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緑望惑堂ハイギエネ、霊蛇が隠すは真理の儀仗編
2.人のために歩き、その瞳で病を穿って杖と薬杯を掲げよ
移動する途中、お姉さん――――実はこの薬学院の『学士長』という生徒達を監督する役目の人らしい――――に説明して貰ったのだが、この【ハイギエネ薬神院】は四つの区域によって運営されている場所なのだと言う。
一つは、ロビーがある真正面の棟である「靴の棟」と呼ばれる場所。
ここは主に事務仕事やお客さんを出迎えるための部屋などがあり、薬学院の外交を担っている。学士達が自分の家族と会う時には、ここを利用するらしい。
課外活動を認められている学士達のグループ(たぶん部活みたいなものかな?)の部屋なんかもあるんだって。だから窓から垂れ幕が下がってたんだな……。
まあともかく、ここが最初に入ってくる神殿みたいな建物なワケだ。
で、この横長の建物である「靴の棟」から、三つの棟に道が伸びている。
今俺達がいる「杖の棟」は、その一つだ。
学士達が学ぶ場所とされていて、様々な教室や植物を育てる部屋があり、薬学院こと薬神院に新しく入った学士達は、ここで研究するための基礎を数年間学ぶ。
【学術院】を卒業した人は勉学を免除されるらしいが、たぶん俺の世界の義務教育みたいに、国語とか算数とか化学とかを教えているんだろうな。
この世界だとほぼ必要ないけど、俺の世界だと薬を作るためには色々な事を勉強しなきゃいけないみたいだし……ここもそうなんだろう。
なんせ、普通に調合して薬を作るんじゃなく、素材から効能などを抽出して新たな薬を作ろうとしているんだからな。
【精製薬】ってのは本当に俺の世界の薬に近いみたい。
……って、話がずれたな。
ともかく、普通に勉強をするための場所が「杖の棟」なのだ。
で、あとの二つは「杯の棟」と「瞳の棟」というらしい。
「杯の棟」は、学問を収めた学士達が研究を行うための施設で、危険な薬品も多いため、基本的に関係者以外立ち入り禁止らしい。
危ない研究はしてないと思うけど、なんかちょっと近寄りがたいよな。
しかし今回は立ち寄る事も無いだろうから、忘れる事にして。
最後の一つが……俺達が目的としている“魔女の薬の研究記録”が保管されているであろう、学院長や学士長達が管理している施設――――「瞳の棟」だ。
「瞳の棟」は、この学院の歴史や研究記録が保管されている棟だという。
数多の書物が収められている図書館や、過去の学士達が遺した成果物、そして、薬学院に寄贈された貴重な品などが在るらしい。
となるともう、俺達が目指す場所は「瞳の棟」しかないだろう。
でも……学士長のお姉さんの話を聞いていると、どうも一般人が立ち入れる感じじゃなさそうなんだよなぁ……。
一応、それだけじゃなく学士達の寮や食堂なんかも併設されていて、生活を行う場という面もあるみたいなんだけど……来客用の施設が有るって事は、寮には一般人は入れなさそうだ。
アドニスの権力で内部に潜入する事は出来たが……学生寮が有るとなると、俺達が入ることが出来るのか怪しくなるな。
図書館とか貴重品が有る部屋に入りたいんですと言っても、色んな断る理由があるので拒否される可能性の方が高い気がする。
いくら偉い人でも、触れないモノは触れないもんな。
うーん……例の記録がお宝認定されてたら、どう読めばいいのやら。
魔女の薬だなんて貴重な資料だろうし、伝説の薬の記録として封印の箱とかに大事にしまわれているんじゃなかろうか。
門外不出だとしたら、どうやって拝見すればいいのやら。
こういうときチート小説とか異世界系小説なら、何か恩を売って禁書庫に入る許可を貰えるモンなんだが、俺達は生憎と勇者でもチートで活躍している有名人でもないからな……何でこう俺は王道通りに進めないんだろう。
まあ嘆いていても仕方ないか。
ともかく今は……学院長に精一杯媚を売るところから始めないとな。
俺の媚びで動いてくれるかは、相手がどこまでブラックと近いかによるが。
「――――で、我々が所有する薬草は、ライクネスに生息している希少種までの物で約百種類以上ありまして……それらの中でも特別に観察が必要な物や、品質によって薬の優劣が決まる物は薬草園にて管理しているのです」
あ、折角お姉さんが話してくれていたのに聞き逃してしまった。
考え込むのは俺の悪い癖だな……と反省しつつ、俺も再度耳を傾ける。
今は「杖の棟」の結構奥までやって来たのか、ちらほらと学士の姿も見かけるようになっており、俺達の世界とそう変わらない教室が左側に並んでいる。
横目で教室の中を窓から覗き見ると、そこには俺より少し年上くらいの学士達が、教卓で指導する講師の話を熱心に書きとめていた。
うーん、ホントに学校って感じだ。
学生の俺が来客になるのなんて滅多にない事だから、学校を案内される「お客」の立場になると、なんだか違和感を覚えてしまうな。
小学生の頃は来客用のスリッパに憧れたもんだが、いざ来客になると違和感で変に緊張してしまうのは何故だろう。
不思議な気持ちになりつつ、教室が並ぶ廊下を暫し歩いて行くと――前方に、外の光が見えた。どうやらあの先が薬草園らしい。
案内されるまま教室ゾーンを抜けると、綺麗なタイルが敷き詰められた渡り廊下があって、道の先には大きなガラスのドームの壁が見えていた。
デカすぎて、ここからでは天井が見えない。
渡り廊下の天井よりも高い天井を持つガラスドームの中には、棟の中以上に植物が繁茂していて、様々な花が咲き乱れていた。
ぱっと見だと植物園にも見えるけど……その違いは、何の変哲もない木々が茂っていたり薬草メインでかなり緑が低い位置にあることだろうか。
普通の植物園なら、多種多様な植物があるもんだけど、アレは薬草を育てるための施設だもんな。そりゃ薬草しかないだろう。
でも驚かないぞ。このくらいなら、ラスターの家でも見たことが有るからな!
まあ、あそこは個人用だからさすがにここまでデカい施設じゃ無かったけど。
「ここで学院長が講義を行っております。ささ、どうぞどうぞ」
ガラスドームの入口に立ったお姉さんは、大きな両開きのドアの片方を開く。
ドアまでガラス製で、つい値段まで考えてクラクラしてしまう。
オッサン達には何が怖いのかって感じ分からないんだろうが、これ壁の一枚にヒビが入っただけでも修理費が莫大になるんだからな。俺は詳しいんだ。
ともかく、ここは下手に色々触れないな……なんて思いつつふと後ろを見やると、案の定ブラックは興味が無さそうにドームを見ていたが、ロサードは「おっかねえ」と言わんばかりに少し青ざめていた。気持ちは分かるぞロサード。
俺達はまともでいような、と共感しつつ中に入ると、真正面に森を作るように密度を高めた雑木林が目に入った。その地面には、日陰を好む薬草が茂っている。
やはり普通の植物園とは違い、薬草を育てる事を目的としている感じだな。
でも、やっぱり美観は考えているのか、ドームの壁に付随する花壇には、見栄えのいい薬草が植えてあるみたいだ。
この薬草園を管理している人達は、ガーデニングも好きなのかもしれないな。
そんなことを思っていると、雑木林の向こうから誰かの声が聞こえてきた。
「この薬草の特殊な……――――であり……」
静かで厳しい感じだが、でも怖くは感じない凛とした声。
雑木林を迂回して奥へと進むと、そこには一塊になってある花壇を見つめている学士の白い集団と、隣で彼らに講義をしている少し小さな姿が目に入った。
近付いて行くと、その小さな姿がこちらに気が付いて振り返る。
「……! では観察の後、特定箇所を含めた模写を提出すること。始め!」
そう言うと、学士達は我先にと腰を屈めて何かを囲み腕を動かし始める。
模写、と言っていたので、恐らく薬草か何かのスケッチを命じられたのだろう。
薬草の特徴を覚えるためかな? そう言う勉強もするんだなぁ。
しかしスケッチと言うと、最近俺が出会った「植物が大好きなちょっと変わり者なおじさん」を思い出すのだが……。
「おば……いや、学院長! お客様が到着されました」
学士達の邪魔をしないように、お姉さんが声を潜めて俺達を紹介してくれる。
その言葉に学院長は一瞬眉を顰めたものの、すぐに表情を戻して実に真面目そうな表情で俺達を見た。
「アドニス様、お連れ様方も、このような場所によくお越しくださいました。今回はどのような用件で?」
言いながら、俺達を案内してくれたお姉さんと似た表情でニコリと笑う。
学院長というからてっきりお爺ちゃんなのかと考えていたが……目の前の相手は、まだ年齢による皺も微かな壮年の女性だった。
四十代ってところだろうか……でも三十後半でも充分通る美女だ。
まさに大人の女性って感じの余裕のある微笑みで、顔の右側に垂らした横髪が色気を感じさせる。ゲームで美魔女とか言って出て来そうなレベルの人だ。
こういう時の学園長って、パツパツに若い「ロリババア」とか、ほぼシワすら無い女性とかなんだが、目の前の学園長はなんかこう……生々しい色気が……。
「突然お邪魔してしまって申し訳ない。……いえね、この素晴らしい場所を少々見学させたいなと思いまして……ヒマが出来たので、以前学院長が仰っていたお言葉に甘えてしまったのです。この子の為に」
「うっ!?」
アドニスに突然肩を掴まれて、思わず驚き呻いてしまう。
と、学院長は俺を見て微笑ましそうにクスリと笑った。
ウッ、俺は年の離れ過ぎた人は恋愛対象ではなく敬う対象なのだが、ここまで色気がすんごいと、やぱりついドキドキしてしまうな。
ていうか、見つめられると照れてしまう……。
反射的に顔を軽く俯けると、美貌の学院長は忍び笑いを漏らした。
「ふふっ、始めまして。私はこの【ハイギエネ薬神院】の運営を任されている学院長で、イスヤ・コノエンと申します。よろしくね」
優しく微笑んで手を差し出して下さるイスヤさんに、俺は「こんなキモオタが握手をして良いんですか!?」と思わず脳内で叫んでしまったが、しかし女性に弱い俺の手はぎこちなく差し出され、しっかりと握手をしてしまった。
「で……弟子の、ツカサです。よろしくお願いします……っ。」
ああっ、久しぶりの女の人の手……すべすべで柔らかくて気持ち良過ぎる。
ていうかこんな美女と接触したとかもう、それだけで元々の俺であれば三日ぐらいは確実に何も見ずにオナれるぞ。いやもう最低だけど、そのレベルだ。
……悲しいかな今は搾り取られてオナりぢからも出ない日常だが、しかし俺の中の小さな俺に気力を与えるには十分な接触だ。
心の中で強くありがとうございますと思いながらイスヤさんを見やると、彼女は俺の何かを微笑ましく思ったみたいで、子供に笑いかけるような表情になっていた。
子ども扱いは不満だけど、でもこれはこれでイイ……。
ああでもやっぱり、今まで気にしないようにしてたのに、つい視線が下へと移動してしまう。こんな視線は失礼なだけだと言うのに。
どうしても男としてチラッと視てしまう。
だって、お姉さんもイスヤさんもその……おっぱいが爆乳なんだもの……っ。
「弟子! なるほど、ついにアドニス様も後任を選ばれたのですね。いや、実に良い事ですよ。教える知識が多いのなら、弟子も早く取って損は無い。私などは、未だに学士に全てを教える事も出来ない不肖の師のままですよ」
「御謙遜を。今も立派に薬学の探究家として第一線で活躍しておられるのに」
「ははは、道楽みたいなものなのであまり意味はありませんがね」
確かに……「精製薬」って芸術品扱いなワケだし、道楽と言われればそうかも?
でも、一流の薬師には違いないんだから、別に意味ない事も無いよな。
もし普通の薬より強力な薬が作れたら、一気に有用になるわけだし。
「それでは……まず、学院を見せてやってもよろしいですか?」
「ええ、どうぞどうぞ! 許可が必要な場所は、申請して貰う必要がありますが……ふむ、ひとまず『瞳の棟』の職員室で手続きを行いましょうか」
手続き。
ということは……俺達も「瞳の棟」の図書館などに入れるんだろうか。
そこに例の書物が有れば話が早いんだけど……どうにも、そう簡単にはいきそうにない気がしてきたぞ。
イスヤ学院長は、タイプで言えば規律に厳しい女教師って感じみたいだ。
それはそれで非常に男心をくすぐられるのだが、今回はちょっと分が悪い。
どうか、書物が一般閲覧も可能なものであってくれ……。
そんな在り得ないだろう事を願いながら、俺達はガラスドームの薬草園を後にして件の「瞳の棟」へと向かったのであった。
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