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飽食王宮ペリディェーザ、愚かな獣と王の試練編
密なる花園2
なんだかのっぴきならない雰囲気だけど、こうなったら乗りかかった船だ。俺も潔く「家政婦は見た!」とばかりにブラックと共犯になろうではないか。
……いや、俺も正直“忌まわしいアレ”というのが気になっちゃったからだけどな。
で、でもしょうがないじゃないか。
今後俺達に火の粉が降りかかってくるかもしれないし、そうならないためにも今の内に出来る事がある話ならちゃんと聞いておかないと。
だからこれは正当な盗聴なんだ……とワケの分からない弁解を心の中でしつつ、俺はブラックに背後から抱き着かれながら再び耳を澄ませた。
すると、まだイライラしているのか怒りんぼ殿下がガシガシと髪を掻き乱すような音を出しつつ、またもや低く唸るような声を漏らした。
「ただでさえ窮した状況だというのに、このうえ厄介者と脆弱な人族の相手をしろと言うのか! それだけでも苦痛だと言うのに、そんな奴らと……っ」
「それにしては、あのメスにはだいぶん殊勝だったような気もしますが」
「ふざけるな、お前が有能な弟でなければ引き裂いて殺すところだ」
「おお怖い怖い……。ですが、これは海征神牛王陛下のお考えです。……あの方は姿同様の若い獣と同じ言動をなさいますが、そのお考えは例え戯れであっても全くの無益ではない。それは兄上もご存じでしょう」
なに、チャラ牛王の話?
またあのお騒がせ王が何かやらかしたのだろうか。
ちょっとイヤな予感がしつつも黙って聞いていると、怒りんぼ殿下はイラついたような溜息を大げさに吐き出して床をダンと足で踏んだ。
相当怒ってるみたいだ。でも怒り方が微妙に子供だな……。
「だとしても受け入れられるかどうかは別だろう! せっかく厄介者が消えて平穏な国になったというのに、これ以上アレの好きにさせてたまるか!」
「ですが兄上、そう思われるのであれば……此度の事は絶好の機会と言いかえる事も出来ますよ」
どこまでも冷静なルードさんの言葉に、怒りんぼ殿下の呼吸音が聞こえる。
さっきはカリカリ怒っていたが、ルードさんの言葉に耳を貸す気持ちが出来たのか、今は軽く唸る声は聞こえるもののそこまでの音量ではない。
そんな相手に、ルードさんは少し笑っているような声で提案した。
「兄上と彼らしかいない……それはつまり、誰も監視者がいないということ。ならば、その間に何が起こったとしても……陛下……父上には、何も言えますまい」
「…………俺に父上を謀れというのか」
「おや、それは心外ですね。アレはともかく、敬愛する父上を騙すなんて出来るはずも無い。分かっていてそれを言うとは、兄上も随分と意地が悪いですね」
「だがそれと同じ事だろう。父上はどのような愚物であろうと真心から接する。俺達がどれほど厭うていようが、血が繋がっていると鳴れば父上は何者であろうと切れぬ。あの無駄に多い妾どもも同じようなものだ」
それは、カーラさんや他のハレムの侍女さん達の事を言っているのだろうか。
……いくら自分が気に入らなくたって、相手が好きだったり愛してるものをそんな風に言うのは何か凄くイヤだ。そりゃ、人間って理不尽なモンなんだから、自分の都合でアレが嫌いこれが嫌いって言っちゃうし、それを相手に言わないだけまだマシなのかも知れないけどさ……でも、聞いちゃったらやっぱイヤな気分になっちゃうよ。
そもそも、カーラさん達はドービエル爺ちゃんが大事にしている人でしょ。
クロウや怒りんぼ殿下達のお母さんより階位は下かもしれないけど、カーラさんの様子を見てたら、愛されてるって充分にわかるぞ。
その事は俺よりアンタらの方が知ってるだろうに、どうしてそう嫌うのか。
女嫌い、メス嫌い……にしては、俺達が来るまで殿下は侍女を侍らせて、体力回復のためにベッドインしてたっぽいしな。ますますわからん。
イヤな気持ちのモヤモヤと解けない疑問のモヤモヤで眉間にギュッと皺が寄ってしまったが、そんな俺達に気付きもしていない彼らは話を続ける。
「女は確かに抱き心地が良いですが、父上のメス女好きにも困った物ですね」
「今はそういう話ではないだろう」
「兄上が話の腰を折ったのでは? 私はただ、やるかやらないかを問うているだけを聞いているのに、関係のないメスどもの話をするから」
「もういいお前の面倒な長台詞も沢山だ!!」
「ならば、答えを。……そうでなければ、私達は覚悟も補助も出来ない」
ルードさんの声は、少し笑っている気がする。
だけどそれは、俺が普段ブラック達から聞くような朗らかな笑いではない。
……どこか底知れない……冷たさを感じる薄い笑みだ。
ルードさんは俺の仲間のアドニスに色々似ていると思ってはいたけど、なんというか……彼は、アドニスよりもずっと冷たい感じがした。
アドニスは、何だかんだで学者肌っていうか……興味が無い事に淡白なだけで、無感情とか相手を謀ろうって感じじゃ無かったからな……。
「…………」
そうじゃなくて。
あのルードさんの笑み。あの、冷たい声の感じは……別だ。
なんだか覚えがある。だからなのか、この会話には何かショックを受けるような事が含まれているような気がして、俺は何故か逃げ出してしまいたくなっていた。
その予感は、どういう類の物なのか。
理解出来ているけど、思い浮かべたくない。
無意識に拒否してしまうような想像が、頭の中の黒い靄の中で膨らんでいく。
だけど、どうすることも出来ず……俺はブラックの腕を縋るように掴みながら、決定的な言葉が出る瞬間を待つように息を飲んだ。
そして。
「……騙し討ちは武人の恥とはいえ、どこで決闘しようとも父上は必ず“アレ”を探し見つけ出そうとする。それが亡骸だろうが同じだ。ならば……やるしかあるまい」
「そうですね。私達は、今後一歩たりとも……あのような“役立たず”を偉大な父上の心に置きたくはない。我ら誇り高き“ディオケロス・アルクーダ”唯一の汚点を、他の国や群れに気取られぬうちに……全てを葬ってしまわねば」
心臓が、痛い。
ドクドクなっていて、息が出来なくなりそうなほど苦しくなる。
予想が外れていてほしいと願うが、きっとそうはならない。
そんな嫌な予感が、何故か確定的な予測のような気がして俺は歯を食いしばった。
こんな事をしても、彼らが決めた事を曲げるはずも無いと分かっていたのに。
「もう二度と、父上を塵芥の人族に隷属させるなどという失態は犯させない。何度も何度も我々王族の誇りを砕いた忌まわしい“アレ”を……――――
クロウクルワッハを、必ず途中で殺す。我らの血筋を汚さぬためにも」
………………こんな時ですら、自分の考えは間違っていないと思っているんだろうなと感じてしまうほどの、真っ直ぐで決意に満ちた声。
一気に喉が詰まって緊張で息が吸えなくなった俺の耳に、また言葉が届いた。
ほくそ笑むような、怖気を催す声が。
「ええ。ええ、そうですね。そうでなければ、私が準備を進めて来た意味が無い。安心して下さいよ兄上。きっと、私達が文句のない演出をして見せますから……」
演出って、なんだ。
ルードさんもこの話を全面的に肯定しているのか。
なんで。アンタはクロウに対してなにも言ってなかったし、俺に対しても気さくに話しをしてくれたり、厨房で手伝ったりもしてくれないじゃないか。
なのに、どうして。
どうしてアンタ達は、そこまで嫌うんだ。なんでクロウを殺そうなんてするんだよ。
解んない……わかんないよ……!!
「……ところでお前は、いつまで敬語を使うつもりだ」
「はい?」
「お前は、企みを含んでいる時はいつも敬語になる。家の中でまで気色の悪い言葉を話すな。耳の毛が嫌悪でざわつく」
「はは、すみませんね。あの人族のメス肉のせいで、ついつい敬語を使うのが癖になっちゃいまして……。まあ、確かに家では気を抜いても良いかも知れません」
今まで聞いた事も無い気楽な口調を漏らしたルードさんが、また呟く。
まるで、詠うような声だった。
「ここには、正当な王族しか、認められた王族しか入る事が出来ない。我々と母上と敬愛する父上だけの空間……この場所だけは、我々の聖域なのだから」
ははは、と、笑う声がする。
その声が二つの足音と共に奥へと消えて行く。
……俺達には、最後まで気付かなかったようだった。
だけど……。
「…………ツカサ君」
「キュゥウ……」
「っ……」
ぎゅっと懐に抱き寄せられて、俺の頬にブラックの髪が触れて来る。我に返った俺を、ロクショウも心配してか小さくて可愛いお手手でもう片方の頬を撫でていた。
その二人の多くを言わない労わりに、少しずつ心が落ち着いて来る。
俺は、ブラックの左手の指に嵌っている指輪と同じ……胸元に下げている指輪をぎゅっと握りしめると、ゆっくり深呼吸をした。
「……とんでもない話だったね。熊公を嫌ってるなとは思ってたけど、まさか王族自ら殺そうと考えるまでだったとは」
まあでも、兄弟同士で殺し合う事は珍しいことではないけど。
当たり前のようにそう言って、ブラックは俺の髪に顔を埋める。
ブラックなりに、俺の事を慰めてくれているんだろう。ちょっと方向性が違うような気もするけど、でも……そういう不器用な言葉が、俺の心を落ち着かせていく。
ロクのおかげもあって、俺はやっと人心地つく事が出来た。
――――自分でも驚くぐらい、動揺していたらしい。
自分の仲間でもある大事な存在を暗殺する話と、まさかその仲間の身内がそんな事をするなんてというショックが、こんなに心を締め付けるなんて。
さっきの会話を思い出しただけでも、まだ体が冷えて来る。ブラックとロクが俺の事を宥めてくれていなければ、俺はきっとこの場から動けなかっただろう。
……だけど、硬直してばかりでもいられないんだ。
俺は頭を振って、すこしブラックから離れた。そうして、腕の中で向かい合う。
「とりあえず……部屋に帰ろう。……なんか、散歩する気分じゃ無くなっちまった」
「いや、僕のせいだよ。ごめんねツカサ君、ロクショウ君……」
今の俺の様子がよっぽどだったのか、ブラックは弱り顔でシュンとする。
自分が聞き耳を立てたからだと反省しているみたいだけど、俺は首を横に振って、ブラックの無精髭でチクチクする頬を撫でた。
「気にすんなって。……むしろ、今の話は聞いておいてよかったことなんだし。な?」
「キュゥッ!」
俺の言葉と、その通りだと頷くロクに、ブラックはようやくホッと顔を緩める。
そうして、今一度顔を引き締めた。
「アイツらが何をどうするのかは分からなかったけど……警戒しておいたほうが良さそうだね。……ツカサ君の目の前で駄熊が殺されたら寝覚めが悪いし……」
そう言って、ブラックは不満げな感じで口を尖らせる。
クロウに対して気を配らなきゃい行けないのが不満らしい。だけど、言っている事はつまり「クロウが殺されないように警戒する」ってことだ。
クロウに関しては意地っ張りになってしまうブラックに、自然と笑みが浮かぶ。
本心ではないように隠そうとしているけど、でも俺にはブラックがそれなりにクロウの事を気にしているのが不思議と分かってしまう。
ブラックは、友情とかそういうモノに慣れてないから、こういう時につい子供みたいに妙な意地を張ってしまうんだ。
でもそんな態度が、今は嬉しかった。
「どうなるか分からないけど……今の話はクロウには内緒にして、俺達三人で殿下が何かしでかさないか警戒しよう。……ブラック、ロク、頼めるかな」
問いかけるが、答えは聞かずとも分かっている。
その確信が俺を元気にしてくれていた。
――――――明けて、翌日。
客室の広間に集められた俺達は、海征神牛王から“ある話”を聞く事になった。
その話は、どんなものなのか……内容は判らないが、これが殿下達の会話に関係がある事ということは何となく察していた。
そうでなければ、あんな風に言い合うはずも無い。
だが、どんなことを言われるのか。
少し緊張しながら、ブラック達と共に海征神牛王……チャラ牛王を見た俺達に――
相手は、思っても見ない事を告げて来た。
→
※わりと遅れてしまいました(;´Д`)モウシワケナイ
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