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亡国古都アルカドア、黒き守護者の動乱編
35.後を追う犬は背を向かない
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始まりは、人族の大陸。
今となっては唯一となってしまった、獣人族が初めて足を踏み入れる港がある国【ハーモニック連合国】の酒場で、ケシスさん達は声を掛けられたという。
『やあ君達。実は、上級冒険者に頼みたい仕事があるんだけど……』
酒場で管を巻く冒険者たちに声をかけて来たのは、ヤケに陽気な声色を“装った”黒衣の男とその仲間達だった。
――若い男ということ以外は、身体的特徴も判別できない男達。
彼らは、自分達の素性を巧妙に隠しながらケシスさん達を勧誘したという。
最初はケシスさん達も訝しんだようだったが、破格の報酬と、彼らの言う『獣人族に対する陽動作戦』という、比較的危険性の薄い内容に釣られて、あれよあれよという間に船に乗っていたのだという。
……いや、普通に怪しいし、俺の世界だと「いやこれ危ないバイトでは」と二の足を踏む勧誘内容なんだが、その時の彼らにはのっぴきならぬ事情があったらしい。
というのも、冒険者ギルドが今ゴタゴタしていたからだ。
――――現在、冒険者ギルドは「冒険者の質をより明確にするために、等級制度を設けよう」と動いているのだが、その制度で色々と論争が起きているらしく、その余波で依頼などの処理が追いついていないらしい。
そのため、指名依頼などを受けることがない冒険者達が何も出来ず、じりじりと金を擦り減らしながら待機する日々が続いていたのだという。
俺も、以前そういう話を聞いた事が有る。
冒険者ギルドに出資している商会や出資者の人達が、籍だけ置いている怠け者の尻を叩くべく、ランクを付けようって話になってるらしいんだよな。
で、そのせいで書類の提出とか諸々あったり、ブラックをリーダーにして俺の能力の事は隠しておこうみたいな話をしていたような気が……。
あれはわりと前の話だったが、考えてみれば急に制度が変わるワケだから、そりゃ戸惑う冒険者も出るし、内部でゴタゴタも起きたりするよな。
けど、まさかそのせいで職にあぶれる冒険者が出て来るとは……。
そういう困窮した状況だったら、ケシスさん達みたいな熟練冒険者がホイホイと船に乗っちゃったのは仕方がない気がする。
もしくは……その時からもう、彼らは何らかの薬を飲まされていたのかも。
ともかく、そういう経緯で冒険者や傭兵は集められ、船で運ばれたのだそうな。
――で、到着すると彼らはすぐに、あの“仮面の二人組”に案内されて、真っ二つに割れた山の片側……絶壁になっている海側に造られた【アジト】へ案内された。
ケシスさん達はそこで【黒い犬のクラウディア】を大将とした獣人達と出会い、それぞれに分かれて今まで指示に従っていたという。
「チッ……洗いざらい喋らせたワリには、これと言って有益な情報は無かったな」
「そ、そんな悪いように言わなくてもいいじゃん……」
「キュ~……」
「んもーツカサ君てば本当に甘いんだから……。こっちは追わなくても良い面倒事を背負い込むんだよ? ああいう手合いは甘い顔をしてたらすぐつけあがるんだ。最初から鞭打つくらいがちょうどいいんだよ」
鞭を打つってアンタそんな過激な。
でもまあ……ケシスさんが実際本当に操られてたのか……って疑問は、今までのことを教えて貰っても解けなかったんだもんな。
ケシスさんだけが何故か正気である理由がハッキリしなきゃ、どうしたって信用は出来ないか。俺の「あの人はいい人だ」という感覚も結局は主観だしな。
俺としては信じたいが、全面的にケシスさんを信じるのはまだ早いだろう。
そこんとこは、いくら俺でも弁えてますとも。
何が何でも信じる……なんて、それこそお互いを深く知った相手でも無ければ無理なんだよな。相手だって、俺達の事を百信じてるとは思ってないだろう。
こんな状態で信じて上手く行くのなんて、それこそ誰もが一瞬で目を奪われる、心まで美女って子や光のイケメンぐらいしかいないだろう。
薄汚れた小市民の俺では、そんなレベルにはとてもなれない。
……なんかひがんでるみたいだけど、まあ実際ひがみだから何とも言えない。
悪人顔やアホ面より整った顔の方が信用されやすいってのは世の常識だしな。
どんだけ親切な奴だろうが、相手は容姿で判断するものなのだ。つらい。なんか目の前のオッサンをどつき回したくなってきた。
「な、なにツカサ君。そんな病んだ目で見て……はっ……まさか欲求不満……」
「ちがーわい!! ったく……これからどうするんだ? 部屋には戻って来たけど……あの地下にマハさん達が居るのは間違いないんだろ。だったら、どうにかして彼女達を解放する方法を考えないと……」
「キュ~……」
うんうん、そうだよな。ロクも心配だよな。
こんな敵ばかりのお城で単独調査しようとしてくれて、一生懸命頑張っていたというのに、それでも自分の事より他人を心配するなんて……なんという優しい子なんだ。
本当なら、俺達の部屋に戻って来た時にもう緊張の糸が切れて、ぐっすり寝ちゃっててもおかしくないのにさ。我慢して起きて、俺達の話を聞いてるんだぜ。
今はベッドに座る俺の膝の上だけど、本当に賢くて健気なんだロクは……。
思わず涙がちょちょぎれそうになりつつロクの頭を撫でていると、少し離れた場所で腕を組んで立っているブラックが分かりやすい溜息を吐く。
「ロクショウ君の調査で分かった事と言えば、本当にここには僕達を入れた八人以外は誰もいないって事と、壁にはヘビ一匹隠れる隙間すらないってことだけだし……。正直、完璧に見つからず動くってのは難しいと思うよ。ハナから助け出そうとしてここに潜入したワケじゃないけどさ、こんな状況じゃ情報を持って帰っても大した価値にはならないだろうね」
「むう……確かに……。この状況じゃ助け出すのも難しいし、情報も弱点とか抜け道を示すものじゃないもんなぁ……」
人族は操られている。これは「街を奪還するために起こしたこと」だった。
マハさん達は隠し通路の奥に隠されている……。
……ブラックの言う通り、これじゃ何も分かってないのとほぼ一緒だよな。
通路なんて突撃して探せばいいだけだし、この城の構造なんてドービエル爺ちゃんが知ってるだろう。上級幹部が五人なのは朗報……なのかも知れないが、それだけでは「ふーん」で終わるだろうしなぁ……。
人族達が操られてるってのも、きっと獣人族には要らない情報だろう。
獣人族からすれば、人族は見下す対象なわけだし。
「アッチに戻るとしても、これじゃ笑いものになるだけだ。……せめて、冒険者や傭兵を惑わすために使った手段と、相手の明確な目的が分かればなぁ……」
「うーん…………やっぱ、地道に調査するしかない? それか、有効なのかはやってみなきゃ分かんないけど、好感触だった料理で攻めるかしかないんじゃ……」
彼ら五人……少なくとも、ウルーリャスという緑狼耳の大男以外は、俺達の料理を気に入ってくれたみたいだった。だから、そこから攻めれば何かポロッと教えてくれるかもしれない。……あの大狼男に関しては、食事の感想を聞く前に出て来ちゃったが、相手は完全に人族を見下してたので食事を気に入っていたとしても望み薄だろう。
……なので、俺達が何か出来るとすれば、そういう方向からの行動しかない。
それはブラックも既に考えていたようで、難しい顔のまま口をへの字に曲げた。
「まあ、そうなるよねえ……。だけど、人数が少ないうえに、僕らがこの城では異質な存在である以上、下手に動けば勘付かれるかもしれないしな……」
うーむ、そこが難しいんだよな。
相手が聡くて賢い存在であれば、イレギュラーな俺達が変な動きをした時点ですぐに「スパイなのでは」と疑い始めるだろう。
監視の目が無い状態だとしても、派手に動けば誰かが気付くはずだ。
特に、あの【教導様】とか……とにかく得体が知れないワケだし……。
それに【蔵書保管庫】を改めて調べるにしても、入り浸るってのも危険だよな。相手が城で何をしているのか把握出来てない以上、ヘタに動けない。
早く決着を付けないといけないのは判ってるんだが……。
「うーん……」
二人して同じような唸り声を出して、黙り込む。
すると――俺の膝の上から、物凄く控え目な「くきゅう」という音がした。
ペコリアの可愛い鳴き声に似てるけど、これは……。
「ロク、もしかしてお腹減った?」
膝の上でころんと寝転がっているロクを見下ろすと、ロクは顔だけ上げて恥ずかしそうに「キュゥ」と鳴いた。……カメラ……カメラが無いのが悔やまれる……ッ。
どうしてこの世界にはロクの可愛さを永久保存できる機器が無いんだ!
……ってイカンイカン、熱くなってしまったが今はロクのことが最優先だ。
お腹が減っているなら、何か軽く作ってあげたいな。
「ブラック、とりあえず厨房に行って良い?」
「まあ……いいよ。ロクショウ君には、これからまた王都に飛んで行って貰わなきゃと思ってたしね。腹ごしらえは必要だろう」
またロクを伝書鳩みたいに使うのか……と思ったけど、今一番早く情報を伝える事が出来るのはロクだけだもんな。
申し訳ないけど、頑張って貰うしかない。
でもこれが終わったら、人族の大陸でめいっぱい甘やかそう。
そう決心しつつ、俺達はロクを懐に隠して部屋を出た。ともかく腹ごしらえだな。
もうカニザリガニは無いが、他にも食材は色々と転がっていた。
なので、その中に使える物が有るかも知れない。
そんなことを思いつつ、厨房へ向かう廊下を歩いていると――
「どこへ行くんだ?」
聞き覚えのある少し掠れた低い声が、背後から聞こえた。
咄嗟に振り返ったそこには――――黒い立て耳が特徴的な姿が立っていて。
思わず目を剥いた俺達に、その人……黒い犬のクラウディアは、近付いてきた。
おいおいおい、大将がこんなところに来ていいのかよ。
っていうか何しに来たんですかアンタ。ま、まさか俺達の正体がバレたのか。
だったら、マズい。
一気に緊張しながら歩いて来る相手を見ていると、クラウディアは薄く開いた口から犬歯を見せつつ、思ってもみない事を言い出した。
「また厨房に行くのか。もしかして、夜食を食べるつもりでは?」
「あ……は、はい……簡単なものでも作ろうかと……」
「そうか。ならば……俺にも作って貰えないだろうか」
「え……」
思わず目を剥いた俺に、クラウディアは目線を合わせて臙脂色の瞳を細める。
独特な色の瞳に息を飲んだ俺に、相手はふっと笑った。
「人族の料理は美味い。お前達が大陸に帰る前に、出来る限り味わっておきたくてな。まあ、無理にとは言わないんだが……」
「あ、い、いえ、もちろん! 手前味噌な簡単料理ですけどそれでよければ……」
「テマエミソ? 良く分からんが、作ってくれるなら何でも良い。俺はこの階でぶらぶらしているから、出来上がったら呼んでくれ」
「は……はい……」
頷いた俺に、黒い犬のクラウディアは笑みを深くする。
どうしてそんな顔をするのかと思っていたら、不意に俺の頭に手を置いた。
「それにしても、年端もいかん少年兵が志願して来るとは……お前も、獣人族の子に負けず劣らずの気概が有るのだな。増々気に入った」
「え……」
あっ、そ、そうだっ、俺ってば今兜被ってない!
素の顔のまんまでクラウディアに……。
「では頼んだぞ、二人とも」
「はっ……」
ブラックが頭を軽く下げるのに、動揺しつつもついていく。
そんな俺達をクラウディアは上機嫌で見ていたが、宣言通りにぶらぶらするつもりなのか、踵を返して元来た道の方へと戻って行ってしまった。
「…………」
「行こう」
つい呆けてしまった俺の肩を、ブラックが軽く叩く。
……そういえば、獣人族は五感が鋭いので、この状況でお互いの名前を呼ぶわけにはいかない。その事に気付いて、俺は無言で頷くとブラックを見た。
なんだか突然の事すぎて頭がついていかないが……ともかく、この状況は決して悪いものではないだろう。
相手が何を考えているかは不明だが、アッチが接触して来たなら好都合だ。
好意的であれば、何か情報を引き出せるかもしれない。
俺はブラックと顔を見合わせて頷くと、即座に厨房へと向かったのだった。
→
※ギルドに新しい制度が~という話は
第一部セレーネ大森林編『17.新制度には誰しも戸惑うもので』
にギルド側から見た話が有ります。
思ったより長引きますのう風邪…皆様もおきをつけください(´;ω;`)
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