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守り、護るもの
76.事実と希望 (side Leon)
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結局、弟が私の部屋へ来たのは夜遅く、空は濃紺色に変わり、月が高く出てからの事だった。マリの書いた手紙を懐に忍ばせ、メイドに上等のウィスキーとグラスを運ばせながらやってきた。
「兄上、遅くなってしまって申し訳ありません。」
酒を飲まないと話せないほどに辛いことが起きているというのか。明らかに力のない目つきに、少し引きつった口元。数日のことでしっかりやつれているというわけではないが、肌色や目つきから眠れていないことを読み取るには充分なほどの顔色の悪さだ。
「いい、座れ。どうしたんだハイド。
…君は帰りなさい。」
ふらつく足元も心配で、急いで背中に腕を回してソファにかけさせ、酒をトレイごと受け取ると、メイドを外へ出した。きゅぽん、とコルクの栓を抜き、クリスタルのグラス2つに氷をからんと落とし、ウィスキーを注ぐ。ソファに軽く腰かけて開いた膝に肘を乗せ、落ち込んだように座っている弟にグラスを渡し、自身も向かいのソファに腰掛けた。
「して、なにがあった。」
ハイドはグラスをカラカラと傾けたり回したりして、なかなか話し出さない。見つめていたウィスキーを一気に飲み干し、自分でまたウィスキーを注ぐと、ようやくぽつりぽつりと話し始めた。
「私たちが…国民より優先すべきものなど、存在しないことは、十分に理解しています。
それでもやはり、彼女を手放したことを、私はとても、後悔しているのです。彼女は…マリはおそらく、もう帰っては来ないつもりでしょう。」
そういってジャケットの内ポケットから3つ折りにされた便箋を差し出した。それは、素直で明るく涼やかな彼女の声が聞こえるような、美しい独白に似た愛の手紙。最後の願いを叶えたくないと、それでも叶えなくてはならないと、そういう相談なのだと知った。
「そうか…。出立からはすでに3日が経っているが、お前の方でもきっと何か調べていたのだろう?何か気付いたことはあるか。」
「…はい。どうやらエカード国境とのボヤ騒ぎは、どちらも隣国の手によって起こされ、必要以上に騒ぎ立てて、あえて摩擦を生んだようです。
エカードとノイブラには互いに果たしたい目的があり、その引き換えにマリが利用されたように感じていますが、まだ根幹の部分が見えていません。」
ノイブラ辺境伯は、権力にがめついわけでもなければ、ハイデルのように秀でた策士というわけでもないが、その下についている執事が有能だとここ数年よく耳にすることが増えた。まさか一人の執事がそのような大掛かりな事件を起こすとは考えにくいが…一度話を聞く機会を作ってもいいだろう。
「そうか、分かった。ノイブラ辺境伯が怪しいのならば、さらに調査する必要もあるな。まだ契約を解除していない以上、マリはまだこの国の大切な巫女で、その巫女を守る義務は我々にある。この件に関してはお前にすべてを任せよう。契約の解除はお前の思うところもあるだろう、日取りはまた追って連絡してくれ。
先日、お前が世話になった衛兵団にも…その手先として働いているものがいる可能性はあると思うか?」
「彼らの感情に裏表はなく、我々のような計算ありきの行動では、考えられないほどの行動力とスピードを持っています。あの時も、衛兵はただ純粋に街を守りたい気持ちから働いているように感じました。
もし仮に手先として働いているものがいるのだとしたら、それは理由を知らされていないか、別の理由のせいで仕方なく、行っているのかもしれません。」
あの場所へ行くまでは、ただ粗野で野蛮、がさつで荒々しい民たちばかりだと思っていたが、魔力酔いしたマリを助け、褒美などなくとも分け合うような無償の愛を持ったていると聞くと、そのようにも思えてくる。
「ならば、衛兵団の数人に声をかけ、ノイブラ辺境伯周辺を見回らせるといい。
あの森林火災の一件から、さらなる有事を考慮し十数人増員しているから、人手は足りているはずだ。」
「ありがとうございます、兄上。」
この三日間眠らずにハイデルが仕事をしていたのには、訳があった。もちろん、マリの香りを思い出とするにはまだ日が足らず、つらい思いをするという部分もあった。だが、ただマリの残り香のある部屋へ戻りたくなかったわけではない。なぜかこの出立のタイミングで、隣国エカードの商人からノイブラ辺境伯宛に多額の金が送られているということを突き止めたハイデルは、その相手を洗い出し、すべての事実から繋がる部分を探していた。
今、気になっている事実は2つ。どうやらエカード国王はソフィアと結婚したいと本気で思っていたため、兄上に取られたと家臣に語っているらしいこと。そして、ノイブラ辺境拍の元で働く有能と名高い執事は、どうやら以前エカードの王室で務めていたということ。
衛兵団を使ってさらにノイブラ辺境伯周辺を調べ、この二つの事実を繋ぐものがあれば、マリを取り戻す手段の一つにすることが出来るのではないか。自分の中で区切りとしている満月の夜まであと4日。調べ始めて3日目にしてようやく希望の光が見えてきたようで、安心したハイデルは、兄と酒を酌み交わしているうちに体力の限界を迎え、そのままソファで深い眠りに落ちた。
「兄上、遅くなってしまって申し訳ありません。」
酒を飲まないと話せないほどに辛いことが起きているというのか。明らかに力のない目つきに、少し引きつった口元。数日のことでしっかりやつれているというわけではないが、肌色や目つきから眠れていないことを読み取るには充分なほどの顔色の悪さだ。
「いい、座れ。どうしたんだハイド。
…君は帰りなさい。」
ふらつく足元も心配で、急いで背中に腕を回してソファにかけさせ、酒をトレイごと受け取ると、メイドを外へ出した。きゅぽん、とコルクの栓を抜き、クリスタルのグラス2つに氷をからんと落とし、ウィスキーを注ぐ。ソファに軽く腰かけて開いた膝に肘を乗せ、落ち込んだように座っている弟にグラスを渡し、自身も向かいのソファに腰掛けた。
「して、なにがあった。」
ハイドはグラスをカラカラと傾けたり回したりして、なかなか話し出さない。見つめていたウィスキーを一気に飲み干し、自分でまたウィスキーを注ぐと、ようやくぽつりぽつりと話し始めた。
「私たちが…国民より優先すべきものなど、存在しないことは、十分に理解しています。
それでもやはり、彼女を手放したことを、私はとても、後悔しているのです。彼女は…マリはおそらく、もう帰っては来ないつもりでしょう。」
そういってジャケットの内ポケットから3つ折りにされた便箋を差し出した。それは、素直で明るく涼やかな彼女の声が聞こえるような、美しい独白に似た愛の手紙。最後の願いを叶えたくないと、それでも叶えなくてはならないと、そういう相談なのだと知った。
「そうか…。出立からはすでに3日が経っているが、お前の方でもきっと何か調べていたのだろう?何か気付いたことはあるか。」
「…はい。どうやらエカード国境とのボヤ騒ぎは、どちらも隣国の手によって起こされ、必要以上に騒ぎ立てて、あえて摩擦を生んだようです。
エカードとノイブラには互いに果たしたい目的があり、その引き換えにマリが利用されたように感じていますが、まだ根幹の部分が見えていません。」
ノイブラ辺境伯は、権力にがめついわけでもなければ、ハイデルのように秀でた策士というわけでもないが、その下についている執事が有能だとここ数年よく耳にすることが増えた。まさか一人の執事がそのような大掛かりな事件を起こすとは考えにくいが…一度話を聞く機会を作ってもいいだろう。
「そうか、分かった。ノイブラ辺境伯が怪しいのならば、さらに調査する必要もあるな。まだ契約を解除していない以上、マリはまだこの国の大切な巫女で、その巫女を守る義務は我々にある。この件に関してはお前にすべてを任せよう。契約の解除はお前の思うところもあるだろう、日取りはまた追って連絡してくれ。
先日、お前が世話になった衛兵団にも…その手先として働いているものがいる可能性はあると思うか?」
「彼らの感情に裏表はなく、我々のような計算ありきの行動では、考えられないほどの行動力とスピードを持っています。あの時も、衛兵はただ純粋に街を守りたい気持ちから働いているように感じました。
もし仮に手先として働いているものがいるのだとしたら、それは理由を知らされていないか、別の理由のせいで仕方なく、行っているのかもしれません。」
あの場所へ行くまでは、ただ粗野で野蛮、がさつで荒々しい民たちばかりだと思っていたが、魔力酔いしたマリを助け、褒美などなくとも分け合うような無償の愛を持ったていると聞くと、そのようにも思えてくる。
「ならば、衛兵団の数人に声をかけ、ノイブラ辺境伯周辺を見回らせるといい。
あの森林火災の一件から、さらなる有事を考慮し十数人増員しているから、人手は足りているはずだ。」
「ありがとうございます、兄上。」
この三日間眠らずにハイデルが仕事をしていたのには、訳があった。もちろん、マリの香りを思い出とするにはまだ日が足らず、つらい思いをするという部分もあった。だが、ただマリの残り香のある部屋へ戻りたくなかったわけではない。なぜかこの出立のタイミングで、隣国エカードの商人からノイブラ辺境伯宛に多額の金が送られているということを突き止めたハイデルは、その相手を洗い出し、すべての事実から繋がる部分を探していた。
今、気になっている事実は2つ。どうやらエカード国王はソフィアと結婚したいと本気で思っていたため、兄上に取られたと家臣に語っているらしいこと。そして、ノイブラ辺境拍の元で働く有能と名高い執事は、どうやら以前エカードの王室で務めていたということ。
衛兵団を使ってさらにノイブラ辺境伯周辺を調べ、この二つの事実を繋ぐものがあれば、マリを取り戻す手段の一つにすることが出来るのではないか。自分の中で区切りとしている満月の夜まであと4日。調べ始めて3日目にしてようやく希望の光が見えてきたようで、安心したハイデルは、兄と酒を酌み交わしているうちに体力の限界を迎え、そのままソファで深い眠りに落ちた。
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