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対峙(1)
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ジクムントが寝台に手を滑らせると、そこにあるべき温もりは足りがないことに気付く。
「マリア?」
肌に肌着のみを引っかけ、部屋を見て回るが、どこにもいない。
外で警備を担当している兵士に聞くが、夜中出て行ったっきり戻らないと言う。
(あいつ、どこ行ったんだ。まさか……昨日、無理矢理し過ぎたことを怒っているのか?)
もしかしたらどこかの部屋を使っているのかもしれない。
(子どもっぽい奴だ。あいつだって嫌では無かっただろうに)
そこへヨハンが姿を見せる。
良い所にと思ったが、すぐに余りにも都合が良すぎると頭が切り替わった。
「……何かあったのか」
ジクムントは胸騒ぎを覚えて近づいた。
「ひとまずお部屋へ」
ヨハンはいつも通り淡々と言った。
部屋に戻ると、すぐにヨハンは手紙を見せる。
ジクムントは一読するなり、手紙を怒りの余り握りつぶしてしまう。
――マリアを返して欲しければ以下の場所へ一人で来られたし。
兵の姿を確認すればお前の女は一生戻らないだろう。
「絵に描いたような小悪党だな、ダートマスは」
ジクムントは喉の奥から声を絞り出した。
送り主の名などなかったが、こんなことをするよう人間は一人しかいない。
単純だが、あまりに効果的な手を打たれた。
「――同時にゲオルグが姿を消しました。部屋ももぬけの殻でございます」
「あいつが? 何故だっ!」
「分かりません。しかしマリア様のことを分けて考える訳には参りません」
手紙の指定された場所は、王都からほど近い貴族の邸宅だ。
すでにその貴族はジクムントに爵位《しゃくい》を剥奪され、廃墟《はいきょ》になっている。
もしダートマスがそこに潜伏していたのだとするとまさに灯台下暗しだ。
「近衛兵に動員をかけましょう。すぐに取り囲めば」
「少しでも兵の気配を察知すればあの男はマリアを殺し、姿を消すだろう。狡猾《こうかつ》で保身を第一としているような男だ。万が一にも手抜かりはないだろう」
「行けば、殺されます。マリア様とて――」
ジクムントは指を突きつけ、温度を感じさせない赤い双眸《そうぼう》で忠実なる側近を一瞥《いちべつ》した。
「それ以上は言うなよ、ヨハン。幾ら可能性の問題だとしても、それ以上は許さない」
「……はっ」
ヨハンは顔を強張らせ、うなずく。
「俺は行く。マリアを助けに行かねばならない」
ヨハンが立ちはだかる。
「国民を犠牲にされるのですか。今ここであなたに万一のことがあれば、この国は終わりですっ!?」
「おい、ヨハン。勝手に俺が死ぬと決めつけるな」
ジクムントが笑いかけると、ヨハンは虚を突かれた顔をする。
そうしてジクムントは自分の考えを告げた。
「いけません、陛下。余りに危険ですっ!」
「これでいく。うまくいけばマリアも助けられ、ダートマスも仕留めることが出来る。この千載一遇《せんざいいちぐう》の機会を逃すわけにはいかない。その為なら喜んで餌《えさ》になってやろう」
「し、しかし」
「生き残る。それともこの俺が信用できないのか?」
これまで戦場において前線へ進んで身を置いて危険に身をさらしてきたのは、心のどこかで、いつ死んでも構わないと思っていたからだ。
だからどんな反対も力で潰してきた。殺したければ殺せば良いのだと。
兄たちを見殺しにし、のうのうと生きていることへの後ろめたさだった。
生きてはいたが、ジクムントは常に死を求めていた。
だが今は違う。
生きる為の、生きなければいけない理由がある。
マリアと共に歩んでいきたいと、即位以来、初めて抱いた人間らしい望みが芽生えていた。
だからジクムントはこんなところで死ぬ訳にはいかない。
こんなところでマリアを死なせる訳にはいかない。
その意思の秘められた眼差しを受け取ったヨハンは、唇を引き結ぶ。
「……準備を進めます」
「お前にはいつも迷惑をかけるが、頼んだ」
「きっと、マリア様をお救い下さいっ」
「当たり前だ」
ジクムントはうなずいた。
「マリア?」
肌に肌着のみを引っかけ、部屋を見て回るが、どこにもいない。
外で警備を担当している兵士に聞くが、夜中出て行ったっきり戻らないと言う。
(あいつ、どこ行ったんだ。まさか……昨日、無理矢理し過ぎたことを怒っているのか?)
もしかしたらどこかの部屋を使っているのかもしれない。
(子どもっぽい奴だ。あいつだって嫌では無かっただろうに)
そこへヨハンが姿を見せる。
良い所にと思ったが、すぐに余りにも都合が良すぎると頭が切り替わった。
「……何かあったのか」
ジクムントは胸騒ぎを覚えて近づいた。
「ひとまずお部屋へ」
ヨハンはいつも通り淡々と言った。
部屋に戻ると、すぐにヨハンは手紙を見せる。
ジクムントは一読するなり、手紙を怒りの余り握りつぶしてしまう。
――マリアを返して欲しければ以下の場所へ一人で来られたし。
兵の姿を確認すればお前の女は一生戻らないだろう。
「絵に描いたような小悪党だな、ダートマスは」
ジクムントは喉の奥から声を絞り出した。
送り主の名などなかったが、こんなことをするよう人間は一人しかいない。
単純だが、あまりに効果的な手を打たれた。
「――同時にゲオルグが姿を消しました。部屋ももぬけの殻でございます」
「あいつが? 何故だっ!」
「分かりません。しかしマリア様のことを分けて考える訳には参りません」
手紙の指定された場所は、王都からほど近い貴族の邸宅だ。
すでにその貴族はジクムントに爵位《しゃくい》を剥奪され、廃墟《はいきょ》になっている。
もしダートマスがそこに潜伏していたのだとするとまさに灯台下暗しだ。
「近衛兵に動員をかけましょう。すぐに取り囲めば」
「少しでも兵の気配を察知すればあの男はマリアを殺し、姿を消すだろう。狡猾《こうかつ》で保身を第一としているような男だ。万が一にも手抜かりはないだろう」
「行けば、殺されます。マリア様とて――」
ジクムントは指を突きつけ、温度を感じさせない赤い双眸《そうぼう》で忠実なる側近を一瞥《いちべつ》した。
「それ以上は言うなよ、ヨハン。幾ら可能性の問題だとしても、それ以上は許さない」
「……はっ」
ヨハンは顔を強張らせ、うなずく。
「俺は行く。マリアを助けに行かねばならない」
ヨハンが立ちはだかる。
「国民を犠牲にされるのですか。今ここであなたに万一のことがあれば、この国は終わりですっ!?」
「おい、ヨハン。勝手に俺が死ぬと決めつけるな」
ジクムントが笑いかけると、ヨハンは虚を突かれた顔をする。
そうしてジクムントは自分の考えを告げた。
「いけません、陛下。余りに危険ですっ!」
「これでいく。うまくいけばマリアも助けられ、ダートマスも仕留めることが出来る。この千載一遇《せんざいいちぐう》の機会を逃すわけにはいかない。その為なら喜んで餌《えさ》になってやろう」
「し、しかし」
「生き残る。それともこの俺が信用できないのか?」
これまで戦場において前線へ進んで身を置いて危険に身をさらしてきたのは、心のどこかで、いつ死んでも構わないと思っていたからだ。
だからどんな反対も力で潰してきた。殺したければ殺せば良いのだと。
兄たちを見殺しにし、のうのうと生きていることへの後ろめたさだった。
生きてはいたが、ジクムントは常に死を求めていた。
だが今は違う。
生きる為の、生きなければいけない理由がある。
マリアと共に歩んでいきたいと、即位以来、初めて抱いた人間らしい望みが芽生えていた。
だからジクムントはこんなところで死ぬ訳にはいかない。
こんなところでマリアを死なせる訳にはいかない。
その意思の秘められた眼差しを受け取ったヨハンは、唇を引き結ぶ。
「……準備を進めます」
「お前にはいつも迷惑をかけるが、頼んだ」
「きっと、マリア様をお救い下さいっ」
「当たり前だ」
ジクムントはうなずいた。
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