは別の感情もあるから」
「別の感情か……」
「わたしもなんて言えばいいのかわからないけどね」
有坂はテーブルに置いてあるウーロン茶を手に取って一口啜った後に、言葉を選ぶように絞り出す。
「わたしに振り向いてもらいたいとか、氷室君の恋を応援したいとか、今の関係も意外と悪くないなとか、いろんな感情がごちゃごちゃになっている感じかな……」
そう言って苦笑する有坂は――
「普通は好きな人と付き合いたいって気持ちでいっぱいになるんだろうけど……」
と弱々しく呟く。
「そんなことないんじゃないか?」
「そうかな?」
やんわりと否定すると、有坂はきょとんとした表情になって首を傾げた。
「いや、中にはそういう人もいるだろうが、誰もがそんな簡単に好きな気持ちだけで心を埋め尽くせるわけではないだろ」
実際、俺だって舞さんのことが好きな気持ちだけをまっすぐに持ち続けているわけではない。
もちろん舞さんのことは昔からずっと好きだが、その気持ちだけを持って過ごすことなんてできなかった。
まあ、俺の場合は親子ほど年の離れた女性に恋をするという、世間一般的な価値観に照らし合わせると特殊なケースになるだろう人生を歩んでいるから、また別の話なのかもしれない。
母の親友、母親のような存在、既婚者という、普通なら諦めて然るべき相手に想いを寄せているからこそ、俺の内に潜む感情は単純なものにはならなかった。
舞さんと恋仲になりたい、既婚者だから諦めなければ、孝二さんと幸せになってほしい、有坂のように自分に好意を寄せてくれている人の気持ちに応えて新しい恋に踏み出すべきか、鬱積したもやもやを吐き出すために利用していたセフレに溺れて泥沼に沈んで行っている感覚など、様々な感情が複雑に入り乱れて恋に浮かれることなんてできなかった。
一部の自業自得な所業のせいで余計に複雑化してしまったのは、紛れもない事実なので言い訳のしようがない。
「確かにそうかもしれないね」
「俺と有坂の場合は少し特殊かもしれないが、ほかの人にも大なり小なり消化しきれない感情があるんじゃないか」
まあ、有坂が特殊な状況に置かれているのは全面的に俺のせいなんだけども……。
「とりあえず、わたしが氷室君にとって特別な存在だっていうのは、よ~くわかったよ」
本当に高一の少女か? と首を傾げたくなるほど艶やかに微笑む有坂。
その艶然とした微笑には、老若男女問わず視線が吸い寄せられてしまうであろう魅力があった。間違いなく誰もが妖艶な大人の女性だと錯覚してしまうことだろう。
「単純だけど、特別なんだって思ったら少しすっきりしちゃった」
陰鬱な影が差していた有坂の表情がだいぶ明るくなった。
「時間余ったし、歌おう!」
「一先ず、これで話は終わりでいいのか?」
「うん。用済みじゃないってわかっただけでも充分だったけど、特別というおまけ付きだったから気が晴れたし満足した」
有坂は軽い調子でそう言うと、リモコンを操作して歌う曲を選曲する。
なんか話が有耶無耶のまま終わってしまったような気がするが、有坂が納得しているなら俺がとやかく口を挟むのは野暮だろう。
とはいえ、せめて今日は一日――放課後だからもう半日も残っていないが――有坂のために時間を使うことにしよう。そう心に決めた。
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