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空中都市ディルム、繋ぐ手は闇の行先編
貴方が初めての相手です2
しおりを挟むブラックの顔が、ぎこちない。
時折落ちて来る白い光に照らされた時に、ブラックが今までにないくらい真っ赤になっているのに気付いてしまったけど、何も言えなかった。
何か大事な事を伝えようとしているのが解ったから。
「僕は……は、初めて……初めて、す、好きに、なったんだ」
その言葉に目を瞬かせると、ブラックは情けなく顔を歪めて、空いている方の手で頭をやたらめったらに掻き回す。
何だか焦っているようだけど、大丈夫だろうか。
心配してしまう俺に気付いたのか、ブラックは眉を歪めたり口を動かしたりと忙しなかったが、それでも必死に息を吸って、震える声で箱を握り締めた。
「こんな風に、好きになったの……は、初めて、だったんだ……! 好きって、よく解らなくて、愛してるって、よく解らなくて……っ。だけど、ツカサ君と一緒にいるとね、すぐ『ああ、これが好きって事なんだ』って…………愛してるって、こういうときに、自然と出てくる言葉なんだって、驚いて、凄くびっくりして、でもずっと、ずっと嬉しくて……」
どうして、だろう。
ドキドキしてくる。俺まで体が震えて来る。
「つ……ツカサ君に……ツカサ君に、たくさんの事を教えて貰ったんだ……。楽しいことも、素晴らしい事も、心がこんなに……こんなに暖かくなって、嬉しくなって、時々凄く苦しくなるのも……全部、僕が解らなかった事ぜんぶ……」
ブラック、顔が苦しそうだ。泣いてしまうかもしれない。
手を伸ばして、涙を拭ってやりたい気持ちに駆られる。
菫色の瞳を潤ませて、色とりどりの光に煌めかせて俺を見つめているブラックは、それくらい何かに必死で……抱き締めて、やりたかった。
「僕、好きだよ。ツカサ君のことが、たくさん……たくさん……っ、あ……あぁ、だめだ……もっと、ちゃんと、たくさん言いたい事が有ったのに、も、もっと格好よく言いたかったのに、ああもう……ッ!」
頭をまた掻き回して、ぼさぼさになった髪の毛でブラックは唸る。
だけど、俺はその様子を笑う気にはなれなかった。
「ブラック……」
大丈夫だよ。笑わないから。
アンタの言いたい事、全部聞くから。だから、言ってよ。
格好悪くても良いから。俺は……そんなアンタだから……。
……そう思って、ブラックの服の裾を軽く掴む。
ブラックは泣きそうな顔で俺を見つめたけど、でも俺が何を言いたいのかを解ってくれたのか、ごつごつした手で自分の顔を拭って深呼吸をした。
そうして、改めて俺を見て。
「つかさ、くん……」
「うん」
「初めての……相手、なんだ……」
「……うん」
「でも、代わりなんて、考えられない。最初で、最後の……初めての、恋人なんだ」
なんでだろう。目の奥が熱い。
ブラックの泣きそうな声を聞いていると、目から何かがこぼれそうになる。
「僕……ツカサ君が……好き、だよ……愛してる……。ツカサ君のこと……ずっと、誰にも、渡したくない……っ、ぅぐ……っ、ずっと……一緒に、いたい……」
「うん……」
「だから…………だから……ぼく、と……」
目の前に、箱を握った手が差し出される。
見てくれと懇願するかのように震える手を、乞われるがままに見やると、ブラックは小さな箱を震える指で開いた。
「あ……」
そこには、重なる輪の間に宝石を噛ませた小さな輪が一対収められていた。
金色なのに、光に白く輝く不思議な輪。それぞれが菫色と琥珀色の楕円形で、綺麗な宝石を挟んでいて、まるで指輪みたいで……。
…………指輪……じゃあ、これって……。
思わず顔を見上げた俺に、ブラックは顔を真っ赤にして、今にも泣きそうな顔で、やっと言葉を吐きだした。
「ぼ……ぼくと……ぼく、と…………
婚約……して、ください……!」
――――――……。
こん、やく。
……婚、約…………?
「っ……ぁ…………」
婚約。ああ、そうか。そうだったのか。
ブラックが今まで頑張って作っていたのは、俺に贈るための指輪だったんだ。
頑張っていつもの衝動を抑え込んで、デートしようと努力して、俺をここへ連れて来てくれたのは、一番綺麗な場所で、俺に…………。
「あ……あ、あぁ……っ」
どう、しよう。言葉が出ない。
ドキドキして、体が熱くなって、逃げ出したいのか留まりたいのか解らないくらいに体が震えて堪らなくて、顔が痛いくらいにカッカして、目が、潤んで。
目から、勝手にぼろぼろと何かが零れて来る。
どうして。
なんで、泣いてしまうんだろう。
解らない。解らないけど、でも……どうしようもなく、今……目の前で、俺と同じように情けない顔で泣いているブラックを、抱き締めて、やりたかった。
「だ……だめ、かな……? 婚約……だめかなぁ……」
ずるずると音を立てて、ブラックは肩をしゃくりあげる。
縋りつくような声で俺に返答を求める姿は、ブラックがやりたかったコトとは全く違う姿だろう。だけど、それがブラックの精一杯で……ブラックの、“本当”なんだ。
頑張って、泣きながら頑張って……俺に、一生懸命に、伝えようとしてくれた。
頭の中に一気にブラックとの思い出が蘇って来て、そのどれもが胸を苦しくさせて俺まで涙でもう何が何だか分からなくなってくる。
どんな気持ちで、どう答えたら良いのだろう。
解らない。自分でも理解出来ないくらいの思いがたくさん溢れて来て、俺は大泣きしてしまいそうになる自分を抑えようと拳を握り締めた。
「っ……ぶら……っく……」
――――応えたい。
明日どうなるかなんて解らない。考えられない。
俺には帰る場所がある。別の世界に、大切な物がたさくんある。いつ引き戻されるかも判らないくらい、不確かで不誠実な存在だ。
けど、ブラックはそれでも「一緒に居たい」と言ってくれた。
俺が災厄でも、弱くても、もしかしたら帰ってしまう存在かも知れなくても……
それでも、俺を離したくないと 言ってくれたんだ。
「……っ…………」
ごめん。父さん、母さん……婆ちゃん……みんな、ごめんなさい。
俺、もう、テウルギアに行けない。
ブラックを残して帰るなんて、もう、出来ないよ。
男なのに男と婚約だなんて、おかしいのかもしれない。そんな嗜好でもないのに、大人の男を好きになるなんて凄く変な事なのかも知れない。
だけど俺は、好きなんだ。
ブラックの事を、好きになっちまったんだよ。
誰かを悲しませるとしても、大事な存在が沢山ある元の世界に戻れないとしても、そんな事なんて今は考える余裕も無いくらい、ブラックの事しか考えられない。
どうしようもなく情けない、だけど誰よりも純粋な相手を、悲しませたく無い。
だって、俺は。
「――――おれ、は…………」
「……っ?」
声が、震えてる。
泣く事を我慢すら出来ない情けない俺に、ブラックは不安そうな顔を向けてきた。
馬鹿だな、そんな顔しなくても良いのに。
でも、ブラックにそんな顔をさせてる俺が一番馬鹿だ。
「俺、は……弱くて…………アンタに、迷惑かけてばっかりで……」
「つかさくん……」
「でも…………俺……アンタと……ブラックと……一緒に、いたい……!」
「――――……!」
目を見開いたブラックの瞳に、鮮やかな光が散る。
その瞳を見つめながら、俺は左手を差し出した。
「それらしいこと……出来ないかも、しれないけど……婚約って、どんな物なのかも分かんないけど……でも俺…………アンタと……ブラックと、ずっと一緒に居られるなら……よろしく、お願い……します……っ」
「ふあっ……ふあぁ……! つ、つかしゃぐん゛……っ!!」
今まで泣きそうだった顔が、ほころんでいく。
流れ星の光より輝いてるんじゃないかと思う程の笑顔を浮かべて、ブラックは涙を撒き散らしながら俺に一歩近付いて来た。
震える手が、琥珀色の少し大きな指輪を自分の左手の薬指にはめる。
ブラックのがっしりとした指に嵌められた指輪は、まるで指にしがみ付いているようにも見えて、星の光にきらきらと輝いていた。
その左手が、もう一つの少し小さな指輪を摘まんで見せる。
ブラックの瞳と同じ綺麗な菫色の宝石を噛んだ、もう一つの指輪を。
「ぁ……」
「つ、つ……つか、ツカサく……っ。は、はめる、よ……っ」
手が震えている。指輪を落としそうだ。
だけど、俺はブラックが手を取ってくれるまで待った。
既に箱を手放した右手が、俺の手を支える。汗ばんだ手に余計に緊張してしまって硬直してしまう俺に、ブラックは指輪を近付けた。
大きな手が、指輪が付けられた左手が、俺の左手に指輪を運ぶ。
その指輪が、俺の左手の薬指に通されて、根元に…………――――
「…………あ、あれ?」
俺の薬指の根元に指輪を差し込んだブラックが、変な声を出す。
指輪を上下させて何度か指の根元へと落とす行動を繰り返したが、しかし……その指輪は、スカスカと虚しく空を食み俺の指にフィットする事は無い。
試しにブラックが指を離してみると、指輪は重力に負けて落ち、指の下にだいぶん大きな隙間を作ってしまっていた。
「おぁ……」
「あっ、あ、あああああ大きさが違うううううう!?」
さっき喜んだと思ったオッサンが、今度は半狂乱で騒いで泣きだした……。
いや、うん、気持ちは解る。気持ちは解るけど、そんなに泣かなくても。
「ぶ、ブラック落ち着いて。な? ほら、涙拭いて……」
「うぁあぁあだっぇ、だってぇええ! ぼぐごんなかっごわる゛いのにっ、ゆびわ゛までっ指輪までこんなじっばい゛……っ」
「失敗じゃない、失敗じゃないって! だってほら、指輪って言ってもさ、別に指に嵌める必要なんてないだろ? むしろ俺達冒険者じゃ指輪なんて失くしそうで怖くてつけられないじゃん。だから、絶対失くさない首飾りにして……大事に、持ってる」
「う゛ぁあ゛、づがじゃぐん゛……」
ずびずびと鼻を鳴らし、今にも溶けそうなくらい顔をだるだるに落ち込ませて泣きじゃくるオッサンを宥めて、手触りの良いハンカチで顔を拭いてやる。
あ゛っ、これクロッコがくれやがったハンカチだった……いや、まあいいか。
指輪を落とさないように左手を握りつつ、俺は笑って見せた。
「俺だって、きっといつか成長するんだ。もう少ししたら、この指輪が似合う指になってるよ。それに、胸の所に在ったら……その……安心、するし……。とにかく、一番の宝物になるんだしさ、だから……絶対に切れない鎖……作ってくれるか?」
首飾り……ネックレスにしたら、絶対に失くさない。
それに、胸の所にずっとブラックの作ってくれた物があるなんて最高じゃないか。
婚約指輪だって示せないのはブラックにとっては不満かも知れないけど、いつかは俺だって似合うような大人になれるに違いない。だから、良いんだ。
今は、この指輪を大切に持っていたいから。
そんな思いを込めてブラックを見上げると。
「う、うぁあ、あぁあああ……つかしゃくん好きぃいいいいい!」
「おあぁ!?」
ちょっ、きゅっ急に抱き着くなあ!
やめろバカ、びっくりして指輪離しちゃうところだっただろうが!
折角プレゼントしてくれたモンを一秒で喪失させる気か!!
「ツカサ君好きっ、好き、好きぃいい……あぁあっ、あ、ああ、もっ、が、がまっ、我慢出来ない、好き、愛してる、ツカサ君愛してるっ僕の好きを受け止めてぇえ!」
「んん゛ん゛っ!?」
待て、なんかお腹の所にぐいぐい硬いのが当たってるんだけど。
熱くて硬いのがぎゅうぎゅう当たってるんですけど……!?
やだ、駄目だってば、こんな所でサカッてどうすんだよ。だめだってば!
「はぁっ、はっ、あ、あぅう……こっ、婚約者……婚約者セックスしよ……結婚しちゃう前のツカサ君っ、お、おほっ、お嫁さんにっ、僕の妻になる前の貴重な婚約者セックス……ッ!」
「ばっ馬鹿、こんな所じゃやだってばあ!」
ていうか何言ってんだお前は、婚約者せっ、あ、ああもう何それ!
そ、それにけっ、け、けけ結婚ってお前っ……!
「ツカサ君のお腹気持ち良いよぉっ、あっあぁ、射精しちゃいそう……ッ」
「もうばかー!!」
やばい、なんか押し倒されそうになってる。
このままじゃ星降る野外で婚約者の初夜を終えてしまう……そ、それはさすがに、良いメモリーとして思い出せない……っ。
婚約指輪貰った日にすぐその場でアオカンしたなんて、誰にも話せないじゃねーかこのアンポンタン!!
でも抱き締められてるから、どうしても抜け出せない。
それどころか、どんどん地面に体が近付いて行く。このままじゃ星を見ながら硬い煉瓦の上で人に話せない思い出を作ってしまう。それは駄目、さすがにナニをしてたかって説明出来なくなるじゃないか。そんなの絶対駄目だってばあぁあ。
「僕ツカサ君のナカで出したい、ねえ……セックス……セックスしよぉ……」
「う、うぅう……」
このままじゃホントにそうなっちゃう。
ずるい、さっきので俺が抵抗できないの知ってるくせに、まだ指輪を握ってるって解ってるくせに、押し倒そうとして来るなんて。
マジで駄目だったら、今は駄目……!
こうなったらいっそ、心を鬼にして怒るしか。
そう思って息を吸った瞬間。
――上の方から、何かが爆発するような轟音が聞こえた。
「うええ!?」
「なっ、なんだぁ!?」
咄嗟に音の発生源を見上げると、そこには――――
「あれ……あそこって……アスカーの秘密の部屋……?」
この展望台より上、巧妙に隠された部屋がある部分の煉瓦の壁から、なにやら煙が漏れている。確かあそこは、秘密の部屋の窓っぽいものがあった部分だ。
ということは……あそこに誰かが居るのか?
「ブラック……」
「…………はぁ……なんでこう、良い所で邪魔されるんだろう……」
「行きたくない」と言わんばかりのウンザリ顔で大きな溜息を吐くブラックに、俺は何と言っていいのやらと頭を掻いた。
そうは言いましても、異常事態なら仕方ないじゃないか。
良い雰囲気をぶち壊されるのは俺だってちょっとは残念だけど、でも、そもそも今は厳戒態勢には変わりないんだ。異常事態なら、確かめに行かないと。
「ほら、確認しに行くぞブラック」
「えぇ~……? 婚約した喜びに浸りながらセックス出来ると思ったのに……」
う、うむむ…………。
甘やかすのは良くない。良くないけど、でも。
今日ぐらいは……まあ……い、いいか。
「…………」
「はーぁー」
残念がっているブラックに、俺は少し躊躇ったけど……覚悟を決めて、ブラックの耳に手を当て囁いた。
「あ……後で……ベッドの上でなら……えっちしても……いぃ……から……」
今は指輪が落ちないか気になってしまって、イチャイチャしきれないっていうか……だから、その……ちゃんと、ベッドの上なら……。
「つっ、ツカサくっ、あっ、あぁあっしょっ、初夜、初夜だね!? 婚約者セックスの初夜だね!? うおおおお早く確かめよう早く済ませてセックスしよー!!」
「切り替えが早いー!!」
テメーこら今の態度ブラフじゃねーだろうな!?
思わず叫ぶが、ブラックは俺を抱き抱えると構わず走り出してしまった……。
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