冷酷な王の過剰な純愛

魚谷

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出会いの宴(1)

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「マリア様、良くお似合いでございます。生地の色が、マリア様の御髪《おぐし》の色とよく合っていて……」

 ルリが褒めそやす。

 マリアは姿見に映った、つい先程届いたばかりのドレスに袖を通した自分の姿を目の当たりにして信じられない心地になった。

 梔子《くちなし》色のドレスは細身の仕立てで、袖やスカートにフリルや精緻な刺繍ををあしらっていた。

「……なんだか、信じられない気持ちです」

 マリアの気持ちはその言葉に凝縮されていた。

 いよいよジクムントと会う算段がついたのだった。

 王都へ来て、二週間余りが経とうとしていた。

今晩、王城で各国の外交使節をもてなす宴《うたげ》が開かれる。

 その為に宴以外の予定は何も入っていない。

 おそらくジクムントは適当な理由をつけて途中退席するだろう。

 それを狙い、対面するという手はずである。

「きっと陛下も見取れてしまうはずです。これで落ちない殿方は、殿方ではありませんっ」

 侍女はマリア以上に盛り上がっていて、装飾品などもたくさんの中から今の都での流行は……などと選別に余念がなく、マリア以上に楽しそうだ。

 でもその気持ちは分かる。

 都一番の宝石商がヨハンの要請で店の商品の中でも一際値打ちものの商品を、マリアの為だけに用意してくれたのだ。

 マリアもこれほどに眩しい宝飾の類いを前にしたことは無い。

(陛下に……ジーク様に喜んで頂ければ……受け容れて頂ければ良いのだけれど)

 姿見に映した姿を見つつ、マリアが望むことはそれだけだった。

空に濃紺の帳《とばり》が下りて星が一つ二つと瞬いて来た頃、マリアを迎える馬車がやってくる。

 今晩の宴には貴族達も出席する。

 マリアはその中の客人の一人という扱いである。

 王城に向かうまでの道のりに篝火が点々と焚《た》かれていた。 

 馬車に揺られながらもマリアは緊張を隠せない。

「大丈夫でございますか」

 ルリが心配そうに聞いてくる。

「大丈夫……です」

 田舎貴族の身の上では盛大な夜会への出席からは縁遠い。

 爵位を頂いてもメンデスからは、「あのような場所には行くべきではない」とマリアが行くことには消極的であった。

 それだけにマリアとしては緊張――いや、不安を隠せない。

 それでもジクムントに会えるのならば乗り越えなければいけないことだ。

そして馬車が車止めで停車すると、ルリに先導されて城内に入る。

(ああ……っ)

 思わず吹き抜けの玄関広間を見回してしまう。

 何もかも記憶の通り――あの頃と何も変わっていない。

 衛兵が居並び、礼服やドレスのきらびやか人々がそこかしで談笑している。

 その間を縫って進んだ先が宴席の会場だ。

 王城の光の間である。

 立食形式で、飲み物を運ぶ係員が愛想を振りまく。

 入り口から見て左手方向に数段高くなった場所があり、今は空《から》の玉座が据えられていた。

 マリアの目はそこに釘付けになる。

(ここにもうすぐ陛下が……)



 ジクムントは金糸や銀糸で飾られた深紅の外套《マント》をまとう。

 王の正装というのはとにかく重たく、機能に欠ける。

 威厳を強調する為の演出とはいえ、ジクムントとしてはうんざりする限りだ。

「陛下。会場の準備はすでに整いまして御座います。いつでも出御《しゅつぎょ》いただけます」

「ゲオルグか。ヨハンはどうした?」

「最終確認をしてくると言われて会場の方へ行かれたようです」

「わざわざあいつがか?」

「ヨハン様は完璧主義者ですから」

 そうだな、とジクムントは少し考えてからうなずく。

 結局マリアに関しては何も聞けずじまいだった。

 マリアが王都に来てから二週間。

 すでにヨハンのものになっている――かもしれない。

 考えまいとしているが、どうしてもヨハンのことに思いを巡らせるとジクムントにとっては耐え難い現実が頭に浮かんでくる。

 情けないと思いつつも、マリアのことを聞くことがためらわれた。

 一歩踏み込む自信を持てない。

 政務においては果断を持って知られるジクムントだが、マリアが絡むとどうしても難しかった。

 そうして今日まで無為に日を過ごしていたのだ。

「陛下。いかがされましたか?」

「……行くぞ。ゲオルグ、先導をしろ」

「かしこまりました」

 ジクムントは胸の奥でくすぐぶる悶々とした気持ちを振り払うように歩き出した。
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