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交易都市ラクシズ、綺麗な花には棘がある編
19.便利過ぎるけど危ないオッサン1
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「いやぁすみません執事さん、馬車から食料を降ろすの手伝って貰って……」
「ははは、気にしないで下さい。こう言う事は男の仕事ですから」
玄関前の停車場で頭を掻く俺に、執事のおばあさんは快活な笑顔で答える。
ありがたいお言葉だし本当に助かってるんですが、俺も男なんです執事さん。
もう一度言いますが、俺もれっきとした男なんですよ執事さん……。この世界ではメスだけどちゃんと付いてるんです、肝っ玉もそれなりだと自負してるんです……。
……とは言え、今は執事さんのそんな古風な認識を利用しているので、反論なんぞ出来ようはずもない。「利用している」という事への罪悪感も相まって、俺は平然を装って笑うしかなかった。
うう、利用してごめんなさい執事さん。
でもウィリットが事件に関わっているのかどうかを調べるには、どうしてもこうやって非力ぶって手伝って貰うしかなかったんですぅうう。
「いやはや大きい箱ですな。これには何が入っていらっしゃるので?」
「あ、えっとそれは……」
「中を拝見しても?」
「は、はい」
思わずギクリとしてしまったが、怪しい物なんて入れてないぞ。
少し硬く締めてある木箱を開けるのに躍起になっていて、玄関の扉を開けている事を一瞬忘れたであろう執事さんの顔を見て――俺は、とっさに前庭の茂みを見た。
その刹那、素早くそこから影が動き、玄関の奥へと消える。
「なるほど、バターテですか」
「は、はい。甘いし腹持ちも良いですし、なにより美味しくて栄養が有るので……」
木箱の中に危険な物は無いと納得してくれた執事さんに、俺は引き攣らないように必死で笑顔を向けつつ内心ガッツポーズをした。
……というのも、今のが俺達の作戦だったからだ。
昨晩、今後の事を話し合った俺達は、どうやってウィリットの館に忍び込むか考え――――もっとも簡単な方法……玄関からブラックを侵入させる事を選んだ。
まあ、今の屋敷には執事さんしかいないし、少々潔癖気味なウィリットの言い付けで戸締りは厳重だけど、人に反応する障壁や術は無いみたいだったから、出来るだけ別荘に痕跡を残さないようにと思ってこの方法にしたんだよな。
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えー……ともかく。
執事さんに手伝って貰って食料を調理場に運び込んだ俺は、誰も居なくてガランとしている更衣室で服を着替えた。…………あの古風なメイドさんスタイルに。
「…………見せたくねえなこれやっぱ……」
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「ぐぅうう……」
律儀に黒く長いスカートをパスパスと手で叩いてホコリを落とすと、俺は酷く憂鬱な気持ちで調理場へと向かった。
そこでブラックが待機しているはずだからだ。
執事さんには事前に「下拵えを先にします」と伝えているので、これもまたなんらおかしい事は無い。無いのだが……。
「っ……!?」
俺が到着した途端、調理場のどこかからガタンと大きな音が聞こえる。
見渡すと、食器棚の影の部分がゆらりと揺らいだのが見えて俺は息を吐いた。
「あのなっ、何も言うなよって出掛けに言ったよな!」
一生懸命小さく声を抑えながら、空間の揺れ……いや、今まで曜気を纏って隠れていた相手に近付くと、徐々にその姿が見えてだらしない顔が現れた。
眉を寄せてヨダレを垂らした赤面。イケメンの欠片も無いスケベ顔だ。この野郎、また分かりやすい顔しやがって。
「つ、つっ、ツカサくっ……ツカサ君たら、なんて格好してるんだいっ! どーして雇われてスグの時に教えてくれなかったの!? こんなスケベな服だって知ってたら、持って帰って来てって言ったのにぃい!!」
「そう言いそうだから嫌だったんだよ!! ともかく静かにしてろよっ。まず下拵えしなきゃいけないんだから」
頼むからここで発情するのは勘弁してくれ、と睨むと、そこは理解しているとでも言いたげにブラックはこっくりと頷いた。
本当かな、信用出来ねえんだけどな毎回の事だから。
でも睨み続けていても始まらないワケで、俺は仕方なくブラックに背を向けて野菜の下拵えを始めた。
「んーと、ハチミツハチミツ……」
家から必要な物だけ入れて持って来た小袋から、定期的に届けて貰える【蜂蜜玉】とその他諸々の材料を取り出すと、手早く用意を始めた。
「ツカサ君なに作るの?」
「ん? いや、サツマ……じゃなくてバターテの蒸しパンでも作ろうかと思ってさ。お姉さま達に料理を作った後の食材がまだ残ってるから、点数稼ごうかなと」
「ヤな奴に点数貰ってどうすんのさぁ」
「どうするって……雇い主なんだから出来るだけ喜んでもらうのは当然だろ」
何が不満なのか分からないが、料理を作る役目を帯びている以上は美味しい物を作って喜んで貰うのは当然の事ではないのだろうか。
そりゃウィリットの事は信用してないけど、それとこれとは別だしな。
そう思いながら、俺はバターテ(サツマイモのような味で見た目はデカい石ころ)の皮を剥いて適度な角切りにして水に暫し漬けると、そのあと手作りバターと蜂蜜で絡めてほんのり味を吸い込ませつつ、テキパキとパン作りに入った。
玉子をいれてかき混ぜ牛乳代わりのバロメッツのお乳と溶かしたバターを投入し、粉類をさっくり混ぜた後で蜂蜜を絡めたバターテを入れると、蒸し器で蒸かす。
そう、これは蒸しパンだ。昔ばあちゃんの家で一緒に作った事があるオヤツなのだが……正直、今となっては少々記憶が怪しいので、レシピが合っているのか不安だ。けどまあ、ベーキングパウダー代わりの「膨らし粉」というのがこの異世界には有るので、パンになってくれはするだろう。マズいという事にはならない……ハズ。
「ツカサ君これなあに?」
「蒸しパンだよ。あとで一個やるから静かにな」
「うんっ」
こういう時ダケは素直なもんで、ブラックは簡易で作った蒸し器が白い煙を噴くのを眺めつつ、木箱の陰に座ってニコニコと笑っていた。
……こーゆー所は、害がないんだけどな……。
「……おっと、いかんいかん。もう蒸し上がったかな?」
フタを開けて確認すると、予想以上の光景に思わずビクついてしまった。
む、蒸し器一杯に、ぎゅうぎゅうに中身が詰まっておる。
あれ……む、蒸しパンってこんなだったっけ……。
…………。いやまあ、とにかくこれで完成だ。
火傷をしないように気を付けながら、中身を取り出して並べてみたら――ほんのり黄味がかった白いパンが、見事に膨れていた。
おおコレコレ、コレですよ!
上手く出来て良かった……やっぱ蒸しパンは、こうでなくちゃ。モコモコふわふわしてて、なんか美味そうなんだ。それが蒸しパンなんだ。そのパンの中にゴロゴロと甘いサツマイモが入っているのが良いんだまた。
試食とばかりに手が伸びて、一口パクつく。
「んっ……! めっちゃ完璧にデキてんじゃん!」
しっとりとした表面と、ふかふかの白い中身。そこに蜂蜜とバターで甘さが増した角切りのバターテがゴロゴロと入っていて、これがまた柔らかくてねっとり溶ける。
短時間漬けただけだが、甘すぎないのもまた素晴らしい。
温かいのがまた美味さに拍車をかけてるんだよな~!
思わず大きな二口目を披露してしまったが、それを見たブラックが菫色の目をキラキラと輝かせて、ヨダレを垂らさんばかりに手を伸ばしてきた。
「ツカサくん、僕も僕もっ!」
「はいはい、どーぞ」
たくさん作ったから、二個ぐらいどうってことあるまい。
ブラックにも出来たてのバターテ蒸しパンを渡すと、相手はすぐにがっつき、まず蒸しパンのふかふか具合に幸せになったのか蕩けた笑顔を見せた。
「んん~っ、おいひぃねぇ……! しっとりふわふわの白パンなんて初めてだよぉ」
「あんた本当そういうパン好きだもんな……」
「中に何か入ってるパンも良いねえ」
あまり甘い物が得意ではないブラックだが、今回のは気に入ってくれたらしい。
……バターテも保存が効くし、常備しておこうかな?
ブラックが食べたいと思ったら、すぐ作ってやれるし……って、んな惚気たコトを考えてる場合か。そのために婆ちゃんの蒸しパン作ったんじゃないっての。
「ん? ふかひゃ君、それ持ってくのぉ」
「当たり前だろウィリット様に作ってんだから。……お前も早く食べろよ。こんだけ沢山蒸しパンを作ったのは、証拠を探すためなんだから」
そう言いながら綺麗な大皿に蒸しパンを並べる俺に、ブラックはゴクンと喉を鳴らしてパンを飲み込むと、了解とばかりに頷いた。
「そうだね。あ、でもこのパンまた今度作ってね。ね?」
「わーっとるわい! ほら行くぞ!」
お茶やお菓子の用意をして大きめの台車に積み込み、最後に開いた場所にブラックを誘う。骨組みと車輪だけの台車なので、大柄なオッサンを押し込む……というのは出来ないが、足を掛けさせて載せればどうにか移動させられる。
これなら、ブラックの【隠蔽】も多少は動けるようになるかもしれない。
だが、ブラックはというと「心配ない」と言わんばかりに立ち上がって、俺に見せつけるようにして人差し指を立てた。
「あんまり使いたくないけど、こういう時に使わないと手間だからね」
「ん? 何を使うんだ」
そういうと、ブラックは意地悪な猫のようにニィッと笑った。
「ツカサ君忘れちゃったの? 僕が【幻術】を使えるってこと……」
→
※【コンシール】
第一部【パルティア島編】にて登場。
はるか昔にそう呼ばれていたが、今は【隠蔽】とだけ呼ばれている。
相手の視覚を騙し「そこに居ないように錯覚させる」術であり
【視覚拡張】と呼ばれる付加術の一種に関係しているが
停止している物に曜気を纏わせて視覚を騙し透明に見せているため
動けば術は簡単に解けてしまう。
しかし、強大な力を持つ術師であればゆっくり歩いて移動する事も可能
ちなみに最上位の【限定解除級】であるブラックの術だと
ゆっくり歩いて移動する事が出来る距離はせいぜい二十歩ほどである
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