本懐~秋光と白桜丸

魚谷

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第四章(5)

 ぎりぎりと弦を引き絞る。つがえた矢の鏃の先には二重丸を描いた的。
 神経を鏃の先にまで行き渡らせるほどに意識を集中させ、放つ。空の果てまで響くような音をたて、矢が的を射た。ただ狙った中央ではなく、外周部分だ。

「ふう……」

 太郎は息を漏らすと、右手を閉じたり開いたりした。
 大月館から助け出されてから一月が経とうとしていた。身体の傷は半ば癒えた。ひどい怪我ではあったものの激しく動くのにも支障は無かったことが嬉しかった。何より心配だった右肩もしっかり動く。そのお陰で弓も射られる。
 館は活気に満ち、毎日のように来訪者があった。
 大月を討った秋光たちの元には続々と武将たちが馳せ参じ、一部の大月派も駆逐され、今やこの辺りを代表する有力な家の一つになっていた。
 それはとても喜ばしいことなのだが、太郎としては残念なことがある。秋光と会えない日々が続いていたのだ。太郎が助けられてから暇を見ては秋光がそばについて身の回りの細々としたことをしてくれたと三郎から聞かされた。しかしその時の太郎は満足に会話を交わせず、意識がある時の方が珍しいほどだった。ようやく動けるようになった頃は、秋光が各家々との交流で館を空け、一日顔を見ずに終わることも珍しくなかった。言葉を交わせても挨拶程度。
 太郎は片付けをすると井戸水で身体を清め、部屋に戻った。空いた時間を見つけては読み書きに励んでいた。今ではどうにかこうに簡単な物語程度は読めるまでになり、漢字に挑戦中だったが、時々文字なのか模様なのか分からなくなり、気分が優れない時には漢字に追いかけ回されるなどという人に話したら絶対笑われるであろう悪夢まで見る始末。
 気付けば、もう夕方。
 一日があっという間に過ぎる。こうして今日も秋光とは会えない。
 気を取り直して、炊事場の手伝いに向かおうと腰を上げると、妻戸が開く。顔を出したのは三郎だ。

「太郎。今大丈夫か?」
「三郎。今から炊事場の手伝いをしに行く所だけど……」
「これから一緒に佐々木殿の館へ来てくれ」
「は? あの嫌みな奴の? どうしてだよ」
「佐々木殿がお前に会いたがっているからだ。この通り。我慢してくれ」
「やめろ、顔を上げろ。分かった」

 三郎に頭を下げられたら拒絶出来ない。それに後から話を聞いた所では高春が他の武将たちを説き伏せ、秋光に味方させたらしい。彼には恩がある。秋光たちを孤立させないでくれた。何かされないだろうかと思えば、憂鬱にはなるが我慢しなくてはならない。
 三郎と共に馬に跨がり、佐々木の館へ向かう。馬の乗り方も身体が回復してから少しずつ三郎を先生に練習していた。もちろん今は馬に跨がり、平地を移動するのがやっとだった。それもかなり低速だ。
 日が落ちた頃に佐々木館へ到着した。先方にはすでに話が通ってあるようで館の中へ通された。そうして案内役の侍が「あちらで主はお待ちでございます」と、渡り廊下で結ばれた離れを指した。

「三郎?」

 立ち止まったままの彼を見ると、「俺は他に打ち合わせがある。先に行っていてくれ」と言われてしまう。あんな男と二人きりになるなんて何をされるか分かったものではないが仕方が無い。

(何かされたら三郎にあとでうんと文句を言ってやるっ)

 太郎は渡り廊下を歩き、遣り戸を開けた。瞬間、そこにいる人物にはっと息をのんだ。

「と、秋光……?」
「高春じゃなくてがっかりしたか」

 わら編み座布団の上で胡座を掻いた秋光はいたずらを成功させた子どものように笑う。

「どうして?」
「あそこではひっきりなしに来客が来ておちおちお前と話すことも叶わない。だから高春に協力してもらったんだ。騙して悪かったな」
「そ、そうだったのか」

 と、秋光が不機嫌そうに眉根を寄せた。

「おい、反応が悪いな。それとも本当に高春が良かったか」
「そんな訳あるかっ」
「……良かった」
「何、ほっとしてるんだよ」
「当たり前だ。この一月もの間、お前と満足に話すことが叶わなかった。俺から心が離れてもおかしくはないからな」
「見損なうな。俺はそんな浮気者じゃないっ!」
「分かってる。だが分かっていても不安は不安だった。人を愛するということがこんなにも苦しいだなんて初めて知ったよ」
「俺だって……俺のこと、忘れられるかもって怖かった」

 秋光は腕を広げる。その腕の中に太郎は飛び込んだ。ぎゅっと力強く彼を抱きしめ、彼の胸に顔を埋め、彼の香りを一杯に楽しんだ。
 秋光は不意に身を引いた。

「どうした?」
「……お前に見て貰いたいものがある」
「改まって何だよ」

 秋光は直垂を脱ぎだし、上半身を裸にすると背中を向けた。その筋肉で盛り上がった背――右の肩胛骨には引き攣れた傷痕があった。

「秋光……その傷」
「何度も刃を突き立て、抉った……」

 何を、とは聞くまでもなかった。

「これをお前に見て貰いたかった。別に隠していた訳ではないが、周りには矢傷の痕だと言っている。これが何か、知っているのはお前と爺だけだ」
「触っても?」
「大丈夫だ」

 太郎はそこに怖々と触れた。

「正直、今は残しておけばと少し後悔している……」
「後悔? どうして」
「……お前と揃いだと思えば、あの傷もそんなに悪くは無い」

 太郎は苦笑した。

「ばか」

 太郎はもう一度、秋光を抱きしめた。秋光が太郎の首筋に顔を押しつけてくる。

「ずっと、こうしたかった。お前とこうすることばかり……夢に見ていた」
「俺だって……寂しかったよ」
「太郎」

 秋光は唇を奪うと、そのまま太郎を押し倒す。舌が唇を力強くこじ開け、太郎の舌を絡めとるや痛いくらいの力で吸われた。太郎はそれを心地よく思い、舌を絡めあい、とろける唾を呑み込み、恍惚とする。
 彼の力強い手に身体の輪郭をなぞられるだけで鳥肌が立ち、昂奮が高まる。そして彼の手が衣服をまさぐりながら太郎の袴の裾をほどく。

「秋光。待てよ。ここはっ……あいつの館だぞ」
「だからどうした。高春には話は通してある」
「の、覗かれたら……」

 そんなことかと、秋光は柔らかい微笑を見せた。

「見せつけてやれば良い。心配するな」
「んぁっ!」

 股間を優しく撫でられ、太郎は甘い声を上げてしまう。何せ一月ぶりの逢瀬だ。身体が敏感である上に彼の濃厚な口づけに酔いしれ、そこは痛いくらい張り詰めている。

「お前のここは嫌がっていないな」

 彼の熱視線に射貫かれれば鼓動が高鳴り、かすかに考えた雑念も最早溶けていく。

「……お前は俺にゆだねれば良い」

 秋光はそう囁いて頬を優しく撫でれば、腰紐をほどいて袴を脱がした。褌も剥がし、力強くそそり勃つ逸物を露わにさせた。
 秋光は身体を、太郎の足下へ移動させると、そこを握りしめる。

「んんっ!」

 身体に痺れが走り、息が上がってしまう。

「びくびくしているな。それに濡れている……」

 秋光は言うや、顔を逸物へ近づける。

「満寿!」

 上擦った喘ぎを漏らす。先程熱烈な口づけを求めてきたのと同じ唇で、牡の象徴を呑み込まれてしまう。温かな口内に包まれ、太郎は全身を強張らせる。

「お前の味がするぞ」

 切なさの余り、太郎は首筋まで紅潮させる。

「そんなこと、言われても……分からない……っ」
「そうだな。だがお前は知る必要はない。俺だけが知っていれば良いんだ」

 秋光は口づけ以上に優しく、太郎のそこを扱う。舌を絡め、唾液で潤し、優しく啜る。

「ぁああっ!」

 腰の深い所に届くほどの甘い息吹をこらえきれず、太郎は腰を突き上げてしまう。
 しかし秋光は難なくそれを受け止め、さらに絡めとった。
 自分でも驚くほど早く限界に達してしまう。これまでどれほどの夜、彼を想い自分で慰めたか。慰めではちっとも達することが出来なかった。だが、すぐ間近に彼を感じ、彼の声を聞くだけで昇り詰めてしまう。

「満寿、ご、ごめん……っ」

 太郎は形の良い眉をひそめる。

「遠慮するな。そのまま出せ」

 彼の妖しい舌遣いに促されるまま思いの丈を放った。彼は顔を下げ、根元近くまで肉塊を頬張って精を嚥下する。

「ま、満寿……」

 ゆっくりと顔を持ち上げ、雄渾を解放する。その眼差しは潤み、頬はかすかに上気していた。

「お前の精はどんな酒より俺を酔わせ、おかしくするな……こんなにもお前のものはうまい。これまでしてこなかったのがもったいないくらいだ」
「……そんなことを言うなよ。ばか……っ」
「そうだ。俺は馬鹿だ。お前が俺をそうさせる……この美しく赤らんだ肌が、な」

 太郎の肉体はまるで今を盛りとばかりに狂い咲いた桜のように色づいていた。
 彼は再び身を乗り出し、そして口づけをしようとして少し躊躇う。太郎は彼の顔を掴めば、少し乱暴に唇を押しつけた。自分のもので汚れてしまっている彼の唇や口内を隅々まで舌先でほぐし、しゃぶる。
 彼の口で清められたものが、じんじんと熱く疼いていた。太郎は自分の恥知らずな肉体を恥じてしまう。だが、この腹の底を滾らせる渇望の炎は一つにならなければ決して消えないことを太郎は痛いくらい知っている。

「満寿、お前が欲しい」

 湿った息遣い混じりに秋光が言う。

「俺も、お前をもっと深くで感じたい」

 二人はお互いに服を脱がしあい、一糸まとわぬ姿になる。彼の逞しい体躯に太郎は蕩けるような眼差しを向けてしまう。両足を割り開いていくと、猛ったものが押し入ってくる。

「ぁああ、満寿っ」

 太郎は切なさで一杯の声を上げ、彼の強靱な体躯に齧り付いた。受け容れた場所が灼けつく。まるで燃えてしまっているようだった。
 秋光は汗ばんだ身体を擦りつけ合いながら、突いてくる。

「ぁああっ!」

 身体の内を焦がす、彼の情熱的な抽送に呼気が乱れ、肉体が喜悦に染まった。

「満寿、嬉しい。ずっと、こうしたかった。お前をこうして深くで感じたかった。もっと、もっと俺を貪ってくれっ」

 太郎は嗚咽し、求めた。何と言う浅ましい真似をしているんだと思いながら、彼を手に入れられるのならばどんなあられもない真似も出来た。

「太郎。お前の中が俺を締め付ける。愛おしそうに絡みついてくるぞ」

 熱い呼気混じりに秋光から唇を貪られる。後孔で呑み込んでいる逸物の動きも激しくなっていった。彼の欲望が抽送のうねりと連動しているかのようだった。

「んんっ、んっ……」
「もっと声を上げてくれ。この一月を埋めるだけの声を、聞かせろ」

 容赦なく突き上げられる。身体の隅々まで自分のものなのだと言外に色濃く滲ませた独占欲を塗り込めるように秋光は腰を遣う。

「ぁあっ、んぁっ」

 太郎は彼の望みに答えたいと鼻にかかった喘ぎをこぼす。だが、彼はまだ足りぬと催促する。乳首を強く摘み、乱暴に愛撫する。彼の手の後が肌に残る。

「ぁあああっ!」

 太郎は唇をふりほどくと、嬌声を上げた。こんなに絶叫をすればきっと外に聞こえる。分かっているのに、堰を切ったそれを押しとどめる術はない。

「ぁあっ、あああ、あああっ!」

 聞きたいなら聞け。覗きたいなら覗け。自分はこんなにも愛おしい人と睦み合えているのだと、全身を歓喜に躍動させる。

「いつになく敏感だな」
「お前に抱かれてるんだ。こんな、浅ましい姿を見せるのは満寿の前だけなんだから」
「お前という奴は」

 秋光の腰が悍馬のごとき律動を描いて荒々しく打ち付ければ、皮膚のぶつかりあう乾いた音が響く。

「っぐ」

 秋光が苦しげに呻く。
 彼のものが膨張するのに伴い、振幅が狭くなる。彼の鼓動のように小刻みなものへと変わっていく。
 太郎のそれは本能的に察知したように、秋光を締め上げた。

「太郎!」
「ま、満寿っ……」

 二人の声が重なり合えば、太郎の中めがけ熱い流れが迸らされた。

「ぁあああああああああ……!」

 灼熱の激情に貫かれ、太郎は身を捩りながら果てた。
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