君の痴態が忘れられないんだ。

雅鳳飛恋

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第40話 注目

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 実親は目を覚ますと珈琲を飲んで一服した後、一時間ほど書斎に籠って執筆に励み、時計の針が十時を指したのを確認するとシャワーを浴びに行く。

 シャワーを浴びてすっきりしたら私室に移動して私服に着替える。
 黒のスラックスを穿き、臙脂えんじ色のワイシャツと黒のベストを着た。ワイシャツの袖は捲くって七分丈にし、第三ボタンまで外しているので胸板が微かに見えている。
 そして最後に黒の靴下を履く。

 棚の引き出しから取り出した時計を左手首に、ブレスレットを右手首に身に付けると、サングラスをベストのポケットに入れ、複数のピアスと指輪を手にして洗面所へ移動した。

 洗面所に辿り着くと櫛で髪をいてからヘアゴムで結ぶ。いつも通りのハーフアップだ。
 結んだ後は慣れた手付きでピアスを付けていき、全て身に付けたら鏡で左右の耳を確認する。

「よし」

 と呟くと最後に右手に二つ、左手に一つ指輪を嵌める。

 これで身支度は整った。
 一見すると、どこのホストだ? とツッコミたくなるが、彼にとっては至って普通の格好だ。

 実親は時計に目を向けて現在の時刻を確認する。
 今日は紫苑と伊吹の三人で出掛ける約束をしているので遅れる訳にはいかない。

「十一時半か……」

 伊吹と町田駅で待ち合わせしているのは十三時なのでちょうど良い時間だ。

「行くか」

 実親は階段を上って書斎に入り、スマホと財布をポケットに入れて家の鍵を手に持つ。
 そして階段を下りて玄関まで移動し、ブーツを履くと家を後にした。

「暑いな」

 駅に向かって歩いていると無意識に言葉が漏れる。

 今日も三十度を超す気温なので辟易するが、幸いなことに晴天だった。外出する日の天気が悪いと気分が下がってしまうので運が良い。
 しかし暑いものは暑い。せめて風があれば助かるのだが、残念ながら今日はあまり風が吹いていなかった。

 インドア人間の実親にとっては中々辛い。
 日差しが目に突き刺さり顔を顰める。頭が痛くなるのでサングラスを掛けて日差しを防ぐことにした。

◇ ◇ ◇

 町田駅に到着した実親は待ち合わせ場所である西改札口の前にいた。ちなみにサングラスは外してベストのポケットにしまっている。
 現在の時刻は十二時四十分。まだ待ち合わせの時間まで二十分あるので伊吹の姿はなかった。

 昨日伊吹と交換したメッセージアプリの連絡先に到着した旨を打ち込んで送信する。
 二分ほど壁に背中を預けて待まっていると、ピロン! とスマホが鳴り、確認するとメッセージの返事だった。勿論相手は伊吹だ。
 内容に目を通すと――

『ごめんなさい……あと十分くらいで着きます!』

 と書かれていた。
 メッセージを受け取った伊吹は待たせてしまって申し訳ないと思い、実は早足で向かってた。
 その様子をなんとなく想像出来た実親は苦笑しながら、『気にするな。危ないから急がなくて良いぞ』、と返事を書き込んで送信する。

 すると、すぐさま伊吹から『ありがとう』と返事が来た。

 暑い中急ぐのは大変だ。
 女性ならメイクが崩れてしまうのでなるべく汗を掻きたくないだろう。
 それに事故に遭う恐れもある。特に伊吹の場合はインターハイが近いので怪我をする訳にはいかない。

 そもそも待ち合わせ時間までまだ十五分以上ある。遅刻している訳でもないのに謝る必要などない。



 そうして八分ほど壁に背中を預けて待機していると再びスマホがなった。

『着きました!』

 と伊吹からのメッセージだった。

 スマホから目を離して顔を上げ、視線を彷徨わせて伊吹を探す。実親の身長だと他の人より頭一つ分高い位置から見渡せるので視線が良く通る。
 お陰ですぐに見つけることが出来、伊吹と目が合った。
 伊吹は百八十センチ近い長身なので目立つ。それが幸いして見つけ易かった。

 目線が合うと伊吹は微笑み、早足気味に歩み寄って来る。
 
「遅くなってごめんね」
「気にするな。遅刻している訳でもないしな」

 そう言うと実親は伊吹の服装に目を向ける。

 伊吹はフィットして脚のシルエットがはっきりと出る黒のスキニーパンツに白のTシャツを合わせていた。足元に目を向けるとパンプスを履いており、綺麗な足が見えている。そして小さめのショルダーバッグを肩に掛けていた。
 シンプルな服装だが彼女の長身と日本人離れした長い手足、程よく筋肉がついて引き締まった脚や臀部が美しくて見惚れてしまう。
 髪型はいつも通りのショートレイヤーなので首筋が見えていて色っぽい。
 まるでスーパーモデルと見紛うような存在感だ。実際に周囲の視線を釘付けにしている。

 まじまじと見つめている実親の視線に気付いた伊吹は照れて居た堪れなくなってしまう。

「すまん。あまりの美しさに思わず見惚れてしまった」
「……大袈裟だよ」

 実親の素直な感想に伊吹は首に右手を添えて恥ずかしそうに照れる。赤くなっている耳がチャーミングだ。

(もう……相変わらず直球だなー)

 伊吹はちらりと実親の顔を窺う。
 するとやはり平然としており、何も恥ずかしいことはないと言うかのような堂々とした態度だ。

 実親が思ったことを率直に口にするのは知っているが、伊吹は未だに慣れなかった。恥ずかしいものは恥ずかしいし、どうしたって照れてしまう。

「黛君もかっこいいね」
「そうか?」
「うん。なんか大人っぽい」

 伊吹がはにかんだように微笑む。

「私は結構好き」
「それは光栄だ」

 どうやら伊吹の好みに刺さったようだ。
 実親も男なので女性に褒められるのは嬉しい。それが伊吹のような美しい女性なら尚更だ。

 実は二人は周囲の注目を集めていた。
 長身でスタイルが良く、顔立ちも整っている二人は非常に目立つ。
 「モデルさんかな?」、「イケメンと美女が並んでいて目の保養だわ」、「美男美女カップルね」、「あそこだけ別の世界みたい」、「拝んでおこう」、といった言葉を呟く者達が散見していた。
 尤も、注目されていようが実親にとっては心底どうでも良いことであった。

 閑話休題。

 実親が腕時計に目を向けると既に五分ほど経っていた。
 彼はそんなに時間が経っているとは思っていなかったが、思いの外伊吹に見惚れていた時間が長かったようだ。

 このまま話していても時間が勿体無い。電車の中でも話は出来る。
 なので紫苑と待ち合わせしている江ノ島駅に向かうことにした。

「そろそろ行くか」
「うん。そうだね」

 実親の言葉に頷く伊吹。

 二人は改札を通ると、並んで歩いて駅のホームへ向かう。すれ違う人々に注目されながら。
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