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断章 かつて廃王子と呼ばれた獣
17.審判の日1
◆
「アレを見ろよ……酷い姿だ。噂によれば、第二大隊を壊滅させたらしいぞ」
「へえ……最近は強くなったのかと思ってたけど、やっぱりその程度の王子だったんだな。お二人の兄弟だと言うのに、真ん中のはとてもじゃないが尊敬出来ない」
「ああまったくだ。陛下のご心労も計り知れんだろう。仮にカウルノス殿下が倒れる事があれば、人族の慣習によると第二王子が王座を継ぐそうだ」
「恐ろしい……。弱い王になど、とても膝を折る事など出来ん。屈辱だ」
聞こえないと思っているのか、それとも聞かれたとて真実であるから問題ないとでも思っているのか、家臣達の「心配する声」は後を絶たない。
クロウクルワッハが【常闇の砦】での報告に苦慮し、豊かな毛質の髪が洗わぬままの毛皮のように荒れて膨らみを失った姿になっているのを見ても、それを心配する者など数えるほどしか残らなかった仲間達しかいない。
だが、今となってはそれもクロウクルワッハを苦しめる事にしかならなかった。
……守れなかった部下達に擁護されるなんて、自分はどれだけ情けないのか。
本来であれば責められて然るべきだというのに、それでも部下達は恩義を感じてくれているのか、決してクロウクルワッハを責めようとはしなかった。
大事な仲間がどれほど惨たらしく死んだか忘れたわけでもないだろうに、それでも至らぬ隊長であったクロウクルワッハを庇い続けた。
彼らにとっては「死を覚悟したうえでの任務」であり「クロウクルワッハは、自分達を拾ってくれた恩人」という認識が当たり前なようだ。
しかし、それを実感し感謝するたびにクロウクルワッハの心は捻じれて行った。
……守るべき部下達を満足に守れなかった。
幾人もの人質を目の前で殺された。
そのたびに部族長に謝りに行ったが、誰も自分達を責めなかった。
その記憶が、決定的な罰を与えられないという苦しさが、心を追い詰めていく。
いっそ誰か自分の事を罰してほしい。
この大陸で一番惨たらしく嫌悪される殺され方か死に方を選べば、王宮で働く者達の心は穏やかになり、きっと国は安定するだろう。
カウルノスもルードルドーナも、大喜びするに違いない。
仲間たちは悲しんでくれるだろうが、このような不甲斐ない隊長の下にいるよりも、国王である父の下に居た方が安全で怯えずに済む。ドービエルは、残った仲間たちの事を決して無碍に扱わないだろう。
今の彼らは「無能な隊長の下で瀕死の目に遭った可哀相な部下」という構図で見られている。クロウクルワッハと違い、以前の認識が消え去っているのだ。
ならば、やはり自分がいないほうが、彼らにとっても一番いいのだろう。
父親達も、もう不出来な息子に振り回されることなどない。
二人の王妃も、血のつながらない自分に気を遣う必要など無くなるのだ。
……なにもかもが、良い方に動くような気がしていた。
追い詰められ徹底的に心を折られたクロウクルワッハにとって、最早“自分”という存在は毛ほどの価値も無い。
むしろ害悪なのだと言う思いが強くなり、気が付けば自ら破滅を望むようになってしまっていた。……かつて、周囲の人々がそう望んでいたことだ。そんな「一度は捨てたはずの被害妄想」を、今になって真実だったと思い込んでしまっていた。
……実際、それは真実だったのかも知れないが、そんなことはその時のクロウクルワッハにとってどうでも良かったように思う。
死にたい、死んだ方が良いと思う感情の前には、過去も嘘も真実も妄想も何もかもがどうでもよくて、ただただ、不の方向へ定まった進路に思考を委ねていたい。
もう何も考えたくない。最初からそう思っていれば、それを実行していれば、全ては丸く収まったのだ。……そう思って、自らの破滅を望む。
それが、その時のクロウクルワッハに出来る唯一の現実逃避であり……皮肉にも、唯一心が凪ぐ自分だけの居場所になっていた。
――――そんな、針の筵とも言える日々。
第二大隊を維持し、残った数少ない仲間達の居場所を守りながらも死人のように過ごすクロウクルワッハの前に、ある男が現れた。
明るく乳白色を含んだ緑色の長髪に、白い熊耳を持つ末弟。
まだ年若く人々に影響されやすい三男のルードルドーナだった。
彼は、第二大隊に割り当てられた粗末な詰所を訪れると、荒れ果てた容姿になり果てた自分の兄に向かい、こう宣言した。
「クロウクルワッハ、私は貴方に決闘を申し込む。私が勝てば、貴方の王子としての権利や席全てを剥奪し追放します」
…………こちらに対しての褒賞など考えていない、一方的な宣言。
とても、付き添いで来た立会人の前で言うべき言葉とは思えなかったが……その末弟の言葉を聞いても、付いてきた立会人は何も言わなかった。
彼もまた、クロウクルワッハの追放を望んでいるのだろう。
濁った眼でルードルドーナ達を見て、クロウクルワッハは掠れ声を返した。
「それは……父上や両妃殿下も望まれている事なのか……」
「はぁ? そんなこと、今関係がありますか? 決闘を誰かの許しのもと行うなんて、それではただの代理闘争でしょう。私は、私が望むことを叶えるために、卑しいお前との決闘を申し込みに来たのです。貴方は親が絡まないと何も出来ないとでも?」
……実の兄に向ける言葉にしては、あまりにも冷たい言葉。
だが、ルードルドーナの言うとおりだった。
決闘とは自らの意志で行うものであり、他の者の意志など本来どうでも良い。
「自分がやりたいからやる」という事が、獣人達にとっては当然の事だった。
そう考え――――クロウクルワッハは、自分が無意識に父親達を「自分にとっての最後の防衛壁」だと考えていることに気が付いた。
そして、そうやって親達に甘えている自分の不甲斐なさも。
(私は……私は、なんと不出来な息子なんだろう……。ルードルドーナですら、自らの意志で戦おうとしている。なのに私はずっと流され、甘えて生きてきた。父上の好意に縋って、無意識に守って貰える『王子』の座に居座ろうとしていたんだ……)
なんて。
なんて、厚かましい……厄介者だったのだろうか。
周囲から責められる中で唯一優しくしてくれる親達に甘え、その座から逃げる事を無意識に放棄し「庇護される王子」でいようとした。
脆弱な存在として、父親達に守られようとしていたのだ。
……そんな獣の、どこが好かれるというのだろう?
最初からそうだ。
なんだ、結局は自分のせいじゃないか。
幼い頃に母親を守れなかった自分は、そこから何も成長していなかった。
体ばかりが大きくなり頭も足りず力も満足に鍛えられなかった。
そんな家畜以下の自分がどうして好かれると思うのだろう。
ああそうだ。今までの努力なんて意味も無かった。自分がそういう意識でいたせいで、甘えた考えだったせいで、皆に苦労をかけて不快な思いをさせて挙句の果てに大事だと思っていた部下達の命すら奪ってしまったのだ。
そんな甘えた獣が、何故許されるのだろう?
許されるはずが無い。
そんな獣は王に、王子にもふさわしくない。
分かっていた事ではないか。なのにどうして、今まで気付かぬふりをしていた。
全て、今までの全ては自分のせいだった。
自分が弱く、卑怯で、甘えた意識しか持てなかったせいだったというのに。
(そうだ……私は、許されない……わたしは、私は、私は私は……っ!! あああ、情けない、憎い、こんなっ……こんな、私が……っ)
――――こんな自分が、生きていて何になるのだろう?
無意識に頭を抱え、歯を食い縛って。
狂気に苛まれながら、そんな極まった思考に辿り着いたクロウクルワッハを見て、末弟は冷めた目をしつつ薄く笑った口で続けた。
「決闘くらい、不出来な貴方でも出来ますよね? ……ねえ、いっそ、死んでしまった方が貴方にとっては幸せかもしれませんよ?」
「あ……あぁあ……」
「では、明日の朝……荒野にて貴方の処遇を決めましょうか」
クロウクルワッハの言葉など待たず、ルードルドーナは決闘日……いや、自らの兄を処刑する日を決めた。
だが、半狂乱になっていたクロウクルワッハには、異議を唱える気力もない。
それどころか……暗い誘惑ともいえる禁忌の結論に、意識を支配されていた。
ああ、そうか。
厄介者の自分に、ようやく罰が下される日が来たのか。
ようやく、楽になれるのか――――と。
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