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二度目のデート(1)
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早朝、マリアは部屋を出て、待ち合わせをしたゲオルグに会いに行く。
内容はもちろん婚姻の件についてである。
「ゲオルグ様」
「マリア様、申し訳ございません。こんなに早くから」
「良いのです」
「陛下は何と……」
「ゲオルグ様。私は、ジークを支えたいと思います」
ゲオルグの落ち着いた表情が揺れる。
「陛下は何と仰せだったのですかっ」
マリアは意を決して、ジークから告げられたことを話した。
ゲオルグはそれを黙って聞いていた。
「私はジークを支え続けたいと思っております……。ゲオルグ様の申しようも正しいのかもしれません。ですが、このたびのことに関して、私はお力添えすることは出来ません。申し訳ございません」
マリアが深々とこうべを垂れると、ゲオルグは慌てたように顔を上げさせる。
「おやめください。このような場面、陛下に見られてしまったら私の首が飛んでしまいます」
ゲオルグの胸中はさぞ複雑だろう。
しかしマリアはジクムントに寄り添おうと決めたのだ。
「ですから、ゲオルグ様に協力することは出来ません」
「……分かりました」
「ゲオルグ様のご心配ももっともだと思います。政《まつりごと》を分からない私が言うのはおこがましいですが、ジークが間違っているとは思えないんです」
「そうですね、確かに……私も、そう思います」
「本当ですかっ!」
ゲオルグはマリアの手前平然を装うとするようにかすかな笑みを口元に浮かべた。
「何より陛下ご自身の体験に裏打ちされた争いの苦しみは、陛下にしか分からないことなのだと思います」
「そう言って頂けて安心しました。ゲオルグ様がジークの味方になって頂けるのはとても心強いですから」
「マリア様、違います。私は元々陛下のお側におります」
「あ、そうでしたね。すみません」
ゲオルグは良いんですと首を振った。
「色々と骨を折って頂き申し訳ございません。では、お部屋へ。陛下が心配されるといけませんから」
「――お待ち下さい、これを。ゲオルグ様のもの、ですよね」
背を向けるゲオルグを呼び止め、マリアは懐中時計を差し出す。
ゲオルグは目を瞠り、自分の下衣を叩き、無くなっていることに今さら思い至ったようだ。
相当、ジクムントの宣言の件で頭が一杯だったのだろう。
(ゲオルグ様、しっかりなさっているようで抜けているのね)
マリアは微笑ましい気持ちになる。
「これをどこで……」
「庭に落ちておりました。ジークが来ることに急いで立ち去られた時に落とされたのだと思います」
「そうでしたか……。色々と申し訳ありません」
去っていくゲオルグの背中を見つめ、マリアはこうして一人一人に想いを伝え、理解を広げていくのが自分の役目なのだと思った。
(ジークもヨハン様もきっと言葉足らずだから。もういつまでも二人だけの間で通じ合えば良いという立場ではないんだから)
※
ある日、朝の身支度をマリアは手伝いつつ、「今日、午後は時間、作れる?」とジクムントに尋ねた。
「何だ?」
「一緒に城下にでかけたいと思って」
ジクムントは嬉しそうにする。
「分かった」
「ヨハン様に確認しないで良いの?」
「確認などいらない。俺が全てを決める」
そう言いながら、ヨハンに根負けして執務時間が増えることがたびたびあることを、ここでの生活を送ることで気づいていた。
「それから分かっているとは思うけど、この間みたいに人払いをするのは無し。いつもの街をジークと一緒に歩きたいの。この間みたいに誰もいない、殺風景な場所を歩きたい訳じゃないの。あなたと一緒に、色々なことを体験したい。それだけなのよ」
ジクムントは「そうか」と口元をかすかに緩ませると、「時間は必ず作る」と言って歩き出そうとする。
「待って。忙しかったららその時はそれで構わないの。別に、これはいつでも出来ることなんだし……」
「そうはいくか。お前が空けてくれと言ったんだ。何が何でも空けさせる。最悪、あいつが書類整理をすれば良い」
そう言ってジクムントは部屋を出た。
(少し軽率過ぎてしまったから)
「愛情ですね。あれほどにマリア様のことを想っておられて。あぁ、すばらしいですわ」
一連の流れを様子を眺めていたルリは「ほう……」と溜息を漏らした。
マリアは侍女に苦笑した。
午後を迎えると、ジクムントは約束通り戻って来た。
しかしマリアとしては自分のわがままで王としての政務を中途半端なところで投げ出させてしまったのかと不安で一杯だった。
ジクムントはそんなマリアの心を察したのか、「安心しろ」とマリアを抱きしめながら耳元で囁く。
「仕事はきっちりと終わらせてきた」
「それなら良かったわ。あなたの政務の邪魔は出来ないもの」
「政務と言っても、俺はただ最終確認をするだけだ。面倒なことは全てヨハンたちが処理してくれている。――と他の男どもの話はこれくらいにしよう。せっかくお前と出かけるのに、他の男のことなど考えたくもない。さあ、マリア。行こう」
ジクムントはマリアの腰を抱き寄せた。
内容はもちろん婚姻の件についてである。
「ゲオルグ様」
「マリア様、申し訳ございません。こんなに早くから」
「良いのです」
「陛下は何と……」
「ゲオルグ様。私は、ジークを支えたいと思います」
ゲオルグの落ち着いた表情が揺れる。
「陛下は何と仰せだったのですかっ」
マリアは意を決して、ジークから告げられたことを話した。
ゲオルグはそれを黙って聞いていた。
「私はジークを支え続けたいと思っております……。ゲオルグ様の申しようも正しいのかもしれません。ですが、このたびのことに関して、私はお力添えすることは出来ません。申し訳ございません」
マリアが深々とこうべを垂れると、ゲオルグは慌てたように顔を上げさせる。
「おやめください。このような場面、陛下に見られてしまったら私の首が飛んでしまいます」
ゲオルグの胸中はさぞ複雑だろう。
しかしマリアはジクムントに寄り添おうと決めたのだ。
「ですから、ゲオルグ様に協力することは出来ません」
「……分かりました」
「ゲオルグ様のご心配ももっともだと思います。政《まつりごと》を分からない私が言うのはおこがましいですが、ジークが間違っているとは思えないんです」
「そうですね、確かに……私も、そう思います」
「本当ですかっ!」
ゲオルグはマリアの手前平然を装うとするようにかすかな笑みを口元に浮かべた。
「何より陛下ご自身の体験に裏打ちされた争いの苦しみは、陛下にしか分からないことなのだと思います」
「そう言って頂けて安心しました。ゲオルグ様がジークの味方になって頂けるのはとても心強いですから」
「マリア様、違います。私は元々陛下のお側におります」
「あ、そうでしたね。すみません」
ゲオルグは良いんですと首を振った。
「色々と骨を折って頂き申し訳ございません。では、お部屋へ。陛下が心配されるといけませんから」
「――お待ち下さい、これを。ゲオルグ様のもの、ですよね」
背を向けるゲオルグを呼び止め、マリアは懐中時計を差し出す。
ゲオルグは目を瞠り、自分の下衣を叩き、無くなっていることに今さら思い至ったようだ。
相当、ジクムントの宣言の件で頭が一杯だったのだろう。
(ゲオルグ様、しっかりなさっているようで抜けているのね)
マリアは微笑ましい気持ちになる。
「これをどこで……」
「庭に落ちておりました。ジークが来ることに急いで立ち去られた時に落とされたのだと思います」
「そうでしたか……。色々と申し訳ありません」
去っていくゲオルグの背中を見つめ、マリアはこうして一人一人に想いを伝え、理解を広げていくのが自分の役目なのだと思った。
(ジークもヨハン様もきっと言葉足らずだから。もういつまでも二人だけの間で通じ合えば良いという立場ではないんだから)
※
ある日、朝の身支度をマリアは手伝いつつ、「今日、午後は時間、作れる?」とジクムントに尋ねた。
「何だ?」
「一緒に城下にでかけたいと思って」
ジクムントは嬉しそうにする。
「分かった」
「ヨハン様に確認しないで良いの?」
「確認などいらない。俺が全てを決める」
そう言いながら、ヨハンに根負けして執務時間が増えることがたびたびあることを、ここでの生活を送ることで気づいていた。
「それから分かっているとは思うけど、この間みたいに人払いをするのは無し。いつもの街をジークと一緒に歩きたいの。この間みたいに誰もいない、殺風景な場所を歩きたい訳じゃないの。あなたと一緒に、色々なことを体験したい。それだけなのよ」
ジクムントは「そうか」と口元をかすかに緩ませると、「時間は必ず作る」と言って歩き出そうとする。
「待って。忙しかったららその時はそれで構わないの。別に、これはいつでも出来ることなんだし……」
「そうはいくか。お前が空けてくれと言ったんだ。何が何でも空けさせる。最悪、あいつが書類整理をすれば良い」
そう言ってジクムントは部屋を出た。
(少し軽率過ぎてしまったから)
「愛情ですね。あれほどにマリア様のことを想っておられて。あぁ、すばらしいですわ」
一連の流れを様子を眺めていたルリは「ほう……」と溜息を漏らした。
マリアは侍女に苦笑した。
午後を迎えると、ジクムントは約束通り戻って来た。
しかしマリアとしては自分のわがままで王としての政務を中途半端なところで投げ出させてしまったのかと不安で一杯だった。
ジクムントはそんなマリアの心を察したのか、「安心しろ」とマリアを抱きしめながら耳元で囁く。
「仕事はきっちりと終わらせてきた」
「それなら良かったわ。あなたの政務の邪魔は出来ないもの」
「政務と言っても、俺はただ最終確認をするだけだ。面倒なことは全てヨハンたちが処理してくれている。――と他の男どもの話はこれくらいにしよう。せっかくお前と出かけるのに、他の男のことなど考えたくもない。さあ、マリア。行こう」
ジクムントはマリアの腰を抱き寄せた。
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