君の痴態が忘れられないんだ。

雅鳳飛恋

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第86話 顧問

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「何やってんですか……」

 みんなから遅れること約二時間。 
 キャンプ場へとやって来た実親は、海沿いのキャンプサイトに立っているテントから出てきた肌艶はだつやの良い女性と出くわして、冷ややかな目線を向けてしまう。

 その女性は乱れた水着を正しており、テントからは男の声が聞こえてきた。
 ちなみに水着のトップは布地の面積が非常に小さいブラジリアンビキニで、ボトムはバックが紐状になっているのが特徴のGストリングだ。思春期男子には刺激が強くて目の毒である。

「あら? 黛君、今来たのかしら?」
「ええ」

 水着を正しながら首を傾げる女性の問いに、実親は無表情で頷く。

「それで……先生は何をしてるんですか?」
「良い男を見つけたから摘まみ食いしていたのよ」
「生徒の引率で来た教師が何やってんですか……」

 舌なめずりしているのかと錯覚してしまうような妖艶な仕草と息遣いで女性が答えるも、実親は高校生男子とは思えない冷淡な顔付きで溜息交じりに呟いた。
 人によっては若いのに枯れているのか? と心配してしまうような冷え切った表情だ。

 小説家として可能な限り正しい言葉遣いを普段から心掛けている実親が、「い」抜き言葉や「ら」抜き言葉などの砕けた言い回しを思わずしてしまっているのは、それだけ呆気に取られている証拠だろう。

「引率とはいえ、折角キャンプに来たんだから楽しまないと損じゃない」

 二の句が継げずにいる実親のことなど気にも留めない女性は髪を掻き上げる。

 少しも悪びれた様子がないが、これでも彼女は立誠高校で教鞭を振るっている教師だ。 
 名は真行寺しんぎょうじれいと言い、映画研究部の顧問を務めている。
 黒髪をワンレンロングにしており、切れ長の目に大きな瞳を宿している目鼻立ちの整った美しい女性だ。
 男の視線を釘付けにする大きな胸と尻に、引き締まったウエストと長い手足を備えている。その身体をいつもは露出多めの衣服で彩っている。
 生徒に対してはフレンドリーで校則には非常に緩く、抑えきれない色気の所為か男子生徒に絶大な人気があり、女子生徒からは同じ女性として憧れの的になっていて一目置かれる存在だ。

「いや、キャンプ場はキャンプをする場であって、男狩りをする場所じゃないですから」
「楽しみ方は人それぞれでしょう?」
「確かに異性との出会いを求めるのも一つの楽しみ方なのかもしれませんが、少なくとも先生は引率で来ているんですから駄目でしょう」

 実親の苦言は尤もである。
 模範となるべき教師がこのていたらくでは生徒に示しが付かない。

「それにここに来た目的は撮影でしょう」
「それは山縣君に任せておけば大丈夫よ」
「信頼しているのか放任なのか……」
「両方よ」
「どちらにしろ先生が今やっていることは褒められた行動じゃないでしょう」
「お堅いのね。人生楽しんでなんぼよ」
「どこかで恨みを買っても知りませんよ」
「あら、心配してくれるのね」

 麗は艶笑えんしょうを浮かべながら実親の左腕にしがみつく。
 動く度に揺れて水着から零れ出てしまいそうなほど大きなお胸様の谷間に実親の左腕が挟まれる。

 年頃の少年なら間違いなく鼻の下を伸ばしているシチュエーションだろう。
 しかし実親の表情は全く変わらず、冷ややかな視線がより一層鋭くなった。

「でも大丈夫よ。その辺はやっているもの」

 無駄に色っぽい表情でウインクする麗は、「上手く」の部分に含みを持たせた言い回しをする。

「そういう問題ではないと思いますが……」

 紫苑の母が男を家に連れ込んで強姦未遂を起こした件が直近であった為、実親は一抹の不安を抱いた。

 周囲の者に迷惑を掛けることもあるだろうし、トラブルに巻き込まれて麗自身に危険が及ぶ可能性も無視出来ない。
 人間は情が絡むと何を仕出しでかすかわからない不安定さがある。男女間に発生する情は尚更だ。愛憎渦巻いて取り返しのつかない事態に発展したら目も当てられない。

 麗がどのようにやっているのかはわからないが、世の中には知らない方が良いこともある。なので実親は深く追及するつもりはなかった。

「すっきりしたことだし、そろそろ撮影の様子を見に行きましょうか」
「まあ、生徒にちょっかいを出されても問題ですし、とりあえず満足したのなら良かったです」
「流石に生徒には手を出さないわよ。というか未成年に手を出してはいけない分別くらいは私にもあるわよ。一体私のことをなんだと思っているのかしら……?」

 今まで悪びれた素振りを見せなかった麗でも心外だったのか、実親にジト目を向けた。
 教育者として最低限のプライドは持ち合わせているようだが、如何せん説得力に欠ける。

「まあ、良いわ。海で汗を流したいし早く行きましょ」

 実親が肩を竦めるだけで何も言わなかったので、麗は肩透かしを食らってしまった。しかし元々大して興味がなかったのか、自ら話を切り上げた。

「その前に歩き難いので離れてくれませんかね」

 いつものパンク風の衣服とアクセサリーに身を包んでいる実親は、宿泊用の荷物が入った鞄を背負っている。確かに麗にしがみ付かれた状態では少々歩き難いかもしれない。

「つれないわね……」

 歩き出そうとした麗は実親の言葉に出鼻を挫かれてしまい、思いの外落胆していた。

 彼女は美人な上に色気もあるので男性に良くモテる。自分から声を掛けれは百発百中で物に出来ていた。それこそボディタッチをしたり、身体を密着させたりしたら喜ばれこそすれ、嫌がられた経験は殆どない。
 故に、まさか邪険にされるとは思いもしなかったのだろう。しかも相手は高校生男子である。一般的な男子高校生なら舞い上がってもおかしくない状況だ。

 教え子相手なので本気で誘惑していた訳ではないが、少しだけ女としての自信が傷ついたのは彼女だけの秘密である。
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