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𝐒𝐢𝐝𝐞 𝐬𝐭𝐨𝐫𝐲

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『なんて偶然……あ、それならお兄さんの事も教えてくれたりーー…』

『麗二は僕と同じ様に部屋から出る事は殆ど無いよ』


鍋にあるカレーを注ぎながら、俺の次の発言を知っていたかの様な口振りでそう答える柚月。どうやら彼曰く引き篭もりさんらしい。かく言う柚月も、本当はこんな風に出歩く事は無いみたいだ。俺と出会う迄は、ずっと部屋の中で過ごしていたとか何とか。


(それなのに………俺がβと知った瞬間の、この危機感の無さ…)


心無しか嬉しそうな様子でカレーを注いだ皿をテーブルに並べる彼。
ずっと家にいた割には、最近こうして頻繁に俺の家に来る様になっている。自分があの時、ご飯作るからと誘ったはものの、まさかこんな風に関係が続くとは……


『ねぇ、柚月って本当に引き篭もりなの?ずっと部屋に居たのに、何で俺の家には来る様になったの』

『……?しっかりした物を食べろと言っているのは睦美でしょ。それに、睦美のご飯は不覚にも美味しいから』

『………そりゃ、どうも』


不覚にも、という一言が余計だが、敢えてツッこまずに言葉を呑み込み、礼を言っておく。此処に来る様になってからか、柚月の顔色は初めて会った時より見違える様に血色が良くなっていた。あの時ほっとけずに柄でも無く声を掛けてしまっていたが…


『うん、美味しい。家のお世話係が睦美だったら良いのにな』

『ーー……』


その言葉を噛み締める様に、カレーをモグモグと頬張る柚月。
口は生意気な所はずっと変わらないのに、何故か彼が食べている所を見ていると、一言で言い表せない感情が湧き上がってくる。これは何て言うのだろうか。自分でも、よく分からなかった。







彼が自分の家に通う様になってから一ヶ月程が経った。
当初よりは距離は縮まった気がする。自分は当たり前の様に柚月の分の食材も、学校帰りに買いに行くのが日課となっていた。ビニール袋を持ち直しながら、いつもの帰路を歩いていたその時。


『離して!此処に居る!』


聞き慣れた声が自分の家の方面から響いて聞こえた。ハッとした俺は、慌てて駆け出して声の主を確認する。見ると、知らない男が彼の細い手首を掴み、見下ろしていた。驚いた俺は、反射的に柚月の前に立ちはだかり、彼の手首を掴んでいた男の手を逆に掴み返した。


『睦美…』

『何。誰、あんた』


怯える柚月を庇う様に腕を広げ、男をギロリと睨みつける。蛇の様に鋭い視線を向けていた男は俺の言葉に次の瞬間、不気味な程に完璧な笑みをつくり、『柚月のお世話をして下さった方でしたか』と手を叩いた。


『はじめまして、私、久遠家専属のお世話係の瀬名竜巻と申します。以後お見知り置きを』

『!』


久遠家…って事は、柚月の保護者みたいなものか。
チラリと彼を見据えると、柚月は顔面蒼白で自分の制服の袖をキュッと握り締めている。家の人が来たのにも関わらずどうしてこんなに震えているんだ。震える背中を片方の手で撫でながら、瀬名竜巻という男を改めて見据えた。初対面なのに、この男が嫌いだ。胡散臭い笑顔に虫唾が走る。
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