本懐~秋光と白桜丸

魚谷

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第四章(4)

 太郎がどこにいるのか、秋光には察しがついていた。

(あの馬鹿っ!)

 村で確かに約束したはずなのに。秋光は同志たちの集う部屋へ入った。

「……皆々様。申し訳ござりませぬ。本当はもっと論議を尽くしたいと考えておりましたが、そうもゆかなくなりました」
 和泉がはっとした顔をする。

「大月が気付いたのかっ」
「違います。これはあくまで私の事情でござりまする。その事情により、出陣いたすことあいなりました」
「何と! また独断かっ!」
「ですから、こうしてお知らせいたしました次第にござりまする。――同心して欲しいとは思いませぬ。今より我らの背後を襲うも何をするのもお好きにいたして下さいませ」
「父親と同じ道を選ぶのかっ!」
「あの時は違い、勝機はござりまする」
「奇襲が成功する可能性があるというだけの話だ」
「父の時より勝機があることを思えば十分。後は各々の判断にお任せいたしまする。ご免っ!」

 秋光は頭を下げ出て行く。
 すでに三郎の呼びかけに対して将兵たちは集まっていた。
 秋光は時雨黒に跨がる。

「これより大月館へ参る。これが我らの滅びとなるか、栄えとなるか……今ここで逃げたき者は名乗り出よ。これまで報いてくれただけのものはやろう。どうだっ!」

 秋光の呼びかけに対して誰も立ち去る者はいなかった。

「ならば参るぞっ!」
「応ッ!」

 将兵の声が夜空につんざいた。



 取り残される格好となった高春は、和泉たちを一瞥する。

「さあ、あなた方はどうされる?」

 和泉が眉間に皺を刻む。

「佐々木殿こそ……」

 高春はふっと笑う。

「私はとうに秋光と立つ腹づもりで参って御座る。そばに兵も潜ませて御座ります故……」
「このような勢いのみで大月に勝てると本気でお思いか?」
「さあて」

 笑みをたたえた高春は肩をすくめる。

「しかしながら、大月がいなくなれば今よりもずっと息が吸いやすくなりまする。それで十分。それからこのたびの出陣につき、これまでやりとり致した全ての手紙を将兵に持たせておりまする。我らが全て討たれれば、大月はきっとあの手紙を見ることになるでしょうなぁ。仮に皆様方が我らを背後より襲い、討ち果たしたとしても、そのことをあの男はきっと許しますまい」

 和泉たちは目を剥き、顔を青ざめさせる。

「わ、我らを脅すのか……」
「ほほほほっ! 脅す? 腹を決められよと申しておるまで。あの男が生きている限り、一体どの家中の者があの毒牙にかかるか分からない。あの男が死ぬまでそれに怯え続けたいのであれば、どうぞお好きなように」

 高春は「それでは皆様方、お別れを」と高笑いしながら退出していった。



 寝殿に上げられた太郎は頭を垂れる。

「太守様。これまでの非礼、申し訳ござりません」
「ふふ。さあ、来い。お前を抱く日を何度も夢に見ていたぞ」

 太郎は笑顔を作り、国隆の胸に飛び込んだ。

「おお、愛い奴じゃのう。この肌……肩の傷が残念ことではあるが」
「申し訳御座いませぬ」
「良い」
「ぐぁっ!」

 傷口をぐっと掴まれ激痛に悶絶すれば、国隆は陽気な声を上げて、血に濡れた手をまじまじと眺め、しゃぶる。

「ほほほっ。痛みを感じれば神経が高ぶるであろう? 神経が高ぶれば、より感じやすくなる……良いのう」

 顔の白粉と鮮血に濡れた唇。二色の対比にはたただ怖気を震う。

「よしよし。思う存分貪ってやろうぞぉっ!」

 国隆に組み敷かれて口を吸われると、太郎は積極的に舌を絡みつかせる。鳥肌が立つ程気持ち悪い。どれだけ離れようともこの白粉を塗りたくった気味悪い顔はやはり生理的嫌悪を抱かずにはいられない代物だ。
 秋光との消し炭になりそうなほどに燃え上がるような逢瀬とは世界が違いすぎる。
 芋虫のような指先で身体をまさぐられ、股間に手を伸ばされた。

「あぁぁっ……太守様様、溜まりませんっ……ぁあんっ!」

 精一杯甘ったるい嬌声を演じる太郎は、彼の愛撫に合わせて身をくねらせる。

「あんあん」と鼻にかかった啜り泣きを上げた太郎はゆっくりと手を布団の下へ潜り込ませた。

 国隆が褥の下に短刀を隠し持っていることは知っていた。短刀をぐっと握りしめる。
 国隆はもちろん太郎の動きになど気付かず、股間を弄ぶことに熱中している。
 そろそろと鞘から刀身を抜けば、短刀を国隆の脇腹めがけ突き立てた。

「おおおおっ!」

 国隆は雄叫びを上げ、全身の力を抜く。
 太郎は脇腹から短刀を抜くと共に、国隆の腹を蹴り上げた。褥より仰向けに転がり落ちた国隆は脇腹からみるみる流れ出す血液に、何が起こったのか分かってないようだった。
 太郎は国隆に馬乗りになると、その腹めがけ短刀を突き立てた。

「ぐうぁっ!」

 国隆はようやく我に返ったかのように雄叫びを上げると、太郎の腹を蹴り上げた。負傷しながら一体どれだけの力があるのかと目を疑うほどの力に、今度は太郎の身体が板床を転がった。

「きっ、貴様ぁっ!」

 髪を乱れさせ、白粉を塗った顔に朱を上らせ、国隆はわなわなと全身を震わせた。
 夜着は真っ赤に濡れそぼる。

「殿、いかがなされましたか――」

 国隆の尋常ならざる声を聞きつけた侍たちが妻戸より入って来ると、主人の姿に目を瞠った。

「殿!」
「この餓鬼を庭へ引き出し、殺せっ! ええい、早くしろっ!」

 その場に蹲ったまま国隆は叫んだ。
 侍たちは床に転がされている太郎の両手両足を掴んで抱えると、庭先へ乱暴に投げ捨てた。傷を負っている右肩か
ら落ち、あまりの激痛に目から火花が飛び、身体のくの字に折り、煩悶してしまう。

「この餓鬼がっ!」

 侍の一人が流れる血で汚れた右の肩口を踏みつけた。

「っ!」

 痛みというより火傷するような熱に、太郎は声にならない声を上げた。
 侍たちは手に薪を握り、次々とそれを振り下ろす。
 太郎は頭を抱える格好で身体をくの字に折った。痛みが全身を走る。容赦の無い打撃に身体がばらばらになってしまうような激痛に苛まれてしまう。

(秋光……こんな馬鹿で、ごめん……)

 意識が遠のこうとすれば井戸水をぶちまけられ、気絶させてくれない。

「楽に死ねると思うなよっ」

 死ぬ。そう思うのに恐怖感を抱くことはほとんどなかった。死が身体の半ばを飲み込み、すでに自分自身がただの物だと感じているからだろうか。
 目の前が霞む。自己の生が傷口から垂れ流れていくのを、頭の片隅で感じる……。
 だから直垂姿の偉丈夫が太郎を囲んだ侍たちの中に斬り込んできた時も、目の前の光景を確かな現実感を持って受け止めることはなかった。
 太郎を囲う数人の侍を華麗な身のこなしでたちまち切り伏せた男は暗がりで顔もよく分からなかったが、何故か太郎の目からは涙が流れてしまう。苦しみや痛みではない。胸が熱くなるのは、喜びだからだ。しかし全身に傷を負った身では笑うことすら叶わず、ただ顔を引き攣らせることしか出来なかった。
 その偉丈夫は大音声で呼ばわる。

「者ども、かかれえっ!」

 それを合図に、無数の火矢が夜空を引き裂き次々と大月の館の屋根へ次々と突き刺さる。
 篝火の焚かれた館はそれによってさらに昼間のように明るくなった。
 偉丈夫は息も絶え絶えな太郎の身体を右肩に担ぐと駆け出す。
 大友方の侍たちが行く手を遮ろうとするが、降り注ぐ矢雨に右往左往する。もちろん外より射かけられた矢は太郎たちの元へも降り注ぐが、それを男は刀で軽々と払い落としていった。
 さらに次々と兵を乗り越え、武者たちが敷地内へ降り立ったのだ。平服である大月家中の者たちは次々と斬られていった。

「――太郎っ!」

 腕の中にいた太郎は揺さぶられ、薄目を開けた。煌々と照らし出されたことで男の顔かたちが今ははっきり見えた。

「ときみつ? 夢……?」
「そんな訳あるか。現実だっ!」

 手をぎゅっと握られる。太郎は何度も何度も小刻みに頷きながら、持てる力で彼の手を握りしめる。
 と、そこへ佐々木高春が近づいてくる。こんな戦場でも彼の優雅さというものは一切損なわれ無いどころか、やはり妖しい力となって放たれている気がした。

「全くお前には呆れ恐れ入るよ、満寿。その子を助けてからでなければ総攻撃をしないと言い出すし、その為に鎧を捨てて軽装となって単騎で突撃……挙げ句、それを成し遂げるんだから」

 秋光はかすかに口元に笑みをたたえる。

「お前こそ一体何をしたんだ。和泉たちを変心させるなんて」

 高春は扇を広げる、ほほほほと得意げに笑った。

「人間、最後にものを言うのは人徳。それだけの話よ」

 そこへ鎧武者姿の三郎が駆け寄る。

「――殿、こちらへっ」
「待て。その前に太郎の手当を」
「秋光。大丈夫。俺は、大丈夫だから……行こう。決着を、見届けさせてくれ……」

 太郎は切れ切れに漏らす。
 秋光は聞き直すことなく頷いた。
 そうして太郎たちが向かったのは寝殿だ。見事な欄干を配した簀子縁にも討たれた大月家の人間が何人も転がっていた。

「……大月」

 夜着を真っ赤に染め、青ざめた顔色の男が、八重畳みに寄りかかるようにいた。
 秋光が太郎に話しかける。

「お前がやったのか」
「ああ……」

 秋光は視線を国隆に転じた。

「……国隆、聞こえるか」

 半ば閉じかけていた瞼を精一杯の力でこじ開けるように国隆は顔を上げた。

「満寿……貴様が、この麻呂に、背いた……とはな……」
「国隆。父の仇、とらせてもらうっ」

 刀をかかげた秋光は、それを振るう。猪首がまるで紙でも裂くように断たれた。
 鮮血を撒き散らし、大月国隆の頭が転がった。
 その瞬間、「勝ちどきだ!」「勝ちどきを上げよっ!」「大月を討ったぞっ!」と次々と周囲の武将たちの上げた歓声が、館中を震わせるほどに轟き渡った。
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