異世界日帰り漫遊記!

御結頂戴

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緑望惑堂ハイギエネ、霊蛇が隠すは真理の儀仗編

6.器に浮かぶ研鑽の船

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   ◆



 講堂での華々しい自己紹介が終わった後、俺達はラスコーさんの研究のお手伝いをするため、早速彼の研究室が有る「はいとう」をおとずれていた。

 仕事熱心、と言えば聞こえはいいが、実際は学士達がアドニスに直接質問をしようとるくらいの大興奮を見せていたので、イスヤ学院長が「一旦いったん避難しよう」ということで、俺達を研究室へ通してくれたのだ。

 る……とは言っても、学士達の姿を見ていないないのだが、それでも背後の講堂から聞こえた声の数は凄かったもんな……。

 これで集会を終わります、って職員の人が宣言した途端、彼らは壇上に詰めかけて「アドニス先生はどこですか!」とか興奮気味に言ってたんだ。
 しかも、それが十人じゃ足りないくらいの色んな声で聞こえてきたんだから、そらもう俺達は逃げるしかない。

 このまま職員寮に戻るとヘタしたら先回りされている可能性もあるので、ほとぼりが冷めてから部屋に戻ろうってワケだな。

 ……いや、どんだけ執念深くて忍び込むのが得意なんだよ学士達。

 でもまあ、全員が曜術師であることを考えたら、植物を使ってちょちょいのちょいで職員寮にも潜入出来てしまうのかも知れない。
 しかし、そんな事になると俺達も気が休まらないワケで……だから、関係者以外は入れない場所に避難するしかなかったのである。

 にしても、マジで人気なんだなアドニス……。

 今まで患者さんと一緒の時か一対一いったいいちかでしか会った事が無かったから、正直「世界最高の薬師」と言われても「なるほど、凄いヤツって事だな!」としか思わなかったんだが、こうして他の薬師が居る場所で相手の実像を目の当たりにすると、なんだか自分が思っていたより遠い人に思えてちょっと気後きおくれしてしまう。

 だってさ、要するに国家に信頼されてる超スーパーアイドルみたいなもんだろ?

 まだ俺の世界と違いすぎるから変に意識せずにいられるけど、実際にそんなヒトにあっちで出会ったら、俺はおそおおすぎて話も出来ないかも知れない。

 なんというか……今までは、異世界だからってふわふわした気持ちで王様や皇帝と会話していたけど、次からは前より緊張してしまいそうだ。
 うう、世界的な有名人なんてアッチの世界じゃ出会いっこないから、余計にどんな顔をして後ろを付いて行けば良いか分かんなくなっちゃうよ。

 今だって、熱気に当てられたのか俺までアドニスを見るとドギマギしちまうし……研究室に案内して貰って良かったよ、ホント。

 知り合いしかいない場所なら、たぶんこの変な感じも落ち着くだろうし。

 ――――そんなワケで、俺達は騒がしい「つえとう」から、緑あふれる外廊下を通って「はいとう」へと入ったのだが。

「んだば、みなさんにワスの研究室に入るための権限を渡すッス」

 つたう白い壁をした建物の入口で、ラスコーさんが俺達を振り返る。
 外廊下の屋根があるので全景を見る事は出来ないが、研究室を集めている「はいとう」は、どうやら一階二階部分に窓が無いらしい。

 一体どういう建物なのだろうかと軽く窺うように見上げていると、ラスコーさんの手が俺の前に差し出された。
 どうやら手にスタンプを押すらしい。

 小さなハンコを持つラスコーさんにしたがい手の甲を見せると、装飾されたような文字と植物が絡み合った紋章がポンと押された。お洒落しゃれなデザインのスタンプだ。
 けど、これインクとかついてないよな?
 何で緑色が綺麗にスタンプされたんだろ。これも曜術の一種かな。

みなさん押したッスね。では、どんぞ」

 ラスコーさんはブラックとアドニス、そして俺の可愛いロクちゃんの背中にもポンとスタンプを押した後、両開きの扉を開いた。
 中は、外の世界と違って薄暗い。恐る恐る全員で中に入ると――。

「なっ……こ、これは……!?」

 目の前の光景に思わず驚いて、その場で身構えてしまう。
 それもそのはず、重厚な扉の向こうにあった「はいとう」の内部は非常に不可解な物だったからだ。

「なんだ、このスカスカな建物は……」

 上を見上げるブラックが、さらした喉仏のどぼとけを動かす。
 物知りのブラックですら驚いてしまったその構造は、信じられないものだった。

「これ……どうやってあがるんだ……?」

 今現在立っているエントランスの上空。左右前方に広がるとうの空間には、太い枝のようなはりが縦横に組まれていて、その枝のいくつかには横長のコンテナにも見える物体が乗っかっている。

 奥行きのあるドーム型の広い建物の中は、階段も装飾品も無い。
 ただ、壁から急に突き出ている無数の太い枝が、網の目のように空中に組まれているのだ。こんな建物の内部は見た事が無かった。

 これは……あのコンテナのような部分が部屋だってことなんだろうか?

 下から見上げた箱のような物体には、かすかに窓のようなものが見えるし、箱ごとに何個か煙突のようなものが突き出ている。
 たがちがいになっていて決して行き来が出来ないようにされているし……アレ以外に部屋っぽいものはこの空間に無いから、きっとあそこが研究室なんだろうな。

 でも、こんな光景ちょっと想像できないよ。

 太い枝の上に家が乗っかってると言えば、鳥人達の集落を思い出すが……大樹の上にある彼らの家と違って、この「はいとう」の空間には木のみきが見当たらない。
 バカデカい空っぽの空間の壁から、四方八方に太い枝が生えているのだ。

 枝が決して重なり合ってない所を見ると、人為的じんいてきな物なんだろうけど……にしても何故こんな奇妙な建物にしたんだろう。
 天窓からそそぐ光を浴びながら茫然ぼうぜんと上を見上げていた俺達に、ラスコーさんが説明してくれた。

「この“はいとう”は、一番警戒が強い場所なんす。昔はごく普通の建物だったらしいんスけど、バカげたモンがいるのか盗作だのなんだのって問題が絶えなかったみたいで……それをうれえた学士が、はいとうの中身をこんな風にしちまったんだとか」
「そんなアスレチックジムじゃないんだから……」
「あ、あすれんちぐ?」
「なっ何でもないです! でも、これじゃがれないですよね!?」

 またつい俺の世界のカタカナ語が出ちゃった。
 あわてて話題を変えると、ラスコーさんは心配無用と口角を上げる。

「そこは、ちゃんと考えられてるんス。ほれ、さっき押した緑の紋章があるっしょ? アレをかかげてみて」

 独特ななまりにうながされ、俺達は手の甲を、ロクショウは背中を上へ向ける。
 すると――いきなり紋章が緑の光を放ち始めた。

「こっ、これは……!?」
「許可証を認識してるんス。紋章が消えても、とうはワスらの気をちゃんと覚えてっから、今度来た時はすぐに降りてくるっすよ」
「降りてくる……?」

 何がだろう、と思っていると――何やらメキメキと硬いモノが動く音が聞こえて、はるか上空から目の前に太い茶色のつるで出来たゴンドラが降りて来たではないか。
 とても自然物とは思えない、乗り心地の良さそうな四角い乗り物なんだが……これも、以前いた学士のちからってコト……?

 なんだか納得できなかったが、悩んでいても仕方がないので俺達は素直に太いつるのゴンドラに乗り、上空の研究室へ向かった。

 うおお、ギシギシ言うけどめっちゃスムーズに動くじゃんこのゴンドラ。
 しかもちゃんと目的地を把握はあくしているのか、枝の間を縫って動いて行くぞ。
 箱の部分を支えているワイヤー代わりの枝は、まるで生き物のように枝から枝へと伝って動いているが……つるや枝ってみきから離れても大丈夫なのか……?

 なんだかもう植物の定義がわからなくなってきたが、俺が混乱している間にゴンドラは目的地へ到着してしまった。

 ラスコーさんの研究室は、どうやら一番上にある小さな箱のようだ。

 他の横長な箱と違って、窓の数もひかえめだし煙突もひとつしかない。他の箱は長屋のようにいくつか部屋があるのだろうが、ラスコーさんの研究室は個室なんだろう。
 うーむ、優遇具合がうかがえるな。

「さ、こちらッス」

 ラスコーさんに再度うながされ、部屋を支えている太いみきに降り立つ。
 みきは俺達が二列になってもまだ余裕があるくらい太く、乗ってもビクともしない。壁から直接生えているのに、驚異の強度だ。

 ホントにどうなってるんだろう……と不思議に思いつつ研究室に近付くと、その箱にはみきから伸びた枝やつるが伸びて引っ付いており、箱をがっしりと支えている。
 随分ずいぶん前からそうなっているのか、つるからは青々とした葉が芽吹いていた。

 奇抜な光景だけど、やっぱり緑が在るだけでちょっと違う感じがするな……。

「今度からは、みなさんが入ったら自動的にあの乗り物が降りてくるっスよ。研究室の鍵の方も、ノブに手ぇかけたら鍵が外れるんで、自由に入って欲しいダス」
「なるほど……この紋章は、鍵の役割もあるのですね」

 アドニスが感心したように言う。
 俺の世界で言う、生体認証って感じなのかな?

 そんなことを思いつつ、研究室の中に入る。中は意外にも普通で、板張りの床と壁で、研究室らしく様々な実験器具や大釜などが置いてあった。
 けど……やっぱりと言うか何と言うか、ごちゃごちゃしている。

 本や器具が床や机に散らばっていて、とても人を呼べる部屋では無かった。

「あ゛っ! す、スンマセンすんません!! ふ、普段はワス一人しかいねえから、ついこんなにだらしねえ事に……っ。あっ、そ、そこの応接机片付けるんでっ」

 そう言いながら、机の上の本や紙束などをガバッと両腕でかこんで、どこかへ持って行こうとするラスコーさん。だが、やっぱりというかなんというか「うわー」と気の抜けた声をらして、思いっきりその場でコケてしまった。

「アイツわざとやってんじゃないのか」
「ははは、まさか。あれだけ滑稽こっけいで恥ずかしいサマを他人に見せるなんて、ツカサ君じゃあるまいし故意に見せる必要はないでしょう」
「お前らなー!!」

 きいいっ、バカにすんじゃないっての!
 っていうか片付けるのくらい手伝ってやれよまったくもう……。

 溜息をつき、俺とロクショウはラスコーさんを手伝う事にした。散らばった書類や本の一部をかろうじて開いているスペースへと移動させる。
 ふう……やっと座れるようになったな。

 俺達が古めかしい長椅子に座ると、ラスコーさんは向かい側の席に座った。

「じゃ、じゃあ、早速なんスが……薬師サマ達には、まずコレを探してほしいんす」

 そう言いながら出してきた紙には、ミミズがのたくったような異世界文字で、何事か書かれていた。暗号……ではないな。これは字が独特なだけだ。
 えーっと……。

「字が下手くそ過ぎて分かりにくいけど、これ……【コーレルパ】って読むのか?」

 俺が解読するより先に、ブラックが答えをしめす。
 すると、ラスコーさんは正解とばかりにうなずいた。

「んダす。コーレルパっつうのは、別名【海の玉串】と呼ばれる特別な植物ッス。昔、限りなく完璧な回春薬を作ったっつーご先祖様が使った素材の一つだそんで……。この街の海にあるって話なんスが……ワスは腕っぷしがえぇもんで、どーしても手に入れられなかったんスよ」
「おや、大陸近くの海なら、凶暴な海のモンスターも襲ってこないはずでは」

 アドニスの言葉に、俺はある話を思い出す。
 この世界の海には、陸のモンスターより何倍も強くてデカいモンスターが居て……そいつらのせいで、船旅が一般人に普及してないって話だ。

 でも、かなりの脅威きょういとはいえ海のモンスターはデカすぎるので、基本的に大陸には近付いて来ないのだそうだが……それでもダメってことは、結構深い所まで行かないと採取できないものなんだろうか。
 だとしたら、とんでもない事になるぞ。

 ちょっと緊張してしまったが、ラスコーさんはいやいやと手を振った。

「いやいや、そうでなぐて! その、実は……この街の近くには、海の水が流れ込む海蝕洞かいしょくどうがあって、そこが軽くダンジョン化してるんス! とはいえ、ただモンスターがみついてる洞窟っつう感じで、ダンジョンコアなんかは無ぇんスけども」

 かいしょくどう、ってなんだろう?
 とりあえず海の洞窟っぽくはあるな。
 前にも【海洞かいどうダンジョン】に入った事があるけど、ああいうイカニモなダンジョンとは全く違う物と考えて良いんだろうか。

 ともかく、モンスターの溜まり場に生えるというなら、確かにラスコーさんみたいな研究一筋の人だと少々難しいかも知れない。
 なるほど……俺達みたいな冒険者が必要とされるワケだな!

 そういうワケなら頼って欲しい、と俄然がぜんやる気になったのだが、ブラックはと言うと「やだなぁ」という気持ちを隠しもせず顔を歪める。

「はぁ……めんどくさいけど、仕方ないか……。ちゃちゃっと行って片付けてこようか、ツカサ君。ダンジョンもどきなら、モンスターもそう強くないだろうし」
「そ、そんな軽くひねっちゃうぞ的な言い方して大丈夫なの……?」

 いくらライクネスのモンスターは弱いと言っても、ここは国の北限だ。
 つまり、国境の山に近くてモンスターもそこそこ強いんだぞ。

 ブラックは熟練冒険者だけど、油断大敵って言葉も有るじゃないか。そんな風に耳を穿ほじりながら安請やすうけ合いしちゃっていいんだろうか。
 つい心配になってブラックを見つめると、相手はくちをだらしない笑みに歪めた。

「ツカサ君たら、さては僕のイイトコ見たくてあおってるのぉ~?」
「はあ!?」
「うんうん、分かってる分かってるっ。ツカサ君がも~っと惚れ直しちゃうくらいの活躍を見せてあげるからねえ!」
「ちょっ……そ、そんなこと一言も言ってないんですけど!?」

 なにが惚れ直しちゃう活躍だ。
 そんなの見……見たいとか、思わないんだからな。

 そりゃ、戦うアンタは格好いいけど、そんな毎回見てる姿で……って、べ、別に格好良いとか思ってない、今のナシ、なし!!
 俺はそんなこと全然……う、うう、こんな時に限って顔に熱が上がっていくうう。

「あ、あの……ツカサさんとそこのお付きの人はどのような関係で……?」
「ああ、ただの色情魔な用心棒ですから、気にしなくていいですよ。いつも下半身で物を考えているんで、こうやって私の弟子にちょっかいを出すんですよ。ははは」
「じゃかあしゃあ陰険いんけんクソ眼鏡!! その眼鏡かち割って鼻に突っ込むぞ!!」

 だーもーまた突っかかるう……。
 ブラックもアドニスもなんでこう口が悪いかな。

 こんなんじゃラスコーさんがビビっちゃうじゃないか。
 二人の剣幕に恥ずかしさも引っ込んでしまい、ラスコーさんを見やると――――彼はくちをヘの字にして、あごを引いていた。
 ほらもうドンビキしてるじゃないか。

こまりましたねえ。下賤げせんな言葉なんて使ったことも無いので、どんな言葉を返したら同じ領域まで知能を落とせるのか分からないんですよ」
下賤げせんだと理解できる時点でテメェもおなあなむじななんだよ!」
「やれやれ……これだから言葉遊びしか覚えてこなかった本の虫はこまる」
「はあー? 実験ばっかりやって語彙すらとぼしくなった知識貧民は言う事がやっぱり貧困だなあ」
「ほう……人の神経を逆撫でする言葉だけはお上手なようで」
「そっちこそ……」
「あーもーやめやめ!! お前ら本当そのネチネチした口喧嘩くちげんかやめろって!」

 止めどころが分からなくてつい数秒静観してしまったが、これ以上やったら戦争になっちまう。やめろ、アンタらが戦うと絶対ロクなことにならないんだから。

 ったくもう……こんなんでモンスターの巣窟になんて行けるのかな。

 何だか前より仲が悪くなってる気がするんだけど……。












 
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