18 / 23
第四章(1)
志田村は太郎の村ほど小さくはないが、山の中にあった。暗がりの中、慌てふためく悲鳴が交錯していて、村の真っ直中を騎馬や徒が持った松明の火が鬼火のように尾を引いた。
(あいつら)
馬で蹴立て、わざと村人たちを恐怖させ、追い詰め、弄んでいる。思わず身を乗り出してしまいそうになる気持ちをぐっと抑える。大月方の兵を袋の鼠にする為に、源方の兵が村を包囲するように展開している最中なのだ。
太郎は馬上の秋光と、その傍についている三郎見る。彼らは目を背けず、じっと視線を村へと注ぎ続けている。誰より気がせいているのは秋光たちなのだ。彼らが動かない以上、太郎がそれを乱す訳にはいかない。
太郎の獲物は弓矢だ。一応、長刀を持たされてはいたが、扱いには不慣れで、どこまでこれで身を守れるかは分からないが、ないよりはましという判断だった。
その時、ひゅううううう……と空を裂く甲高い音が聞こえた。包囲が出来た合図の鏑矢だ。
村を我が物顔で荒らし回っていた兵士たちがどよめく。
刹那、秋光が雄叫びを上げた。
「放てぇっ!」
弓矢を構えた味方が矢を放つや矢継ぎ早に、
「かかれっ!」
秋光の叫びと共に味方が一斉に繁みより飛び出す。兵士たちが喚声を上げ、大月方の兵士たち目がけ襲いかかった。
奇襲を受けた大月方は完全に混乱していた。それからさらに周囲の繁みより湧きあがったような包囲戦法は見事に相手の意表を突いていた。退路を断たれた大月方は相手が何者かも分からないうちに次々と長刀で引き裂かれた。
太郎は秋光の馬の後を必死に追いかける。土埃が立ち、敵味方が激しく入り乱れたる。
長刀同士がぶつかりあう硬質な音と、夜闇に長刀同士が交錯するたび起きる火花がそこかしこで爆ぜる。
(秋光、どこだっ!)
土埃の中ではぐれてしまった太郎は彼の姿を求める。
と、そんな太郎の目にある男が留まった。馬上に乗る男――や、濛々と上がった土埃とで顔形の全てを見届けることは出来ないが、それは紛れもなく、大月館で太郎たちを選別し、そして太郎の背に焼き鏝を押し当てた男。あの炯炯とした目を忘れることなど出来る訳がない。それまで秋光を探していたことも忘れ、太郎は夢中で弓に矢をつがえていた。 男の周囲には徒の兵がいたが、誰も太郎に気付いてはいない。
耳の後ろまでぎりぎりと引く。
――喜べ、お前たちは太守様より情けを与えられることとなる。久しく仕え、太守様を失望させるなよ。
男の声が頭の中でよみがえれば、太郎は矢を放っていた。
何かの気配を察知したのか、はたまたただの偶然か。男がこちらを振り向く。
太郎と間違いなく目が合った――刹那、男の喉を矢が貫けば、その肉体ははね飛ばされるように仰け反り、馬上より落ちた。
雑兵たちが太郎に気付けば、鬼の形相で迫ってくる。
太郎は逃げようとして事切れた兵士の身体に蹴躓いて無残に倒れてしまう。
雑兵の一人が馬乗りになる。
「貴様っ!」
燃やされた家々の明かりを刀身が反射し、残忍な光に目を射られる。恐怖に身体が竦み、動けなくなる……そして刃が振り下ろされ、太郎は目を閉じる。
肩口に鋭い痛みが走る。
「ぁっ!」
次に感じたのは重みだった。目を開ければ、自分を今殺そうとした男がのしかかっている。その背には刀が突き刺さっていた。
「太郎、大丈夫かっ!」
声のした方を見れば、馬上より秋光が叫んでいた。彼の左手には鞘が握られていた。
彼が刀を投げて男を殺してくれたのだ分かった。だが、男の長刀は太郎の右の肩口を傷つけ、その部分が赤黒く濡れていた。秋光は馬をけしかけ、雑兵たちを蹄にかけて蹴散らすや、鎧を身につけているとは思えぬ身軽さで飛び降りると、太郎の背中を支えた。
「大丈夫か」
「満寿。やった……俺、やったんだ……」
太郎は今さら震え始める左腕を持ち上げ、自分が射殺した将を指さした。
秋光もさすがに驚きを隠せないようだ。
「お前がやったのか」
「あ、ああ……」
「あいつは大月の重臣だ」
「やった」
「無茶をする奴だ」
秋光は太郎の右袖を破く。そこは真っ赤に濡れ、鮮血が腕を伝い、指先より滴っていた。
秋光は己の直垂の右袖を破くと手早く右腕の付け根を縛る。
「ぐうっ……」
「痛むだろうが、我慢してくれ」
固く締め上げられる。
「腕はどうだ。動かせるか」
太郎は恐る恐る右腕に力を込めた。腕は動かせた。指も大丈夫だ。だが少し動かすだけでも燃えるような痛みに襲われてしまう。
太郎以上に安堵したように秋光は少し頬の強ばりをほどく。
「動かせるならば治りも早いだろう」
「殿! 太郎はっ!?」
三郎が駆けてくると、秋光の腕の中にいる太郎の姿に破顔したが、肩の傷に目を瞠った。
「大丈夫か!」
「ああ、何とか。秋光が応急措置をしてくれて……」
「そうか。――殿、大月方の鎮圧はほぼ終わりましてござりまする。兵も皆、殺すか捕らえ、ひとまずこのことがすぐに大月方に知れるということはござりません」
「そうか」
秋光は太郎を横抱きにした。
「お、おい、俺は歩けるぞ!」
「黙れ」
秋光はぴしゃりと言うと、秋光を軽々と抱え上げたまま将兵たちの前に出る。
「よくやった。だが、まだ戦は始まったばかりだ。館へ戻り体勢を立て直す。大月攻めはそれからだ。戻るぞっ!」
「おい、いい加減下ろせよ……っ」
太郎は将兵たちが散ると、頬を染めて羞じらう。だが秋光は頑なだ。
「駄目だ。また勝手に離れられてやきもきしたくないからな」
秋光は軽々と太郎を左肩に抱え上げたまま器用に馬に乗ると太郎を自分の前に乗せ、馬の首にしがみつくように言う。
「お、俺、敵を倒したんだぞ。実戦でちゃんと成果だせたんぞ」
恥ずかしさのあまりそんなことをうそぶいてしまう。
「そうだな、後で褒美をやる」
「本当か」
「ああ。だから怪我人は黙っていろ」
秋光は愛馬に鞭を入れた。
(あいつら)
馬で蹴立て、わざと村人たちを恐怖させ、追い詰め、弄んでいる。思わず身を乗り出してしまいそうになる気持ちをぐっと抑える。大月方の兵を袋の鼠にする為に、源方の兵が村を包囲するように展開している最中なのだ。
太郎は馬上の秋光と、その傍についている三郎見る。彼らは目を背けず、じっと視線を村へと注ぎ続けている。誰より気がせいているのは秋光たちなのだ。彼らが動かない以上、太郎がそれを乱す訳にはいかない。
太郎の獲物は弓矢だ。一応、長刀を持たされてはいたが、扱いには不慣れで、どこまでこれで身を守れるかは分からないが、ないよりはましという判断だった。
その時、ひゅううううう……と空を裂く甲高い音が聞こえた。包囲が出来た合図の鏑矢だ。
村を我が物顔で荒らし回っていた兵士たちがどよめく。
刹那、秋光が雄叫びを上げた。
「放てぇっ!」
弓矢を構えた味方が矢を放つや矢継ぎ早に、
「かかれっ!」
秋光の叫びと共に味方が一斉に繁みより飛び出す。兵士たちが喚声を上げ、大月方の兵士たち目がけ襲いかかった。
奇襲を受けた大月方は完全に混乱していた。それからさらに周囲の繁みより湧きあがったような包囲戦法は見事に相手の意表を突いていた。退路を断たれた大月方は相手が何者かも分からないうちに次々と長刀で引き裂かれた。
太郎は秋光の馬の後を必死に追いかける。土埃が立ち、敵味方が激しく入り乱れたる。
長刀同士がぶつかりあう硬質な音と、夜闇に長刀同士が交錯するたび起きる火花がそこかしこで爆ぜる。
(秋光、どこだっ!)
土埃の中ではぐれてしまった太郎は彼の姿を求める。
と、そんな太郎の目にある男が留まった。馬上に乗る男――や、濛々と上がった土埃とで顔形の全てを見届けることは出来ないが、それは紛れもなく、大月館で太郎たちを選別し、そして太郎の背に焼き鏝を押し当てた男。あの炯炯とした目を忘れることなど出来る訳がない。それまで秋光を探していたことも忘れ、太郎は夢中で弓に矢をつがえていた。 男の周囲には徒の兵がいたが、誰も太郎に気付いてはいない。
耳の後ろまでぎりぎりと引く。
――喜べ、お前たちは太守様より情けを与えられることとなる。久しく仕え、太守様を失望させるなよ。
男の声が頭の中でよみがえれば、太郎は矢を放っていた。
何かの気配を察知したのか、はたまたただの偶然か。男がこちらを振り向く。
太郎と間違いなく目が合った――刹那、男の喉を矢が貫けば、その肉体ははね飛ばされるように仰け反り、馬上より落ちた。
雑兵たちが太郎に気付けば、鬼の形相で迫ってくる。
太郎は逃げようとして事切れた兵士の身体に蹴躓いて無残に倒れてしまう。
雑兵の一人が馬乗りになる。
「貴様っ!」
燃やされた家々の明かりを刀身が反射し、残忍な光に目を射られる。恐怖に身体が竦み、動けなくなる……そして刃が振り下ろされ、太郎は目を閉じる。
肩口に鋭い痛みが走る。
「ぁっ!」
次に感じたのは重みだった。目を開ければ、自分を今殺そうとした男がのしかかっている。その背には刀が突き刺さっていた。
「太郎、大丈夫かっ!」
声のした方を見れば、馬上より秋光が叫んでいた。彼の左手には鞘が握られていた。
彼が刀を投げて男を殺してくれたのだ分かった。だが、男の長刀は太郎の右の肩口を傷つけ、その部分が赤黒く濡れていた。秋光は馬をけしかけ、雑兵たちを蹄にかけて蹴散らすや、鎧を身につけているとは思えぬ身軽さで飛び降りると、太郎の背中を支えた。
「大丈夫か」
「満寿。やった……俺、やったんだ……」
太郎は今さら震え始める左腕を持ち上げ、自分が射殺した将を指さした。
秋光もさすがに驚きを隠せないようだ。
「お前がやったのか」
「あ、ああ……」
「あいつは大月の重臣だ」
「やった」
「無茶をする奴だ」
秋光は太郎の右袖を破く。そこは真っ赤に濡れ、鮮血が腕を伝い、指先より滴っていた。
秋光は己の直垂の右袖を破くと手早く右腕の付け根を縛る。
「ぐうっ……」
「痛むだろうが、我慢してくれ」
固く締め上げられる。
「腕はどうだ。動かせるか」
太郎は恐る恐る右腕に力を込めた。腕は動かせた。指も大丈夫だ。だが少し動かすだけでも燃えるような痛みに襲われてしまう。
太郎以上に安堵したように秋光は少し頬の強ばりをほどく。
「動かせるならば治りも早いだろう」
「殿! 太郎はっ!?」
三郎が駆けてくると、秋光の腕の中にいる太郎の姿に破顔したが、肩の傷に目を瞠った。
「大丈夫か!」
「ああ、何とか。秋光が応急措置をしてくれて……」
「そうか。――殿、大月方の鎮圧はほぼ終わりましてござりまする。兵も皆、殺すか捕らえ、ひとまずこのことがすぐに大月方に知れるということはござりません」
「そうか」
秋光は太郎を横抱きにした。
「お、おい、俺は歩けるぞ!」
「黙れ」
秋光はぴしゃりと言うと、秋光を軽々と抱え上げたまま将兵たちの前に出る。
「よくやった。だが、まだ戦は始まったばかりだ。館へ戻り体勢を立て直す。大月攻めはそれからだ。戻るぞっ!」
「おい、いい加減下ろせよ……っ」
太郎は将兵たちが散ると、頬を染めて羞じらう。だが秋光は頑なだ。
「駄目だ。また勝手に離れられてやきもきしたくないからな」
秋光は軽々と太郎を左肩に抱え上げたまま器用に馬に乗ると太郎を自分の前に乗せ、馬の首にしがみつくように言う。
「お、俺、敵を倒したんだぞ。実戦でちゃんと成果だせたんぞ」
恥ずかしさのあまりそんなことをうそぶいてしまう。
「そうだな、後で褒美をやる」
「本当か」
「ああ。だから怪我人は黙っていろ」
秋光は愛馬に鞭を入れた。
あなたにおすすめの小説
執着
紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。