異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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迷宮都市ヘカテクライオ、秘めたる記憶と誘う手編

16.命奪う霧

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「――――ッ!!」

 危ない。
 窒息ちっそく窒息ちっそくする。ブラックが窒息ちっそくする。

 そう思い、頭に今までとは違う熱が上がって、体の中で痛みをともなう熱が暴発する。

「ツカサ君!!」

 叫ぶブラックの声は、もやの中でくぐもっている。
 だが――――

 考えるひまも無く、体中から何かがほとばしる感覚がして、
 緑色の光が、爆発した。

「う゛っ、ぐ……!!」

 肺が、内部から押し広げられたような激痛でる。
 思わず体が痙攣けいれんしてちぢこまったが、それが結果的に俺の周囲に円形に展開した光を発散させたようで、緑の光の粒子がもやの中に勢いよく広がった。

 瞬間、もやが一気に晴れる。
 いや……違、う。これは……消滅……いや、相殺そうさいされ、た……?!

「ゲホッ! ぐっ、ゴホッ!! づがざぐっ、ぅ゛っ……!」

 もやから解放されたブラックが、みながら剣を振るう。
 体が急に落下し始め、浮くような感覚を覚えた体の中が痛んだが、そんな俺を動けないとさとってブラックがつかんでくれた。

 そのまま、視界が晴れた地面へ着地する。
 腹部が痛くて声が出ないが、ブラックだって再び突然の窒息ちっそく状態に置かれて体力を大幅に消耗しょうもうしたはずだ。大丈夫かと声を出そうとしたが……くちの中にこみ上げてくる鉄臭い液体を感じて、俺は思わず手で押さえた。

 ヤバい、血が出たのか。
 これじゃブラックに心配されちまう。今は敵がどう動くか分からないのに。
 飲み込むべきだと血をのどに通そうとするが、体の中で嫌な痛みが走ってのどが上手く動かない。それどころかんで、抑えた手の隙間から血を噴き出してしまった。

「づ……カサっ、君……!」
「グッ……ぅ゛、お、おれ゛は良いから……っ、アンタが……っ」

 俺は、チート能力でイヤでも死ねない。だからいずれ回復する。
 それより、自分の体を心配してくれ。頼むから。

「クゥーッ!!」

 痛みによって涙で視界がかすむ。
 が、その中で薄桃色が飛び交って“何か”をバラバラにした。

 ペコリアか。俺達がダウンしている間に、襲ってきた枝を撃退してくれたのか。
 痛みと涙でよく見えない。俺は何とか息をしながら、震える手で【回復薬】を腰に回したバッグから取り出し、血と一緒にあおった。

「ツカサ君っ、なに、コレは一体……っ」

 自分の体が金色の光に一瞬包まれる。
 少し楽になった……と、思う。そんな俺に、ようやく息が整ったのか、ブラックが即座に近寄って外傷を確かめて来た。

「さっきの根っこになにか……」
「い、いや、違う……なんか、体の中から急に……木の曜気が……」

 そこまで言うと、ブラックは何故か目を見開いて青ざめた。
 どうしたんだ。もしかして、ブラックには何か原因が分かったって言うのか?

 気になったけど、それを質問するひまは無かった。

「チッ……! また一々いちいち性懲しょうこりも無く……!! ロクショウ君達こっちに!」

 風が、また甘い匂いを連れてくる。
 今度は明確に感じ取ったのか、ブラックは再び【ディノ・フレイム】を展開した。

 またバチバチと謎のもやが焼ける不思議な音がする。
 遮断しゃだんされたもやが、悲鳴を上げているようだ。

 けど、そんなことを気にしている場合じゃない。悠長にしている時間は無いんだ。もっと、もっと早く回復しないと。
 俺は自分の体中に“大地の気”がめぐるようにイメージしながら、ブラックが防御してくれているうちに立て直そうとする。

 ――――体中が、痛い。
 だけど、今さっきの自分の体の異変。アレを、無理なくもう一度引き起こせたら、もやを安全にキャンセルすることが出来るんじゃないだろうか。

 そうすれば、ブラックが執拗しつように狙われることは無い。
 でも、どうすればいいんだ。さっき俺は、どうやった?

 自分でも無意識でわからない。必死に記憶を手繰たぐせるが――――
 事態は、それを待ってくれなかった。

「炎は木を制す。……だがそれは、力量差が無い時までだ」
「――――ッ!?」

 炎の壁の向こうから、声が聞こえる。
 そう知覚したと、同時。

 炎の壁を突き破って、鋭い枝がブラックの脇腹をかすった。

「ぐっ……!!」
「ブラック!!」

 やっと声が出せる。
 光を散らして立ち上がろうとしたが、ぞわりと何か恐ろしい感覚を覚えて、俺は腰をかがめたまま、咄嗟とっさにブラックの膝裏ひざうらへとタックルをかました。

「ぐわっ!?」
「キューッ!」

 ブラックが大きくひざった瞬間、その顔の横にまた伸びてきた枝がかする。
 あれは、立っていたら心臓の位置に突き刺さっていた。
 炎壁によって一瞬で焼けてしまったが、その速さによる威力はすさまじい。たぶん、アレはブラックでもひとたまりもない。今のブラックは、精神力の何割かを炎の術に集中させている。恐らく、不意の攻撃に対応するのは難しい。このままだとブラックが不利だ。

 でも、炎の壁を崩せばもやが再びやってくる。
 あのもやさえなければ、ブラックだって普通に戦えるのに……!

「ツカサ君ごめん、ありがと……あの野郎、完全に僕の身長を把握はあくしてるな……的確に心臓や急所を狙ってきやがる……!」

 それを肯定するかのように、再び枝がブラックの心臓が位置する部分をつらぬく。
 だが、これで俺もピンときた。
 敵はこちらに攻撃できるが、俺達の正確な位置を把握はあくしてないのだ。

 炎の壁の中に居て、姿勢を低くしてさえいれば、ブラックが傷付くことは無い。
 でも……いつまでもこうしてはいられないよな。精神が摩耗まもうしていくし、ブラックも俺達に矛先ほこさきが向けば、どうしても対抗せざるを得ないだろう。
 そうなったら今度は攻撃を避けきれないかも知れない。

 なんとか敵の位置を把握はあくして、攻撃を防がないと……っ。

「クソッ……いつまでしゃがんで避けていられるか分からないな……いまだに【索敵】に引っかからないのに、こっちが見えているってことは隠れているのか。それとも、単眼鏡のような物を使っている……?」

 ブラックが困惑している。
 さもありなん。気配が無いのに、こちらを目視して攻撃できているって事は、俺達の居場所や行動がハッキリ見えてるって事だ。

 なのに、ブラックがこうやって伏せているのはわからないらしく、何度もブラックが立っている位置を予測しているように、そこばかり枝を伸ばしてくる。

 ……炎の壁は、音も遮断しゃだんするんだろうか?

 でも、向こう側の声は聞こえていたはず。
 さっきはどうか分からないが、今は確実に俺達の近くに来ているはずだ。
 ――――だったらどうして、かがんでいるブラックに攻撃が来ないんだろう?

「よく、分かんないけど……このままかがんでたら大丈夫なのか……?」
「だとしても、防いでばかりじゃ体力が削られるだけだね。……せめて、相手の動きが分かれば、対抗しようもあるんだが……」

 その通りだ。
 でも、どうすれば良いんだろう。

 こうなったら、何故かマークされていない俺が探るしかないのでは。
 俺だったらすぐに回復するし、油断して姿を現すかも知れない。

 ……現状、俺は役に立ってないんだ。
 だから、何とかしてブラックから目をらさせないと。
 でなければ、いつか本当にブラックが重傷を負うかもしれない。

「……ブラック、炎の壁を後ろだけ解除してくれ。俺が敵を探る」
「なっ……ダメだよ、ツカサ君さっき酷い怪我を負ったばかりじゃないか!」
「でも、このままだとブラックも危ないだろ! それに、相手の攻撃は何故だかわかんないけど、ブラックにしか向いてない。だったら、俺が探った方が良いって! 体の事なら、もう大丈夫だから……」
「絶対ダメ!! だったらロクショウ君にでもまかせればいいじゃないか!」

 ブラックはかたくなで、俺を出そうとしない。
 そんな俺達の言い争いを心配したのか、ロクが俺達の間に割って入った。

「キュキューッ! キュッ、キュゥウッ!」
「ろ、ロク……」
「キュー!」

 俺達をいさめるようにロクは鳴くと、炎の壁が届かない空へ飛び上がっていく。
 結局、俺ではなくロクが索敵のために飛んで行ってしまった。

 くそっ……また仲間に迷惑をかけてしまった……。
 でも、ブラックの言う通りかもしれない。ロクショウの方が、索敵に向いている。俺が曜気をられると言っても、それ以外はからきしダメなのだ。

 相手が木属性の【アルスノートリア】なら、きっと俺の曜術は役に立たない。
 だから、下手に動くより静かにうずくまっていた方が安心なのは、そうなんだけど。

「ほら、ロクショウ君もツカサ君に危ない目にってほしくないんだよ。……だから、僕の後ろに居てよ。……ね?」
「ぐ……」

 けれど、このままじゃ。
 このままだと、いけない気がするんだよ。それが何故かは分からないけど。
 なんだか……嫌な予感がして、居ても立っても居られないんだ。

「何にせよ、一旦いったん森から脱出しよう。このままだと、相手の有利な場所で戦って体力を無駄に消耗することになる。だから、相手が見えない内に――」

 そう、ブラックが俺を見てほお一筋ひとすじ汗を流すのを見た、その次の瞬間。
 ――――ブラックの言葉が、唐突に止まった。

「う゛……っ、う……なん、だ…………これ……っ」
「ブラック!?」

 目の前の大きな体が、変に揺れる。
 まるで船に大きく揺られているような動きに異変を感じて体をささえるが、俺の両手に思い切り体重が掛かって、自分まで体勢をくずしてしまう。

 おかしい。この状況で、ブラックが俺に寄りかかってくるはずが無い。
 まさか何かまた新手あらての毒でも流されたのか。そう思ったが、何のニオイもしない。鼻をかせてみても、空気におかしな感じはしなかった。

 だとしたら何故。
 どうして、いきなり力が抜けて――――

「つ、かさく……」
「ブラックっ、おい、ブラック!!」

 呼びかけるが、相手は何かを必死にこらえているのか、大量の汗を顔に浮かべて歯を食い縛ろうとしている。だけど、それも体が弛緩しかんするのかままならないようだ。
 徐々に手に加わっていく相手の重みにあせりが増す。
 何とかしないと。そう思うが……。

「に、げて……」

 一人で、逃げて。
 そう必死に告げたブラックの体は――――完全に、ちからを失った。

「っ――……!!」

 体が、恐怖に一気に冷える。
 何も考えられなくなって、思わずブラックの呼吸を確かめた。

「クゥ……」
「クゥッ、クゥウ」
「……っ……は……こ……呼吸はしてる……っ」

 ペコリア達が心配して、俺と同じようにブラックをささえてくれている。
 その様子に少しだけ平静を取り戻して、俺は“気を失っているだけ”らしいブラックをペコリア達にあずけた。とにかく、この森から出ないと。

 きっと、俺一人では相手を倒せない。
 意地を張って自分一人でどうにかしようとしたら、最悪の事態になる。……今ここに【アルスノートリア】がいるのなら、リオルを呼んで手伝ってもらうのも手か。

 だけど、そうすると手の内を全部見せることになるかもしれない。
 ……相手は俺のことを知っている。けど、リオルのことまでは知らないはずだ。
 なら、今アイツを呼び出したら切り札すら捨てることになる。
 そうなってもいいのか。けど、今がその時じゃないのか?

 ブラックを失う危険性があるなら、相手がブラックを殺そうって言うんなら。
 俺は……――――

「その男の事をかばう。それが、お前の悪いところだ」
「っ……!?」

 また、声が聞こえる。
 今度はすごく近い。

 思わずペコリアとブラック達をかばうように前に出ると、炎の壁が消える。
 ブラックが完全に気を失ったんだ。

 ゆっくりと、周囲の景色がよみがえってくる。
 鬱蒼うっそうとした暗い森が視界に入ってきて、見据みすえた真正面には――――

 そうであって欲しくなかった現実が、たたずんでいた。

「…………スイ、さん……」

 少し離れた場所に立つ、青鼠色のローブを羽織った青年。
 金泡色の長髪と、宝石のようなみどりの瞳を持った相手は……感情のない綺麗な顔で、俺達を見つめていた。

「……いかに数多あまたの毒に耐性を持つ特異体と言えど、ヒト族を生かす三大欲求に耐性を持つ事は難しい。どんなバケモノでも、深い眠りに対しては赤子になるものだ」
「っ……じゃあ、ブラックは今眠って……」
「私の……いや、この【翠華すいかの書】のちからによって、その男はもう二度と目醒める事は無い。少なくとも、今のお前の力では解除することも不可能だろう」
「な……何で、どうやってそんな……!」

 【翠華すいかの書】ということは、木属性。
 植物を操る力ではあるが、そんな能力は持ち合わせていないはずだ。

 なのにどうして、ブラックをそんな状態におとしいれる事が出来るんだよ。
 そんなの、ありえない。

「……勉強不足だな。この世には、常識をくつがえ逸話いつわが世にあふれている。その中には、太古よりよみがえりし秘法とも呼べる術や薬が存在するのだ。お前達が“きりの薬”を今まで知らなかったのが、その証左であろう」
きりの、薬……」

 今さっきの、あのピンクっぽいもやのことか。
 確かに、あんなもやは今まで見た事が無かった。まるでアニメの中の物体みたいに、質量がありそうな……重くて、形が有る感じで……。

 アレが古代の薬によるものだとすれば、不可解さにも納得が行く。
 効果が窒息ちっそくというのも、無理はない気がした。

 けれど、俺が内心納得しかけた所でスイさんは目を細め言葉を続ける。

「お前達は、薬に対して極めて無知だ。そのせいで、二種類の異なる毒をぜたことにも気付くこと無く、無防備に体内に取り込んだ。特に、その男はな」
「え……!?」

 二種類の、毒……!?

 どういうことだ。あのもやには、二種類の毒がぜられていたのか。
 いや、一つは多分“きりの薬”だ。さっきのもや自体が毒なんだろう。窒息ちっそくを引き起こす作用が「毒」として認識されているのかも知れない。

 だとしたら、もう一つの毒は何だ。
 ああくそっ、分からない。薬師としても半人前以下の俺じゃ……っ。

「…………お前は、いまだ無知の状態だ。そんな状態で、その悪しき【グリモア】のもとに居る事は、破滅を意味する。……その男を渡せ。こちらで処分する」
「――――……!!」

 背筋が、凍った。
 ……片手を差し出して、何とも思っていないような表情で告げる相手。

 まるで、ブラックの事をヒトとも思っていないような……冷たい、表情。
 その相手の顔を見て、俺は背中にどっと冷や汗が湧くのを感じた。

 処分。
 ダメ、だ。絶対にダメだ。この男にブラックを渡してはいけない。

 殺される。逃げなければ、ここから逃げないと、ブラックが……っ!!

「っ……!! ペコリア、藍鉄あいてつ、ロクショウ、力を貸してくれ!!」

 バッグの中に手を突っ込んで、小さな皮袋の中に入っている【召喚珠】をにぎる。
 ありったけの曜気を込めて、べるだけの仲間を呼んだ、その瞬間。

 白煙が一気にあたりを包んで、俺の体が急に浮き上がった。

「クゥウーッ!」
「グゥー!!」

 たくさんのペコリアの鳴き声と、一際ひときわ大きく野太い声。
 煙が晴れて見えたのは……俺達を運んでくれている沢山たくさんのペコリアと、俺達を守るように殿しんがりを走るボスペコちゃん。
 そして並走してくれている、ロクショウと藍鉄あいてつだった。

「みんな……っ」

 思わず、声が涙で歪みそうになる。
 ついこらえたような情けない声になってしまった俺に、みんなは「大丈夫だよ!」と言ってくれるかのように次々に可愛い鳴き声で答えてくれた。

 安心感と申し訳なさで、言葉に、まる。
 ……だけど、今は泣いている場合じゃない。

 俺は薄汚れた手で顔をぬぐうと、気合いを入れるために自分のほおを叩いた。

「ごめんっ……街に近付くまで、俺を……ブラックを、守ってくれ……!」

 何もかも未熟な俺では、こんな風に頼むことしかできない。
 ああ、本当に俺は……ザコだ。

 大事なヤツ一人自分で守れないなんて、本当に……っ。

「キュウッ、キューッ、キュウウッ!」
「ッ……そ、そうだよな……早く安全な場所に行かないと……」

 ロクショウが、俺を元気づけるかのように鳴く。
 そうだ、今は自分の無力さになげいているひまはないんだ。

 早く、どうにか。どうにかしないと。
 ブラックが毒におかされているのであれば、もう、俺だけではどうにもできない。
 なりふり構わず、誰かに助けを求めないと。

 そんな情けない自分に心底怒りとくやしさを覚えたが、それすら今の状況からの逃避に思えて、俺は首を振り感情を抑え込んだ。
 とにかく今は、ブラックをなんとかしてやらないと……っ。

「頼む……頼むから、もう少しだけ我慢してくれ……っ」

 寝かされたままで運ばれている、大きな体。
 俺らを運んでくれているペコリア達の上に投げ出された手をにぎり、俺はひたすらにいのることしか出来なかった。








 白い煙が、視界をさえぎる。
 その向こう側から複数の鳴き声が聞こえたかと思ったら――――

 多くの獣の足音が、森の外へと向かってどんどん小さくなっていった。
 その姿を何もせずにながめていた青鼠色のローブの男……スイの少し後方に、黒衣の男がゆっくりと現れた。

「逃がして良いんですか? せっかく宿敵を抹殺できる好機だったというのに」

 たのしげな笑いをふくみながら言う男に、スイ……カーデは眉をひそめる。
 不快極まる相手の声だったが、何も反論することなく答えた。

「……何もせずとも、あの男はいずれ衰弱して死ぬ。私は誰かを巻き込むようなすべは取らない。お前達の作戦は、人を犠牲にし過ぎる」
「おやおや、これはきびしい……。しかしまあ、良いでしょう。これが、貴方の愛弟子まなでしを傷付けずに守れる唯一の方法であると言うのなら、結末まで見守りますよ。ふふっ……その方が、面白い物が見られそうですからねえ」
「…………」

 軽々しく大事な弟子の事をくちにする相手に、腹の奥が怒りで煮える。
 だが、これ以上の譲歩も落としどころも無い。

 【翠華すいかの書】の所有者になった以上、【グリモア】達の肩を持つ今代の【黒曜の使者】とは、敵対せざるを得ない。
 彼が悪しき存在を愛する限り、その仲を引き裂くしか救う方法が無かったのだ。

(……許せ、ツカサ……。お前を救うには、その男を無力化するしかない。あの禍々しい存在から、魂たる感情が消えてしまえば……何もかも解決する。他の凶悪な者達も、誰も犠牲にしない方法で封じる事が出来るのだ。……わかってくれ……)

 ――――それに、あのあわれな男も、この方が良かったはずだ。

 彼は、そもそも望んであの忌まわしきちからを手に入れたわけではないと言う。
 だとしたら、その恐ろしいちからに今まで振り回されてきたはずだ。

 今まで災厄としてうとまれてきたのであれば、その根底には人類へのうらみやにくしみが渦巻いている事だろう。
 過去の仲間やツカサによって幾許いくばくかは癒されたのかも知れないが、しかしそれでも消えぬ怨念と言うのは存在する。

 何十年、何百年経とうとも、記憶が存在する限り憎しみや慟哭は消えない。
 この身をって、そう実感している。

 一度生まれた凶暴な感情は、老いて心が怒りを失うまでまとい続けるのだ。
 ならば――――激しい感情をかてにする【グリモア】である限り、野放しにするわけにも、ほうっておくわけにもいかない。

(ブラック・ブックスよ、仮初かりそめの感情に逃げてもお前は所詮しょせん災厄の化身……誰からも愛されるはずのなかった“化け物”だ。いずれ、その“愛”と錯覚している偽物の感情によって、お前の中の化け物が執着した相手を食い尽くす……)

 そうなって欲しくは無い。
 弟子を……いや、たった一人の大事な存在を、失いたくはない。

 もう、愛しい“人の子”を、他人に奪われたくは無かった。
 だから。

「…………お前にうらまれてもかまわない。……あの男の命が尽きた時、きっと私が迎えに行く……。だから、待っていてくれ……ツカサ……」

 呟く声は、遠く離れた相手に届く事は無い。
 だが、そうでなければ呟く事も出来なかった。

 ……きっと、ツカサは“あの子”のように自分を許しはしない。

 今度こそ、あの子と同じように侮蔑ぶべつの目を向けてくるだろう。
 そう確信していたから。












 
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