君の痴態が忘れられないんだ。

雅鳳飛恋

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第79話 感触

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 不快な出来事を思い出しながら語っていた紫苑の胸中には恐怖心と安堵感、二つの相反する感情が駆け巡っており、自分の力だけでは情緒を安定させることが出来なかった。

 女子高生が成人男性に襲われるというのは、男が想像する以上に恐ろしいことだろう。中にはそういった状況を楽しむ奔放な者や、マゾ体質の者もいるかもしれない。しかし、大半の女性は間違いなくトラウマを抱えてしまう出来事の筈だ。

「なんで私がこんな目に遭わなきゃいけないのかな……」

 目尻からうっすらと涙を流す紫苑が弱々しく呟く。

「私はただ普通に暮らしたいだけなのに……」

 普通の女子高生とは違う生活を送るしかない現状は仕方ないと割り切っているが、それでも憧れは抱いてしまう。家族と仲良く生活することも、母の機嫌を窺ったりお金の心配をしたりせずに勉学に励んだり友達と遊んだりすることを。
 決して高望みをしている訳ではない。本当に一般的な女子高生が歩む極々普通の生活を送りたいだけだ。

 何故母から逃げるように友人の家を転々とし、生活費を稼ぐ為に休日を返上して働かなければならないのか。
 挙句の果てには母が連れ込んだ男に襲われる始末だ。

 今までも母が連れ込んだ男に襲われそうになった時は何度かあるが、あくまでも「どう? やる?」、「君も楽しまない?」、「折角だしどう?」など、その場のノリで冗談を言われるだけで実際に手を出されたことはない。
 冗談でも良い気はしないが、男達が本気で言っている訳ではないというのは感じられていたので、そこまで問題視はしていなかった。

「やっぱりあの時父さんについて行くべきだったんだよね……」

 両親が離婚した際に父について行っていれば今頃は穏やかに過ごせていたかもしれない。
 今更後悔しても遅いのはわかっているが時間を巻き戻したくなる。

「でも、それだと黛に出会えることもなかったんだよね……」

 時間を巻き戻して過去の自分が下した決断を覆したいが、実親と出会えなかった世界線を想像すると寂しくて心が締め付けられてしまう。
 実親と共に過ごすことが彼女にとっては得難い時間なのだ。

「そうだな。父親について行った方が良かったのは間違いないんだろうが、俺はお前と出会えた運命に感謝しているぞ」

 これは実親の本心だ。
 紫苑は父親について行った方が穏やかに暮らすことも出来たし、幸せな日々を送ることも出来ただろう。
 しかし、それだと二人が出会うことはなかった。

 実親は脳裏に刻み込まれた紫苑の痴態に悩まされることもあるが、彼女がいるお陰で楓の件で眠れない夜を過ごすことが少なくなった。
 楓のことで気持ちの整理がついていない現状では恋愛対象として女性を好きになることはない。だが友人として彼女のことは好ましく思っている。

「その言い方はズルいよ……」

 紫苑は実親の胸に顔をうずめて照れを隠す。

「一先ず最悪の事態を避けられたことだけは良かった。諦めずに良く頑張ったな」

 誰もが恐怖心から萎縮してしまう状況でも懸命に抗って最後の一線を守り切った紫苑の勇気を、実親は包容力のある落ち着いた低音ボイスでたたえて頭を撫でる。

「だって初めては黛に貰ってほしいもん……」
「それは光栄だ」
「だからね……誰かもわからないおじさんに初めてを奪われるくらいなら、今のうちに黛に貰ってほしいんだ……」

 涙を蓄えた瞳で実親のことを見下ろす紫苑の顔は真剣そのものだ。

「黛にも何か事情があるのはわかってるけど……駄目かな?」

 下着姿の紫苑に見下ろさせるシチュエーションは、大抵の若い男なら間違いなく流されて飛びついてしまうだろう。

「ことがことだからお前の望みは叶えてやりたいし、抗いがたいほど魅力的な提案だ。だが俺には弱っている女性を抱く趣味はない」

 欲に従うなら本当は今すぐにでもセックスしたい。
 脳裏に刻み込まれた紫苑の痴態に苦しめられている身としては尚更である。
 彼女を抱くことで少しは苦悩から解放されるかもしれないからだ。
 それでも実親には譲れない一線があった。

 楓のことを忘れられない状態で他の女性を抱くのは不誠実だと思っている。
 お互いに割り切っている身体だけの関係なら良いが、感情込みの行為は気が引けてしまう。
 何より楓のことが脳裏をよぎって他の女性に失礼な態度を取ってしまう恐れがある。故に実親は女性と男女の関係になることを自重していた。

「……折角黛の好きそうな下着を着けたのに」

 上体を起こした紫苑は下着姿を見せつける。

 彼女はショーツの上にロングTシャツだけを纏った格好でやって来たので替えの下着はどうしたんだ? という疑問に行き着くが、それは全く問題なかった。
 何故なら普段から泊まりに来ることが多いので、困らないように実親の自宅に衣類を置いたままにしているからだ。もはや半同棲である。

「ああ、好きだぞ。今必死に目に焼き付けているところだ」

 実親は瞬きするのを忘れるほど凝視している。

「なら抱いて。そしたらもっと凄いこと出来るよ」
「それとこれとは話が別だ」

 紫苑は吐息を多分に含んだ色っぽい声で囁くが、実親は鋼のように固い意志で理性を保って首を左右に振った。

 抱いてくれる可能性が低いと悟った紫苑は諦めて代替案を提示する。

「ならせめておっぱいだけでも揉んで……」
「……何故だ?」
「あの男に揉まれた感触が残ってて気持ち悪いの……」

 強姦未遂野郎に胸を揉まれたことが気持ち悪くてシャワーを浴びた際にボディタオルで力強くこすってしまった。この不快な感触を上書きする為に実親に揉んでほしかったのだ。

「そうか……」

 Iカップの胸を見上げる実親の胸中は、「めちゃくちゃ揉みしだきたい」という気持ちでいっぱいだった。
 懇願する紫苑の為に胸を揉むくらいならやっても良いのではないか? と鋼のように固い筈の理性が揺らぐ。
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