本懐~秋光と白桜丸

魚谷

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第四章(2)

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 秋光たちが館へ戻ると、門前に体躯逞しい馬が数頭留まり、鎧姿の見慣れぬ武士たちがたむろしていた。武士たちは秋光の顔を見ると、一様に頭を下げた。
 太郎が呟く。

「何だ、あいつら」
「味方……かもしれん」
「かもしれない?」

 秋光はそれ以上は何も言わず、庭先に辿り着くと馬を下りる。兜を三郎へ渡すと、歩き出した。

「満寿、戻ったか」

 とある一室には何人かの男たちがいた。その中には佐々木高春の姿もあるが、他の男たちに覚えは無い。
 秋光は言う。

「待たせたか」

 高春が「大丈夫だよ」と微笑をたたえながら首を横に振った。

「それで首尾は」
「問題亡く」
「それは上々。では皆の衆、始めるとしよう」

 その様子を庭先より見ていた太郎の袖を、三郎が引く。

「行くぞ。ほら」
「あ、ああ……」

 太郎はおずおずと頷き、三郎の背に従う。

「三郎、あいつら、何だ」
「大月を倒す為の味方……だと思う」
「だと思う? 秋光も、味方かもしれないって言ってたけど」
「今回の出陣は緊急的で、殿の独断だ。彼らはそれを事後に伝えられた。これまでは少しずつ書状をやりとりして準備を進めていたんだけどな」
「もしあいつらが渋ったら戦わないのか」
「いや。うちはもう大月方の将兵を討ち取るか捕らえるかしている。他が賛同しなければ独力で戦うまでだ」
「三郎……」

 太郎の心配する顔に、三郎は笑いかける。

「心配するな。仮に俺たちだけでも勝機はある。大月方はまだ俺たちの行動を知らず、今頃、味方が戦利品を携えて戻ってくるのを待っているはずだ。館は無防備……そこを襲えば。太郎は、殿のやろうとしていることと無謀だと思うか」

 太郎は唇を噛みしめる。

「分からない。でも俺は、秋光が村を見捨てるようなことをしなかったのは嬉しかった」

 三郎は微笑みながら頷いた。

「俺もそう思う。それに、別の所では領民たちが逃散し続けているとも聞いている。守ってくれない人間の下で生活していても仕方が無い……。話し合いも随分長くからしてたみたいだし、誰がまず最初に行動を起こすか……それにかかっていたんだと思う。それを今回、殿がされた――俺はそう思ってる」

 侍がやってきて三郎を呼んだ。三郎は応じると、

「太郎。お前はとにかく休め。怪我を負っているんだからな」
「分かった。ありがとう」

 三郎と別れると、太郎は踵を返して今来た道を戻る。身を低くして秋光たちの話を聞けるところまでそっと近づく。

「――余りに無謀過ぎるっ!」

 誰かの怒声が響き渡った。



 秋光はこの場にいる有力な領主たちの顔を一つ一つ見る。彼らを集めてくれたのは佐々木だ。ぐに参集出来るよう情報網も決起に供えてだいぶ前から整えていたのだ。すでに集まっている領主たちは鎧を身につけていた。

「余りに無謀過ぎるっ!」

 和泉の領主が声を上げた。勇猛で鳴る男だが、猪武者ではなく、かなり慎重でもある。

「ことは慎重の上に慎重を重ねた上で、なさなければならぬこと。それを感情に囚われて兵を起こすとは。源殿。なぜ他の領主の村が襲われた時にお立たちにならなかったのか。自分の村を救えれば良いとお考えかっ!」

 他の領主たちも賛同するようにうなずく。
 すると、口を開いたのは高春だった。扇で口元を隠しながら、目は笑っている。

「和泉殿、勘違い召されるな。秋光は己の領民を守らんが為に立ったのだ。何故、よその土地の領主が立つ前にが立たねばならん? それこそ道理が無いではないか。ここにいる他のお方の誰が立っても、秋光は駆けつけたであろう。己の勇気の無さを秋光に転嫁させるは筋違いと言うものよ」

 和泉は反駁《はんぱく》する。

「わ、我らを臆病と誹(そし)るか!」
「そう聞こえてしまったのなら申し訳ない。しかしながらここにお集まりのお歴々は一体どういう時に立ち上がる腹づもりであったのか、と私は聞きたい」

 他の領主たちは顔を見合わせ、口ごもる。

「だが余りにも無計画過ぎる。今決起してどれほどの者が集まるか……」
「そ、そうじゃっ。他の者たちの確約を得られなければ立てぬではないかっ」

 高春はそれらを鼻で笑う。

「確約などどれほどの価値があるだろうか。誰もが大月と我らを天秤にかけているだけに過ぎぬ。言を左右にし、無為に時を費やすだけ――今のように。それとも、口では威勢の良いことを言いながら、最早大月に抱き込まれたのではあるまいな。そこもとの領民も多く逃散していると聞きますしなぁ」

 和泉が眦《まなじり》を決した。

「何と無礼なっ! 佐々木殿こそ、そのような都かぶれの姿こそ、大月の都趣味にこびへつらっておる証拠ではないかっ!」

 他の領主たちも「そうじゃ! そうじゃ!」と口々に言った。

「これはただの趣味じゃ」

 高春の軽口に、さらに場は荒れた。
 秋光は口を開く。

「――お静まり下さい、皆々様。ここへお集まり頂いたのは仲間割れをする為ではござりませぬっ」

 秋光の言葉に、和泉たちは口を噤んだ。

「しかしながら私の此度(こたび)の動きが身勝手と言われても致し方なきことであると重々承知しております。賛同を得られないのもやむなし。しかし此度の合戦において大月の重臣、弾正(だんじょう)の首級を上げ、我らが将兵の士気は否応なく高まっておりまする。最早後には引けぬ身。ならば、我らだけで大月と雌雄を決しまする」

 重い沈黙が流れる。それをほどいたのは高春だった。

「……しばし休憩といたそう。頭も冷えれば名案も出よう」

 秋光は高春に促され、「ご免」と部屋を出た。
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