君の痴態が忘れられないんだ。

雅鳳飛恋

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第78話 逃走

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 女性の腕力ではどんなに懸命に抵抗しても成人男性の腕力には敵わない。
 自分の非力さを嫌と言うほど痛感させられた紫苑の心は恐怖で埋め尽くされていた。

「放して下さい!」

 それでも紫苑は勇気を振り絞って制止を促し、必死に身を捩る。

「もしかして君、あの人より胸デカい?」

 男は左手で紫苑の肩を掴んで抑え込み、右手でキャミソールの上から胸を鷲掴みにする。

「ひぃっ……!!」

 恐怖心と嫌悪感が全身を駆け巡り、紫苑の身体に悪寒が走った。

「うお、すげぇ! めっちゃデカいじゃん!!」

 無遠慮に紫苑の胸を揉みしだく男は感動に打ち震える。

「君の胸って何カップ?」

 口元をニヤつかせて尋ねる男に見下ろさせる紫苑は顔を横に向けてだんまりを決め込むが、力強く胸を揉まれるので痛みが襲ってきた。

「いい加減にして下さい!」

 紫苑は男の胸元を殴って追い払おうとするが、残念ながら全く効いていない。

「やっぱりJKの瑞々しくて張りのある素肌は最高だな……!!」

 興奮して理性を失っている男は紫苑の身体をまさぐる。
 自分が犯罪を犯している自覚はないのか微塵も躊躇がない。もしかしたら常習犯なのかもしれない。

 紫苑は身を捩ったり殴ったりして抵抗するが、男が手を止める気配はなく、寧ろ余計に手付きが激しくなっていく上に厭らしさも上がっていく。抵抗する女性を襲う性癖でもあるのだろうか。

 キャミソールの下にはブラジャーを身に付けていない。なので抵抗する程キャミソールが乱れて大事な突起が見えてしまいそうになる。その際どい姿に男が一層興奮するという紫苑にとっては踏んだり蹴ったりの状況になっていた。

 上半身を中心にまさぐっていた男の右手が紫苑の下半身に伸びた。
 そして男が紫苑のショートパンツに手を掛けると、強引に脱がせようとする。

 当然紫苑は必死に抵抗するが、やはり腕力では敵わずに剥ぎ取られてしまう。
 どうやら男の指がショーツに引っ掛かっていたようで、少しだけ下がってしまった。だが幸いなことに大事なところは隠れているのでギリギリセーフだ。

「JKのパンツ……!!」

 鼻息を荒くする男の目に飛び込んできたのは、レースの紐ショーツだった。色は紫だ。
 感動に浸る時間はあっという間で、すぐに身を屈めて紫苑の股間に顔を近付け、クンクンと鼻に意識を傾けて匂いを嗅ぎだした。

(気持ち悪い……!!)

 あまりにも気持ち悪い行為に吐き気を催した紫苑は、顔を蒼白させながら身体を強張らせた。

「それじゃJKの蜜壺とご対面ー!」

 満足するまで匂いを嗅いだ男は、紫苑の身体を押さえつけていた左手を離して両手でショーツに手を掛けた。

 いよいよ本格的にマズイ展開だが、紫苑は男の気が緩んだ隙を見逃さなかった。
 身動き出来るようになった瞬間に男の股間を思いっきり蹴り上げる!

「うぐっ!!」

 男は衝撃に飛び上がりくぐもった声を漏らすと、耐えがたい激痛に苦悶の表情を浮かべて脂汗を流しながら股間を押さえて蹲った。
 先程までの興奮して絶え絶えになっていた呼吸とは違い、今は激痛に耐えて息が絶え絶えになっている。

 魔の手から解放された紫苑は素早く立ち上げり、はだけていたキャミソールを脱いで男の顔に放り投げた。

 顔にかぶせたキャミソールで視覚を奪った隙に、近くにあったロングTシャツを手に取って机に駆け寄る。机の上に置いてあったスマホと財布を確保すると自室から逃げるように飛び出す。

 玄関に辿り着いたら一旦スマホと財布を床に置いてロングTシャツを着る。そして靴を履いたらスマホと財布を手にして自宅を後にした。

 本を夢中で読んでいた時は小雨だったのだが、今は運悪くも雨が激しさを増していた。
 ロングTシャツの下にショーツを穿いているだけの姿で雨に打たれているので、紫苑の体温がどんどん奪われていく。それでも今はお構いなしに逃げることを優先する。

 夜闇を駆ける紫苑は一目散に藤沢駅へ向かっていた。
 全速力で走りながら雨に打たれていると呼吸の確保がままならない。口呼吸しようとすると雨が口に入ってきて溺れそうになるが、息を切らしながらも必死に駆けていた。

 ひたすら走って藤沢駅に到着した紫苑はタクシーに駆け込む。
 びしょ濡れで呼吸を乱している姿に年配の運転手は大層驚いたが、ただならぬ様子から一大事だと察して心配してくれた。運転手の落ち着いた包容力のある声に、少しだけ心が救われた紫苑は座席を濡らしてしまうことを詫びる。

 そして紫苑が行き先を告げると、運転手は急いでいるのだろうと判断して法定速度を守りつつ飛ばしてくれた。

 強姦未遂犯から逃れられて安心した紫苑は、脱力しながら夜の街へ目を傾けて目的地に着くまで心細い気持ちを誤魔化す。

 彼女が運転手に告げた行き先は実親の自宅だ。
 彼女は逃げると決めた瞬間に実親のもとへ駆け込むと決めていた。いや、強姦未遂犯にもてあそばれていた時から実親の顔を思い浮かべていた、というのが正しい。

 衣服を剥ぎ取られるのも、胸を揉まれるのも、股間の匂いを嗅がれるのも、全て実親だったら良かったのに、と現実逃避していたのだ。
 今すぐにでも実親に会いたい、胸に飛び込みたい、抱き締められたい、嫌な経験を塗り替えてほしい、という想いを抱えることで泣き出さずに済んでいた。

 しかし、実親の自宅が近付いていくと段々涙腺が緩んでしまう。必死に堪えている所為で眼が充血していく。
 それでも到着するまでなんとか耐えきった紫苑は、料金を支払ってタクシーから降りた。だが、その瞬間に安堵感からか滝のように涙が溢れ出す。

 溢れ出る涙を流したままインターホンを押した紫苑は、出迎えた実親の顔を見たことで気丈に振舞って繋ぎ止めていた感情の糸が完全に途切れ、無意識に彼の胸に飛び込んだ。

 紫苑が夜遅くにびしょ濡れになりながら実親のもとへ駆け込んだのは、以上の出来事があったからであった。
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