異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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古代要塞アルカドビア、古からの慟哭編

31.そんなことは望んでいなかった

 
 
「お前ら……何のつもりだ……」

 警戒心を露わにする【黒い犬のクラウディア】が、姿勢を少し低くし構える。
 だが、今の俺達……というか、俺には敵意など無い。相手が小さな少女と対峙して危害を加えるというのなら別だが、そうはならないだろう。

 その確信を持っていたから、俺は迷わず玉座に近づいた。

 俺のそんな様子が、相手は不可解なようだ。

 さもありなん。俺はさっき明確に「目の前の相手」ではない「クラウディア」の名前を呼んだ。耳のいい獣人であれば、言葉のニュアンスに気が付かないはずがない。
 だからこそ、俺達が何故クラウディアちゃんの名前を知っているか警戒しているに違いない。

 ……その反応で、確信が持てた。

 やっぱりこの人は……――

「何のつもりだと聞いている!! 答えようによっては……っ」

 フーッ、フーッ、と手負いの獣のような荒い息を漏らしながら、爪をこちらへ向ける【黒い犬のクラウディア】と名乗る存在。
 固く締められた胸部の分厚い皮鎧すら浮き上がりそうな様子を見て、相手は思った以上に動揺しているのだと知れた。

 ヘタをすると、襲ってくるかもしれない。
 でも、それがなんだってんだ。俺は死んだって死にきれない能力がある。こんな所で肉の盾にでもならなきゃ何の役に立つってんだよ。

 そのくらいの気合いが無きゃ、鋭い眼光でこちらを睨んでくる相手に勝てない。
 強くそう感じて、俺は背後に控えるブラック達と共に再び前へ進んだ。

 無言で、しかし恐れもなく進んでくる俺達に、黒い犬はあからさまに耳をそわそわと動かし、後ろに引きかけようとして理性で押しとどめる。
 警戒していることを悟らせたくないのだろうが、初めて出会った時のあの冷静な姿を見ている俺達には、最早隠そうとしても無駄な事だ。

 ……でも、俺達はこの人を怖がらせようと思って突撃してきたんじゃない。

 少し距離があるところで止まると、俺は胸にそっと手を当てた。

「……クラウディアちゃん……目の前にいるよ」
「また……っ」

 目を閉じて自分の中のどこかに留まっている彼女の名を呼ぶと同時、黒い犬からの叱責じみた声が聞こえて来たが、それを牽制するかのように背後から剣を構えるような鋭い音が聞こえた。

 きっと、ブラックとクロウとロクショウが俺達をサポートしてくれているんだ。

 ――なら俺は、彼女を呼び出すのに集中するだけだよな。

「クラウディアちゃん……アクティーが……お姉さんがいるところに、来たよ……」
「――――!!」

 息を呑むような音が、少し離れたこの場所まで届く。
 きっと、黒い犬は絶句して目を見開いているのだろう。

 だけどその様子を滑稽だという気はない。
 何故なら、あの人は……いや……“彼女”は、ずっと想ってたんだ。

 だから【黒い犬のクラウディア】……いや……


 アクティーは、ずっと想い続けたクラウディアの名前を自らに刻んだんだろう。


『おにい、ちゃん……』

 目を閉じて心を静めた暗闇の中で、小さな金色の光の球が見えてくる。
 俺は心の中でその球を下から優しく持ち上げて、天へと掲げた。

 ――――クラウディアちゃん、おいで。俺が力を貸すから。

 強く、願うようにそう心で呟くと――――球が浮き上がり、それに続くように金色の小さな光の粒子が付き従っていく。
 まるで天の川のように数えきれない小さな光を引き連れた光の球は、やがてその粒子を、甘く白い砂糖をまぶす菓子のように身に纏っていく。

 やがて、巨大な恒星のように強く輝く光は。

「ッ……ぅ……!!」
「つ、ツカサ君!?」

 胸の中からぐっと外へ押されている感覚に、思わず体が曲がる。
 何かが持っていかれるような強い感覚に思わず膝をつくと、胃が浮き上がるような強烈な衝撃を感じた。

 声が、出ない。
 耐え切れずに頭を俯けた、と――――そこで、俺は自分の体がほのかに金色の光を帯びているのを見た。それと同時、自分の胸の部分から、何かを引き抜かれるような感覚と共に……あの暗闇の中で見た光がゆっくりと現れた。

「なっ、なんだそれは……!」
「うるさいっ、黙ってろ!!」

 ブラックが俺の肩を掴み、それ以上倒れないように気を使ってくれる。
 思った以上に違和感のある感覚を覚えて俺はめまいがしてきたが、しかし完全に体から分離した光は既に手を離れていて。

 脂汗で霞んだ視界の先に、ゆっくりと人の形を得ていく光を見て、俺はようやく深い息を吐くことが出来た。

「なっ……ぁ……」

 光は、小さな人の姿へと変わっていく。
 ふわふわとした金色の長い髪に、シンプルながらも可愛らしい白のワンピース。
 こちらからは見えないが、つぶらな瞳とあどけない顔立ちが、真正面からその光を見つめている“アクティー”にはしっかりと見えているに違いない。

 その証拠に、言葉を失い、彼女を見つめながらただ硬直している。
 目の前の光景を信じきれないのか、それとも幻影か何かだと思って攻撃すべきかと悩んでいるのか。どちらにせよ、彼女は彼女から目を離せない。

 それはそうだろう。
 アクティーは、かつてクラウディアちゃんと共に王宮で暮らしていた。
 姉妹のように大事に育てられ、彼女もまたそんな妹と親を愛していたのだ。

 もし本当に自分の妹だったら。
 そう考える心が、先制攻撃をすることすら決心させないのだろう。

 彼女のそんな逡巡をよそに、少女は最後の証とでも言わんばかりに、その頭の上にピンと立った大きく毛並みのいい狐の耳を取り戻す。

 俺達が何度も見た、可愛らしい姿。
 これほど幼い年頃で命を奪われてしまった過去のお姫様。

 太陽国・アルカドビアの最後の姫殿下……
 クラウディア・グリフィナスは、確かに今ここに姿を現したのだ。

『――――……あく、てぃー……?』

 小さく息を吸う音がして、クラウディアちゃんの頭が【クラウディア】という名を使っていたアクティーの方へ向く。

 ……考えてみれば、最初から可能性はあったんだよな。

 獣人の女性は、男性の獣人とそう変わらない体格の人も多くいる。だから胸と股間さえ覆ってしまえば獣人ですら判別がつきにくい。
 特にオスの獣人であれば、メスと違って腕力も強く更に分かりにくかった。この世界じゃメスのニオイを積極的に判別するヤツはいても、オスだと思ってしまえばその人が女か男かなんて気にもしないのだ。
 だから、クロウですらもピンとは来なかったのだろう。

 正直俺だって、情報が出そろうまでは自分が「何故【黒い犬のクラウディア】に甘いのか」に気付けなかったもんな。
 俺は強い女性も可愛い女の子も等しく好きだし、強いから守らなくていいだろうとは思わないので、男の甲斐性として守りたい擁護したいという心を常に持っている。

 ……決して女好きだからとかスケベ猿だからとかは関係ないぞ。
 それはそれとして、俺にとってはお婆ちゃんも美少女も守るべき対象なのだ。

 だから、俺はわりと相手が女性であるかどうか見分けてしまう。
 この世界のオスと一緒で、男は正直どうでもいいと思っているからこそ女性に対しアンテナが高くなっていたんだろう。

 そのおかげで俺は無意識にクラウディア……いやアクティーを信じて、殺戮なんてする子ではないと擁護していたってワケだ。
 自分でも驚いたが、俺の女性に対する愛はわりとヤバめなのかもしれない。

 …………そ、それはともかく、だからこそ俺は確信が持てたんだ。

 あの人……いや、あの子は、クラウディアちゃんが言うように「アクティー」だったんだって。クラウディアちゃんが出会った時から心配していた、話をしたいと言っていた相手……アクティーの子孫じゃなく……何故今も生きているのかは分からないけど、それでも今存在して「クラウディア」を名乗っていた「アクティー」なんだって。

 だから、黒い犬の彼女は、きっとクラウディアちゃんの話を聞いてくれる。
 俺が見たものが本当の事ならば、アクティーは彼女に危害を加えたりはしない。
 彼女は……クラウディアちゃんの、お姉ちゃんなんだから。

「っ……ぁ……その、声……」
『アクティー……アクティー、よね? おっきくなってるけど……やっぱり、私と一緒にいた、アクティー……なのよね……?』

 裸足が床に触れるちたちたという音と共に、クラウディアちゃんが近付く。
 その邪気のない行動にアクティーは怯えたような戸惑うような驚きの表情を見せたが、それでもどうしたらいいのか分からなかったのか、その場から動かなかった。

 そんな相手に、クラウディアちゃんは近付いて顔を見上げる。

『……なんだか……おとうさまに似てるわ。アクティー、大人の人になったら、こんな風になるのね』
「っ……」

 嬉しそうに相手の顔を見る彼女に、アクティーは戸惑うばかりだ。
 自分の大事な人に似ているからこそ、ヘタに振り払うことも出来ないのだろう。
 だが、その攻撃すべきかどうかと言う迷いは、次にクラウディアちゃんが悲しそうに呟いた言葉で、動きを止めた。

『あの時、わたしはよく分かってなくて……アクティーが居た場所に、急におっきな人が出て来たから……もっと混乱しちゃってたの。だからね、わたし、このお城まで……アクティーを探しに行ったのよ』
「――――ッ……!!」

 アクティーの顔が、今まさに惨劇を見たかのような悲しい表情に染まる。
 瞠目しクラウディアちゃんの姿を見つめる彼女からは、既に覇気を感じない。ただ、目の前の少女の言葉に魂を抜かれたかのように、軽く膝を折り今にも倒れそうな姿を晒すばかりだった。

 けれど、それをクラウディアちゃんは心配して、手を伸ばしアクティーの大人の男のような節くれだった大きな手に触れようとする。
 本来なら、触れられない手。

 だが、金色の光の粒子を纏いハッキリとした姿を保つ彼女の手は、しっかりとその手を柔らかな子供の手で掴んだようだった。

『ごめんね……わたし、アクティーとずっと一緒にいるって約束したのに、それなのに、アクティーをまた一人にしちゃった。……アクティーを守りたかったのに……わたし、おとうさまの子なのに……アクティーを守れなくて、そのまま……。だから、今度こそ、アクティーのそばにいるって誓ってたのに』
「ウ……ぁ……クラウ、ディァ……っ」

 顔が、悲しみにゆがむ。
 首を必死に振って、クラウディアちゃんの懺悔するような言葉を否定しているが、何を言えばいいのか迷う口はただ名前をこぼすだけだ。

 こんなに感情を露わにする彼女は、初めて見る。
 俺達が知らない事をクラウディアちゃんが喋っているが、その言葉に何か思い出す事が有ったのだろうか。何か、悲しい思いをしたのか?

 話が見えずただ待機する俺達をよそに、クラウディアちゃんはアクティーの悲痛な表情を見て、心配そうに言葉を続けた。

『アクティー……ごめん、ごめんね。わたしがあんな事になったから、だから……』
「ちっ……違う!! クラウディアは悪くない、私がっ……私が、ほっ、本当なら私が、クラウディアを守らなきゃ、いけなかったのに……先に殺されてでも、逃がさなきゃ、いけなかったのに!! だからっ、だからわたしは……っ!!」

 過呼吸気味に息を荒げ、混乱を隠さずにアクティーはクラウディアちゃんに跪き、少女の両手を包んで叫ぶ。
 その表情にはもう冷静さのかけらもない。
 混乱と同様に汗が流れ、涙を浮かべて鼻水すら流す彼女の表情は、大人の顔ではなくて、クラウディアちゃんと同じ年の少女が泣いているようにしか見えなかった。

『アクティー……』
「私はそのためにいたのに、クラウディアのためなら、こんな命なんて惜しくなかったのに!! なのに……っ、ひ……な゛のにっ、わだじ、は……っ」

 ――――皆まで言わずとも、彼女が何を後悔しているのか分かる気がした。

 クラウディアちゃんの幼い姿。
 アクティーだけが王族たる狐ではなく黒い犬であったこと。
 それが意味するのは、つまり「アクティーはお姫様と姉妹同然で可愛がられていた姫の護衛」であり……彼女がこれほどまでに後悔している理由は……

 クラウディアちゃんを守れず、逆に自分が庇われ彼女を死なせてしまったから。

 …………きっと、そういうことなのだろう。

 国母と言われた祖母が、“暴君”と言われたクラウディアちゃんの父親・ネイロウドに国盗りを仕掛けた時、クラウディアちゃんも敵に狙われたに違いない。

 ――古代の歴史書では、王族は国母以外皆殺しにされたらしいからな。
 胸糞悪いが、国母は自分以外の王族を全て排除したかったんだ。

 惨い話だが、幼い彼女達二人も例外ではなかったのだろう。

 ……そうして襲われた時、アクティーは護衛の役目を果たしきれなかった。
 先にクラウディアちゃんを殺され、失意の中彼女も命を失ったのだ。

 だから、彼女はこれほどまでに後悔し泣いているんだよな。

 …………大人だろうが、その傷は耐えきれる痛みじゃない。
 彼女が子供のように泣いてしまうのは、無理からぬことだった。

『アクティー……泣かないで……』

 クラウディアちゃんも、どう言葉を続けたらいいのかと迷っている。
 多分、彼女も「先に死んでしまった申し訳なさ」が有って、どう慰めるべきなのかと戸惑っているんだろう。

 アクティーが後悔しているように、クラウディアちゃんもまた後悔しているんだ。
 でも、このままじゃ話が進まないよな……。

 そう思っていると、業を煮やしたのかブラックが一歩踏み出した。

「クラウディアを守りきれなかった。だからお前は、無駄に争う国なんていらないと思って、こんなバカげた戦をやりだしたのか?」
「ぶ、ブラックっ」

 あまりにも言葉が鋭すぎる。
 慌てて袖を引っ張るが、他人を慮る心を軽視するせいか、はたまたゴーレムが兵士を消耗させるのを防ぐためなのか、思いやりゼロの言葉を次々投げかけた。

「お前がクラウディアを守れなかったことと、今のこの時代の国は関係ないだろ。それはお前自身気付いてるはずじゃないのか? それなのにまだ続けるのか。【教導】に何を唆されたのか知らんが、無駄な事はさっさとやめろ」
「アンタ色々と直球すぎる!! 関係ないかもだけど、でも話を聞いてみなきゃ、何で『国という存在を壊したい』のか分かんないだろ!? あ、アクティーさんだって、簡単にそんな事を考えて決意したんじゃないだろうし……」

 な、なあ、そうだよな!?
 ブラックを抑えながら慌ててクラウディアちゃん達の方をみやると、二人はこちらを見て、固まっている。クラウディアちゃんは驚いているだけだが、何故かアクティーの方は……黒い犬の立て耳を震わせて、魂が抜けたように目を見開いていた。

 ……なんだ、その顔……?

 驚いたのでもなく呆けたのでもない、妙な顔。
 本当に魂が抜けてしまったみたいに半分口を開いてこちらを見ていたアクティーは、数秒固まっていたが――やがて、顔を伏せて震えだした。

『あ、アクティー……? どうしたの、おなかいたいの……?』

 急に様子が変わった相手に、クラウディアちゃんが心配して覗き込もうとする。
 だが、遠目に見ても分かるぐらいに震えるアクティーは肩を激しく動かし、ガクガクと強張った口から甲高い叫び声を上げた。

「違う……違うちがうちがうちがううう!!」
『あっ、アクティー!?』

 驚くクラウディアちゃんを振り払うように手を動かし、アクティーは急に立ち上がる。
 そうして俯けたままの頭をゆらゆら動かしながら俺達から距離を取った。

「な、なんだ、アレはどうしたんだ?」
「……なんか妙だな……」
「え?」

 クロウの驚く声の後に、ブラックが冷静に呟く。
 どういうことかと顔を見上げたが、ブラックは真剣な横顔を動かさないまま、じぃっとアクティーを見て眉根を寄せた。

「さっきの混乱とは、明らかに違う……」
「……?」

 ブラックが俺を背後に隠そうとするのに従いながら、背中越しに玉座の方を見る。
 そこには、戸惑うクラウディアちゃんと、少し距離を置きふらふらと動くアクティーが居る。だが、彼女はもう既に正気を失っているようだった。

 アクティーは頭を抱えながら首を振り、その場でよろける。
 だが、その足に血管を浮き上がらせながらなんとか踏みとどまって、肩を怒らせた。

 ――――明らかに、普通の状態じゃない。

 思わず口を開こうとしたと、同時。
 クラウディア……――――いや、アクティーは、慟哭するように叫んだ。

「おれ……の……おれ……ぉ……わ……私の……っ。私の、望みは……そんなことではない……っ! そんなくだらない事ではない――――!!」

 私の望みは……そんなことじゃない……?
 それって、どういう……――――

「ツカサ君伏せて!!」

 咄嗟に俺とロクをマントで絡め捕り、ブラックがその場に伏せる。
 真っ暗な中倒れこんだ刹那。

 ドッ、という爆音とも地鳴りともつかない巨大な音と共に、振動が体を襲った。











 
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