本懐~秋光と白桜丸

魚谷

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第三章(2)

 太郎は暮れなずむ茜色の空を縁側より眺めていた。あの山を越えれば故郷がある。
 最早誰も待たず、村という存在すらないが、それでも。
 ぼうっとしていたせいだろう、呼びかけに反応するのに時間がかかった。

「おい」

 痺れを切らした秋光が肩を掴んだ。太郎は驚き、振り返った。

「と、秋光。いつの間に」

 秋光は苦笑する。

「何を見ているんだ」
「いや、空が綺麗だなって」
「……故郷が懐かしいか」

 全部、お見通しらしいが、秋光に見通されるのは嬉しかった。

「……あいつ、俺のことに気付いてたよ」
「あいつ?」
「高春さ」
「何か言われたのか」
「帰り際に……。でもお前に嫌われたたくないからって黙ってるって。信用できるか」

 秋光は「そうだな」とすぐにうなずいた。秋光と高春の間に横渡る時間という名の、努力や愛情の深さではどうしようも出来ない存在への嫉妬で腹の底が熱くなる。

「まだ、大月は俺のことは捜しているのか」
「奴は蛇のように執念深い。初めてこんな事があって怒り心頭だろう」
「そうか」
「やはり、ここは居づらいか」
「違う。そうじゃないんだ。ただ……」
「ただ、何だ」

 太郎は言葉を探し、語る。

「村のみんなは死んだ。それは分かってる。ただ、みんなはまだ野ざらしなままなんだ。俺だけが生き残った。大月の館に連れていかれたみんなも俺以外きっと殺された。誰かが、村のみんなを埋めてやらなきゃならないんだ。それをしてやれるのは俺だけだ。そう、思ってるんだ」
「太郎……」
「お前は、いつか言ったよな。どうして国隆をあの場で殺さなかったのかって。あそこで殺しても良かった。だが殺せば俺は生きてあそこを逃れられるか分からなかった。あの場で死んだら、村のみんなを埋めてやる奴はいない。本当に野ざらしなままだ。そんなことは出来ないと思った。だから、殺せなかった」
「……そうだったのか」
「でも今は無理なんだよな。分かってる。ここの人たちには世話になってる。危険に曝すような軽率なことは絶対にしない。約束する。ごめんな、こんな話して」

 重たくなった空気をはね飛ばすように太郎は笑う。立ち去ろうとしたが、腕を掴まれる。 気付いた時には強い力で抱きすくめられていた。

「な、何だよ。乱暴だな」

 漆黒の眼差しに鼓動が跳ね、全身が脱力してしまう。

「お前、あいつに惚れたか」
「は? 誰だよ」
「高春だ」
「馬鹿言うな。あんな下劣な奴に誰が……」
「だが、見入っていただろう。あいつに抱きしめられ、顎を掴まれて視線を重ねた時……。それも俺の目の前でだ」

 ばれていたのか、と太郎は秋光の洞察力に舌を巻いてしまう。

「あいつに抱かれたいと思ったか」
「そんなこと、思う訳――んんっ……」

 唇を奪われた。乱暴に舌を突っ込まれ、縮こまった舌先を引っ張り出され、甘噛みされてしまう。首筋に甘い痺れが走り、四肢から力が失われ、彼に身をゆだねるような格好になった。

「いやらしい身体だな」
「や、やめぇっ……」

 言葉こそ拒絶をしながらも、言葉にのった色はすっかり蕩けきっている。
 秋光は左腕で太郎を掻き抱いたまま、近場にあった戸を乱暴に開けた。空き部屋に二人で転がる。板床がぎしぎしと軋んだ。
 力を失った太郎に抗う術はない。秋光によって乱暴に袴と褌を剥ぎ取られた。

「見ろ。お前のそこは物欲しげだ。あいつに抱かれたいと思った証拠だ」
「そ、そんな訳あるか」
「なら、どうしてここはこんなにも漲る」
「それは……」

 口ごもる太郎を苛立った秋光が四つん這いの格好にさせるや、すぐに熱いものが押し当てられる。秋光のそこもすでに激しい飢えを主張していた。

「あああっ!」

 貫かれた瞬間、太郎を身を捩り、切れ切れの嬌声を上げさせられていた。
 秋光と一つになったという達成感は、それに続く激しい抽送によって何もかも雲散霧消してしまう。
 腰を打ち付ける秋光は、体液でぬめる男根に指を絡めてくる。

「やめ、ろ、そんなことされたら、おかしくなるっ!」
「なら、狂わせてやる。お前をこうもおかしく出来るのは俺だけだ。あいつじゃないっ」

(何言ってるんだよ、秋光)

 秋光の荒っぽい感情に、太郎は戸惑い、動揺を隠せない。
 腰を打ち付けられ、身体の中を激流のように掻き混ぜられながら、さらに秋光は身を乗り出すや肩口を噛んできた。

「ぁああああ……っ!」

 痛みを痛みとして受け容れられない。全てが、太郎を甘く蕩けさせる。
 噛まれたかと思えば、舌先で疼く傷をなめられ、そして焼き鏝の刻印に彼の舌が這う。

「んんっ!」

 自分の秘めたもの、誰にも曝したくない恥部――そこを味わわれるという倒錯感に目眩を覚えてしまう。肉体が引き絞られた糸のように敏感になる。どれほど気丈を装ってみても、太郎の全てを知っている秋光の手管からは逃れられない。
 身体が芯から燃えるような熱病に見舞われ、太郎は引き攣った嬌声を漏らした。
 訳が分からなくなる。

「いやらしい奴だ」
「お前だって、ひ、人のこと言えないだろっ」

 太郎は突かれ、喘がされながらも吠えた。身体が存在を失い、秋光に呑み込まれていくような錯覚に陥ってしまう。愉悦に涙ぐみ、窒息してしまいそうな狂おしさの中、もう捨て鉢な気持ちだった。

「あいつと寝たんだろ。お前が寝たことがある相手は、あいつだろっ!」
「違う。あんな奴と寝る訳がないっ」
「俺だってそうだ! あいつに見取れた。それは、認めるっ! だけど……寝たいとは違う。あんただけだ、満寿。こうして抱かれて、おかしくして欲しいって思えるのは……っ!」
「俺もそうだ。確かに俺は他の男を知っている。だが、本当にこうなりたいと思ったのはお前だけだっ!」

 共に激情を吐き、交わし、身も世も無くなるほどより強まった一体感を抱きしめながら、果てまで昇る。

「ぁあっ……ぁああっ、満寿、もう、俺っ、駄目だぁっ……」
「俺も、だ……」

 秋光に顎を掴まれ、唇を貪られた。
 瞬間、腹奥めがけ熱いものを注ぎ込まれてしまう。頭の中が真っ赤に塗り潰され、太郎は啜り泣きながら、多幸感の中で果てた。



 太郎と秋光は脱ぎ捨てた衣の中に半ば埋もれながら床の上にごろんと横になっていた。
 腕の中の太郎を、秋光は決して離すまいとするかのように抱きしめていた。

「満寿、お前、嫉妬……したのか」

 熱気をたたえた秋光の肌に顔を寄せる。汗と秋光のかおりがした。

「当たり前だ。お前が、見取れていたのが悪い」
「……それは悪かったよ。でも、あれは別に欲情とかそんなんじゃない」
「欲情じゃ無い? ここが反応してたのは何故だ」

 すでに力を失ったものを、秋光は優しく撫でる。

「んっ……」

 それだけでも今の太郎には辛く、鼻にかかった声を漏らしてしまう。

「そ、そんなの決まってるだろ。お前に抱かれて、口を吸われて……反応しない訳、ないだろ。それくらい、察しろ……こんなことを言わせるなんて、酷い奴だよ。お前は……」

 太郎は恥ずかしさに頬を染める。
 優しげに頭を出ながら秋光は言う。

「俺が、誰に抱かれたいか知りたいか」
「もう良いよ」
「俺に愛想をつかせたか?」

 頓珍漢な秋光の物言いに思わず噴き出してしまう。

「……何でそうなるんだよ。お前が俺に嫉妬してくれたっていうことだけで十分過ぎるからさ。それだけ俺のことを想ってくれてるってことだろ。それが分かっただけでも十分だ。昔のことはもうどうでも……良くなった」

 秋光の鼓動が少し早くなったのを意識しながら、太郎は居心地の良さの中にたゆたった。
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