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会遇古港エスクレプ、偉大な術師の夢と痕編
その喋り方は反則なり2
しおりを挟む「ちょっと狭めぇけど許せよ。ソイツはそこんとこのソファに寝かせておいてくれ」
カウンターの奥にある扉から中に入ると、六畳間より少し小さい部屋がある。
どうもここは、簡易の休憩室らしい。
俺とリオルはべんぞ……いや、レンズが分厚すぎる瓶底眼鏡のお兄さんを、小さいソファにそっと寝かせた。体格が浪人生よろしくひょろ長いせいなのか、膝から下がはみ出してしまったが……まあ、体が収まってるし大丈夫だろう。
とはいえ座る場所がもう無いので立ったまま待っていると、カップをお盆に乗せておじさんが戻ってきた。
「おっとすまんな、そこに立て掛けてある椅子使ってくれ。ケツがつらいだろうから、クッションを持ってくるわ」
それまで飲んで待っていてくれ、と、ソファの前に小さなテーブルにお盆を置き、また奥へと引っ込んでしまう。
部屋の端に立てかけられていたのは、少し古めかしい感じがする質素な長椅子。手をかけると意外と軽いが、シンプルながらも頑丈そうだ。
恐らく、支払いで待ち時間が発生した時に、お客さんに座って待ってもらうための椅子なんだろうな。中々にお客さん思いのおじさんのようだ。
素直に二人と一匹で座って待っていると、おじさんがクッションを渡してくれた。
「ほれ、茶も飲め。この街の名物、薬粉茶だ」
渡されたのは、乳白色が強いカフェオレみたいなお茶だ。
……お茶と言うか、ミルクティーっぽいな?
お礼を言って一口飲んでみると、チャイのようにスパイスが入った感じの、独特な味であることが分かった。たぶんバロメッツのミルクを使ってるんだろうけど、牛乳特有の感じが無くサッパリとしていて、シナモンっぽい香りが強いような気がした。
とはいえ十分に甘いので、これならロクショウとリオルも飲めそうだ。
そう思って横を向くと、二人は嬉しそうにお茶を飲んでいた。
うむ、そうだろうそうだろう。
「砂糖を入れなくても甘いだろ。これも味材の力よ」
「これもなんですか。本当にいろんな種類があるんですね」
「まあ、扱いが難しいヤツもあるし、保存性も最悪だがな。その薬粉茶の味材も、色々試したがバロメッツの乳にしか上手く馴染まないし」
保存性以外にも難点があったようだな。
なるほど、薬師が作った“味材”ってのは、普通の調味料と比べてかなり使いづらいらしい。でも、合う食材を探すってのもちょっと楽しそうな気がするな。
使いどころが分かれば、この薬粉茶みたいに凄く美味しくなるんだし。
「さて……改めて、礼を言わせてくれ。ラスコーを助けてくれてあんがとな」
「いえ、根本的な解決にはなってませんし……。なんというか、【薬学院】にもああいう人っているんですね」
「ハハ、まあヒトだからな。どこにだってクソな奴らはいるさ」
おじさんは薬粉茶を飲んで、呆れを表すように大きな溜息を吐く。
あの渋い店構えからして、ここは相当古いお店のようだ。……だから、おじさんも昔から似たようなものを何度も見て来たのかもしれない。
だとしたら、そりゃ溜息も吐きたくなるよなあ……。
「ラスコーさんは……いつもアイツらにこんな事を?」
「いつもかは知らねえが、俺が“味材”を学院に取りに行く時にたまに見るな。連中、隠しもしねえでどついたり嘲笑ったりしてやがる。自分より下のヤツを虐めて、何が楽しいんだかまったくわかんねえな、俺はよ」
そう言いながら、おじさんは行儀悪くお茶をズズーッと啜る。
よっぽど腹に据えかねてるって感じだ。まあでも気持ちは解るぞ。
俺だって、目の前であんな事されたら自分の事じゃ無くても腹が立つよ。
「つーか下ってハッキリ言うんスね……」
おじさんの言葉にちょっとツッコミを入れるリオル。
確かに、下ってハッキリ言ってたっけ。おじさん、優しいけど直球だな。
俺達の視線に、おじさんは口をへの字に曲げて難しげな顔をした。
「まあ……お世辞にもイイとは言えんな、ラスコーの味材は……。俺は薬学院で何を研究してんのかは知らねえけどよ、あすこの腕のいい薬師は大体それなりにうめえ味材を卸してくれるんだ。……が、ラスコーのは……」
「ラスコーさんのは……?」
「俺が知る中では、一番やべえ味だったな……。多分、どんな食材でも合わねえ」
オゥ……。
それは確かに、おじさんからしてみればダメな子認定されても仕方ないか。
で、でも、俺達が知らないだけで、このお兄さん……ラスコーさんも、何か良い所があるかも知れないし……。
「う……う~ん……」
ソファの方から唸るような声が聞こえる。
ラスコーさんが気が付いたのだろうかと見やると、頭をぼりぼり掻く音とともに、ソファの向こう側で肘が緩慢な感じで動くのが見えた。
「おう、ラスコー目が覚めたか」
「あれ……お、おやっさん?」
なんとも言い難い掠れた声で、相手は起き上がる。
まだボーッとしているようで、瓶底眼鏡で俺達を見ても状況が把握しきれていないみたいだった。
「おうシャキっとしろよ! お前、まーた虐められてやがったろ」
「わ、わぁ、怒鳴らないで欲しいダス! もう怒鳴られるのはコリゴリッスよぉ」
ううむ、やっぱり物凄く訛ってるな……。「俺」の言い方がもう方言だもの。
やはり聞けば聞くほど某大百科アニメだが、声はよく聴くと格好いい感じだ。獣人のシーバさんのように「まさにそのもの」ではないな……惜しい……。
「おらっ、そこのお嬢さんにお礼を言えっ! あの人に助けて貰ったんだろ!」
お、おじょ……いや、まあ、メス認識されてたら女扱いされたりするので仕方ないが、それにしてもホントに慣れないなその扱われ方……。
しかし、ここで嫌な顔をしてもラスコーさんに申し訳ないと思ったので、俺は反発心を心の奥に押し込んで、ニコッと笑って手を振った。
……ら、またラスコーさんの顔が真っ赤になる。
あれ、おかしいな。もう魅了する香りの術は解かれてるはずなんだが。
「あっ、あ、あああっ、あの、わス、あっ、いや、おれ、その……っ!」
「シャキっとしねえなぁ……オラ、茶ァ飲んで落ち着け!」
「ううう」
いや、マジで特徴的過ぎる人だな。
でも「わス」って言いかけて「おれ」に直したのって、やっぱり学院の中では標準語で話さなきゃいけない空気があるんだろうか。
俺は友達に吃音癖のヤツもいるし、そもそも方言使いの人が居て当たり前の時代の人間だから、別に訛っていても「そうなんだ」と思うんだが……この世界だとみんな標準語な感じだし、珍しくて悪目立ちしちゃうのかも知れないな。
それか、自分だけ訛ってるのがコンプレックスになっちゃうとか……。
俺だって、ラスコーさんと同じ立場なら標準語で話そうとするだろうしなぁ。
うーん……なんだか根深い問題のような気もしてきたぞ。
アイツらが悪いのは大前提だけど、ヒトって「からかい」が簡単にエスカレートする生き物だからなぁ。今の態度から気弱な性格だと分かってしまうラスコーさんでは、今日みたいに少し助けても、根本的な解決にならないんじゃなかろうか。
人のごたごたに首を突っ込んでいる場合じゃないんだが、しかしなあ……などと俺が考えていると、ひょろ長い影が近付いてきた。
顔を上げると、不健康そうな無精髭の瓶底眼鏡のお兄さんが目の前にいる。
襟足が長くて、肩につきそうな切り揃えてない髪。色は黒に近い灰色……黒灰色で、前髪が眼鏡に掛かりそうで気になってしまう。
背丈は……少し猫背だが、ブラックよりちょっとだけ低いだろうか。
でも鍛えてる感じの人じゃないし、肩幅も平均的だ。ひょろ長く見えるのは、手足や体が細いせいだろう。ブラック達がしっかりと硬すぎるだけかもしれんが……。
ともかく、なんというか……「もやし」という言葉がしっくりくる人だった。
「あ、あの……おっ、おっ、およよさん」
「弱ってどうする」
「おおおお嬢さんっ! わ、ワス……あっ! お……おレ、おれを助けて下すって、そのっあ、ありがとうございまスた……っ!」
聞いてるこっちまでちょっと恥ずかしくなってしまうくらい、動揺している。おじさんにツッコミを入れられて、余計に顔が真っ赤になってしまったようだ。
あがり症なんだろうか。俺より年上だろうに、こりゃ本当に大変だぞ。
だけど深く突っ込むのもどうかと思ったので、俺はせめて相手のことを笑わないように強く決心しながら、感謝の言葉への返答として笑顔を返した。
「いえ、俺達こそ急に割って入って、怪我までさせちゃって申し訳ないです」
「いやいやも、もう大丈夫ダスからっ! ほれこの通りピンピンで!」
腕を曲げてポーズするが、その細い腕ではむしろ心配になってくる。
というか、ぶつけたのは後頭部なのだが。
「あのでも後頭部ですし……痛みとか本当に大丈夫ですか?」
「ハハ……日頃の不摂生がいけなかったんス。その、あの……お嬢さんはこの街の人じゃない……スよね?」
「ええ、まあ……。今日エスクレプに到着したばかりなんです」
「ああ……そうダスかぁ。そんだら、あの……まだ、ご滞在で……?」
「あ、はい。数日くらいは」
アドニスが【薬学院】に入れるように手配してくれるらしいけど、いつ入れるかは分からないし数日は見ておいた方が良いよな。
早く情報を手に入れて、チアさんの所にも報告に行きたいんだけど……まあ、ここで焦っても仕方ないからな。
どっしり構えて待つのがデキる大人ってもんだろう。
そんな事を考えながらラスコーさんに答えると、相手は「なるほど、なるほど」と、頭をコクコクと動かすと、また慌てたように俺達に礼をして踵を返した。
「わ、わ、わりましたダス、いや、です! あの、それではまた……!」
「あっ……」
何かを一人で納得して、ラスコーさんは脱兎のごとく店から出て行ってしまった。
……えーと……まあ、元気みたいだし大丈夫……かな?
「ハァー……。あんのバカ、ったくしょうがねえ野郎だ……」
おじさんが何故か大きな手で自分の顔を覆って呆れているが、何故だろうか。
不思議に思っていると、相手は俺をチラリと見て不思議な事を言い出した。
「嬢ちゃん、あんな野郎だけどよ……街で出会ったら、優しくしてやってくれ」
「あ、はい。それはもちろん……」
でも、そんな事わざわざ言うモンだろうか。
俺だって関わり合いになるのは織り込み済みで助けたんだし、邪険にすることなど絶対にない。そもそも、ラスコーさんを本当に助けたワケじゃないんだし……。
一度助けただけでもうおしまいなんて、さすがに寝覚めが悪い。
だからこの街に滞在している間は、協力できることが有れば手伝うつもりだ。
それに、どうせこの後に彼らが在籍してる【薬学院】にも行くワケだし……接触の機会もあるだろうからな。
「そうか……よし、アイツの世話を任せる詫びだ。この薬粉茶のモトを持って行ってくれ! タダで良いぞ。ホレ」
「え、いやそんな」
「こういう事は、庶民のジジイじゃどうにも出来ねえからな。貰ってやってくれ」
そんなに自分を卑下しなくても、と思うが、大人として介入するとアイツらのいじめがエスカレートしかねないし、そもそも学院に入るのも数時間だけの庶民では、ヘタに動くことが出来ない……ということなのだろう。
だったら、それよりかは年が近い俺に任せた方が良いってことか。
そうだな……卑怯な奴ってのは、大人に目を付けられたら大人の目が届かない所でそういうコトをしようとするんだもんな。
俺だって、あのヤカラな先輩達に路地裏に連れ込まれてボコられたんだし。
……アレを思い出すと、なんか余計にイライラしてきたな。
俺の大事なダチのヒロを酷い目に遭わせて、暴力まで振るわせたんだ。
その原因は俺にもあるけど……そもそもアイツらがちょっかいをかけて来なければ、ヒロも人を殴るなんて事をしなくて良かったはず。
……人を殴る時は、自分の拳も痛くなるんだ。
気の弱い人や優しい人が相手を殴らざるを得なくなった時、傷付くのは拳だけじゃない。その人の心だって、大きなダメージを受けてしまうんだ。
酷い事をされたのに、それでもまだ自分の行動を恥じて苦しんでしまう。
だから、ああいう卑怯な真似は絶対に許せない。
ラスコーさんが追い詰められる前に、俺達に出来ることがあればやらなくちゃ。
とはいえ……ラスコーさんが、見ず知らずの俺達に助けを求めてくれるかは分からないけど……もし薬学院で出会えたら、話しかけてみよう。
そして望むなら、何とかなるよう協力してあげたい。
首を突っ込んだ以上、俺も出来る事をしてやらないとな。
「はぁ……ツカサちゃんたらまーた、ブラックの旦那が怒りそうなことになっちゃって。もう俺、怒られても知らないからね~?」
「キュ~」
二人とも呆れ声を漏らすが、俺だってそんなことは解っているさ。
解っているけど、男ってのは頼られたら首を横には振れないものなのだ。
なので、とりあえず……今日は、料理でご機嫌を取ろう。ああそうしよう。
「料理で誤魔化されてくれるとは思えないけどなぁ~」
「キュッキュゥ」
「二人とも心を読まないでっ!!」
だーもー、なんでこう俺の周りの人達は俺の心の中を読めるんだよ。
とにかくもう商館に戻るぞっ。
今はブラック達に料理を振る舞うことが最優先だ、ラスコーさんの事は一旦忘れておこう。そうしよう。
…………け、決して、心を読まれて怒られたくないからじゃないんだからな。
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