異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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飽食王宮ペリディェーザ、愚かな獣と王の試練編

32.言うが易いか守るが易いか

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 ハレムの厨房に立ってまだ数回の俺だが、何日も立っていると何がどこにあるかという勝手が解って来た。

 水場の近くには水瓶やスープ用の壺があり、かまど近くの棚にはすぐに料理を皿に盛りつけられるように食器棚と盛り付け台がある。
 煮炊きをしやすいように、かまどの横には調理台と洗い場が置かれていた。

 ――コンロの横に調理台などがあるのは俺の世界と同じだが、使っている内にある事に気が付いたのだ。

 それは、この厨房が実に使いやすく整頓されていることだ。

 俺が来るまでは、掃除はされているもののほぼ誰も使っていないような感じだったのに、それでもここは料理しやすいように誰かに整えられている。
 侍女のお姉さん達が使っていたのだろうかとも考えたが、そんな感じでもない。そもそも、ハレムで調理を行う事はあまりないって話だし……だとしたら、この厨房を、俺みたいな初心者でも使いやすく整えてくれたのは誰なんだろう。
 夕食を作った後にふと考えて、俺は厨房を見回した。

 ……王族と、その王族に選ばれた者だけが入る事を許されるハレム。
 その厨房なので、当然綺麗な紋様が壁を彩っていたり、流水が常に満たされてる水場も美しいタイルで囲まれているが、ちょっと味気ない。

 ここを整えてくれた人はシンプルな感じが好きだったのか、それともその人が既にここを去っているから……飾られていた物も撤去されてしまったのか。

 色々と考えてしまうが、今それをこねくり回しても仕方のないことだ。
 だけど、こうやって一人で静かに皿を洗っていると……なんだかそういう「俺が知らない昔の事」を考えてしまうのだ。

「……オスは入れない、っていうか基本入らないって言ってたから、ここを使ってたのはメスの人だろうとは思うけど……」

 でも、ルードさんもアンノーネさんも入って来てたし、なんならチャラ牛王まで平気でやって来てたもんな。ハレムだからってのもあるかも知れないけど、そこまで厳格な掟というワケでもないのかも。
 つーか王宮の厨房もオスの料理人達ばっかりらしいしなぁ。……実はオスの人が、ここを使ってたのかも……うーん、わからん。

 ともかく、俺はそのメスの人に感謝しないといけないな。
 だって、ここが王宮の普通の厨房だったら、俺は何がどこにあるのか解らなかったかも知れないんだし。今日もブラック達に即座にメシを運べたのも、以前この厨房を管理してくれていた人のおかげだろう。先人に感謝だ。

「先人、かぁ……」

 洗った食器を水切りで丁寧に撫で、乾燥させるために窓際の食器立てに置く。
 その食器の多さを見ながら、俺は今日ふと考えた事を反芻した。

 ――――今日は戦場に駆り出されたり、とんでもないことを殿下にやらされたりと、嫌な方向に盛りだくさんな一日だった。
 トラウマを掘り起こされたり泣いたり、もう思い出したくもないが、しかし……怪我の功名というのか、今日の事のおかげで怒りんぼ殿下が少し大人しくなったし、それに堅苦しい敬語も使わなくて良くなった。

 アンノーネさんは「何故敬語をやめたんです」と不機嫌そうだったが、正直まだ力を取り戻していない殿下と何日か過ごすとなると、敬語ばかりでは疲れてしまう。
 それに、俺が殿下と気安くなったことでブラックもさらに遠慮しなくなり、自然と殿下を牽制するように動いてくれるようになった。

 これはデカい。何がデカいって、必要以上に委縮しなくて良いのがデカい。
 俺やブラックは普段は年齢とか関係なくタメ口だし、そもそも冒険者は老人に敬意を払う事は有っても、同業者なら基本はタメ口だ。
 だから、いつもは使わない言葉を使うせいでカチコチになってたんだけど……殿下に敬語を使わなくて良いとなったら、そのカチコチも少しは軽減する。

 何故「敬語じゃなくていい」と殿下が言ったのかは分からないけど、これはこっちが主導権を握るチャンスともいえる。
 ……でも、どうして急にこんなことを言い出したんだろうな。

 お詫びのつもりなんだろうか?
 でも、肉でチャラにしようとしたり「許されてやる」なんて言う相手が、そんな殊勝な事をするのだろうか。考えても良く分からん。

 だから、ハレムに帰って来てからはずっとその事を考えていて……。
 ふと、この場所の「昔のこと」が気になってしまったのだ。

「そういえば……クロウ達の子供の頃って、どんなだったんだろう……」

 考えてみると、そこもちょっと不思議だ。
 だって、爺ちゃんも含めてクロウ達は全員苗字が違う。

 ドービエル爺ちゃんはアーカディアで、クロウはメイガナーダ。
 怒りんぼ殿下……カウルノス殿下は(さっき確認したら)カンバカランって苗字だし、ルードさんこと末弟のルードルドーナさんはアーティカヤ……。

 親戚の王族である、黒髪黒ヒゲのイケおじ紳士なジャルバさんが“ナーランディカ”という家名なのは別におかしくないけど……クロウと殿下は間違いなく兄弟なのに、何故苗字的な所が違うんだろう。
 以前、クロウにドービエル爺ちゃんの事を聞いた時、真面目に「父上の名前や家名を知らなかった」とクロウは言っていたが、その時も何か理由があって家名が違うと言っていたような気がする。

 だとすると、その理由は何なんだろう。
 もしかして母親が違う……とかなのかな。

「クロウ……ここに居たんだよな。どんなふうに暮らしてたんだろ……」

 殿下に虐められたりとか……いや、そうとは限らないよなあ。
 クロウ自身はトラウマになっていても、王宮が嫌いとか言う雰囲気じゃ無かったし、殿下やルードさんに対しても怯えこそすれ、逃げたりはしなかったし……。
 案外、子供の頃は仲良かったりしたんだろうか。

 ドービエル爺ちゃんの様子からすると、三人とも平等に愛してたっぽいもんな。
 もし奥さんが三人いたとしても、仲は良かったに違いない。

「…………」

 でもそれは、あくまでも俺が考えた妄想に過ぎないんだよな。
 結局は、クロウに話して貰わないとソレが本当かどうかはわからない。

 ……こういう時、悩んじゃうよなぁ。

「無理に話して欲しくないし……誰かに聞くのもなぁ……」

 ブラックもそうだけど……思い出したくない過去ほど、話すのにも勇気がいるんだ。その苦しさは俺にも分かるから、未だに俺はブラックの過去を知らない。
 知りたいとは思うけど、それを話すことでブラックに苦しんでほしくないから、ブラックには「聞いて欲しいと思うまで待つ」と言ったのだ。

 だから、もしクロウにも辛い記憶があるのなら……何も言えない。
 俺がどんなに「なんでも受け止める」と言っても、相手にだって覚悟やタイミングが必要なこともあるだろう。「話して」ですぐに過去を語って貰えるのなんて、お話の中だけだ。そんなに簡単に行くなら人間関係で悩んだりなんてしないだろう。

 でも、だからこそ、もどかしくもあるわけで。
 ……俺が覚悟していても、どうしようもないんだ。こういうのは。

 話してくれるその時まで待つしかない。
 俺だって、今日、二人に言えない記憶が出来ちまったんだし。

「はぁー……。ほんと難しいよなぁ……」
「なにが難しいのだ?」
「んん゛っ!?」

 なっなっ、だ、誰だっ。また新たな刺客かっ。
 もうアイスクリームは次に作るまでありませんよ!

 慌てて振り返る、と、そこには……今脳裏に浮かんでいた相手が立っていた。

「どうした。そんなに驚いて」
「く、クロウか……」

 考えている途中で口を挟まれたのでびっくりしちゃったよ。
 本人が出て来るなんて心臓に悪いなもう。

「皿洗いを手伝おうと思って来たのだが……もう終わるのか。すまん」
「気にすんなって。それより、手伝おうとしてくれてありがとな」

 ブラックは現在甘えん坊モードなので、たぶん今は不貞腐れて自分のベッドで酒でも飲んでいるだろうし、殿下達はそんな気など微塵もなかろう。
 クロウだって今日は疲れただろうから、休んでくれてて良かったのだが……それでも俺の手伝いに来てくれると言う所が実に優しい。

 うーん、俺が女だったらキュンと来てたんだろうなあ。
 でも俺からすると、なんか「子供がお手伝いしに来てくれて嬉しい」みたいな感情の方が強くて、キュンというかジーンとしてしまう。相手はオッサンなんだがな。

 まあそれはともかく。
 クロウは本当に優しいなあ……。だからこそ、あんまり詮索したくないんだよな。
 優しいからこそ、俺達以上に感情を押し込んじゃうところもあるワケだし。

「ムゥ……ツカサは優しいな……」
「な、なに急に……」
「……今日は、兄上に振り回されて疲れてるだろうに……それでも仕事を全うして、オレ達の事も心配してくれる」
「いや、だって、アンタら今日は戦闘したり大変だったし……」

 巻き込まれたのはクロウ達も同じだろ。俺は後衛なんだから、出来る事でアンタらをサポートしなくちゃ。でなけりゃ、ホントに役立たずになっちまう。
 当然の事だと相手を見上げると、クロウは褐色の頬を少し緩めて近付いて来た。

 そうして、俺をぎゅうっと抱き締める。
 ……無言で真正面からやられると、ちょっと照れるな。

「ツカサ……」
「な、なに……?」
「……オレも、ツカサに甘えたい……」

 ええと、それって……一緒に寝る時にまた甘やかせってことかな。
 まあ、いつものようにって事だよな。子熊のようにヨシヨシと……うん、まあ、考えると中々にエグい絵面だけど、それは今更か。

 とりあえず、それくらいならお安い御用だ。

「子熊のようにだっけ」
「ム……。今日は、もっと甘えたい……」
「もっと?」

 それはどういう意味だろうかとクロウの顔を見つめると、橙色の瞳が揺らいで、俺の顔をうっすらと映した。

「……もう寝るか?」
「うん、まあ……。もうやる事もないしな」

 片付けは終えてしまったので、あとは閑談するか眠るかくらいだ。
 そう言うと、クロウは鼻息を軽くふいて俺の体を離した。

「では早く寝よう。海征神牛王殿下がいる今夜は、まじないも抑えられている。兄上は別の場所で寝ているだろうし……恥ずかしがることも無い」
「う……うん……。うん……?」

 何を言ってるんだかわからないが……クロウも元気になってくれたみたいだし、まあいっか。もうそろそろ、ブラックが一緒に寝る約束を無効にしそうだしな。
 クロウが今のうちに甘えたいと言うのなら、そうさせてやろう。
 元気になったと言っても、まだ不安なんだろうしな。

 そう思いながら、俺はクロウに手を繋がれて厨房を後にしたのだった。










 
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