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神殿都市アーゲイア、甲花捧ぐは寂睡の使徒編
4.アクセサリー、魅力+2
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やけに豪華な馬車に揺られながら、俺達は頭を抱える。
「……まさかこんな事になるとはなぁ……」
暗く沈んだ声で呟くと、真向いに座っているブラックが深く溜息を吐いた。
「だから面倒事はヤダって言ったんだよぉ……それなのに、ツカサ君がお節介を発動してどうでもいい一族なんか助けるからこんな事に……」
「ぐぅう……」
どうでもいい一族ではないが、しかしお節介でこうなったのは事実だ。
サスペンションのない馬車は揺れ、俺達はその度に柔らかい座敷から軽く跳んだり沈んだりを繰り返していたが、その事にすらもう感想の一言も言えない。
それぐらい、今の状況は如何ともし難いものだった。
気分を変えようとカーテンを開けて窓の外を見ても、気を紛らわす物など無い。
そこにはもう見知らぬ草原の道しかなく、青々とした草原に所々薄黄色の野草が茂っており、今までに見た記憶のない微妙に違和感のある光景で頭が少し混乱する。まあ、なんにせよ、車窓からの眺めが長閑であることに変わりは無いだろう。
これがただの楽しい旅路だったら、俺も色々注視してたんだけどなぁ。
「はぁ……」
思わず溜息が出るが、それはともかくとして。
どうしてそんな風になってしまったかと言うと……簡単に言えば、俺達はまんまと「国王様にアゴで使われて」しまったからなのだ。
――――事は、数時間前に遡る。
シアンさんが宿の部屋に来たすぐ後、俺達は素直に「迎えが来ている」という言葉に従い、騎士団と会うべく街の役場へと訪れた。
……その際、役場の場内に“やけに豪華な馬車”が停められている時点で気付くべきだったのだが……その時の俺達はスルーして、役場の応接室へと入ってしまったのだ。するとそこには、自分の迂闊さを呪いたくなる光景が待っていたのである。
なんと、その、応接室では……癖一つもない美しい金の髪を整え、銀光を散らす金と言う不可解な瞳の色をした、絶世の美男子が、ソファにゆったりと座っていた。
いや、この青年はただの美男子ではない。
彼は――――このライクネス王国の今代国王……
ルガール・プリヴィ=エレジエその人だ。
その国王様が、執事を横に侍らせて優雅に茶をしばきやがっていたのだから、俺もブラックも驚かずにはいられなかった。
…………やがったとか言うと不敬だな。失敬。
いやもう俺の脳内で反芻している話なんだから不敬もクソも無いんだが、とにかく「お前、現実で小説みたいな事をやるんじゃねえよ」な黄門様もアチャーするようなお忍びドッキリ訪問を国王はかましてくれたのである。
こうなるともう、俺達に拒否権は無い。他人などどうでもいいと豪語するブラックも、直接国王に突撃されると「相手をしなければ面倒な事になる」と理解したのか、勧められるままに素直にソファに座るしかなかった。
シアンさんもキュウマも「まあ召喚に応じるまでには余裕があるだろう」みたいな事を言ってたのに、こんなの寝耳に水過ぎる。
けれどもう色々遅いのだ。こうなるとなんとか乗り切るしかない。
俺とブラックは緊張した空気の中、なんとかルガール国王と薄ら寒い雑談タイムを終え、やっと本題に入る事になった。そこで言われたのが、これだ。
「さて、今回の“貸し”に対するお礼なのだが……いや、なに、別にお前達に無体な事をさせようとしているのではない。……ただ、この前の一件……プレイン共和国に属する【神域・ピルグリム】で何が起こったのか、少し土産話をして欲しくてな。……お前達なら、全てを語り聞かせてくれるだろう?」
ああもう、完全に想像した通りの「徴収命令」だった。
しかし、キュウマとも話したように、この話は一国の国王に話す事は出来ない。
どうしたものかと焦ったが……俺とブラックは、なんとかこの話を別方向へ逸らすべく、ここに来る前に伝えた「キュウマの案」を織り交ぜた事を国王に訴えた。
「それを明かすには……私達だけでなく、プラクシディケ議員の許可が要ります」
「だが、彼女は直接関わってはおらんのだろう」
「国家崩壊したと言えど、ピルグリムは今もプレイン共和国に属しています。そしてその島は【神聖な神の領域】として扱われてきました。その聖域の内部構造を、他国の……大国を指揮する国王陛下に“プレイン共和国の許可もなしに”お伝えするのは、さすがに一介の冒険者には過ぎた行為ではないかと」
ブラックのソツのない冷静な言葉に、ルガール国王は片眉を上げた。
「ほう、国家間の問題に発展すると申すのか。領域荒らしが飯の種である街鼠と仲の良い冒険者が面白いことを言うな」
「事実ですので。……我々は“望まぬ事故”で、偶然ピルグリムへ上陸する事になり、島の概要を知ってしまいました。ですがそれは、運命の成せる業です。教会の聖地に『扉に選ばれぬものは、聖地を知り得ても決して聖地を荒らすなかれ』と言う言葉がありますが、一国の聖地も同じではないかと。生憎と我々は、しがない冒険者です。どこぞの国に籍を置くとて、他国に入ればその国の法律に従うのが定め。ですので、我々の判断だけで話す訳には行きません」
要するに「ピルグリムの持ち主であるプレイン共和国に話を付けないと、詳しい事は話せない」とブラックは言っているのだ。
これは上手い。俺は全然どうするか思い浮ばなかったけど、そう言われればそうだよな。ピルグリムはプレイン共和国の領海に浮かぶ島だ。その所属がプレインである以上、俺達には他国に情報を漏洩させないように口を噤む義務が有るのだ。
そうしなければ、最悪縛り首なんて国もあるだろうしな。
他の国の法律や冒険者の事を良く知っている熟練冒険者のブラックだから、こんな「私は喋りたいんですけど法律がねぇ~」なんて言い訳が思いついたんだろう。
ルガール国王も、こちらがその事を持って来るとは思わなかったのか、以前の彼の尊大な言動からは少し似つかわしくない詰るような言葉を漏らした。
「お前達と私の間だけの話だ、と申しても話さぬつもりか」
言葉に窮したような相手の返答に、ブラックは意に介さぬような顔で首を振った。
「これでも我々はまっとうな冒険者ですので……他国の重要な情報は、話せません。例え我々が“あの一件がどれほど間抜けな早とちり”だと知っていようが、その迷惑な“早とちり”に島の事が含まれるなら口を噤むしかないのです」
「鞭打ちや焼き鏝で拷問を加えようが?」
「時に腕が千切れる事も有る冒険者に、その程度の拷問が通じるとでも」
俺はバッチリ話しちゃいそうなんだけど……と言いかけた言葉を飲み込んで、顔は必死に「ブラックの言う通りだ」と言わんばかりに引き締める。
ここで俺がボロを出したら負けだ。この陰険国王は、毎回毎回俺の痛い所を突いてクスクス笑うような嫌な奴なんだから……なんて、思っていたのだが……。
意外な事に、国王はこれに納得したのか「では仕方がない」と言ったのだ。
いつもは逃げ道を塞いで無理矢理言わせるような、腹黒な国王なのに。
でも今回はキュウマとブラックのお蔭で、利益なしと判断して引いてくれたのかも知れない。少し喜びかけたが……相手は、やっぱり腹黒だった。
「では仕方がない。他の物に協力を仰ぐしかないな」
「……?」
「ああそうそう、これは世間話なのだが……この前、手入れをしたばかりだと言うのに、またもや蛮人街が騒がしくてな。……一人、蛮人街に詳しい女将でも呼んで話を聞いてみようかと思っておるのだ」
「――――――!!」
思わず、体が飛び起きる。
机をバンと叩いて立ってしまったが、でも、そんなの構っていられなかった。
このライクネス王国には、スラム街に似た「蛮人街」という区域を持つ大きな街が幾つか存在する。その蛮人街の一つ、ラクシズという街には……俺にとても良くしてくれた女将さんが営んでいる、小さな娼館が在るのだ。
それを、国王は知っている。知っていて、そんな事を言ったのだ。
暗に「お前達が喋らないなら、他の物を拷問してみるか」と臭わせながら。
「さあ、そろそろ王宮に帰る事にしよう。私も暇ではないからな。何の収穫も得られないのなら、ここに居る時間も惜しい」
「まっ、待って下さい!」
「……お前達には、判断できぬ問題なのだろう?」
「かっ……代わりに……おみやげなら……あります……」
そう言うと、ブラックが俺の腕を引っ張って「言うな」と首を振る。
確かに、俺の目の前のルガール国王は何かを理解しているかのように、ニヤニヤと笑っていた。でも、女将さんの事を持ち出された以上、もう黙っているワケにはいかなかった。「土産」をちらつかせる以外に、相手を止める方法が無かったんだから。
……にわかには信じがたい言葉だったが、キュウマの「国王はお前のチートな力を欲しがっている」と言う言葉に賭けるしかない。
チート能力を持っていてもちっぽけな冒険者でしかない俺には、これしか女将さんを助ける方法を持っていないのだから。
「……ほう? 土産とは気が利くな。私に“ヒマ”を作ってくれる土産か?」
「そうなるかは……解らないけど…………ピルグリムの報告の一件をプレイン共和国に伝える間…………俺が、黒曜の使者の力で何か、お手伝いします」
「ツカサ君!」
「それなら、待てませんか」
俺がそう言い切ると――――国王は、ニヤリと笑った。
まるで、その言葉を待っていたとでも言わんばかりに……。
「………………ツカサ君は、あのクソ眼鏡に『黒曜の使者の力をちらつかせて時間を稼げ』って言われたみたいだけどさ、結局あの国王が欲しかったのはツカサ君の能力だったんじゃないの……?」
「言わないで……」
国王野郎があの笑みを浮かべた時点で、俺も気付いてたから。
すぐに「じゃあ丁度任せたかった案件が有ってな」なんて言い出されたら、アホな俺でも流石に気付いちゃったから……。
けど、こうなったらやらなきゃ仕方ない。
どの道、俺達には拒否する選択肢なんて無かったんだ。こうなったら、シアンさんになんとか国王を欺く計画を考えて貰っている間は、任務にいそしむしかない。
だから俺達は、国王が「乗って行け」と貸してくれた馬車に乗って「国王の頼み」を果たすための場所に向かっているのだ。
……まあ、心情的に納得した訳じゃ無いから、こんなに沈んでたんだけどね。
「にしても……どこに向かってるんだっけこの馬車」
「えーと……確か、僕達が前に滞在したファンラウンド領の隣にある“エーリス領”の中心都市である【アーゲイア】って所だね……」
「ファンラウンド領って……ロクショウが修行してるセレーネ大森林が有る所か!」
ああそうだ、そうだった!
俺の相棒でもある世界一可愛いヘビちゃんが魔族のお姉さんと修行しているのは、まさにそのファンラウンド領ではないか。
と言う事は、時間が有ったらロクショウに直接会いに行けるのか!
もう週に一度笛を吹いて呼び出さなくてもいいのか!
「うおおお早く役目を終わらせてファンラウンドに向かうぞブラック!」
「元気だねえツカサ君……セックスもそのくらいやる気になってくれたらなぁ」
「お前ほんとに落ち込んでる!?」
なんでそっちの方向に行くんだお前の思考は。
まさか今まで落ちこんでいたのも嘘じゃなかろうなと睨むと、ブラックは「いや、その気持ちは本当だよ」と言わんばかりに手をひらひらと振り、懐から何かを取り出した。
それは……意外な事に、ブラックが持っているとは思わなかった物だった。
「それって……眼鏡? なんで眼鏡もってるの?」
ブラックって別に目が悪い訳じゃ無いし、むしろめちゃくちゃ良い方だよな。
異世界人だからなのか夜目も驚くほどに効くし……なのに、どうして眼鏡を持っているのかと首を傾げると、ブラックは溜息を吐きながらそれを掛けた。
「僕の記憶が確かなら……アーゲイアって多分、僕にとっては滞在しづらい街だったような気がするんだよね。だから、シアンに言って眼鏡を取り寄せて貰ったんだ」
「ブラックには滞在しづらい……? なんで?」
よく解らなくて、眼鏡をかけた相手の顔を見る。
すると――――
「あっ……!? あ、あんた、その目の色どうしたの!?」
そう。
フレームのない丸い眼鏡をかけているブラックの瞳は……宝石みたいに綺麗な菫色では無く……なんと、青い瞳になってしまっていたのだ。
驚いて至近距離まで近づいてまじまじと見てしまうが、やっぱり青色だ。
その瞬間にガタンと馬車が揺れて、俺はブラックの腕の中に飛び込む形になってしまった。う、うう、痛いし恥ずかしい……っ。
自分のドジを悔やむ俺に、ブラックは渋い顔からやっと苦笑に表情を変えた。
「これはちょっとね。……まあ、アーゲイアに到着したら解るよ」
「…………?」
いつになく大人しいブラックに少し違和感を感じたが……今は、首を傾げるぐらいしか俺に出来る事は無かった。
→
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