冷酷な王の過剰な純愛

魚谷

文字の大きさ
32 / 37

幕間 ゲオルグの苦悩

しおりを挟む
(どうしたら良い?)

 ゲオルグは自分の部屋で頭を抱えていた。

 頭の中を巡ることはここ数日、同じこと。

 マリアから伝えられたジクムントの婚姻《こんいん》についての考えは理解できる。

 しかしどうしてもマリアに対する強すぎるほどの執着と独占欲に対して、不安を抱かずにはいられなかった。

 ジクムントの過去の経験から複数の妃を持ちたくない意味も、そして対外的な干渉を防ぐ為という意味でも、ジクムントの決断は間違ってはいない。

 文句があるならば去れ。

 もしゲオルグが進言してもジクムントはそう言って一蹴するだろう。

 ゲオルグはよろよろと立ち上がり、文机の引き出しから手紙を取り出した。

 獅子の刻印の封蝋《ふうろう》のされた手紙を開く。

 もう何度も開き続けた為に、手紙にはすっかり癖が付いてしまっている。

 ――マリア・デ・エリントロスを我々の手に。

 送り主の名は書かれていないが、分かっている。

 前宰相のダートマスだ。

 これまで嫌々密かに伝えられる指令に従ってきた。

 ゲオルグは表向き下級貴族の出ということになってはいるが、実際は生後間もなくその家に養子に出されていた。

 ゲオルグの生家は伝統のある伯爵家だった。

 しかし父親が賭博に嵌《は》まり多額の借金をして首が回らなくなった。産まれたばかりのゲオルグを育てられない程に。

 そこへ手を差し出してくれたのがダートマスだ。

 ダートマスの手引きでゲオルグは他家へ養子に出され、彼の援助によってどうにか小康を得た。

 結局父親はそれから精神を病んで自ら命を絶ち、後嗣《あとつぎ》なくして伯爵家は断絶した。

 それでもゲオルグにとってダートマスは恩人なのだ。

 だから彼の命によってこの城に潜り込み、情報を流した。

 最初はいつかはこの手でジクムントを……と思っていたが、しかし彼の決断力と改革の志に胸を打たれ、新しい国造りに協力したいと思うようになった。

 確かにその急進的なやり方に反対派は多く、政務が満足に回らないという弊害《へいがい》も出ている。

 しかしその一方で、身分による抑圧というものは確実に減っている。

 それまで生まれが唯一にして絶対的な尺度だった世界が徐々に崩れていった。

 ジクムントは金無垢の懐中時計を取り出す。

 父親の形見だと、ダートマスが渡してくれたものだった。

 それは持ち主を失った今も従順に時計を刻み続ける……。

(マリア様は私のことを報告しただろうか)

 獅子の刻印は元々、貴族の猛々しい心を示す代表的な紋章として多くの貴族に愛されてきたが、今は反体制派の証とい意味合いが強い。

 獅子の刻印のついた物を持ち歩くこと自体、王への叛逆だと思われても仕方が無いことなのだ。

 ゲオルグから見たマリアは天真爛漫で話しているだけで胸が温かくなるような、女性だ。

 もっと美しい女性はいるだろう、もっと気の利く女性はいるだろう。

 しかしジクムントがマリアを選んだのは何となく理解出来る。

(陛下は、決して裏切り者を許さないだろう)

 外を歩く足音もいつか自分を連行する兵士の足音かと身構え、眠れぬ日を送り続けていた。

(やられる前にやるしかない、のか……)
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

身代わりにと差し出された悪役令嬢は上主である、公爵様に可愛がられて~私は貴方のモノにはなれません~

一ノ瀬 彩音
恋愛
フィルドール子爵家に生まれた私事ミラ・フィルドールには、憧れの存在で、ずっとお慕い申していた、片思いのお相手がいるのです。 そのお方の名前は、公爵・ル・フォード・レリオ様、通称『レリオ公爵様』と人気の名高い彼はその若さで20と言う若さで、お父上の後を継ぎ公爵と成ったのですが、中々に冷たいお方で、営業スマイルを絶やさぬ表の顔と、常日頃から、社交辞令では分からない、裏の顔が存在されていて、そんな中、私は初めて出たお披露目の舞踏会で、なんと、レリオ公爵様とダンスをするという大役に抜擢されて、ダンスがうまくできればご褒美を下さると言うのだけれど? 私、一体どうなってしまうの?!

桜に集う龍と獅子【完結】

Lynx🐈‍⬛
恋愛
産まれてから親の顔を知らない松本櫻子。孤児院で育ち、保育士として働く26歳。 同じ孤児院で育った大和と結婚を控えていた。だが、結婚式を控え、幸せの絶頂期、黒塗りの高級外車に乗る男達に拉致されてしまう。 とあるマンションに連れて行かれ、「お前の結婚を阻止する」と言われた。 その男の名は高嶺桜也。そして、櫻子の本名は龍崎櫻子なのだと言い放つ。 櫻子を取り巻く2人の男はどう櫻子を取り合うのか………。 ※♡付はHシーンです

虐げられた出戻り姫は、こじらせ騎士の執愛に甘く捕らわれる

無憂
恋愛
旧題:水面に映る月影は――出戻り姫と銀の騎士 和平のために、隣国の大公に嫁いでいた末姫が、未亡人になって帰国した。わずか十二歳の妹を四十も年上の大公に嫁がせ、国のために犠牲を強いたことに自責の念を抱く王太子は、今度こそ幸福な結婚をと、信頼する側近の騎士に降嫁させようと考える。だが、騎士にはすでに生涯を誓った相手がいた。

メイウッド家の双子の姉妹

柴咲もも
恋愛
シャノンは双子の姉ヴァイオレットと共にこの春社交界にデビューした。美しい姉と違って地味で目立たないシャノンは結婚するつもりなどなかった。それなのに、ある夜、訪れた夜会で見知らぬ男にキスされてしまって…? ※19世紀英国風の世界が舞台のヒストリカル風ロマンス小説(のつもり)です。

オオカミ課長は、部下のウサギちゃんを溺愛したくてたまらない

若松だんご
恋愛
 ――俺には、将来を誓った相手がいるんです。  お昼休み。通りがかった一階ロビーで繰り広げられてた修羅場。あ~課長だあ~、大変だな~、女性の方、とっても美人だな~、ぐらいで通り過ぎようと思ってたのに。  ――この人です! この人と結婚を前提につき合ってるんです。  ほげええっ!?  ちょっ、ちょっと待ってください、課長!  あたしと課長って、ただの上司と部下ですよねっ!? いつから本人の了承もなく、そういう関係になったんですかっ!? あたし、おっそろしいオオカミ課長とそんな未来は予定しておりませんがっ!?  課長が、専務の令嬢とのおつき合いを断るネタにされてしまったあたし。それだけでも大変なのに、あたしの住むアパートの部屋が、上の住人の失態で水浸しになって引っ越しを余儀なくされて。  ――俺のところに来い。  オオカミ課長に、強引に同居させられた。  ――この方が、恋人らしいだろ。  うん。そうなんだけど。そうなんですけど。  気分は、オオカミの巣穴に連れ込まれたウサギ。  イケメンだけどおっかないオオカミ課長と、どんくさくって天然の部下ウサギ。  (仮)の恋人なのに、どうやらオオカミ課長は、ウサギをかまいたくてしかたないようで――???  すれ違いと勘違いと溺愛がすぎる二人の物語。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

鉄壁騎士様は奥様が好きすぎる~彼の素顔は元聖女候補のガチファンでした~

二階堂まや♡電書「騎士団長との~」発売中
恋愛
令嬢エミリアは、王太子の花嫁選び━━通称聖女選びに敗れた後、家族の勧めにより王立騎士団長ヴァルタと結婚することとなる。しかし、エミリアは無愛想でどこか冷たい彼のことが苦手であった。結婚後の初夜も呆気なく終わってしまう。 ヴァルタは仕事面では優秀であるものの、縁談を断り続けていたが故、陰で''鉄壁''と呼ばれ女嫌いとすら噂されていた。 しかし彼は、戦争の最中エミリアに助けられており、再会すべく彼女を探していた不器用なただの追っかけだったのだ。内心気にかけていた存在である''彼''がヴァルタだと知り、エミリアは彼との再会を喜ぶ。 そして互いに想いが通じ合った二人は、''三度目''の夜を共にするのだった……。

俺様御曹司は十二歳年上妻に生涯の愛を誓う

ラヴ KAZU
恋愛
藤城美希 三十八歳独身 大学卒業後入社した鏑木建設会社で16年間経理部にて勤めている。 会社では若い女性社員に囲まれて、お局様状態。 彼氏も、結婚を予定している相手もいない。 そんな美希の前に現れたのが、俺様御曹司鏑木蓮 「明日から俺の秘書な、よろしく」 経理部の美希は蓮の秘書を命じられた。     鏑木 蓮 二十六歳独身 鏑木建設会社社長 バイク事故を起こし美希に命を救われる。 親の脛をかじって生きてきた蓮はこの出来事で人生が大きく動き出す。 社長と秘書の関係のはずが、蓮は事あるごとに愛を囁き溺愛が始まる。 蓮の言うことが信じられなかった美希の気持ちに変化が......     望月 楓 二十六歳独身 蓮とは大学の時からの付き合いで、かれこれ八年になる。 密かに美希に惚れていた。 蓮と違い、奨学金で大学へ行き、実家は農家をしており苦労して育った。 蓮を忘れさせる為に麗子に近づいた。 「麗子、俺を好きになれ」 美希への気持ちが冷めぬまま麗子と結婚したが、徐々に麗子への気持ちに変化が現れる。 面倒見の良い頼れる存在である。 藤城美希は三十八歳独身。大学卒業後、入社した会社で十六年間経理部で働いている。 彼氏も、結婚を予定している相手もいない。 そんな時、俺様御曹司鏑木蓮二十六歳が現れた。 社長就任挨拶の日、美希に「明日から俺の秘書なよろしく」と告げた。 社長と秘書の関係のはずが、蓮は美希に愛を囁く 実は蓮と美希は初対面ではない、その事実に美希は気づかなかった。 そして蓮は美希に驚きの事を言う、それは......

処理中です...