君の痴態が忘れられないんだ。

雅鳳飛恋

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第87話 自信

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「いつもお世話になっている優しくて美人な先生をエスコートしてもばちは当たらないと思うわよ?」
「優しいのも美人なのも異論はありませんが、それを自分で言いますかね」

 婀娜あだっぽく微笑みながら豊満な胸を張る麗の言葉に、実親は溜息を吐きそうになるが――

「女は自信を持ってこそ輝くものよ」
「確かに……それは男にも当て嵌まりますね」
「自信なさげで頼りなさそうな人を好む人もいるけれど、自信を持って努力している人は輝いているものだと私は思うわ」

 続く言葉に納得してしまい、喉元まで出掛かっていた溜息が引っ込んでしまった。

「勿論、自分の力量を勘違いして過信したり、慢心して驕り高ぶったりする人は例外よ」
「そういう人は見ていて痛いだけですしね」

 麗は自分に自信を持っているが、それは今まで行ってきた努力を信じているからだ。
 学生時代に勉強を頑張って教員免許を取得したことや、男からモテるように自分に似合う髪型やメイクを研究し、所作やコミュニケーション力を磨いた。それに今でも常に体型維持に努めており、努力を怠っていない。
 また、要らぬやっかみを事前に防いでおくに越したことはないので、女性の反感を買わないような立ち居振る舞いにも気を配っている。

 彼女のように努力した果てに培われた自信を持っている人が輝いて見えない訳がない。
 努力をしないで腐っている人に良い印象を抱かないのは男女共に言えることだ。

 中には根拠もなしに自分は凄い奴だと勘違いしている頭の痛い輩も存在するが、それは触らぬ神に祟りなしの精神でいるのが最善の選択だろう。 

「それはそれとして、少し冗談が過ぎたわね」

 麗は苦笑しながら実親の腕を解放する。

「生徒の腕にしがみ付くところからではなく、男を摘まみ食いしたところからが冗談であってほしいですが」
「そこは本気よ」
「でしょうね……」

 流石に生徒の腕にしがみ付いてエスコートを所望したのは冗談だったようだが、彼女の場合は何が本気で何が冗談なのか判断に迷ってしまう。

「そもそも生徒相手じゃなくても、他の男に抱かれたばかりの身体で迫るような配慮を欠いたことはしないわよ」

 彼女なりの流儀があるのか、どうやら譲れない一線があるようだ。

「胸を張って言うことじゃないと思いますが……」

 一貫して自分に正直に生きる麗の姿に、実親は呆れを通り越して清々しさを感じてしまった。

 ここまでのやり取りで、藤堂が麗のことを当てにしては駄目だと言っていた理由がわかるだろう。
 性に寛容で奔放な性格、生徒に対しても過剰なスキンシップをし、顧問としての仕事を藤堂に押し付けて男性とよろしくやっている。教育者としてのり方を改めるべきだと誰もが思う筈だ。

 それでも男女問わず生徒から人気があり、同僚の先生方にも慕われている。
 男性から人気がある理由は説明するまでもないだろう。美人でセクシーな先生や同僚がいたら喜んでしまうのが男のさがである。
 女性から人気があるのは、自分の生き様を貫いているところに憧れを抱かれるからだ。また、経験豊富なので色恋沙汰に関して頼りにされており、恋愛相談されることが多い。
 少々目に余るところがあっても高校教師としてやっていけているのは、彼女の人柄の為せる業であった。

「それにしても良くテントの中でやっていられましたね。風がない環境だと暑いでしょうし」
「野外でやるのも一興だけれど、流石に近くに生徒がいるとわかっていてやるほど教師の立場を捨てていないわ」

 海風のお陰で野外にいても快適に過ごせているが、テントの中だと日差しが強い時間帯は少々蒸し暑くなる。テントの中で興奮した男女がハッスルしていたら尚更だ。

「本当に発言の一つひとつが教師らしくないですね……」
「教師だからってお堅くないと駄目なんて息苦しいじゃない」
「確かにそうですが、物事には限度があるでしょう」
「これでも今は教師として仕事しているから抑えているのよ」

 耳を疑う発言に実親は目を見開いてしまう。
 既にかなり奔放なのに、まさかそれでも抑えているとは思いもしなかったのだ。
 しかし、実親が驚いたのは一瞬のことであった。

 実親が目を見開いたすぐ後に少し強めの風が吹き、麗の髪がなびいたことで流れて来た汗の匂いが鼻腔をくすぐった。シャンプーの香りと交ざった汗の匂いが実親に平静さを取り戻してくれたのだ。

 行為の後だからか、麗の身体から少しだけ艶っぽい匂いが風に乗ってやって来たが、実親は表情を変えずに気付かない振りを貫いた。

「教師としての自覚はあったんですね……」
「当たり前じゃない」
「だとしても奔放すぎると思いますが……」
「誰か特定の人と交際している訳じゃないんだから問題ないでしょ? まあ、パートナーがいる男性を摘まみ食いすることはあるけれど」

 確かに恋人や夫がいる身でなければ、いくら男性と関係を持っても問題はないかもしれない。

「さっき上手くやっているって言っていたじゃないですか……」
「それも含めてやっているのよ」

 パートナーがいる男性に手を出したらトラブルに発展する恐れがある。
 言っていることとやっていることが矛盾している麗に、実親は冷淡な視線を向けてしまう。その視線は今日何度も見せた冷たい視線の中で最も冷え切っていた。絶対零度の視線という言葉がしっくりくる程だ。

 しかし麗には全く効いておらず、実親の視線を平然と受け止めている。
 いや、もしかしたら受け流しているのかもしれない。

「先生は度量の大きい方と付き合って、少しは落ち着いた方が良いと思います」
「嫌よ。面倒臭いし、いろんな男と遊べなくなるじゃない。暫くは独り身でいるわ」
「そこまで行くと、いっそ清々しいですね」

 現在二十八歳の麗は結婚願望がないようだ。
 二十八歳だと年齢的に結婚を意識する女性は世の中に多くいるだろう。寧ろ周囲の人が次々と結婚していく年齢なので焦り始めていてもおかしくない。

 そんな中、麗は自分の生き様を堂々と貫き通している。
 彼女の姿が眩しく映って憧れる女性がいるのは、男の自分でも理解出来るかもしれない、と実親は思った。

 それでも教育者の生き様としては首を傾げたくなる奔放さだ。
 故に、実親は「程々にして下さいね……」と溜息交じりに呟いた。
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