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権謀と因縁

70.近くても異国

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 道中の休憩などは一度もなく、暗くなってからも、馬車はガタついた道をひた走っていた。

 ひとりぼっちの車内では、ハイデルがいつのまにかマリの服に忍ばせてくれていた金の懐中時計を取り出して、時刻とハイデルの名を見ては胸元で握りしめ、またポケットへしまう…ということを繰り返していた。

 数日前に来たばかりのノイブラの街を一瞬で通り過ぎ、国境の森林を左右にくねくねと進む。聞いていた時間も距離もとっくに過ぎているような気がして、自分が直線で帰れないように回り道をしているのだ気付いた。暗がりの中でも炎に照らされて明るい白亜の宮殿に着いたのは、外が真っ暗になってから2刻(4時間)ほど過ぎたころだった。

「巫女様はこちらへ。
 お荷物はわたくし共で運びますので、そのままで結構です。」

 荷物と言っても、マリの持ち物はほんの僅かで、恋人からもらったばかりの本2冊と、サーシャがお守りにとくれた匂い袋、着替える前に着ていたカタリナの服、ドレスに合わせる為のいくつかのアクセサリー、靴、下着と…その程度だったが、持ってくれるという言葉を鵜呑みにして、そのまま後ろをついていくことにした。

 執事らしき黒い燕尾服を着た男性は馬車の扉を開け、こんばんはと一言だけ挨拶を交わすと、そのままスタスタと歩き出した。

 無駄話が嫌いなのか、マリがここへ来たことがそもそも喜ばしくないのか、何も話さない。何度めかの角を曲がったあと、螺旋状に作られた石畳の階段を上りながら、質問をしてみた。

「あの…私をお求めになられた国王様はどんな方ですか…?」
「………守秘義務がありますので。」

 当然、期待していた答えは返って来ない。

 そうですよね、ご主人様の事…まだ来たばかりの私に漏らしたりできませんよね、すみません。と謝っておいた。


「…ここは、お前の居た国とは違う。」

 何度かぐるぐると上がって、ようやく階段の先が見えかかったとき、突然後ろから男性の声がした。それは、ハイデルよりもさらに低く、レオンよりもさらに冷たく、少ししゃがれて落ち着いた重低音。

 そしてそれは、マリがこの国で、この地獄で生きる、始まりの合図だった。

 後ろからの声に、えっ?と聞き返そうとしたマリが振り向こうと身体をひねった瞬間、その視界は真っ暗になった。腕は後ろ手に掴まれ、首や肩、腰を掴む複数の手によって、彼女は自分が拘束されたと察した。顔を細かい繊維がチクチクと刺す触感と、麦や藁のような…乾いた穀物を思わせる匂い。何が起こったのかと考える暇もなく、何者かに荷物のように担がれて、階段を登っていた。

 キイィという金属がすれる音がして、マリはどうやら部屋へ着いたのだと覚悟した。マリの視界を遮る物の外で、さっきの低い声の「そこでいい」「お前たちは出ていろ」といった指示が聞こえる。どうやらここに今いる数人の中で1番偉い人のようだ。後ろ手の拘束は外してもらえないまま、薄っぺらいスプリングがきしむ音のするマットレスへ身体を投げ下ろされた。

 ガシッと頭の上を掴まれ、顔を覆っていた布を外される。来賓として招かれると聞いていたから綺麗に手入れして出てきたのに、マリの髪はもうぐしゃぐしゃだ。どうやらさっきの想像は当たっていた様で、マリは埃っぽい古いベッドの上に寝かされていて、汚れたシャツの屈強な男達が片手に麻袋を持って部屋を出て行った。

 全体的に薄暗く寒々しい灰色の石造りの部屋は、直径が10メートルもないほどの空間で、天井は低く、圧迫感を覚える。格子を張り巡らせた窓がドアの反対側にあるけれど、それは外を見るためではなく、この塔の壁の厚さを知らせるためだけのような、大層小さな窓だった。また、壁の至る所に吊り金具とチェーンがついていて、どう考えても自分自身が客として呼ばれたわけではないことを悟った。

「長旅ご苦労だったな、巫女殿。」

 細かくカールした短めの黒髪の、骨太そうなベース型の顔の男性。ハイデルやレオンも背は高かったけれど、マリと相対している相手はさらに背が高く190は軽く超えている様子だった。全体的に身体の線が太く、肩回りは特にがっしりとした体付きで、鼻下や口元の髭にところどころ生えている白毛から察するに、長年鍛えている40代手前…といったところかなと察した。

「エカードへ、ようこそ。」

 横倒しになった大きな樽のようなものに軽く腰かけ、長い足を前に伸ばしていた男性は、にんまりと口元をゆがめ、顎髭に触れている。

 真っ黒な詰襟で、裾の長いダブルボタンのジャケット。袖に縫われた細かな金の模様と、両肩から掛けている総刺繍の重たそうなマントから、その人がこの国においてかなり高位の人であるということは、マリにも簡単に予想が出来た。

 馬車から降りた私を最初に迎えた執事のような服の男性が後ろに控えているところを見ると、もしかするとこれがエカード国王クリストバル様なのかもしれない。

「お前達は少し勘違いしている様だが……お前は我々の捕虜であり、人質だ。
 何か飾り物のように着飾る必要はない。」

 男はカツ、カツと大きな1歩でマリの元へ近づいてきて、マリの顎を掴み、自分の顔が見えるようにグイッと上にあげた。

「……っきゃ!」
「これがお前の飼い主の顔だ。覚えておけ。」

 男は地面に向かってマリの顔を投げるように、顎を持った手を強く手放す。本当に面白くて仕方ないというようにくっくっく…と笑ったかと思うと、身体を曲げてさらに声高らかに、大きな笑い声をあげた。

「──…君が今、《この国で唯一、絶対に子を孕まない女の子だ》ということはね。

 仮に、君をどこかの誰かが、拉致して監禁して、飽きるまで毎日性奴隷として使っても、僕が巫女の契約を切るまで、君は子を宿せないということだ。
 それは…もしかしたら、君が死ぬまで終わらない、半永久的な性暴力を、受け続ける可能性も…あるってことだ。」


 走馬灯の様に、ハイデル様の話していた姿が、あの言葉が、マリの脳裏をよぎる。

 限られた一部の貴族の中だけで守られていると言っていたその情報を、この国の王は知っている…?もし知っているとしたら、彼が飽きるまで抱かれる他ないが、もし知らないのだとしたら、私を痛めつけることが真の目的ではないかもしれない。

「飼い主様…私をどうするおつもりですか。」

 どう名前を呼びかけたらいいかわからず、飼い主だといったその言葉を使った。

「お前が私を呼ぶなど言語道断。呼ばれるまでは黙っていろ。
 私は、お前がここへ来たことがあの国にとって不利益であればそれでいい。

 ……それ以上、無駄なことを考えるな。」

 マリの言葉を遮った男は、口角を上げながらマントの下から木筒を取り出して、親指を使って鞘をベッドへ弾き落とす。鞘から抜き、露出したナイフを指先でくるりと持ち替え、後ろ手に拘束されたことで思いがけず相手へ主張するようになったマリのふくよかな胸元へ近づけた。

 マリは想定外の恐怖に唇を噛み、全身を震わせる。刺されるのか、ドレスを切り刻まれるのか。背筋から血の気が引いていくのがわかった。恐怖心からくる涙は静かに頬を流れ、瞬きをしても尚、止まることを知らないように溢れる。

 よく研がれたその切っ先は、双丘を覆う布の上から先端を突き、谷間へと進む。肌とドレスとの境界線にそっと刃先を近づけたかと思うと、一気にドレスの中央を臍のあたりまで切り裂いた。

 コルセット状のドレスの下には、パンティとガーターベルトしか着用していないため、先端にいやらしいピアスを着けたマリの双丘が露わになる。この世界へ来たときは、まだ少女らしく控えめなふくらみだったが、気付けば両側を1つずつ手のひらで抱えるのがやっとだというほどまでに質量と柔らかさを増している。最初にピアスを開けられた時より圧迫感も強くなり、乳頭は常にピアスに引っ張られる形で大きく膨らんでいた。
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