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帝都 ヴェルヌ

02.水晶城の異変

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 帝都ヴェルヌはシュベルト帝国の首都で、水の妖精ニンフになぞらえて、水の都とも呼ばれている。

 日本でいうところの春から初夏のような、やわらかく暖かい陽の光が差し、王城より少し先にある精霊の神殿から、常に水があふれ、都のいたるところに噴水が湧き、水路がめぐる豊かな都だ。

 ヴェルヌの王城は、このヴェルヌの土地がまだ名もない渓谷だったころ、霊験あらたかな泉で英雄ジュリアス ーのちの初代皇帝であるー と、泉に棲みついていた水の妖精ニンフが恋に落ち、《ニンフが永遠の命を代償に帝都の平和と不滅を願って生まれた》とされていて、精霊の神殿から城の内部、燭台や皇帝の椅子に至るまでの細工が、魔力を持った透き通る水色の結晶で形作られている。

 また、このヴェルヌは《新たな巫女が誕生する日、街は七色の光を灯す》という伝説を持ち、この輝かしい奇跡を国民は誇らしく思い、敬愛を込めて水晶城と呼んでいた。


 ***


 ヴェルヌ城の塔の一角にあるハイデル宰相の公室に、来客を告げるノックが響いた。

「…入るがいい。」

「ハイデル殿、忙しくしていると知りながら、すまんの。わざわざ訪ねてきたのはほかでもない…精霊の神殿と巫女の事じゃ。」

 ハイデルと呼ばれた部屋の主と思われる中性的な顔立ちの青年に対し、薄らがかった白髪の男性は、白地に金の刺繍がびっしりと入った祭服を身に着け、自身の立ち位置の高さを見せつけながら、伏し目がちに頭を軽く下げた。

「貴殿もすでにお気づきかとは思うが、今年もまた、泉からの水量は落ちている。今はまだ、貯水池からの水で誤魔化せているが、貯水池へ国民の目が行くのも…もう時間の問題だ。巫女不在のまま政を行えば、この地へ流れる水は減り続け、国民に不安を与えることになりかねん。

 このおいぼれからの最後の助言じゃ、どうか…ご決意を。」

「教会のトップである教皇殿が、ご自身を老いぼれだとは…よく言ったものだ。」

 青年は、教皇殿と呼ばれた男の発言をフッと鼻にかけるように笑い飛ばし、ジャケットの裾が皴にならない様に後ろへ軽く持ち上げて軽く腰かけ、腕を組んで言葉を続ける。

「だがしかし、水量が足らず思案しているはこちらも同じこと。

 すでに次の巫女を探す手筈は整えている。

 巫女は魔力を必要とするがゆえ、良家の貴族であれば魔力への耐性もあり良いのだが……。」

 明るい銀色に輝く髪を濃紺のリボンで束ね、作り物のように小さくて美しい顔をした青年は、顔に似合わず難しい顔をしている。細く永く伸びた足をすっと組み、ふむ…と小さく呟くと顎の先を自身の指先でなぞる。

「しかしハイデル殿。たとえ水が必要だとは言え、巫女は契約者との交わりで得た精を糧に魔力を生み出すもの…ご息女を巫女として捧げろと命令したとて、容易く応えてくださるとは、到底思えませぬ…」

「茉莉の花が咲くまでに候補が上がらなければ、水は完全に干上がってしまうからな…。

 平民の中でも、微量ながら魔力に耐性のあるものはおりますし、今はこちらも視野に入れて探させております。

 ご忠告、感謝いたします。」

 貴方の要件は以上で?と言わんばかりの顔をすると、教皇と呼ばれた白髪の男性は「では…」と言い残し、作り笑いでそそくさと出て行った。


 年中通して穏やかな気候のこの街に変化が起きたのは、そのあと、ハイデルが一息ついた時だった。

 あの教皇はいつまでも自身の思った通りになると思っている様子が好かんな、などと思いながら、巫女候補になるものはいないかと、貴族の女性陣を頭の中に羅列していると、目下の水路の水が、神殿へと逆行しているように見える。

 ふと窓の外に目をやると、泉から水路が続いている数か所の水がすーっと泉へ引いており、その先の神殿に目をやると、神々しく光っているではないか。

 この部屋から、精霊の神殿や泉が見えるように作られているのには、皇室ならではの訳がある。皇室の血筋は代々ニンフの血が濃く出た者とそうでない者との差が大きい。血の濃い者は神殿に関する職務を、そうでない者は武力や社交といった職務をするように振り分けられる。

 彼の髪が、銀色でブルーグレーの瞳をしているのは、ニンフの力が最も強く出ているからだという教皇の一言で、ハイデルは政治にかかわるようになってすぐ、この西の塔へ越してきた。7歳年上の兄は黒髪で、まさしく《そうでない者英雄の生まれ変わり》として皇帝の座に君臨している。

 ハイデルは28歳、前回の巫女が捧げられた際にはまだ生まれておらず、《城や神殿が光るなどという伝説は噂でしかない》そう思っている人間の一人だったが、この瞬く間に考えは覆されていた。

 皇帝へ「神殿に異変あり」と言伝を頼むよう召使いに声をかけると、濃紺のジャケットの上から急いでマントを羽織って塔の階段を駆け下り、神殿へと走った。
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