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第45話 報告
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水族館を思う存分堪能した三人は江ノ島駅へ向かう途中で片瀬東浜に寄ることにした。
紫苑と伊吹は二人共スキニーパンツの裾を捲《まく》り靴を脱いで波打ち際で戯れており、その様子を実親は砂浜へ続く階段に腰を下ろして眺めていた。
段々と日が暮れてきて海面が茜色に染まり始めている。
二人が波打ち際で戯れている姿はとても絵になり見ていて飽きない。
夕陽の力も相まって幻想的な情景になっていて二人の美しさを際立たせていた。
海風に乗ってやって来る潮の匂いが鼻を突《つつ》き、肌や髪、衣服に染み付いていくのが呼吸をする度にわかる。肌が潮風でべたついていくが、この感じもたまには悪くない。
穏やかな時間に身を任せて水遊びする二人の姿を眺めていると、ブーブーとマナーモードにしていたスマホが鳴った。
ベストのポケットからスマホを取り出して画面を確認する。
すると画面には鼎の名前が表示されており、彼女からの通話の呼び出しであった。
実親はすぐさま応答の表示をタップして耳に当てる。
「もしもし」
『もしもし、先生、今よろしいですか?』
鼎の窺うような問いかけに実親は「大丈夫ですよ」と返す。
『――実は先生に報告がありまして……』
「何かありましたか?」
何かやらかしてしまっただろうか? と実親は首を傾げて考え込む。
しかしいくら考えても全く心当たりがない。
本格的に思考の海へ潜ろうとしたのを制するように鼎が口を開いた。
『アニメ化が決まりました!』
報告の内容は実親が全く予想していないことであった。
落ち着いているがどこか興奮しているようにも感じる鼎の声色が妙に耳に残る。
「……『PGR』ですか?」
『PGR』とは『ファントム・ガーデン・リアライズ』というSF小説の略称であり、実親が中学生の頃に受賞したデビュー作である。
『いえ、『姉存《あねそん》』です』
「そっちですか」
姉存は『姉より魅力的な女性は存在しない』というラブコメ小説の略称だ。
来月には『PGR』の新刊である第九巻が発売する。対して『姉存』はまだ五巻までしか刊行されていない。
今のところ『PGR』の方が発行部数も実売部数も多い。コミカライズの方もだ。
なのでアニメ化されるなら『PGR』の方が先だと思っていたので、実親は意外感に包まれていた。
『……随分と冷静ですね』
「いえ、驚いていますよ」
『それにしては平坦な声色ではないですか……?』
付き合いの長さで実親が大人びていることを鼎は知っている。
いくら大人びているとはいえ流石に落ち着き過ぎではないだろうか? と首を傾げていた。
何せアニメ化である。
誰しもがアニメ化を目指している訳ではないが、目標にしているライトノベル作家は数多い。
人気作だからと必ずアニメ化出来る訳でもない。勿論人気のある作品の方がアニメ化する確率は高いだろう。しかし絶対はない。
アニメーション制作会社が企画を立ち上げてくれないとアニメ化の話は始まらないのだ。
『はしゃぐような声を上げた私が恥ずかしいじゃないですか』
実親の鼓膜に若干棘のある声色の言葉が突き刺さる。
「いつものかっこいい鼎さんと違って可愛らしかったですよ」
『……大人を揶揄うなんて十年早いです』
スマホ越しに鼎が溜息を吐いているのがわかった。
「揶揄ってないですよ。いつもかっこいいと思っていますから」
『ありがとうございます』
勘違いさせるような甘い言葉を平然を口にするのはいつものことだと経験上理解している。なので慣れている鼎は実親の扱い方を心得ていた。とりあえず礼を告げて流してしまえば丸く収まると。
そもそも一回り近く年下の男子高校生にときめくほど鼎はチョロくないし、担当作家のことを異性として意識していないので真に受けることもない。編集としての立場を弁えている。
『私は担当作で初めてのアニメ化なので凄く嬉しいですよ』
「そういえば鼎さん初めてだったんですね」
『ええ。初めてです』
鼎は元々ライトノベルに限らず、出版関係の編集部に配属されることを望んでいたのだが、入社して配属されたのは営業部であった。
しかしそれでめげることなく、異動願いが受理されるように結果を残そうと必死になって働いた二年目の冬。
十二月いっぱいで寿退社することになっていた人の補充要員としてライトノベル編集部に異動することになった。
鼎が元々編集者になるのが夢だったと知っていた当時の上司が働きぶりを評価してくれて推薦してくれたのだ。
まさか新人に等しい二年目の若造の異動願いが受理されるとは思っていなかった鼎は大層驚いた。
当時の上司には感謝してもし足りない。今でも気に掛けてくれて相談にも乗ってくれる尊敬してやまない上司であり、足を向けて眠れない存在だ。
そしてライトノベル編集部に異動して初めて関わった公募で、たまたま彼女が担当することになった応募作の中に実親の作品があったのだ。
なので鼎が初めて担当した作家が実親で、初めて担当した作品が『PGR』だった。
初めて担当した作家だからこそ苦楽を共にしており思い入れも強い。
しかも初担当作が今やレーベルの看板作とも言われる程の大ヒット作となり、編集としての鼎の評価も鰻登りだ。
更に『姉存』も人気作になっているので一層評価が上がっている。
担当している作品の実売部数が編集者の評価になるとも言われているので、鼎は実親にも足を向けて眠ることが出来なかった。
勿論実親も自分のことを見出してくれた鼎には感謝している。それこそ足を向けて眠れない存在だ。
『先生がアニメ化の話を断るなら白紙になりますが……』
意思を窺うような声色が妙に耳に残る。
紫苑と伊吹は二人共スキニーパンツの裾を捲《まく》り靴を脱いで波打ち際で戯れており、その様子を実親は砂浜へ続く階段に腰を下ろして眺めていた。
段々と日が暮れてきて海面が茜色に染まり始めている。
二人が波打ち際で戯れている姿はとても絵になり見ていて飽きない。
夕陽の力も相まって幻想的な情景になっていて二人の美しさを際立たせていた。
海風に乗ってやって来る潮の匂いが鼻を突《つつ》き、肌や髪、衣服に染み付いていくのが呼吸をする度にわかる。肌が潮風でべたついていくが、この感じもたまには悪くない。
穏やかな時間に身を任せて水遊びする二人の姿を眺めていると、ブーブーとマナーモードにしていたスマホが鳴った。
ベストのポケットからスマホを取り出して画面を確認する。
すると画面には鼎の名前が表示されており、彼女からの通話の呼び出しであった。
実親はすぐさま応答の表示をタップして耳に当てる。
「もしもし」
『もしもし、先生、今よろしいですか?』
鼎の窺うような問いかけに実親は「大丈夫ですよ」と返す。
『――実は先生に報告がありまして……』
「何かありましたか?」
何かやらかしてしまっただろうか? と実親は首を傾げて考え込む。
しかしいくら考えても全く心当たりがない。
本格的に思考の海へ潜ろうとしたのを制するように鼎が口を開いた。
『アニメ化が決まりました!』
報告の内容は実親が全く予想していないことであった。
落ち着いているがどこか興奮しているようにも感じる鼎の声色が妙に耳に残る。
「……『PGR』ですか?」
『PGR』とは『ファントム・ガーデン・リアライズ』というSF小説の略称であり、実親が中学生の頃に受賞したデビュー作である。
『いえ、『姉存《あねそん》』です』
「そっちですか」
姉存は『姉より魅力的な女性は存在しない』というラブコメ小説の略称だ。
来月には『PGR』の新刊である第九巻が発売する。対して『姉存』はまだ五巻までしか刊行されていない。
今のところ『PGR』の方が発行部数も実売部数も多い。コミカライズの方もだ。
なのでアニメ化されるなら『PGR』の方が先だと思っていたので、実親は意外感に包まれていた。
『……随分と冷静ですね』
「いえ、驚いていますよ」
『それにしては平坦な声色ではないですか……?』
付き合いの長さで実親が大人びていることを鼎は知っている。
いくら大人びているとはいえ流石に落ち着き過ぎではないだろうか? と首を傾げていた。
何せアニメ化である。
誰しもがアニメ化を目指している訳ではないが、目標にしているライトノベル作家は数多い。
人気作だからと必ずアニメ化出来る訳でもない。勿論人気のある作品の方がアニメ化する確率は高いだろう。しかし絶対はない。
アニメーション制作会社が企画を立ち上げてくれないとアニメ化の話は始まらないのだ。
『はしゃぐような声を上げた私が恥ずかしいじゃないですか』
実親の鼓膜に若干棘のある声色の言葉が突き刺さる。
「いつものかっこいい鼎さんと違って可愛らしかったですよ」
『……大人を揶揄うなんて十年早いです』
スマホ越しに鼎が溜息を吐いているのがわかった。
「揶揄ってないですよ。いつもかっこいいと思っていますから」
『ありがとうございます』
勘違いさせるような甘い言葉を平然を口にするのはいつものことだと経験上理解している。なので慣れている鼎は実親の扱い方を心得ていた。とりあえず礼を告げて流してしまえば丸く収まると。
そもそも一回り近く年下の男子高校生にときめくほど鼎はチョロくないし、担当作家のことを異性として意識していないので真に受けることもない。編集としての立場を弁えている。
『私は担当作で初めてのアニメ化なので凄く嬉しいですよ』
「そういえば鼎さん初めてだったんですね」
『ええ。初めてです』
鼎は元々ライトノベルに限らず、出版関係の編集部に配属されることを望んでいたのだが、入社して配属されたのは営業部であった。
しかしそれでめげることなく、異動願いが受理されるように結果を残そうと必死になって働いた二年目の冬。
十二月いっぱいで寿退社することになっていた人の補充要員としてライトノベル編集部に異動することになった。
鼎が元々編集者になるのが夢だったと知っていた当時の上司が働きぶりを評価してくれて推薦してくれたのだ。
まさか新人に等しい二年目の若造の異動願いが受理されるとは思っていなかった鼎は大層驚いた。
当時の上司には感謝してもし足りない。今でも気に掛けてくれて相談にも乗ってくれる尊敬してやまない上司であり、足を向けて眠れない存在だ。
そしてライトノベル編集部に異動して初めて関わった公募で、たまたま彼女が担当することになった応募作の中に実親の作品があったのだ。
なので鼎が初めて担当した作家が実親で、初めて担当した作品が『PGR』だった。
初めて担当した作家だからこそ苦楽を共にしており思い入れも強い。
しかも初担当作が今やレーベルの看板作とも言われる程の大ヒット作となり、編集としての鼎の評価も鰻登りだ。
更に『姉存』も人気作になっているので一層評価が上がっている。
担当している作品の実売部数が編集者の評価になるとも言われているので、鼎は実親にも足を向けて眠ることが出来なかった。
勿論実親も自分のことを見出してくれた鼎には感謝している。それこそ足を向けて眠れない存在だ。
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