冷酷な王の過剰な純愛

魚谷

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雨の秘密(3)

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 マリアは部屋に戻り、ジクムントの帰りを静かな気持ちで待っていた。

 ジクムントにとって、自分にだけは弱音を吐ける存在でいたいと思う。

 そういう伴侶になれないのであれば、一緒にいる意味がない。

 ルリが知らせに来る。

「……陛下がお戻りでございます」

 直後、扉が開き、力強い足音がこちらへやってくる。

 マリアは笑顔でジクムントを出迎える。

「ジーク、おかえりなさい」

「ああ」

「どうかした?」

 マリアがにこりと笑いかけると、「いや……」とジクムントは少し戸惑ったように首を振った。

 服を着替えるのを手伝い、お茶を淹《い》れる。

 だがジクムントはお茶を一口飲んだだけでじっと器を見つめたまま黙ってしまう。

「どうかした。あ、お茶、おいしくなかった?」

 ジクムントが顔を上げた。

 困惑の表情だった。

「――ヨハンに聞いたんだろう。俺のことを」

 マリアは笑顔になると、ジクムントはやや面食らった顔をする。

「なあに。城内でも監視? もうやらないっていう約束、忘れた?」

 マリアは冗談めかして言うと、ジクムントはややばつが悪そうな顔をした。

「その程度のこと勝手に耳に入る」

「それもそうかもしれないわね。でも仕方がないわ。あなたがはぐらかして教えてくれないんだから」

「はぐらかしてなんて……」

「本当に? 誓《ちか》える?」

マリアはジクムントの視線を見返すと、一瞬彼は驚いた顔をしたが、すぐに渋い顔で「がっかりしたか」といつになく力ない声で言う。

「そんなことないわ」

「下手な慰めはやめろ。いつまでも過去のことを忘れられないでいる人間を情けないと思わないはずがない」

「むしろ、そっちのほうが私には馴染みだもの。私があなたに仕えてばかりの頃のあなたは、あらゆるものに対して虚勢を……虚勢と言うと悪い意味ね、必死につぶされないように踏ん張っていたわ。あなたはそんな自分を嫌っているかもしれない。でも自信に溢れているあなたの方が私にとっては見慣れないもの」

 ジクムントは苦笑する。

「何だ、そんなに俺は無理して虚勢を張っていたか?」

「勘違いしないで。馬鹿にしている訳じゃないの。そうしなければ、あの頃のあなたは周りに潰されてしまっていたんだと思う。王宮の中で生き残るにはああするしかなかった。今のあなたはもうそんなことをする必要がない。だからもしかしたら、今のジークが本来のあなたなんだと思う」

「……マリア」

「……でもね、私はそんなあなたの力に少しでもなりたいと思っているの。だから……無理だけは私の前ではしないで。それだけ」

 少し沈黙を挟んだジクムントは、マリアを見つめる。

「遠乗りに付き合ってくれるか。久しぶりにしたいと言っていただろ?」

「分かったわ」

 いきなりのことに戸惑いつつ、マリアは了承した。

ルリは馬には乗れないから留守番だ。

 王宮の馬場には全国はもとより、各国からの献上品として名馬が集められていた。

 どれに乗ったら良いか迷っていたマリアに、ジクムントが「これが良いだろう」と鹿毛
《かげ》の牝馬《ひんば》を選んでくれた。

 気性が大人しく、人懐っこい性格だという。

 マリアとしてはジクムントはもっとがっしりした体格で軍向きの馬に乗るものだと思っていたからそんな馬もいるのかと思っているとジクムントは今はなかなか難しいが、時間を見つけては様々な馬に乗るようにしていたと言った。

「確かによく乗る馬はいる。だが一頭に決めてしまうと緊急時、その馬が何かしらの理由で走れない場合苦労するだろ。だから全ての馬の性格はあらかじめ知っておいた方が自分の為になる」

 ジクムントは彼のよく乗る黒馬を引き出してきた。

 マリアの乗る馬より一回りは体格が良く、足も逞しい。

 瞬発力には欠けるが、持久力があって過酷な環境においても揺るがないだろう強さが、マリアにも伝わってくる。

どこまでも抜けるような青空を雲が優雅に泳いでいる。

 吹き付ける風も軽く、温かな日射しに眠たくなってくるようなのんびりとした陽気だった。

「ねえ、どこへ行くの?」

「着いてからのお楽しみだ」

 そう、ジクムントはうそぶいていたが、彼の表情にある強ばりに気付かないマリアではない。

 これから向かう先にあるものが、ジクムントの心に影を落としている場所だということだけは分かる。

 それでもマリアは一度ジクムントを支えるのだと決めた今、落ち着いてどんなことでも受け容れるつもりだった。
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