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巡礼路デリシア街道、神には至らぬ神の道編
探究者ならば求めよ2
しおりを挟む「こんなとこに子供が来るなんて珍しいねえ。どうしたのボク。薬草でも取りに来たのかい? それとも木の実?」
いかにも「驚いたなぁ」と言わんばかりに目も口も丸く開いて近付いて来るのは、鼻の下にデッキブラシみたいな白髭をたんまり蓄えた、いかにも学者って感じの眼鏡おじさんだった。これで学者らしい服でも着てたら、完璧にキョージュだ。
ところどころ前髪が垂れている、だらしないオールバックの髪型もポイント高い。まあ、なんのポイントだって感じだが。教授ポイント?
いや、っていうか、このおじさん今さっき俺の事「ボク」とか言わなかったか。
もしかして俺、子供と勘違いされてる?
「おっ、俺十七歳なんですけど! 冒険者? とかしてるんですけど!?」
思わずどっかで見たような変な台詞で憤慨してしまうが、眼鏡の教授風おじさんは、人のよさそうな顔で「ええ? ほんとに?」と言わんばかりに俺を足から頭のてっぺんまで見て「ほぁ……」とか変な声をだしている。
なんだコラ、文句あんのか。
見えなくたって仕方がないだろ、この世界の子供は欧米みたいに十二三歳くらいになると既に大人の体付きになってる奴が多いし、俺みたいな普通のナリのヤツは逆に珍しいとかいうし。
でも俺がヘンなんじゃないぞ。こっちの世界が早熟すぎるんだ。きっとそうだ。
「うーん? そう言えば確かに、骨格は子供とは違うみたいだねえ。肉付きは非常に良く似ているけど、キミの場合はメスとしての良い性徴が見られるし」
「えっ」
「黒髪で小人……えーと……確か東国のヒノワとかそこらへんの民族がそんな感じだったかな? そっか、じゃ本当にキミは冒険者なんだねえ」
子供扱いして申し訳ない、と朗らかに笑って己の後頭部に手を添える、丸眼鏡の教授風おじさん。……メスという言葉は聞き捨てならないが、まあ置いておくとして――この人、もしかして只者ではないのでは。
だって、初見は間違ったとは言え、すぐに骨格とかを見直して俺がマジで十七歳だと見抜いたんだぜ? こんなの今までこの世界に居て初めてだぞ。
やっぱ教授だからか。マジで教授なのか。凄いぞきょうじゅ。
こんだけ観察眼が鋭くて、なんか頭良さそうなコトを言って俺を十七歳だと認めた相手に、妙に興味が湧いてきた。
……っていうか、そもそもこのおじさん一人でなんで こんな所にいるんだ?
「あの……俺の事はともかく、貴方はどうしてこんな所に? いくらライクネス王国の草原とは言え、一人だと危険なんじゃ……」
「ああ、心配いらないよ。ぼくも多少曜術は使えるからねぇ。まあ、冒険者のキミと比べたら手遊び程度の物だけど……」
なんだ、おじさんも曜術師だったのか。
ということは……冒険者じゃない別の専門職の人なんだろうか。
曜術師は水属性なら医師、木属性なら薬師、金属性なら鍛冶師やらなんやら……と、それぞれに属性を生かした職業に就いてる事が多いんだよな。
普段は意識して見てないけど、そう主張するのならと目を凝らして「曜気を見る」気持ちで目を凝らすと、おじさんの周囲に見慣れた緑色の綺麗な光の粒子が見えた。
ということは、薬師か何かなのかな?
「えーと……じゃあ、貴方は薬師さんなんですか?」
「ああ、キミ木属性だったの! おや~、ますます珍しいねえ。その容姿で、しかも木属性の冒険者なんて……でも親近感湧くなあ。あはは、よろしくねえ」
そう言いながら手を握って来るが、すんなりと受け入れてしまった。
ああ、アレだ。この人には、ブラックみたいなスケベ心を全然感じないからだな。同じオッサンでも雰囲気でこうも違うとは。いや、ブラックが特殊過ぎるんだろうなとは思うけども。
ともかく、おじさんには敵意も邪な心もないみたいだな。
いやスケベ心なんて普通はないんだけどな! ブラックのせいでつい、な!
ゴホン、まあ、それは置いといて。
「薬草を採りに来たんですか?」
「ああいや、ぼかぁちょっと違うんだ。この周辺に生えている植物の調査をしてて……うーん、そうだな……学術院って分かるかな? ぼかぁそこの教授なんだよ」
「きょうじゅ! やっぱりそうなんですか」
それらしいなあとは思ってたけど、やっぱり教授だったのか。
てか、学術院って確か……大陸南西の端っこの国【アランベール帝国】に存在する曜術師を育成するための学校みたいな所だよな。
チート小説で良く見る【魔法学院】って感じのヤツだ。
確か、大陸で唯一の曜術師専門のエリート学校とかで、そこを出た曜術師は、まず間違いなく良いトコに就職できたり力を付けたりできるんだっけ。
俺の薬師の師匠である【薬神老師】ことカーデ・アズ・カジャック師匠も、かつては院で教鞭をとっていたらしいが……あそこ、あまり良さげな機関ではないんだよなぁ。
俺は今まで、師匠を含む数人の学術院関係者と出会った事がある。その人達は殆ど良い人だったと記憶しているが、しかし、学術院自体の評判は良くないばかり聞こえてくる。っていうか良い噂を知らないんだわ。
それに、カーデ師匠の過去の話を聞いてしまった今は、正直関わりたくないなあと思ってしまう。このおじさんは良い人そうだけど、君子危うきに近寄らずだ。
ここはさっさと退却しようと思い、俺は握手を解除すると笑顔でさりげなく一歩足を後ろに動かした。しかし、相手は気にする事も無く。
「学術院知ってるの! いやぁ話が早い。ぼかぁね、そこで植物を研究していて……あっ、でもねえ薬師とかじゃないんだよ。いや関係あるけど、ぼかぁ大陸に存在する植物を採取観察して、詳細な図鑑をつくるのを目的にしてるんだ」
「えっ、じゃあ……植物学、みたいなもんですか?」
「おおっ、違いを分かってくれるんだねえキミは! いやいや、これは嬉しいよ!」
あ、ヤバイ。凄く喜ばせてしまった。
よく考えたらこの世界って学者センセーなんて数えるほどなんだよな。
となるとそりゃちょっとでも関心を示したら相手は喜んでしまうはずだ……あああぁ、早く逃げるはずが自分から足を突っ込んでしまった。
内心頭を抱えるが、こうなってしまってはすぐには逃げられない。
尿意も引っ込んでしまったので、俺は仕方なく相手の話に乗って早めに切り上げる事にした。あんまり遅くなるとブラックが不機嫌になるしな。
「まあその、俺も図鑑とかお世話になってるので……じゃあ、えーと……」
「ぼくの名前かい? ぼかぁリシュマリオ・バイカオーレン。植物を愛し研究する、陽気な【草木の精】さ! でも堅苦しいのはイヤだから、気軽にリッシュおじさんと呼んでくれたまえ。呼び捨てでもいいよ!」
………………。
よし、ナントカの精ってのは聞かなかった事にしよう。
「は、ハハ……リッシュおじさんは、ここに何かを探しに来たんですね?」
「ああ、そうそう! いやぁ、このデリシア街道にはナトラ教総本山から分布する、特殊な草花がたまーに紛れ込んでいてね。それがまた不思議で楽しいんだけど、今回は新しい植物が生まれていないかと探しに来たんだよ。いわゆる現地調査だね」
ほー。これってアレかな。なんかの研究者とか大学生のにーちゃんがよく言ってる「フィールドワーク」ってヤツか。学者の人って本当にそう言う事やるんだなぁ。
思わず俺も口をすぼめて感心してしまったが、そんな場合じゃないんだって。
いやでも、珍しい植物と聞くと気になって来るって言うか……。
……ちょっとぐらい聞いたって、バチは当たんないよな?
だって、専門家からの情報とかすっごい信用出来そうだし……。
「特殊な植物って、例えばどんなんですか?」
「うーんそうだねえ、一言で説明するには少々難しい……あ、そうだ。キミが冒険者なら、草木の知識は増えた方が嬉しいだろう? これをあげるよ」
そう言いながら、リッシュおじさんは上着に手を突っ込んでゴソゴソと探る。何をしているのかと首を傾げていると、相手は小さな紙束を渡してくれた。
何やら簡単なスケッチが描かれた、ぎっちり文字が詰まっているメモ。
これは……もしかしてその『特殊な植物』ってヤツの情報なのかな。
「あ、でもこれ、おじさんも使うものなんじゃ……」
「いやぁ良いんだよ。ぼかぁもう何度も見て覚えてるから。それに、それを書いたのは、ぼくだしね。役に立ててくれそうな人がいるなら渡して良いんだ」
「でも、何か機密情報とか……」
「ははは、いずれ図鑑に収めるためのものなんだから機密も何もないよ。ぼかぁただ知らない植物を見つけて調べてるだけだからね」
そう言って、リッシュおじさんはあっけらかんと笑う。
……何と言うか、本当に「研究一筋の研究者」って感じの人なんだな。
普通なら、自分の発表だからとか利益がとか考えて厳重に秘匿する物を、俺みたいに素性も知れない相手に「必要でしょ?」と渡すなんてしない。
自分の利益が損なわれるかもと隠すのが当たり前の事なんだ。
けど、この人はそんな事なんて微塵も考えていない。
きっと……新しい植物と出会い、それを研究することしか頭にないんだ。
この人は、それが一番楽しくて一番やりたい事なんだろう。
変わり者だなと思うけど、好きな事に一直線なのは良い事だよな。
「ありがとうございます。じゃあこれ、大事に使わせて貰いますね」
「そう言って貰えると嬉しいよ。いや、何だかキミとは妙にウマが合うなあ。時間が有れば植物の話をしたいけど……うーん、残念ながら時間切れだぁ。はぁあ……もう学術院に帰らなきゃ……」
懐中時計のような物を取り出して、何度も確認しては、実に残念そうに肩を落とすリッシュおじさんに、俺は思わず苦笑してしまう。
本当に邪気がないオッサンだなあ。
「ライクネスからアランベールは遠いですもんね。仕方ないですよ」
「だよねえ……あ、そうだ! じゃあ、いつかアランベール帝国に来る事があれば、是非学術院に寄ってよ。その紙束を見せれば、ぼくの研究室に案内して貰えるように言っておくからさ。ねっ、きっと来て。約束だ」
「えっえっ、あ、ま、まあその、いつか機会が有ったら……」
アランベール帝国に行く用事なんてあるかな……と思ったが、しかしこうも熱烈に言われては断わる事も出来ない。
握手をされて、壮年のおじさんに至近距離で「来てくれるよね!?」と問われては、断る方が悪いような気がしてしまう。俺は首を縦に振らざるを得なかった。
このおじさん、壮年だしブラックより十歳くらいは年上っぽそうなのに、無邪気さではかなり良い勝負だよな……何でこう、オッサンってのはこうなんだ。
いや、俺が関わるオッサンが特殊なのばっかりなのかも知れんが。
「いやあ本当だよっ、約束したからねえ! じゃ、学術院で待ってるね~」
本当に時間が無かったのか、そう言って再度強く俺の手を握ると、リッシュおじさんは小さい鞄を抱えて森から出て行ってしまった。
……あ、ホッとしたら何か尿意が。
「うーん、なんつうか、嵐のような人だったな……」
そこそこ隠れられそうな木陰を見つけてやっと用を済ませながら、俺は息を吐く。
良いおじさんではあったが、強引さではブラックといい勝負だったぞ。
まあでも……なんか凄く良いメモをくれたし、いつかお礼はしなきゃな。
「しかし、特殊な植物のメモってなんだろ?」
水の初級曜術【アクア】で水を出して手を洗い、改めて紙束の一枚目を見るが……細かい字過ぎて、異世界の文字に最近慣れたばかりの俺には読み取れない。
というか、クセ字なのかドレがナニかも解読できねえぞ。
学者ってのはなんでこう特徴的な文字でメモするんだ。
こりゃもう、ブラックに読んで貰うしかないな……などと思いつつ、草原の木陰に戻って来ると、そこには胡坐をかいて俺の帰りを待っているブラックがいた。
「ツカサくんおそーい!」
「ごめんごめん」
「ムゥ、なにかあったのか」
今まで寝ていたクロウが起き上がって聞いて来るが、鼻が動いているのでたぶん俺が誰かに接触した事に気付いているのだろう。
隠すことでも無かったので、今までの話を洗いざらい伝えると、ブラックは不機嫌そうな顔を更に歪めて、ぶすっと頬を膨らませた。
「ツカサ君たらまた僕の知らないところで知らない男と……」
「だぁーもー不可抗力だっつの! 大体、相手はフツーのおっさんだし、危険なんて何も無かったんだから、一々ドロドロするんじゃないっ」
「確かに、よこしまなニオイはしないな。花や草の汁のニオイがする」
流石は獣人、そんなことまでわかるのか。
……トイレに行ったすぐ後なので嗅いで欲しくないが、まあ、疑いを晴らす為なら仕方がないよな……恥ずかしがるのも今更な気はするが。
草原のそよ風でニオイが散れば良いなぁなどと思いながらも、潔白を証明できた俺はブラックに例のメモを渡した。
「んでまあコレがさっき言った紙束なんだけど……ブラック読める? もし何か料理に使えそうな物が有ったら、使いたいなーと思うんだけど」
何の情報もナシに薬に使うのは怖いが、この中で料理に使える植物が有れば、何か新しい物を二人に作ってやりたい。
そんな俺の考えに少し機嫌を直したのか、ブラックは口元を緩めながら小さな紙束をゆっくり捲って中身を確認するが――ガッカリした様子で肩を落とした。
「……残念だけど、食べられるようなものはなさそう……」
「え、そうなの?」
「うん……。だってこの紙束の植物、変なのばっかだし……これなんて、いかにもな毒汁が出てくる木なんだよ!? フツーに危険でしょこんなの!」
どくじるってお前。
いや、でも、それならそれで逆に注意しておいた方が良い物を知れるな。
「まあ食べられなくてもさ、知っておいたら今後の旅で役に立つかもしれないだろ? モンスターとかに襲われた時に使えるかも知れないし」
「そりゃそうだけど……」
「ともかく、歩きながらで良いから教えてくれよ。なっ」
出発しようぜ、と荷物を纏めリュックを背負った俺に、ブラックは納得していないような表情をしていたが、渋々と言った様子で立ち上がった。
うーむ、これは明らかに不服って感じだな。
何がそんなに納得いかないのかと不思議だったが、そんな俺の疑問に気付いたのか、クロウが近付いて来てコソッと耳打ちしてくれた。
「ツカサが、知らない男から知らない知識を教えられたのが気に入らんのだ。アレでも、ブラックは自分の知識に自信を持っているようだからな」
「あー、なるほど……」
ブラックも相当な知識量を誇る、それこそ歩く図書館みたいなヤツだけど……それでも、得手不得手ってのはあるもんな。
だから、俺としては知らない事が有っても別に当然だと思って気にして無かったのだが……考えてみれば、確かにこれは悔しいかも知れない。
俺だって、自分が得意な分野を人に奪われたらプライド傷付くもんな……。
そっかそっか、ブラックはやきもちを焼いていたのか。
まあ、そう言う事なら……。
「なあブラック」
「……なーに?」
いじけたように俺達の先を歩いていたブラックに追い付き、顔を見上げる。
分かり易く顔を歪めている相手に苦笑が浮かんだが、俺はブラックの背中をポンと叩いてニッコリ笑ってやった。
「俺にはそのクセっけの強い文字は読めないしさ、それに……俺が理解出来るように解説するにしても、それを考えるアタマが要るんだぞ? そんな器用なコトが出来るヤツなんて、お前しかいないだろ。……な?」
俺が異世界人だって事を知っている人は限られているし、なにより、大陸に関する知識を一番溜めこんでいるのはブラックしかいない。
なんだかんだ、俺だってブラックの事を信頼してるんだ。
じゃなけりゃ、躊躇いも無くメモを手渡したりしないよ。
そういう意味でブラックに笑いかけたのだが。
「ふ……ふへ……ほ、ほんと……? えへ、へへへ、ツカサ君、ぼ、僕のこと、そんなに高く評価してくれてるの……?!」
「いやあの、うん、まあ」
「ああんツカサくぅん! すきっ、好きぃいっ」
「あーもーだからそれやめーってぇええ!」
抱き着くなっ、道端で抱き着くなってばぁああ!
なんでそうお前って奴はコロコロ表情も態度も変わるんだよ!
必死に引き剥がそうとするが、やっぱりどうして大柄なオッサンは離れない。
思わずクロウに助けを求めるが、相手は「処置なし」と首を振った。
「変態につける薬ナシだ」
「ふふーんどうとでも言えっ、僕はツカサ君に頼られてる、ツカサ君が一番大好きな恋人なんだからね! ね~っツカサ君っ」
「天下の往来でアホなこと言うなああああああ」
機嫌が直ったのは良いけど、なんでこんな方向に話が行くんだよっ。
これ普通自信を取り戻してキリッとしてくれるシーンじゃないの!?
ああもう本当にブラックの野郎、なんでこうオッサンらしくないんだ。
リッシュおじさんと比べると、本当にブラックが特殊に見えて仕方ない。
だけど、リッシュおじさんのように朗らかなブラックというのも考えられないな……。
「ん? ツカサ君なになに? 僕にキュンとした?」
「…………してない……」
首をかしげるオッサンにキュンとするなんて、そんな奇特な奴どこにいるんだ。
リッシュさんの朗らかおじさんっぷりにドキッとするならまだ分かるが、カワイコぶりっこの中年とかどこに需要が在るってんだ。
そうは思うが、思うのだが……目の前で期待に満ちた菫色の瞳を見せられると……俺は、意味も無く顔を逸らしてしまうのだった。
→
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