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16:16年目の決意
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「――Essentialsのライブへお越しくださって、ありがとうございます」
大歓声に応えるのは、雫の見知った声によく似た声の主。雫の話をうんうんと聞いて笑う、恋人の顔が浮かぶ。今日は一日中缶詰めだと言っていたあの人。
「デビューから16年目、僕らは新たな決意をしました」
先ほどの歌唱よりも緊張の色の混じった硬い声。マイクは、声の主がはぁっと大きく息を吸う音すら拾う。
「on Drums ――Yuki」
ダダン!というスネアの音の後、ピンスポットライトがドラムを叩いている坊主の男性に当たる。背景画面は4分割されていて、Yukiと紹介された男性の顔が右端に映った。一瞬の間合いの後、悲鳴と歓声の入り混じった声が響く。
「on Bass ――Shugo」
紹介された男性は10秒ほどの高速弾きを披露した。ただ低音を支えるだけじゃない、高度なテクニックを感じる。短めにカットされた黒髪の男性は画面左側に顔が映ると、舌を出しておどけて見せた。
「on Guitar ――Kento」
自己紹介のように弦を歪ませたギュワーンという音が会場を包む。雫には全く理解できないけれど、ギターが体の一部になっているように見える。茶髪にハットを被ったその人は画面に映ると一礼をした。
「on Vocal――Ryusuke」
マイクを持った手を上げ、会場を見上げる。全身全霊で歌い会場を虜にしたその男性は、深々と一礼してから、客席一人ひとりの顔を見るように目線を横へと動かした。画面に全員の顔が写り、中央にEssentialsの文字が浮かび上がる。
「We are……Essentials!」
ライブ上級者には定番なのか、メンバーもスタッフも観客も、一斉に拳を高く突き上げる。ついていけずに見ていた雫は、胸の前でパチパチと拍手をした。
目の前のステージで弾けるように笑ったその人は、雫に所有印を残した張本人だ。知っているようで知らない顔の恋人。自分だけが彼を知らないような違和感に、周りの音が遠くなる。どうして舞台に立っているのか、疑問が溢れてとまらない。自分だけでは答え合わせできない疑問に困惑して両頬を押さえると、マイクを外した隆介の口元が「可愛い」と笑った気がした。
「えぇと――改めまして、Essentialsです」
自己紹介からMCが始まる。これまでの応援への感謝、15周年にお祝いができなかった事の謝罪と、新たなスタートとして露出を増やす事、誰よりも先にファンと共有したかった事などが告げられた。その度にファンたちは歓声を上げたり指笛を鳴らしたり、おもいおもいの反応を見せた。
「……というわけで16年目のEssentialsも、よろしく」
必要な情報を伝え切った隆介は、軽く水を飲んでから汗を拭き、メンバーとアイコンタクトをとった。必要以上に話さなくても伝わるのは、ファンもメンバーも変わらないらしい。
「聞いてください……drop」
~~♪
静かな雨音で 夢から覚める朝は
溶け合うほど君と ベッドの中で
永遠に君を抱いていたい
I'll take time for you, for you
ジャジーな音楽に合わせてマイクスタンドを恋人のように愛撫しながら、もたれるように、気だるげに歌う隆介の甘い声。目を閉じて世界観に浸る姿に、ヒューと歓声が上がった。
イントロから全く違うアレンジで気付かなかったけれど、主旋律はあの日、車内で聞いた曲だ。テンポも少しゆっくりだし、そもそもこんなにもセクシーな歌詞だったかしらと一生懸命に思い出すけれど、目の前の曲があまりに素晴らしく出来上がっていて、全く思い出せない。
ほぼ真正面にいる恋人は余裕ありげにこちらを見ながら、右手で左の首元をさするような仕草をした。彼につけられた真っ赤な花びらを、ここで見せろと言わんばかりの表情で雫を挑発する。会場の人を魅了するために全力を尽くしている彼の、色気のある流し目。あまりの破壊力で、周りの女子達までもが目があったと色めき立った。3日前の濃厚な情事を思い出して、体はじんわりと熱く潤む。しばらく会えないかもしれないからと何度も互いを求め合うことは良くあるが、あの日の隆介は支配者のようだった。
彼が本気で歌う姿は初めて見た光景だというのに、一瞬でも彼の目線が他へ流れることが寂しいと思ってしまう。目の合っている10秒が、永遠に続けばいいのに。間奏でクルクルと回って簡単なステップを踏んでいる恋人にこちらを見て欲しくて、雫は髪を解いて後ろへ流した。
目線が交わされるたび、ベッドの中でこちらを見つめている熱い視線を思い出す。髪をかきあげたり、マイクのコードを捌く姿はとても艶っぽく、何かを見せつけているようにも、色気を振り撒いているようにも見える。体全てが楽器のようで、全身の力を使って感情を爆発させる彼に、雫は終始目を離せずにいた。
◇◇◇
「MCありの25曲!はぁ~……最高すぎたね……まさか顔出しするなんて思ってないし全員タイプの違うイケおじすぎるし、私たち今夜は伝説の目撃者だよ……やっぱEssentialsて天ッ才」
カナは終わった瞬間から感想を言い合いたいタイプらしく、供給過多すぎて処理が追い付かないなどと独り言を続けている。ロッカーを開けて外へ出ると、スマホには数件の通知が入っていた。隆介だ。
――言えなくてごめん
――来てくれてありがとう
――外出たら電話して
受信時間は17:55。舞台へ出る直前に送ってくれたようだった。もう退場開始してから、30分が経っている。彼を待たせているのではないかと心配になった雫は、身内から急ぎの連絡があったと断ってカナと別れ、建物の影で電話をかけた。
発信音から2コールで、電話の主は返事をした。秘密を明かされたことでなんとなく互いに気まずいような、ぎこちないような会話になるかと思っていたが、隆介は案外明るい声色だった。
「雫、今どこ?」
「えっと……正面へ出て、建物沿いに曲がった左角のあたりです」
「お、的確。じゃあ一度表に戻って、中入ってよ。警備員のとこに多田向かわせるから」
恋人に待ってるからと言われたら、行かない訳にもいかない。会場にはまだ、所狭しと並べられたフラワースタンドで記念写真を撮っているファンがまだ何組か残っている。少し警戒しながら入り口へ戻ると、待ち構えていた多田が手を振った。チェックのスーツは、確かにお洒落だけれどマネージャーが着るにはだいぶ派手な印象だ。
「すみません、お仕事増やしちゃって」
「ん、あぁ!いーのいーの。うちは追っかけもガチ恋も殆ど居ないし」
「追っかけ、ガチ恋……」
カナの口からは聞いたことがあるけれど、雫には全く関係のない世界だと思っていた言葉。しかしあんなにも魅力的な男性がこの世界に何人いるだろう。自分の恋人だとわかっていても、今日のあの一瞬で皆が好きになってしまったはずだと頭を抱える。
多田からもらったスタッフパスを首から下げて、関係者以外立ち入り禁止のエリアへと足を踏み入れる。同じTシャツを着た人間がぞろぞろと移動し、多田にお疲れ様ですと声をかけて横を通り過ぎていった。
多田がEssentials様 ①と書かれた紙の貼られた個室をノックして返事を待たずに扉を開けた。片面が鏡で小上がりのある小部屋。6畳くらいだろうか。見覚えのある黒革のトートと、いくつかのギターが置かれている。部屋の持ち主はシャワーを浴びているらしく、その辺で寛いでてと言い残して雫はひとりになった。
部屋をまじまじと見るのもなんだか気が引けて、目線を逸らした先の鏡に目が留まった。先ほど見せろと要求されたキスマークを鏡で眺める。強く噛みついて吸い上げたような大きな花びら。快感にとろけきっていた雫にはあまり覚えがないけれど、彼は満足げにこちらを見下ろしていた気がする。真っ赤だった花びらは2日で茶褐色になり、やけに生々しい。昨日の出勤時は大きめの絆創膏を貼って隠したけれど、きっと皆には想像されていただろうなと思うと、照れと申し訳なさを感じた。
「……思い出して赤くなってんの?」
「っ隆介さん……!」
「雫が来るっていうから、俺頑張っちゃったよ」
「ふふっ。すごく、すごく……素敵でした」
いつの間にか部屋へ戻ってきていた今日の主役は、顔を赤らめた雫を後ろから抱きしめた。まだしっとりと濡れた頭には白いタオルがかかっている。しっかりと割れたシックスパックと、自然についたと言っていた上腕二頭筋の凹凸が美しい。シャワーを浴びたまま、上半身裸のままこの部屋へ帰って来た様だ。
噛み付かれたところと同じあたりをペロリと舐められると、甘い声が漏れる。ほんの数メートル先、薄い木のドア一枚を隔てたところではスタッフたちが忙しなく動いているというのに、隆介はお構いなしだ。
「それにこれ。ちゃんと意図組んでくれて嬉しい」
「急にこっち見てくれなくなったから、その……なんか寂しくて、こっち見て欲しくて……」
鏡に向かい合ったままごにょごにょと小声で理由を話す。そんな雫の頭を撫でた隆介は、鏡の中でも真っ赤な恋人を見つめて話を続けた。
「俺はいつも雫しか見てないよ。……曲、気に入った?」
「すごい変わってて、びっくりしました」
「アレンジしてたらとまらなくなっちゃってさ。結構時間かけちゃった」
「なんかちょっと、えっちでした」
「まぁ雫のこと散々抱いた後に書いた曲だから、仕方ないね」
「……えっ!」
「雫の寝顔見てたら、これだ~と思ってさ」
でも気に入ってくれたならOKでしょ?と聞かれれば、ダメとは言い切れない。惚れた弱みだ。
「で、これは俺から雫へ。来場特典、的な?」
手渡されたのは、レコードプレイヤーを上からとったような写真ラベルの1枚のCD。白インクのペンでEssenceと書かれているそれは、明らかに一般的に店頭に並ぶようなものではない。
「基本は円盤作らないんだけど、保管用のやつ。俺案外古い人間だから、雫には形ある状態で俺から渡したくて。聞いてくれる?」
「いいんですか?」
「いいも何も、雫にあげたくて作ったんだから」
嬉しいですと素直に返すと、お礼にキスをくれと要求された。ソファの背もたれ部分に軽く腰掛け、足の間を開いた隆介はこっちへ来てとばかりに両手を雫へ向けた。キスを待つように目を閉じ、雫の背の高さでキスができるように角度をつけた顔。何度見ても整っていて惚れ惚れしてしまう造形美。
恥ずかしさで逃げたくなる感情をグッと堪える。目の前の顔に両手を添えて、小さくチュッとリップ音を立ててキスすれば、隆介からのお返しのキスが10倍返で返ってきた。
大歓声に応えるのは、雫の見知った声によく似た声の主。雫の話をうんうんと聞いて笑う、恋人の顔が浮かぶ。今日は一日中缶詰めだと言っていたあの人。
「デビューから16年目、僕らは新たな決意をしました」
先ほどの歌唱よりも緊張の色の混じった硬い声。マイクは、声の主がはぁっと大きく息を吸う音すら拾う。
「on Drums ――Yuki」
ダダン!というスネアの音の後、ピンスポットライトがドラムを叩いている坊主の男性に当たる。背景画面は4分割されていて、Yukiと紹介された男性の顔が右端に映った。一瞬の間合いの後、悲鳴と歓声の入り混じった声が響く。
「on Bass ――Shugo」
紹介された男性は10秒ほどの高速弾きを披露した。ただ低音を支えるだけじゃない、高度なテクニックを感じる。短めにカットされた黒髪の男性は画面左側に顔が映ると、舌を出しておどけて見せた。
「on Guitar ――Kento」
自己紹介のように弦を歪ませたギュワーンという音が会場を包む。雫には全く理解できないけれど、ギターが体の一部になっているように見える。茶髪にハットを被ったその人は画面に映ると一礼をした。
「on Vocal――Ryusuke」
マイクを持った手を上げ、会場を見上げる。全身全霊で歌い会場を虜にしたその男性は、深々と一礼してから、客席一人ひとりの顔を見るように目線を横へと動かした。画面に全員の顔が写り、中央にEssentialsの文字が浮かび上がる。
「We are……Essentials!」
ライブ上級者には定番なのか、メンバーもスタッフも観客も、一斉に拳を高く突き上げる。ついていけずに見ていた雫は、胸の前でパチパチと拍手をした。
目の前のステージで弾けるように笑ったその人は、雫に所有印を残した張本人だ。知っているようで知らない顔の恋人。自分だけが彼を知らないような違和感に、周りの音が遠くなる。どうして舞台に立っているのか、疑問が溢れてとまらない。自分だけでは答え合わせできない疑問に困惑して両頬を押さえると、マイクを外した隆介の口元が「可愛い」と笑った気がした。
「えぇと――改めまして、Essentialsです」
自己紹介からMCが始まる。これまでの応援への感謝、15周年にお祝いができなかった事の謝罪と、新たなスタートとして露出を増やす事、誰よりも先にファンと共有したかった事などが告げられた。その度にファンたちは歓声を上げたり指笛を鳴らしたり、おもいおもいの反応を見せた。
「……というわけで16年目のEssentialsも、よろしく」
必要な情報を伝え切った隆介は、軽く水を飲んでから汗を拭き、メンバーとアイコンタクトをとった。必要以上に話さなくても伝わるのは、ファンもメンバーも変わらないらしい。
「聞いてください……drop」
~~♪
静かな雨音で 夢から覚める朝は
溶け合うほど君と ベッドの中で
永遠に君を抱いていたい
I'll take time for you, for you
ジャジーな音楽に合わせてマイクスタンドを恋人のように愛撫しながら、もたれるように、気だるげに歌う隆介の甘い声。目を閉じて世界観に浸る姿に、ヒューと歓声が上がった。
イントロから全く違うアレンジで気付かなかったけれど、主旋律はあの日、車内で聞いた曲だ。テンポも少しゆっくりだし、そもそもこんなにもセクシーな歌詞だったかしらと一生懸命に思い出すけれど、目の前の曲があまりに素晴らしく出来上がっていて、全く思い出せない。
ほぼ真正面にいる恋人は余裕ありげにこちらを見ながら、右手で左の首元をさするような仕草をした。彼につけられた真っ赤な花びらを、ここで見せろと言わんばかりの表情で雫を挑発する。会場の人を魅了するために全力を尽くしている彼の、色気のある流し目。あまりの破壊力で、周りの女子達までもが目があったと色めき立った。3日前の濃厚な情事を思い出して、体はじんわりと熱く潤む。しばらく会えないかもしれないからと何度も互いを求め合うことは良くあるが、あの日の隆介は支配者のようだった。
彼が本気で歌う姿は初めて見た光景だというのに、一瞬でも彼の目線が他へ流れることが寂しいと思ってしまう。目の合っている10秒が、永遠に続けばいいのに。間奏でクルクルと回って簡単なステップを踏んでいる恋人にこちらを見て欲しくて、雫は髪を解いて後ろへ流した。
目線が交わされるたび、ベッドの中でこちらを見つめている熱い視線を思い出す。髪をかきあげたり、マイクのコードを捌く姿はとても艶っぽく、何かを見せつけているようにも、色気を振り撒いているようにも見える。体全てが楽器のようで、全身の力を使って感情を爆発させる彼に、雫は終始目を離せずにいた。
◇◇◇
「MCありの25曲!はぁ~……最高すぎたね……まさか顔出しするなんて思ってないし全員タイプの違うイケおじすぎるし、私たち今夜は伝説の目撃者だよ……やっぱEssentialsて天ッ才」
カナは終わった瞬間から感想を言い合いたいタイプらしく、供給過多すぎて処理が追い付かないなどと独り言を続けている。ロッカーを開けて外へ出ると、スマホには数件の通知が入っていた。隆介だ。
――言えなくてごめん
――来てくれてありがとう
――外出たら電話して
受信時間は17:55。舞台へ出る直前に送ってくれたようだった。もう退場開始してから、30分が経っている。彼を待たせているのではないかと心配になった雫は、身内から急ぎの連絡があったと断ってカナと別れ、建物の影で電話をかけた。
発信音から2コールで、電話の主は返事をした。秘密を明かされたことでなんとなく互いに気まずいような、ぎこちないような会話になるかと思っていたが、隆介は案外明るい声色だった。
「雫、今どこ?」
「えっと……正面へ出て、建物沿いに曲がった左角のあたりです」
「お、的確。じゃあ一度表に戻って、中入ってよ。警備員のとこに多田向かわせるから」
恋人に待ってるからと言われたら、行かない訳にもいかない。会場にはまだ、所狭しと並べられたフラワースタンドで記念写真を撮っているファンがまだ何組か残っている。少し警戒しながら入り口へ戻ると、待ち構えていた多田が手を振った。チェックのスーツは、確かにお洒落だけれどマネージャーが着るにはだいぶ派手な印象だ。
「すみません、お仕事増やしちゃって」
「ん、あぁ!いーのいーの。うちは追っかけもガチ恋も殆ど居ないし」
「追っかけ、ガチ恋……」
カナの口からは聞いたことがあるけれど、雫には全く関係のない世界だと思っていた言葉。しかしあんなにも魅力的な男性がこの世界に何人いるだろう。自分の恋人だとわかっていても、今日のあの一瞬で皆が好きになってしまったはずだと頭を抱える。
多田からもらったスタッフパスを首から下げて、関係者以外立ち入り禁止のエリアへと足を踏み入れる。同じTシャツを着た人間がぞろぞろと移動し、多田にお疲れ様ですと声をかけて横を通り過ぎていった。
多田がEssentials様 ①と書かれた紙の貼られた個室をノックして返事を待たずに扉を開けた。片面が鏡で小上がりのある小部屋。6畳くらいだろうか。見覚えのある黒革のトートと、いくつかのギターが置かれている。部屋の持ち主はシャワーを浴びているらしく、その辺で寛いでてと言い残して雫はひとりになった。
部屋をまじまじと見るのもなんだか気が引けて、目線を逸らした先の鏡に目が留まった。先ほど見せろと要求されたキスマークを鏡で眺める。強く噛みついて吸い上げたような大きな花びら。快感にとろけきっていた雫にはあまり覚えがないけれど、彼は満足げにこちらを見下ろしていた気がする。真っ赤だった花びらは2日で茶褐色になり、やけに生々しい。昨日の出勤時は大きめの絆創膏を貼って隠したけれど、きっと皆には想像されていただろうなと思うと、照れと申し訳なさを感じた。
「……思い出して赤くなってんの?」
「っ隆介さん……!」
「雫が来るっていうから、俺頑張っちゃったよ」
「ふふっ。すごく、すごく……素敵でした」
いつの間にか部屋へ戻ってきていた今日の主役は、顔を赤らめた雫を後ろから抱きしめた。まだしっとりと濡れた頭には白いタオルがかかっている。しっかりと割れたシックスパックと、自然についたと言っていた上腕二頭筋の凹凸が美しい。シャワーを浴びたまま、上半身裸のままこの部屋へ帰って来た様だ。
噛み付かれたところと同じあたりをペロリと舐められると、甘い声が漏れる。ほんの数メートル先、薄い木のドア一枚を隔てたところではスタッフたちが忙しなく動いているというのに、隆介はお構いなしだ。
「それにこれ。ちゃんと意図組んでくれて嬉しい」
「急にこっち見てくれなくなったから、その……なんか寂しくて、こっち見て欲しくて……」
鏡に向かい合ったままごにょごにょと小声で理由を話す。そんな雫の頭を撫でた隆介は、鏡の中でも真っ赤な恋人を見つめて話を続けた。
「俺はいつも雫しか見てないよ。……曲、気に入った?」
「すごい変わってて、びっくりしました」
「アレンジしてたらとまらなくなっちゃってさ。結構時間かけちゃった」
「なんかちょっと、えっちでした」
「まぁ雫のこと散々抱いた後に書いた曲だから、仕方ないね」
「……えっ!」
「雫の寝顔見てたら、これだ~と思ってさ」
でも気に入ってくれたならOKでしょ?と聞かれれば、ダメとは言い切れない。惚れた弱みだ。
「で、これは俺から雫へ。来場特典、的な?」
手渡されたのは、レコードプレイヤーを上からとったような写真ラベルの1枚のCD。白インクのペンでEssenceと書かれているそれは、明らかに一般的に店頭に並ぶようなものではない。
「基本は円盤作らないんだけど、保管用のやつ。俺案外古い人間だから、雫には形ある状態で俺から渡したくて。聞いてくれる?」
「いいんですか?」
「いいも何も、雫にあげたくて作ったんだから」
嬉しいですと素直に返すと、お礼にキスをくれと要求された。ソファの背もたれ部分に軽く腰掛け、足の間を開いた隆介はこっちへ来てとばかりに両手を雫へ向けた。キスを待つように目を閉じ、雫の背の高さでキスができるように角度をつけた顔。何度見ても整っていて惚れ惚れしてしまう造形美。
恥ずかしさで逃げたくなる感情をグッと堪える。目の前の顔に両手を添えて、小さくチュッとリップ音を立ててキスすれば、隆介からのお返しのキスが10倍返で返ってきた。
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