異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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会遇古港エスクレプ、偉大な術師の夢と痕編

16.出物腫れ物あばたもえくぼ

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   ◆



「っあ~、風呂最高~!!」

 冗談みたいな金の猫足がついた白いバスタブで足を伸ばし、俺は泡でてんこ盛りの風呂を堪能たんのうする。
 サボンの実という、石鹸のような謎の果実を加工した軽石……のようなものである【泡立石あわだちいし】を使った泡のお風呂は、軽くてふわふわな泡で最高だ。

「しかしロサードも気前が良いよなぁ。巻き込んだおびだからって言って、こんなに豪華な風呂を用意してくれるなんて……」

 恐らくは“お得意様用”の豪華な客室にそなけられた風呂場は、白い壁に細かな金の装飾がまぶしいお貴族様大満足の風呂場だ。
 小さいとはいえ排水設備もしっかりしているし、なにより外の景色が見えるように窓が付いている。普通は明り取り程度ていどの窓なのだが、ここは海が近いということで客を満足させたいのか、結構大きな窓に高価なガラスを用意してまで港の景色をドンと見せつけていた。

 もう日も暮れかけていて、水平線に光が落ちようとしている。その光景は、美景の一言だった。なんかもう贅沢ぜいたくな旅をしている気分だ。

「さっきまでガチガチの勉強モードだったから、これは嬉しいな~」

 泡だらけになりつつ、風呂のふちに手を置いて窓の外をながめる。
 すでに人気も無くがらんとしている波止場はとばは、向こう側の海までの視界をさえぎるものが無くてとても清々しい。少し窓を開けてみるとしおの香りと冷たい空気が入ってきた。

「うう~、なんかすっごい解放感……! さすがはリュビー財団……ただの商館でも手を抜いてないな……」

 たぶん、来客が帰れなくなった時のためにって事で、こんな高級宿並みの設備を用意してるんだろうが、それにしたって気合の入れ方がハンパない。

 商売って、こんなに全力で設備投資をしてまで、お客さんに気持ち良くなって貰わなきゃなんないんだなぁ……。
 俺の世界は、以前一度コンビニでバイトをしたことがあるし、接客くらいは出来ると思ってるけど、経営とか無理そうな気がしてきたぞ。

 いや、薬を売るならまだファンタジー世界の方が俺でもイケるのかも……。

「うーん……薬師かぁ……」

 少し体が冷えて来たので窓を閉めて、温かい湯船の中に肩までかる。
 泡が温かさをのがさずにいてくれたおかげでし湯を考えなくてもいいくらいだが、今の俺にはもっともぐれるくらいのお湯が欲しかった。

「高度な薬を作るなら、色々と勉強が必要……とは師匠も言ってたけど、いざちょっと学んでみると、とんでもなく大変なのが分かっちゃうなぁ」

 泡をてのひらに乗せてわしゃわしゃとみながら思い出すのは、つい数時間前の事だ。

 ――――あの泉の森から帰ってきた後、俺とアドニスは暫し二人きりで「薬学」の勉強と、術の練習を行った。

 「薬学」の勉強ってのは、俺がいつもおこなっている簡単な調合とかの話では無くて、おもに【薬学院】で研究や開発されている薬に関連する高度な学術……を言うらしい。
 いわゆる博士や教授とかがあつかう領域の話だな。

 勿論もちろん、俺みたいなペーペーが聞ける話じゃないんだが……一応潜入するってんで、俺も話を聞く事になった。

 第二の師匠となったアドニスいわく、あの【薬学院】での研究は、俺やアドニスが普段おこなっている「薬草と薬草を合わせたら素敵な薬が完成する」みたいなものではなく、もっと高度に「植物から薬効を抽出して合成させ、効果の向上や改善を目指す」とかそういうたぐいのものらしい。

 薬学の中でも「精製薬せいせいやく」という分野らしいのだが、とても高価だしあくまでも研究の産物なので、市場しじょうに出回る事は滅多めったにないのだそうな。

 というか、今まで学院の外に出た薬はほとんど無いらしい。

 ……思わず「なんで!?」とツッコミを入れてしまったが、どうも彼らは「学問」として薬を作っているだけで、それはあくまでも「作品」でしかないのだそうだ。

 もちろん研究内容は世界にとってとても有意義な物なのだが、そのほとんどは結局「木の曜術師が薬草で調合した薬を何十本出した方が早いし安い」ので、研究論文に残すのみとなってしまっている……らしい。
 まあ、この世界だと曜気の有無の方が重要みたいだし、毒にしたってゲームみたいに薬草を調合した薬や水の曜術でなんとかなっちゃうからなぁ。

 売るにしてもコストが高すぎて、精製薬せいせいやくは芸術品と同じあつかいになんだとか。

 だから生まれるもので世に出た薬は少なく、薬学院の名はほとんど知られていない。
 あの【味材みざい】もその「数少ない流通品」のうちの一つで、一癖ひとくせ二癖ふたくせもある精製薬せいせいやくに関連するモノは、全く広まっていないのが現状だった。

「とはいえ、学術院では精製薬せいせいやくが実験の補助で使われてるとか言うし、貴族の中にも芸術品として買う人がいるから、貧乏ってわけでもないんだろうけど……」

 そもそも、そんな高度な事を出来る木の曜術師なワケだから、回復薬の調合も街の薬師より高品質で効果が高いだろうし、研究費用は一般的な薬を調合してまかなってるんだろうな。
 曜術師はよく「感情が激しい」とか「変人」だかと言われてるけど、もしかしたら木の曜術師が一番、一般的には「変人」あつかいなのかもしれない。

 薬が芸術品なんて、俺の世界じゃまず考えられないことだよ……。

「なーんか、ちゃんと弟子が出来るのか心配になってきたなぁ……」

 思い切り体を伸ばして、足で湯船をちゃぷちゃぷと混ぜながら溜息を吐く。
 水がねるたび泡がしゅわっと溶けるが、湯船が見えるまでには遠い。そんな光景を見つめながら、俺は心の中の不安にくちを曲げた。

 ……アドニスは「初めて聞いたにしては、君は理解している方ですよ」とか褒めてくれたけど……俺の世界と同じレベルの調合の話となると、正直もうお手上げだ。
 いざ【薬学院】で何か聞かれたら、何も答えられなくなりそうで怖い。
 俺が高校で習ってる生物の授業だって、もうほんとチンプンカンプンだし……。

 化学とか生物をもうちょっと勉強してたら、あと二割くらいは理解できたのかな。
 うーん……けど俺の頭じゃいっぱいいっぱいだし……。

「なんかもう、しょっぱなから不安になっちまったよ……でも、曜術の方はどっちも光明が見えてきそうって感じで一安心だったかな」

 体の向きを変えて、うつ伏せになり顔だけをバスタブの外へ出す。
 足をゆっくりと動かすと体が軽く浮いて浮遊感が心地いい。ちょっと子供っぽい気もするけど、せっかくの広い湯船なわけだし一人でこんなこともしてみたかった。

 まあ、だからといって無邪気に「楽しい」とはしゃげるほど俺はもう子供ではなくなってしまったのだが……。ふっ、大人のつらいところだぜ。

「まあとにかく、アドニスが教えてくれた【ディシカーレ】の方は、明日には一応俺一人で使える程度ていどにはなるだろう。問題は【リクア】の方だよな……」

 薬学と【薬学院】のことを教えて貰った後、俺は早速アドニスに術を教えて貰ったのだが……インストラクターが居てくれた前者はともかく、後者の方はとてもじゃないがマスター出来たとはがた有様ありさまだった。

 なんせ、アドニスがくれた「術式覚え書き」という紙束から得た情報は、アドニスですら反応にこまるくらいの内容だったのだから。

「日の曜術師のお爺さんがのこしてくれた紙に書いてあったのって……実際は覚え書きじゃなくて、ポエムだったんだもんな……」

 はぁ、と息を吐くが、そのむなしい音は風呂場に軽く響くだけだ。
 一応アドニスが「抽出ちゅうしゅつ」とか「蒸留じょうりゅう」については教えてくれたけど、やっぱり自分の頭の中でイメージするとなると難しい。

 それだけでも大変なのに、コレを水の曜術と木の曜術をあつかいながら発動するのだ。
 二つの曜気をいっぺんに使うなんて、今まであまりやったことがなかったし、たのみのつなのアドニスも二属性の術は門外漢なので、もう教わりようがない。

 “大地の気”と何かの曜術……とか、【複合曜術】として○○を使った後に○○の術をくっ付けて……とか、同属性の二つの術を混ぜて……というのはやった事があるけど、ある物体に対して二つの曜気をもちいて術を発動する……ってのは、流石さすがに初心者な俺のキャパシティを越えているのだ。

 でも、今回は自分で理解して術をマスターするしかないワケで……。

 ああ……何故俺は初心者用の術じゃ無くいきなり上級者向けの術をやってしまっているのか。馬鹿じゃないのか。

 こんな事になるなら、日の曜術師についてもっと調べておけばよかった。

「思えば俺、そもそも“日の曜術師”として活動した事がほぼないんだよなぁ……。肩書きだけはそうだけど、木とか水とか、片方ずつしか使ってなかったし……」

 いや、普通ならそれが当然なんだろうが……今更いまさらなげいても仕方ないか……。

「……ラスターにでも話を聞いておけば良かったかなぁ。アイツも日の曜術師だって話だし……。いやしかし、アイツの場合俺以上に特殊なんだったな」

 普通、二属性持ちの時点で軽く珍しいと言われるレベルだし、三属性ともなるとまれという感じなのに、なんとラスターは驚異の五属性全部持ちなのだ。
 俺の後天的チートのはるか上を行く、先天的チートとはこのことか。

 【勇者】の称号をさずかったのも伊達だてじゃないなと思うが、しかし激レアどころの話じゃないラスターも特殊過ぎて、参考には出来ないだろう。

「もういっそ、ブラックに二属性を使う月の曜術とか使ったことが有るかって聞いてみるか……? 属性は違うけど、もしかしたら何かつかめるかもだし……」

 呟いて、バスタブのふちに腕を置きそこに顔をあずけた。
 と、同時。

「なになになにー!? ツカサ君、僕のこと考えてたの~!?」

 ばあん、と無遠慮な音が思いっきり風呂場に響いたと思ったら、湯気の向こう側に何かデカい影が現れてこっちに……っておいブラックじゃねーか!!

 ちょっ、おまっ、なんで人が入ってる風呂に入って来てるんだよ!
 つーかお前全裸っ、わあバカこっちに来るな顔の位置がアンタの腰の位置に丁度ちょうどあってヤバいんだよ! 至近距離で見たくないわい!!

「バカブラックばか!! なんで急に入って来るんだよ!?」

 あわてて体を引きブラックの接近にそなえるが、相手はこちらの様子などお構いなしで湯気を突っ切ってバスタブに辿たどき、何故かほこらしげに腰に手を当てる。
 やめろ、全裸でそんなポーズ取るな。腰を強調するな!!

「なにって、ツカサ君とお風呂に入りたいから入ってきたに決まってるじゃないか。全くもう、ツカサ君たらそんなことも分からないんだから……」
「当然の答えみたいに言うな! つーかそういうのって普通二人で話し合って決める事だろ!? 勝手に入って来るんじゃないっての!」

 思わず泡の中に肩までかったが、相手はどこ吹く風だ。
 当然のように風呂場の椅子に座って有無を言わさず体を洗いながら、チラチラと俺の方を見てくる。

「あ~。体を洗っちゃったから、もうお風呂に入るしかないな~。このままだと僕、髪の毛そのままでお風呂に入っちゃうな~。どうしようかな~」

 ………………なんだこのオッサンは。

 風呂に入っているのに急激に体が冷えたような気がしたが、ここで「ソウデスカ」と逃げようとしても、コイツは絶対に俺を逃がさないだろう。
 っていうか、俺も泡が付いたままだと外に出られないし、一度体をお湯で流す必要がある。つまり、洗い場にブラックがいる限りにっちもさっちもいかないのだ。

 【アクア】で水をかぶるって方法もあるけど、流石さすがにアレは冷水だしな……。

 ……ということは……何とも憎たらしいが、ブラックが望むとおりに、俺は一緒に風呂に入るしかないワケで……。

「ねーねーツカサくぅん、ほら僕の髪の毛がさぁ~」
「ああもう分かった分かった! 洗えばいいんだろ俺が!」

 ったくこのオッサンは人が考えてる途中に甘えてきやがってッ!!

 アンタじゃなきゃサブイボ立ってるところなんだからな、誰にでもその甘えモードが通用すると思ったら大間違いなんだからな!?

「そんな怒るフリしちゃってぇ~。もう、恥ずかしがり屋なんだからっ」
「俺は怒ってんだよっ!」

 でもこうなったら仕方ないから、アンタの髪を洗うしかないってワケで……って、オイお前また髪紐かみひもかないまんま入ってきて……。
 どうしてこうガサツなのかねアンタは。

 毎回いてやって髪を洗う俺の身にもなってみろってんだよホントにもう。

「えへへぇ……」
「なに笑ってんだよ」

 反省してないな、とにらむと、ブラックは軽く俺の方を振り返りながら、嬉しそうに表情をふにゃりとゆるめる。

「ツカサ君と一緒にお風呂入るの嬉しいなぁって思って」
「ぐっ……」

 な、なにをいまさら。
 何度も一緒に入ってるのに、なんでそうアンタはいつも嬉しそうにするんだよ。
 もう慣れたって不思議じゃない回数はこなしてるはず……。それなのに、入るたびにそんな嬉しそうな顔して……そ、そんな顔したって、ほだされないんだからな。

 プライバシーも関係なしにいきなり入ってきやがって……。

「それに……ツカサ君に髪を洗って貰うのも、僕大好きだから……」
「っ……!」

 まっ……またアンタはシラフでそんなことを……!!

 いや、待て、早まるな俺。
 これはブラックの罠なのだ。甘えるだけ甘えて俺に意見を通そうと言う汚い大人の策略なのだ。大人さすが大人きたない。

 だからこ、こんなことで一々キュンとかドキドキとかしてたら……っ。

「ねえツカサ君、髪洗って? 僕、ツカサ君に髪をかして貰うのも大好きだけどさ、優しく洗って貰うのも大好きなんだよぉ。だから……お願い。ねっ?」
「ぐ……ぅ……うう……」

 こ、この……。
 そんなことで折れてなんてやらないって、そう思ってるのに。

 なのに……本当に嬉しそうにそんなことを言われると…………。

「…………ヘンなことはするなよ。絶対だぞ、絶対だからな!?」
「分かってるって! ふへへ」

 またそんな美形らしからぬ笑い方をする。
 けどもう、いつの間にかきゅうっと締め付けられる心臓は今更いまさら戻らなくて。

「ツカサ君はやくはやくぅ」
「はいはい!」

 あからさまに甘えたオッサンらしくないその口調ですら、今の俺はドキドキしてしまって、どうしようもなかった。

 ……同じ事を何度もやってるはずなのに、どうして一向に慣れないんだろう。

 うう、一々ドキドキしてる俺の方がおかしいのかな……。












 
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