異世界日帰り漫遊記!

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魔境山脈ネイリ、忘却の都と呪いの子編

19.真夜中の幻

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   ◆



「んー……?」

 何故だろう。目の前がぼうっとして、なんだか気持ちが良い。
 眠くなった時の感覚みたいだけど、今眠ってる真っ最中みたいだ。体が熱いのに、それが苦じゃなくてなんだか楽しくなってくる。

 なんか、ガキの頃に四十度越えの熱が出てたのに逆にハイテンションになった時と似てるぞ。変な事も有ったもんだ。
 もしかして、あの夕食の時に何か性が付くものでも食べたんだろうか。

「んー……」

 もぞもぞと動いて起き上がると、体に乗っかっていた重い物が落ちる。
 なんだろうかと見たら、それは大人のぶっとい腕だった。しかも二本ある。
 褐色の大人の腕と律儀に長袖を着た大人の腕。どっちも俺の体には大きすぎる。

 ……えーと……ああ、そうか。俺、ベッドでブラック達と寝てたんだ。
 蔵書保管庫に行こうかと思ったけど、ブラックに引き込まれてそのまま眠っちゃったんだっけ。クロウもブラックと反対側ですやすや眠っているな。

「あは……」

 なんだろ。今日は何故か二人の寝顔がペコリアみたいに可愛く見える。
 気分がふわふわしてるせいかな。

「えへ……よしよし……」

 特に考えることも無くて、なんだか頭を撫でてしまう。
 自分でもなんだか変だなとは思ってしまうんだけど、子供みたいな寝顔で寝ているオッサン二人を見ていると、手が伸びちゃうんだ。

 すやすや寝ている二人の頭を撫でると、ブラックは「ふへへ」とか変な声を出して顔を緩め、クロウは眉を上に緩めて熊の耳をぱたぱたと動かした。
 二人とも夢の中で良い事があったように思ってくれたみたいだ。

 らしくないなぁとか少し思ってしまうが、すぐにその考えも霧散してしまう。
 まあ、そんな些細なことどうでもいいか。

「……ん……水……」

 水差しを貰ったような気がするが、とサイドチェストを見るが、水差しは空のようだ。そういえば、ブラックとクロウは夕食の時にしこたま酒を飲んでたっけな。
 アレのせいで、二人も俺みたいに起きて水を飲んだのかも。

「んー……」

 じゃあ、おかわりを貰って来ないとな。
 俺だって水が飲みたいし、ブラック達もまた飲みたがるかもしれない。だったら、今のうちに貰って来た方が良いだろう。

 そう思い、俺は召使いさんが持って来てくれた客用のガウンを羽織って砂漠の寒さを抑えると、水差しを持ってベッドから降りた。
 ふわふわしてるけど、まだまともに歩けるみたいだ。

 籠の中ですやすや寝ているロクの頭も撫でて、部屋を出る。
 石積みの廊下は思ったより寒くない。蝋燭がたくさん灯っているからだろうか。それとも、この砦に使われている石が特殊なのかな?

 いや、気密性が高いからあったかいとか……まあどうでもいいか。
 難しい事より先に水だ水。

「あれ……そういえば……なんか、いわれてたよーな……」

 …………えーと……なんだっけ。
 あ、そうか。夜に出歩くなって言われてたんだっけ。いや、でも、マハさんが良いよとか言ってたから、俺は出歩く事にしよう!

 水だって持って来て貰うのは申し訳ないし……。

「……あ、そういえば俺、曜術使えたんだっけ……」

 寝ぼけてて忘れてた。自分で出せばよかったんじゃん。
 廊下の途中で立ち止まり、俺は頭を描く。
 うーん……気分はホワホワしてて気持ち良いんだけど、なんか忘れっぽい。もしや俺、まだ寝ぼけてるんだろうか。意識はそれほどボヤけてないのに不思議だわ。

 もしかして、ブラック達に挟まれて寝てたから、酒臭い息で酔っちゃったのかな。
 でも、そんくらいで酔うかなぁ。夕食の飲み物……は、アルコールが抜けたっぽい物を貰って飲んだし……まさかアレで酔ったわけがあるまい。
 俺だってお酒飲めるんだからな。飲めるのに、ブラックが「絶対にダメ!!」とか変なイチャモンつけてくるから、恋人がいうならまあって従ってるだけなんだからな。

 ホントの俺はしゅごうなのだ。しゅごう……どんな漢字だったっけ。
 とにかくおさけにつよいんだ。ホントだぞ。

 でもなんか余計にぼーっとしてきた。
 熱でもあるんだろうか。なら戻った方が良いか。

「んんー……麦茶……どうせなら麦茶作って冷やそう……リングで冷やすと時間がかかるから、リオートで冷やすかぁ」

 ややこしいなあ。でもなんか笑えるわ。
 ケタケタと笑いながら今来た道を戻る。水差しをブンブン振ってしまうが、後ろにも前にも誰もいないので問題ないだろう。

 鼻歌を漏らしながら、ふと前を見る。と、そこに誰かの人影が有った。

「あれ……? 誰だ、召使いさんかな?」

 間抜けな声を出して、近付く。
 人影は徐々に蝋燭に照らされて、ハッキリしてきたが……――

 その姿は、俺が見た誰とも違っていた。

「……だれ?」

 高くて、透き通った綺麗な声。
 遠くにいるのかと思って近付いたら分かったけれど、相手の背丈は低い。
 まるで……子供。

 いや、子供そのものじゃないか。
 俺より年下で、古代のお姫様みたいな服を着た女の子。大きな白い布を纏ったような服のせいで細い肩や腕が出ているけど、不思議と寒そうに見えない。
 だけど心配になって、俺は女の子の傍に屈んだ。

「俺は……ここのお城に泊めて貰ってるんだ。キミはここの子?」

 問いかけると、金色のふわふわした長い髪が綺麗な女の子は頷いた。
 獣の耳は髪色より少し落ち着いた砂色の三角耳で、頭に対して大きい。見たことがない耳だけど、ここに住み込みで働いている人の娘さんだろうか。

 でも、かなり高級そうな服だよな……裸足だけど、足は細くて汚れてないし……もしかしたら、マハさんの預かっている娘さんとか?
 熊族には三角耳なんていないはずだよな……。
 不思議に思っていると、女の子は俺を見て首を傾げた。

「おきゃく、さま? ……そうなの……」
「俺、ツカサって言うんだ。君は?」

 問いかけると、彼女は少し迷ったようだけど小さな声で答えてくれた。

「……クラウ、ディア……」
「へー、クラウディアちゃんって言うんだ。綺麗な感じで良い名前だね」

 金髪の可愛い子にはぴったりの名前だと褒めると、相手は少しはにかみながらも嬉しそうにしてくれた。うんうん、やっぱり女の子には笑顔が一番ですよ。
 だけど、夜中にひとりでこんな所に居たのはどうしてだろう。
 獣人の子供だと言っても、やっぱり寒いのは苦手なんじゃないのかな。

「クラウディアちゃん、寒くない? 大丈夫?」
「あ……うん。わたし、平気……。お兄ちゃんは、寒いの?」
「恥ずかしながら……へへ……」

 照れ隠しで笑うと、クラウディアちゃんはやっと素直に笑ってくれた。
 犬に似たような、だけどちょっとちがう細めの長い尻尾が揺れている。
 素直な子だけど、ちょっと人見知りなんだな。そういうところも可愛いくて和む。

「お兄ちゃんも迷子なの?」
「あ、いや、泊まらせて貰ってる部屋はわかるよ」

 答えると、クラウディアちゃんは少しシュンとした。
 えっ、なに、どうしたの。

「あのね、わたし迷子なの……。どこに行ったらいいのか、わからない……」
「迷子……お父さんかお母さん、どこにいるか分かるかな」
「……わからない……。お父様、お母様、どこかにいっちゃった……」

 クラウディアちゃんは首を振る。
 となると困ったな……。マハさんに聞けば分かるかな?
 今も起きてくれていたらいいんだけど、寝ていたら申し訳ないな。でも、さすがに夜の見回りをしてる兵士はいるだろうし、その人に聞けばいいかも。

 こんな小さな女の子を夜中にひとりにするなんて、俺には我慢ならない。
 両親に引き合わせるまでは、俺が責任もって大人に届け出なければ。たとえ獣人とはいえ、子供じゃまだまだ敵わない相手も多いはず。
 ここは、準大人といってもいい俺がちゃんとしないとな。

「よし、わかった。まず、夜も警備をしてるおじさんがいるから、その人にお父さんたちを見なかったか聞こう。大人の人がいる所にいれば安全だから」
「うん……」

 不安そうなクラウディアちゃんだったが、俺が手を差し出すとギュッと握ってくれた。
 小さくて柔らかい、子供の手。
 そんな子が一人で彷徨っていたのかと思うと泣きそうになったが、彼女は俺以上に泣きたんだろうと思って涙をのみ込んだ。早く、両親の所に帰さなくちゃな。

 とりあえず一階に行けば誰かしら仕事をしているだろうと考え、俺達は再び廊下を歩きだした。もちろん、クラウディアちゃんの歩幅に合わせてゆっくりと。
 裸足なので絨毯で転ばないように注意して見ながら歩いていると、彼女は俺が何を気にしているかに気が付いたのか、少し微笑んでくれた。

「あのね、お母様もね、わたしと歩く時にわたしのこと見てくれるの」
「そうなんだ。お母さんとクラウディアちゃんは仲がいいんだね」
「うん。お母様、わたしとお耳が違うの。でも、とっても優しいの。わたしね、お父様と同じお耳なのよ。だからわたし、いつかとっても強くなるの」
「なるほど……」

 可愛い女の子とは言え、やっぱり獣人なんだなぁ……。
 例え女子とは言え、強い子のほうに憧れがあるって言うのはやはり別世界だ。
 でも可愛いからもう何でもいいな! うん!

「でも……なんだか、おかしいの」
「ん?」

 クラウディアちゃんの足が、止まる。
 どうしたのかと顔を覗くと、彼女は何故か急に顔を強張らせていた。
 おかしいって、どうしたんだろう。何か気が付いたのだろうか。どちらにしろ心配になって跪くと、クラウディアちゃんは強張った顔を俺に向けた。

「……忘れてた……。わたし、忘れてたの……」
「え……ど、どうしたの。なにを忘れてたの?」
「お兄ちゃん、ダメ……違う……違うの……わたし、そうだわたし、私は……」
「く、クラウディアちゃん!?」

 彼女の顔がどんどん青ざめて行く。
 なにかとても恐ろしい物でも見たように目は見開いて、ガタガタと震えながらその場に座り込むクラウディアちゃんに、俺は何が起こったのかと呼びかけた。
 だけど、彼女は俺の言葉に応える事も無くまくしたてる。

「ああ……っ、そうだ、わたし、わたし、わたしはあの時、あの時に……っ。そうだ……忘れてた、忘れちゃいけなかったのに、忘れたら……!」
「クラウディアちゃん大丈夫!? と、とにかく大人を……」
「お兄ちゃん……!」

 立ち上がろうとした俺の手を、彼女が引っ張る。
 小さい少女とはとても思えないほどの強い力に驚いて振り向くと、彼女は泣きだしそうな、恐怖に怯えているような顔をしながら俺を見つめた。

 その切羽詰まったような表情に、思わず体の動きが止まる。
 驚いて固まったままの俺に、彼女は必死に訴えた。

「私じゃない、私じゃないの、でも私達ののせいなの……! だから止めて、もう全部終わったことなの。私達はもういいの……! だから、だから私を……っ」

 俺の服を掴んで必死に訴えるクラウディアちゃん。
 その体から、光の粒子が浮かび上がってくる。ハッとして自分の腕を見ると、俺の腕……いや、全身から金色の光が浮かび上がっていた。

 これは、一体。

「――――っ」

 クラウディアちゃん、と、相手の名前を呼ぼうとしたその時。

「ツカサ様? どうなさいました、夜の城は危のうございますよ」

 壮年の男の人の声が聞こえて、クラウディアちゃんの口が止まる。
 気を取られて声の方を向くと、どうやら夜の番をしている兵士の人が気が付いてやって来てくれたらしい。だったら、あの人に色々と聞こう。

 クラウディアちゃんも不安がっているみたいだし、と、再び彼女の方を向くと。

「お、にいちゃん」
「ッ……!?」

 透ける、体。
 そこに存在しているはずのクラウディアちゃんの体が、透けている。

 金の光の粒子が存在を奪っていくかのように、彼女から湧きあがって消えて行く。
 もしかしてなにかマズい事になったのかと焦る俺に、彼女は消え入る直前の声で、必死にこう訴えた。

『私……を、とめて……』

 途切れ途切れに聞こえた、言葉。
 だがそれを理解する前に――――彼女は、消え去ってしまった。

「ツカサ様……あれ? どなたかいま、ご一緒では……」

 兵士の人が、不思議そうに俺と“クラウディアちゃんが居た所”を見比べ、首を傾げている。だがその問いに答える余裕が無かった俺は、ただ目の前の空間を見つめ、硬直しているしかなかった。

 今のはもしかして……幽霊……いや、でも、実体があったじゃないか。
 握った手の柔らかい感触を覚えている。喋る声だってちゃんとこの耳で聞いた。
 幽霊なんかじゃない。だけど、だとしたら……どうして彼女は、消えたんだ。

「クラウディアちゃん……」

 なにもかも、分からないことだらけだ。
 彼女は誰でどういう存在だったのか。何を俺に訴えたかったのか。

 ――――私を、とめて。

 もっと長かったような気がする言葉だけど、それしか聞き取れなかった。
 この言葉が長い言葉の重要な部分だとしたら、何故彼女を止めなければならないのか……考えて、俺はやっと背筋に鳥肌が立つのを感じた。

 だけど、それは彼女が「オバケなのではないのか」という怖さではない。

 …………何か、嫌な予感がする。そういう類の寒気だった。

「お寒うございます。さ、お部屋に……」
「あ……ありがとうございます……」

 さっきまでの良い気分は、もうすっかり抜けている。
 今はただ、言い知れぬ不安が胸の中で気味悪く渦巻いていた。









※ちょと遅れました(;´Д`)スミマセン

 
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