異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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迷宮都市ヘカテクライオ、秘めたる記憶と誘う手編

9.誰ぞ何ぞと問えたなら

 
 
「えーと……酔い覚まし……じゃなくて揺らぎ治しの薬は……」

 道を歩きながら、俺はメモしてきた木札を見る。
 本当は紙にメモしたいところだが、街の人にとっては紙って高級品だから、メモをするような物として使わないんだよな。

 一応、わら半紙みたいなのも有るんだけど、それでもインク代が勿体もったいないってんで、おつかいとしょうして見せびらかしながら歩く人は少ないのだそうだ。

 だから、俺はけずって再利用できる木札を持っているのである。
 木札ですら勿体もったいいと思う荒野の土地もあるみたいだけど、まあここは常春とこはるの国のライクネスだ。“大地の気”が潤沢で木も草もバンバン生えてくるので、このデカめなカマボコ板みたいな木札は一般的ってワケだな。

 ……って何を確認してるんだか。
 内容を確認しろよと自分でツッコミを入れつつ、俺は材料を確かめた。


 【揺らぎ治しの薬】
 この薬は、混乱、めまい、術や毒による視界や思考の混濁こんだくを治療する。
 なお自発的に起きた症状である場合、治癒は緩慢かんまんなものになるため注意。

 材料は以下の通り。
 麦の粉、汚れなき水、ハッカの結晶、蜂蜜、リモナの実、トカイアスのリンゴ。
 なお、モンスターに由来する症状であれば水ではなく聖水をもちいる事。
 木の曜気を入れ過ぎると逆効果になるため注意する事。

 まず、下拵したごしえをしるす。
 リモナの実の皮を乾燥させ乾物かんぶつにし(市販物でも良い)、蜂蜜の中に埋没まいぼつするほど漬け込んでおく。半日程度ていどは絶対に漬けておくこと。この蜂蜜ももちいる。
 そしてハッカの結晶を丁寧ていねい人力じんりきですりおろし、木の曜気を込めつつ水で混ぜると、これらが淡い緑色の液体に変化し、清涼感のある香りが広がる。
 この時、曜気を込めすぎると色が濃くなりからくなりすぎるため、薬に使えなくなるので注意して慎重しんちょうに混ぜる事。

 トカイアスのリンゴは実を【属性分離機】にかけ、木の曜気8、土の曜気2の割合で遠心分離を掛け、それらの練り粉状になった物を【乾燥装置】にて乾燥させ、水を加え蒸留器にて不純物を取り除いた後、桃色の粉として生成する。
 この粉は必ず薬を作る直前に生成すべし。放置すれば効力が数日で消える。

 材料の下拵したごしらえが完成したら、小麦粉に水を含ませ桃色の粉以外全てを混ぜ、木の曜気を少しずつ混ぜながら念入りにねる。ねばりが強く弾力だんりょくが生まれた状態になったのならば、円形にした材料の中に隠すように桃色の粉を入れて、再びること。

 最初は薄緑色の練り物であったものが、粉を混ぜる事で薄い黄土色に変わる。
 処方する時は対象のくちの大きさを考慮し、開口時のくちの四分の一程度ていどにちぎり、のどつかえないように与えること。


 ――――とまあ、これが【揺らぎ治しの薬】なんだが……。

「しかし……出て来たは良いけど……この材料の“トカイアスのリンゴ”ってどういうリンゴなんだろう……?」
「クゥ~?」
「それに器具も必要みたい。融合と分離って、俺の手だけじゃ難しそうだよなぁ」
「クゥ~」

 俺が疑問を呟くのと一緒に、俺のオトモをしてくれているペコリアが首……いや、体をかしげる。うむ、今日も今日とて素晴らしく可愛いな!

 ……にしても、器具が無いと作れないってことなんだろうか。
 だとしたら、ここいらで俺もいっぱしの薬師の道具を買うべきなのだろうか。

「…………あんまり高くないと良いんだけど……」

 俺も結構お金を持っていたはずなのだが、気が付くと所持金が心もとない。
 何故だろうかと考えたが……そういえば【モンペルク】で調子に乗って藍鉄あいてつのために良い干し草を頼んだり、体を乾かす宿のオプションを頼んだ気がする。

 藍鉄あいてつが喜ぶ姿を見たくて、無意識に手がお金を払っていたような気がするのだが――――記憶がないな。うん。記憶がない。

 ともかく、俺からするとかなりの大金が飛んだような気がするが、あれは必要経費と言うヤツだろうから気にはすまい。
 願わくば、薬師用の器具がお手頃でありますように……。

 というか、そもそも薬屋だし「完成品」が売ってあるんじゃないのか?
 【トカイアスのリンゴ】というアイテムが手に入らない可能性も有るし、薬を買う方向で行った方が良いかも知れない。

 そうだよな、ついいつものクセで調合しちゃう気持ちでいたが、俺もまだヒヨッコ薬師なワケだし、高度かも知れない調合は避けるべきだろう。
 ぶっつけ本番でやってブラックに体調不良を起こさせるワケにもいかないしな。

「よし……まずは薬自体を購入に切り替えよう」
「クゥー!」

 ぴょこぴょこ俺の横を跳ぶ可愛いペコリアの同意の声にデレッとしつつ、俺達は宿のお婆ちゃんに教えて貰った薬屋へと向かった。

 目的地の薬屋は、馬車通りから辿たどく“渡し場”の近くにあるという。
 この【ヘカテクライオ】は、終着点が大きな川なのだ。昔はそこから小舟で向こう側に渡ったとお婆ちゃんは言っていたが……それだと本当に大変だったろうなぁ。

 俺が以前通った道は海沿いの大きな橋で、大き過ぎて海か川かを確認する事も出来なかったし、そもそも通っただけだったから……ライクネスの北部にもこんな大きな川があったなんて気付いてなかったよ。

 当然ながら大河を渡った事もあったし、そのでっかい川の上に建つ街にも行った事があるけど、分からない時は分からないもんなんだなぁ。
 うーん、やっぱり足で冒険しないと見逃しちゃうことも多いようだ。

 ブラックに薬をあげたら散歩してみたいな……などと思いつつ、俺は広大な水面みなものぞむ薬屋に辿たどいたのだった。

「めちゃくちゃ良い雰囲気の薬屋さんだ!」
「クゥ~!」

 亜麻色の艶やかな木を用いて造られた、角地の薬屋さん。
 ガラス張りの豪華な窓の向こうには様々な瓶が置かれた棚が見えて、干した薬草や何かの材料が吊るされたり、テーブルに並べられたりしている。

 普通ならちょっとアヤシイ魔女の店みたいにも見えるけど、ガラス窓のせいかそんな事も無く、西洋風レトロなお薬屋さんって感じで物凄くワクワクする。
 某魔法使いの映画で出てくるみたいな、オシャレな薬屋さんって感じだった。

 ううむ……レンガ造りのお店も良いが、こういうお店も捨てがたい……!
 ドアだって、お洒落なアーチ状でガラスがめこまれた奴だし……!

 この世界じゃガラスって結構高価だから、おいそれと扉に使えないんだよな。
 だけど、こうまでして店の中を見せてるって事は……かなり商売上手なお店か……それとも細かい所までお洒落につかったお店なのか……。

 どちらにせよ、もし俺もお店を持つならこんなお店がいいなと思ってしまった。
 だってファンタジーな感じだし、アイテムがいっぱいでのぞくだけで入りたくなっちまうもんな! いや、そんな日が来るのかどうかは謎だけども。

 ともかく、入ってみよう。
 俺はペコリアを抱えると、少し重い扉を開いて中に入った。

「すみませ~ん……」

 声をかけると、無人だったカウンターの向こうからお爺さんが出てくる。
 きっと長年ここでお店を営んでいるのだろう、好々爺と言った風体のお爺さんだ。

「はいはい、どうしましたかね?」

 声もおだやかで、この日差しが入り込む小さなお店にぴったりのお爺さんだ。
 えへへ、なんか俺もなごんじゃうなぁ。

 しかもお爺さんはペコリアを見て「おや、可愛らしいお客さんじゃな」と言って、頭をモフモフと撫でてくれた。ペコリアも嬉しそうだ。
 優しいお爺さんにますます嬉しくなった俺は、その勢いで用件を話した。

「あのっ、ここに【揺らぎ治しの薬】ってありますか? 俺のツレが船酔い……みたいな症状になっちゃって……」

 そう言うと、お爺さんは驚いたように白くてフサフサの眉を上げたが、しかしすぐにこまったような顔をして腕を組みうなった。

「うーむ、酔い覚まし……いや揺らぎ治しか……昔は常備していたんだけどねえ、今は船で渡る旅人もめっきり減ったんで、作り置きがないんだよ」
「材料とかもありませんか?」
「トカイアスのリンゴは普通のリンゴより腐りやすいから、常備が難しくてね……。その薬の事を聞いたのも随分ずいぶんと久しぶりだから……うーむ、こまったねえ。ここいらの連中は、酔いなんぞリモナの実をかじって治していたもんだから……」
「そうなんですか……」

 この街の人達は、船酔いに慣れてるってことなんだろうな。
 だから、酸っぱいレモン……じゃなかったリモナの実をかじってリフレッシュ可能だったということか。そう言う人ばかりなら薬も作らなくなっちゃうよなぁ。

 この世界って冷蔵庫も氷の術もないし……妖精や俺みたいなチートは例外で氷の術を使えるけど、それだって超希少ってレベルなワケだし。

 だから、常備できないし滅多に売れないからやめちゃおうってのも仕方ない。
 薬屋さんだって商売だもんな。俺の世界だと保存がきくし、案外常備しておくべき物も決まってるから、そこまで在庫や処分に悩まされずに済むんだろうけど……この世界ではそうもいかない。こればかりは仕方ないな。

 でも、だとしたらどうしよう。
 他はともかく【トカイアスのリンゴ】が無ければいけないっぽいしな……。

「どうしようかねえ」
「うーん……リモナの実で気をまぎらわせるしかないですかね……」
「クゥウ~……」

 なんて、二人と一匹で難しい顔をしながらうなっていると――――
 カランカランとドアベルが鳴る音がした。

 あれっ。お客さんかな。
 だったら邪魔にならないようにカウンターから離れた方が良いかなと思っていると、店主のお爺さんが申し訳なさそうに俺に話しかけてきた。

「申し訳ないねえ……【揺らぎ治しの薬】は作れないが、トカイアスのリンゴ以外の材料はそろっているから、ハッカとうでも作ってあげたらどうかね」

 ハッカとう。ほう、そういうのもあるのか。
 この世界のハッカが俺の世界の物と同じかどうかは謎だけど、お爺さんが気休めになると言うのなら、作ってやっても良いかも知れない。

 スーッとする味なら、ブラックも頭が少しはスッキリするかも!

「そうですね、ありがとうございます! じゃあ、それを……」

 と、お爺さんに材料を頼もうとしたと同時。
 背後からの日差しをさえぎるように、俺に影が掛かった。

 ……ん? 急に暖かさが失われたぞ。
 空がくもったのだろうか、と振り返ったそこには、金縁きんぶち刺繍ししゅうがされている青鼠色の布が視界いっぱいに広がっていた。

 うおっ、な、なにこれ。マントか!?
 もしかしてさっき入ってきたお客さんだろうか。あわてて上を見上げると。

「…………【揺らぎ治しの薬】を作りたいのか」
「え……」

 目に飛び込んできた最初の色は、弾けるような小さな光が舞う金の髪。
 その長い髪をフードの中かららした相手は、俺を宝石みたいな緑色の目でジッと見下ろしていた。

「トカイアスのリンゴなら、私が持っている。……お前が良ければ、ゆずってやるが」
「……え、えと……でも、たぶんお高いんです……よね……?」

 日差しをさえぎ程度ていどかぶっているそのフードからは、ハッキリと相手の顔が見える。
 輪郭はしっかりと男らしくて顎が太いが、しかしその顔立ちは美しく整っていて、彫刻のように人の目を惹きつける強い引力が有った。

 うう……す、すっごい美形の人だ……。
 でもこの人、美形が多いこの世界とはいえ一際ひときわ抜きん出ているぞ。

 美形と言ったらシアンさんのように細く整った眉を想像するが、相手はハッキリとした太めの眉で、珍しいなと思ってしまう。
 ……いや、男なら別に何も変な事じゃないんだけど……なんというかシアンさんのようなエルフ神族っぽい神々しい美形だったから、ついそう思っちゃったんだよな。

 この人の眉で驚いてたら、ガッツリ雄々しい太い眉のブラックはどうすんだよ。

 って、なに人の顔をジロジロ見てんだよ俺は。失礼だろ。
 申し訳なくて視線をらすと、相手は軽く息を吐いて顔を上げた。

「店主、この子の薬の材料を見繕みつくろってやってくれ。私の所で薬を作らせる」
「んえぇっ!? な、何でそんなことに!?」

 驚いて思わずツッコミを入れてしまうと、相手は何故か少し驚いたように瞠目したが、すぐに涼しげな表情に戻り視線を軽く泳がせてから再び俺を見た。

「……その薬を、必要としている者がいるのだろう。薬師たるもの、苦しむ者に必要な薬を調合してこそではないのか。少なくとも、リモナの実で誤魔化そうなどと言う者は薬をあつかう資格がないと思うが?」

 そう言われて、俺はグッと声を詰まらせた。
 う、うう、直球で正論を投げてくるなこの人、めちゃくちゃ初対面なのに。

 だけど、この人の言うとおりだ。
 ブラックは凄く苦しんでるんだし、あの苦しみを長引かせたくはないだろう。
 リモナの実を渡したとしても快方に向かうとはがたい。

 なら……やっぱり、この人の言うとおり【揺らぎ治しの薬】を作るしかないよな。
 ……正直、ものすごく怪しいとは思うんだけど……。

「わかりました。……器具とかも、貸して頂けますか」

 そう言いながら見上げると、相手は数秒黙っていたが――ゆっくりとうなずいた。

「行くぞ。今のお前の腕がどのくらいか見せて貰おう」
「……は、はい……」

 なんかすごい試験官みたいな事を言うなこの人。薬師ってこういう感じなのか?
 俺が知ってる人達はノホホンとしてるか毒舌かの二択って感じだから、こういう風に真面目で堅物っぽい人は初めてだな。こういう木の曜術師の人もいるのか。

 …………にしても、なんだろう。
 凄く怪しいんだけど……なんでか警戒しようとも思えないんだよなこの人。

 まだ何者かも分からないのに、なんでなんだろう。
 ……まあ、今まで出会った薬師の人に悪い人はいなかったからかも知れない。

 なんだかんだで木の曜術師って「人に対して優しい」ところがあるからな。
 初対面の俺にこうまでしてくれるわけだし、多分この人もそういう人なんだろう。そう思うから、警戒心なんて湧かないのかも知れない。

「……必要な薬は買ったぞ。付いてこい」
「えっ!? あっ、す、すみません後でお支払いします……っ」

 薬屋のお爺さんに頭を下げると、俺は謎の美青年の後を追って店を出る。
 相手は俺が追い付くのを待っていたのか、外の日差しに不機嫌そうに目を細めていたが、道案内をするように歩き始めた。

 俺もペコリアを降ろして、謎の美青年の後を付いて行く。

「一体どこに行くんだろうな」
「クゥー」

 そういや俺、この美青年の名前もまだ聞いてないや。
 名前も知らない相手にホイホイついて行くんじゃない、とブラックに怒られそうだが今は許してほしいと思う。

 まあ、本当に危ない人だったら逃げればいいだけだし、相手の些細ささいな行動も見逃さないようにしなければ良いか。
 俺だって、一応人を見る目はあるつもりなのだ。

 この人からは、今まで出会ってきた悪い奴らみたいな違和感を感じない。
 後ろめたい感じの仕草もしてないし……きっと、大丈夫だと思う。

 だけどその「大丈夫」をすんなり信じられるのも、俺の中の謎の自信のせいで。

 …………うーん、ホントに何でなんだろう?

 長髪なのがアドニスに似てるから……とかなのかなぁ……。
 顔立ちはエルフ神族っぽい神々しい美形だけどな。

 シアンさんにちょっと似てるからそう考えちゃうのだろうか。
 まあ、今はそんな事をこねくり回している場合じゃない。さっさと調合して、宿で今も苦しんでいるブラックに早く薬を持って行ってあげなくちゃな。

 それに、ちょうどいい機会だし、謎の器具の事もこの人に教えて貰おう。
 一人前の薬師になるには、現場の人の知識ってのも大事だろうからな!












 
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