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飽食王宮ペリディェーザ、愚かな獣と王の試練編
30.なにも出来ない1
しおりを挟む病院……いや、治療院の洗い場というのは、歴史の授業で見たようなデカい水桶に水がたっぷり入っている、それだけの狭い空間だった。
王宮と比べるとかなりの狭さだったが、しかし今はこの狭さの方がありがたい。
それに、幸い換気口のような狭い窓が一つあるだけだから、しっかりと扉を閉めてしまえば安心だった。……おかげで、俺は一息つく事が出来たのである。
とはいえ、さすがに暑いとはいえ行水は勘弁して欲しかったので、五右衛門風呂のようなデカさの水桶の水は【ウォーム】でお湯に変えさせて貰ったが。
…………なんだかちょっと気になって、何度も体を洗ってしまったが……ブラック達に何があったか気付かれないだろうか。
こんな事になるのは今更なので、ブラック達も気にしないでいてくれるとは思うけど――でも、後でどうなるか考えると怖い。
ブラックは怒らないかも知れないけど、でもクロウはどう思うか分からないよな。
もしかしたら、ショックを受けるかも知れないし……そう思うと憂鬱だった。
俺も嫌な記憶が蘇って情けないことになってしまったが、兵士達はあくまでも俺の事を命令で食おうとしていただけで、あの時みたいな醜悪なことにはなってない。
ただ、大勢の大人の男に囲まれて舐めまわされた……ってのもおかしいけど、それでもともかく、俺を害そうと言うより命令で食ってたっていう方が強かった。
だから、まだ耐えられる。“そういうことじゃない”と思えば、まだ正気を保てた。
俺はそれでいい。でも、クロウやブラックはそういかないだろう。
ブラックは、俺の事を大事に思ってくれている。前に幻術に間違ってかかった時も、俺に対して本当につらそうに謝ってくれていた。
この事を知れば、ブラックも傷付くだろう。自分が付いていながら、って。
……同じ立場なら俺だってそう思う。ブラックが俺を好きで居てくれることは充分に分かるから、だからこそ気付かれたくなかった。
それはクロウだってそうだ。けど、今回はそれだけじゃない。
自分の身内が俺を泣かせたなんて事を知ったら、クロウはショックを受けるかも。
せっかく今、チャラ牛王とブラックのおかげで自信を取り戻したのに、これじゃ元の木阿弥だ。そんなの、俺が泣かされるより嫌だ。
――――なら、この事は、風呂に入って洗い流すしかない。
二人に気が付かれないように何度も体を洗って、俺自身もあっけらかんとしてなけりゃダメだ。二人とも妙に聡いし、早く「こんな事は、なんてことない」って思えるようにならないと……。
怒りんぼ殿下がえらい速度で走ったから、まだ時間の余裕はあると思うけど……
「…………指輪、シャツごと剥ぎ取られちゃったけど……たぶんブラックは追跡機能とか言うヤツで追って来てるだろうしな。でも、剥ぎ取られて逆に良かったのかも」
一回でもあの防衛機能が発動してれば、兵士達に余計な傷を負わせてしまっただろうし、なにより……そうなったら、何かあったとイヤでもブラックにバレる。
船でも心配を掛けたばっかなのに、もう二人に悲しい顔してほしくないよ。
「……しっかりしろ、俺……そもそも俺が情けない顔をするから、アイツらが心配するんじゃんか。舐められたぐらいなんだって笑うくらいにならないとな……」
頭から湯を被り、何度も石鹸(らしきもの)で体を洗って、俺は首を振る。
ここまでやればきっと二人も気付かないはずだ。あとは……忍耐力しかない。
ぱん、と自分の頬を叩いてから、俺はやっと洗い場を出た。
服や持ち物は誰かが持って来てくれたのか、脱衣所に置いてある。
いつもの服装に戻り、やっと出てきた俺に、怒りんぼ殿下がいつものぶすっとした顔で近付いてきた。どうも、壁に凭れてずっと俺を待っていたようだ。
…………殊勝な態度だな。いや、王族に対して殊勝ってどこサマ目線だけども。
「ずいぶん洗ったな」
言われて、さっきの記憶が蘇りそうになりグッと堪える。
いかん、いかんぞ俺。ここは忍耐力だと言ったじゃないか。震えるよりも拳を握って、相手を睨みつけるぐらいの気力で行かないと。
そう思い返して腹に力を籠めると、俺は殿下をギッと睨み言葉を返した。
「……とんでもないことをされたので」
声まで無愛想になってしまったが、その俺のいつもとは違う怒り声になんとなく思う所があったのか、殿下は視線を泳がせながら腕を組んで口を更に曲げた。
「…………悪かった、と……言っている……。お前は“ワレン”のメスだと思ったから、オスに舐められるくらいなんてことないと思っていたんだ」
「だからそのワレンってなんですか。あと俺とブラックとクロウは……その……まあ、色々有りますけど、仲間なんですよ。そういうのじゃありません!」
ワケのわからない思い込みをするな、と眉間に皺をよせると、顔は不機嫌そのものだが反省はしているらしい殿下が「ワレン」という物の事を説明してくれた。
「ワレン」とは、簡単に言うと「獣人族の“群れ”の形態の一つ」らしい。
そういえば以前に聞いた事があったが、この世界の獣人達はみな【ポリガミア】とか呼ばれる“群れ”を形成しており、その中には様々な“群れの形態”があるのだそうで、この“群れの形態”という物の一つが【ワレン】なんだそうな。
【ワレン】は、他の四つの形態とは違う雑多な群れの総称で、俺達の分類で言えば“その他”といういわゆる少数派に属する形態だ。
狼みたいなオスリーダーを主体とする群れや、女王蜂みたいにメスリーダーを主体とする群れではなく、主に言われるのは……多夫多妻や、そもそも群れの中で夫婦とかを決めない群れらしい。
つまりは、乱交パーティーで子を増やすような“群れ”が、ワレンと呼ばれる。
無論他の形態も有り、オスリーダーでオス所帯なのにメスが一人だけ……なんて言う、俺達とよく似た境遇の群れも【ワレン】になるのだが……獣人の一般的な見方ではやっぱり乱交やってそうな感じに見えるのだそうだ。
いわゆる偏見ってヤツだな。
なので、怒りんぼ殿下も俺を「乱交好きの手慣れたメス」だと思ってたようで……
「って俺のどこをどーみたらそういうメスに見えるんだよ!!」
「見えるだろうが!! こんな美味そうな肉付きしやがって、オス慣れしてないなんてお前は王族のメスかっ! ありえんことを予知しろと言われても無理がある!!」
いやいやいや俺のことオスみたいだとか言ってたでしょうが!?
なんでそんな変な方向に思考が偏ってたの!?
あまりに自分勝手すぎて、脳みそまで勝手に暴走して振り回されてたのか。
そうとしか思えない支離滅裂な言葉に顔を歪めたまま目を見開くと、グワッと牙を剥いて俺に怒鳴った殿下は、ハッとしながらまたもや目を泳がせる。
さっきよりもかなり動揺しているようだけど、アンタ一体どうしたんですか。
「あの……」
「…………は……どうするんだ……」
「は?」
ちょっとイラッとしてたのでつい不機嫌な声で返してしまうと、相手の熊耳がわずかにピクリと動く。あまり耳を動かさないヤツなのに珍しいなと思っていると、俺に視点を合わせ難いような泳ぎ方をする目で、相手はちらっとこちらを覗いた。
「人族のメスは……こういう時、どうしたら……相手を許すんだ」
「…………えーと、それって……」
「ああもうわからん! なんだ、金かっ、家か!? 食い物か!! 俺が許されてやると言っているのにお前はなんて察しが悪いメスなんだ!」
「はぁあ!?」
何言ってんのこの人!?
なんかもう一から十まで居丈高っていうかワケがわからなすぎるんだけど!
俺何も言ってないのに、何で急に許されてやるとか言ってんのこの人。
許すもなにも、まだそういう話に言ってないんだけども。つーか俺、何をして欲しいとか願ってもいないんですけど!?
「貴様ッ、俺がこんなに許されてやると言っているのに何を……っ」
と、逆恨みはなはだしいオッサンが俺に掴みかかろうとした、その時。
――――ぐう、と、俺の腹から気の抜ける音が聞こえた。
「…………」
時が止まる。
う、うわ、こんな状況でグウって……なんちゅうタイミングで腹を鳴らしてんだ。
あまりのタイミングの悪さに顔が熱くなるが、そんな俺を見て何故か怒りんぼ殿下はハッと目を見開き眉間の皺を深くする。
「そ、そうか……腹か! よし、わかった来い!」
「どわぁっ!? ちょっ、ちょっとまた抱えるの止めて!?」
ワケもわからぬうちにまた脇に抱えられる。
もう相手が何を思っているか全然わからず、なんとか逃れようとしたのだが……やっぱり俺の力では逃げ切れるはずもなく。
今度は治療院の外にずかずかと連れ出されてしまった。
……あ、あの、許す許さないの前に、こっちの話聞いてくださる!?
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