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幻実混処ユーダイモ、かつて祈りを唱えし者編
分かたれた同胞(はらから)より2
「ツカサ君が言うから助けてあげるんだからね。ご褒美あとで頂戴ね!」
俺を抱きしめたまま軽く息を吸い込んで、ブラックはチアさんと対峙する影に片手を向ける。いつもと違うどこか若々しい手は、黒い靄のような何かを纏わせ始めた。
――あれ、曜気の光じゃなくて、黒い靄……?
いつもとは違うその光景に俺が戸惑ったと同時、ブラックは空気を握るように軽く拳を作ると、そのまま横にスライドさせた。刹那。
なにか、布が凄まじく早くせり上がるような音が聞こえ、チアさんを襲おうとしている影を囲むように黒い壁が出現した。
えっ……あ、あれはブラックの影……?
「アレどうやったの!?」
「まあそりゃ、大地に這わせてバッと……」
「な……なんかいつもより説明が雑……!」
「仕方ないじゃない、僕だってよく分かってないんだもの」
思ってもみない返答すぎるぅ……。
うーん、今のブラックは完全にフィーリングで影を操ってるみたいだな。
このちょっと素直な影の状態だと、理屈より感情が強くなるんだろうか。影の体になった事など無いので分からないが……こういうブラックは少々違和感があるな。
やっぱり、若めの姿になってるのと関係が有るんだろうか。
いや、ブラックは「影の姿になって澄んだ気分」って言ってたしな……。魂だけの姿になると、人はこういう感じになってしまうのかも知れない。
とにかく、これでチアさんは守られ――――
「あ゛ぁ゛あ゛あ゛ああ!!」
「――っ!?」
途轍もない叫び声が上がった事に、意識が持って行かれる。
どうしたのかと慌てて顔を向けると、そこには……ブラックが作った高い壁を強引に破壊し、今まさに壁に乗り上げている影の姿があった。
う、うわあっ、あんなにギチギチに拘束してたのに!
「あっ。アイツ案外強いみたいだね……。なるほど、魔女っていう伝説も案外本当の事かも知れないな」
「言ってる場合か!」
早くチアさんを助けないと。
俺はブラックの腕から抜け出して助けに行こうとする、が、やはり全然動かない。
くそっ、こんな状況じゃ術を発動するための集中も出来ないぞ。
早くなんとかしないと……!
「んもー、仕方ないなぁ」
この緊迫した状態にもかかわらず、ブラックは面倒臭そうに呟いて掌を再び影の方へと向けた。
影は、壁を乗り越えてチアさんの方へと向かおうとしている。
だがその手足を、砕かれた壁から伸びた触手が捕えた。
「あ゛あ゛あ゛ああ!!」
無数の影の触手は流石に無視しきれなかったのか、手足の根元まで逃さず絡みつく隙のない拘束に、チアさんを襲おうとしていた影が叫んだ。
暴れる動きに触手が引き伸ばされる。そんな光景をチアさんは「信じられない」とでも言うかのような目で見つめて、その場にぺたんと座り込んだ。
「チッ……あのグズ女……!」
「こらブラック!! ああもうっ、爺ちゃん、ペコリア、申し訳ないけど俺の代わりにチアさんの事を頼む!」
「あい分かった!」
「クゥー!」
俺が守ってあげられたら一番良かったんだが、この状態ではそれもままならない。
仲間を危険に曝すようなお願いはしたくなかったけど、素早い爺ちゃん達ならチアさんを助ける事が出来るはずだ。
そんな俺のお願いに律儀に答えてくれて、マーサ爺ちゃん達はチアさんを守ろうと駆け出した。今ならブラックが影を捕えてくれているから、なんとか連れ出せる。
その目論見通り、爺ちゃん達はチアさんの腕を引っ張ってムリヤリ立たせ、俺達の方へと誘導しようとした。
が――――
「危ない!!」
思わず、考えるより先に声が出る。
だが仕方なかった。何故なら、あの影も背中から触手を生やし、マーサ爺ちゃん達に襲い掛かろうとしていたのだから。
しかし、爺ちゃん達はそれに素早く反応して、その場からチアさんを引っ張り退避させる。マーサ爺ちゃんは鍬で襲い掛かってくる影を素早く弾き飛ばし、その間に俺のペコリア達がチアさんを自分達の上に乗せた。
そのまま、影をいなしながらこちらへ戻ってくる。
よ、良かった無事で……。ペコリア達はいつも俺を背中に乗せてくれるから、チアさんの救助も迅速に済んだみたいだ。
情けない事だが、結果的に訓練みたいになって良かったのかも知れない。
そう自分に言い聞かせながら、俺は合流したチアさんに話しかけた。
「大丈夫ですか!? 怪我は……」
「っ……あ……だ、大丈夫……ありがとう、助けてくれて……」
俺とブラックだけでなく、ペコリアと爺ちゃんにもお礼を言うチアさん。
だけどまだ動揺しているのか、体は震えている。
……俺には推測することしか出来ないけど、こうなっても仕方ないよな。
たぶん、あの恐い影は本当に「チアさんの分身」みたいな存在なんだろう。
しかし彼女はその影と予想外の出会いをしたような風だった。
何があったのかは分からないけど、それでもチアさんの様子からすれば、あの影が存在していることは「良くないこと」だと察せられる。
一体、どういうことなのか。
教えて欲しくもあったが……今は、悠長に話している時間は無いよな。
「とにかく今は逃げましょう! ブラックも体に戻してやりたいし、ひとまず街に戻って体勢を立て直さなきゃ……。チアさんも一緒に来てください!」
街まで戻れば、【障壁】によってとりあえず並みのモンスターは近付けない。
そうでなくとも俺達のロクちゃんやボスペコちゃんが待機しているのだ。とにかく森を抜けさえすれば、戦う方法はいくらでもある。
アルスノートリアも潜んでいて危険な森なんだから、逃げるが勝ちだよな。
けれど、俺の言葉にチアさんは何故か首を振った。
「だ、だめ……ダメ、なんです……。私、ここからは出られない……」
「出られない?! どうして……」
「ここで、ずっと……ずっと、待ってるって……私は、誓ってしまった……だから、私も、あ……あの……あの影の私も、ここから出られない……」
「そんな……!」
何をどうしてそうなったのか、なんの理由で出られなくなったのか。
知りたいけれど、今は時間が無い。
彼女が言うのであれば、本当にこの領域の外には出られないのだろう。
けど、それだともう有効な策も思いつかない。
チアさんの影はブラックの拘束から逃げ出そうとして激しく動き、それだけでなく今も俺達に向けて触手を伸ばし、チアさんを奪取しようとしている。
マーサ爺ちゃんが、捕まらないように上手く弾き飛ばしてくれているから、こんな風に会話をしていられるが、それもいつまでも持たないだろう。
くそっ……。
俺達だけなら逃げられるけど、チアさんを放ってなんていけないよ。
森の外にも逃げられないなら、一体どうすれば良いのか。
せめて、影に何か弱点があればいいのに……っ。
「おい女、アイツを退ける方法は思いつかないのか?」
ブラックがまたもや失礼な物言いをする。
影になってから、だいぶ言動が素直すぎるなコイツは。いやまあ、元の姿の時でも、興味ない人には大体こんな失礼な感じだったけども。
「ざ……残念、ながら…。あっ……でも、い、家の中に入れば、少なくとも、危害を加えられることはない、はずです……!」
「家の中だな!」
そう言うなり、ブラックはチアさんの家を睨むと俺を抱えたまま駆け出した。
わっ、お、お前チアさんと爺ちゃん達を置いて行くなよ!!
地に足が付かない状態で抗議しようとするが、振り返るとペコリア達がチアさんを再び背に乗せて連れて来てくれていた。ホッ、よ、よかった。
流石は有能で可愛すぎる俺の仲間だ。
安堵する俺の背後で、バンと乱暴に扉が開かれた音がする。
と、一気に景色が少し薄暗い家の中に変わった。
そこに、チアさんとペコリア、マーサ爺ちゃんが雪崩れ込んでくる。
最後尾の爺ちゃんが、勢いよく扉を閉めた。
瞬間、激しく何かを打ち付ける音がしてドアが衝撃で内側に押し出される。
――――だが、それ以上何事も無く、扉も破損することはなかった。
どうやら、あの触手の攻撃にビクともしない強さらしい。
多分……何か、術が掛かっているんだろうな。
ここまで強固なら、確かに避難するにはうってつけの場所と言えるかも。
逃げ道はないかも知れないけど、確実に休息できるしありがたいな。
落ち着かなけりゃ良い案だって思い浮かばないんだから。
「……なるほど、確かにこの家は何かの方法で守られてるみたいだね」
ブラックが言うのに、やっと呼吸を整えたチアさんが「はい」と頷く。
「この家、には……色々と、まじないを掛けて、ました……。家主を、害する者が、入って来ないように、と……。家は、私の方を……家主と認めてくれた、ようで」
その言葉に、俺達もやっと深い溜息が漏れた。
これは、張り詰めていた気を緩めた吐息だ。
一気に力が抜けた俺達を申し訳なさそうな目で見ながら、チアさんは謝るように深々と頭を下げた。
ああっ、そんなことしなくて良いんですってば……!
「ほ、本当に、ごめんなさい……こんなことに、巻き込んで……」
「いえそんな……!」
「そんな謝罪なんて、こっちはどうでも良いんだよ。それより、キチンと全部話して貰えるんだろうな? どうしてこうなったかを」
ま、またブラックったらそんな憎まれ口を……。
……でも、俺達もどういう事なのか知りたいのは一緒だ。
ブラックを嗜めながらもチアさんに視線を向けると、彼女は小さく頷いた。
「お話し、します……どうして、こうなっているのかを……。貴方達、には……聞く権利が、ありますから……」
聞く権利……?
どういうことだろう。部外者だけど巻き込まれたから、なのかな。
それとも他に理由があるとでも言うんだろうか。
気になることは色々あったが、今は飲み込んでチアさんの話を聞く事にしよう。
……外から壁や窓を打ち付けてくる音を、気にしないようにしながら。
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