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第三章 記憶の残り香
はじめての友達?
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その一週間後。
旬果は玄白から出された課題図書を読んでいたが、どうにも集中力が出なかった。
その時、使いの者が入って来た。
泰風が前に出る。
「承る」
使者が告げる。
「洪周様が、旬果様と共に散歩を、とのことでございます」
泰風は旬果を見る。
「如何いたしますか?」
旬果は立ち上がった。
「すぐに行くわ」
使者は「ははっ」と平伏した。
※※※※※
洪周のお付きの者はどれだけいるんだという、かなりの大所帯である。
旬果の方は泰風だけ。菜鈴は留守を預かる。
旬果は、並んだ輿の中にいる洪周に声をかける。
「洪周。今日はお誘いありがとう」
洪周は微笑んだ。
「この間、面白いものを見せてもらったから。あの二人の顔。すごく傑作だったわね」
「でしょう。あんなに露骨に疑うなんて……。で、今日はこの間上げた襦裙を着てくれて嬉しいわ」
「だって綺麗なんだもの」
洪周は無邪気に微笑むと、「――ふうん、あれが噂の、ね」と呟いた。
彼女の視線の先にいるのは、泰風である。
旬果は小首を傾げた。
「噂? ……私の、じゃなくって?」
「彼、魁夷なんでしょう」
「あ、そういうこと。そんなことも噂になるの?」
「当然よ。まさか魁夷が皇后候補になる人のそばにいるなんて。まあ、あなたが……」
「村出身の庶民だからしょうがない?」
洪周は肩をすくめる。
「まあ、そんなところ」
「村出身だって魁夷くらい知ってるわよ」
洪周は本気で驚いたように目を瞠った。
「なのに、傍に置いてるの?」
「だってすっごく強いし、しっかりしてるし、頼りになるし……。魁夷だからって、奴隷にするっていう考えが、私は嫌なの」
「ねぇ、村の人たちってみんな、そういう考えなの?」
「そんなにびっくりされちゃうこと?」
洪周は頷く。
「まあね。そんな風に考えたことなんて、今までなかったから……」
「ま、村でも私みたいな考えは特殊よ。村や街の人も、魁夷の扱いはここと同じ」
「あ、そうよね。びっくりしちゃった……」
「でも私だって、びっくりしてるんだから」
洪周は眉をしかめた。
「何を?」
「洪周がすっごく名門のお嬢様だってこと。教えてくれれば良いのに」
洪周は苦笑する。
「大したことじゃないから言わなかっただけ。それに、そのことを知ってるんだったら、別のことも耳にしてるんじゃない? 没落貴族、って」
「まぁね。でもお兄さん、錦衣衛の将軍なんでしょう。没落だなんて……」
「――やめましょう。こんな話。あなたとはもっと違う話がしたいから……。友達、でしょ?」
「ごめん。そうだった。家がどうのって話、どうでも良いもんね」
「ね、村での暮らしのこと、もっと詳しく聞かせて」
「詳しくって言われても、猟をしたり……」
洪周は無邪気な光を、目にたたえた。
「猟!? もしかして、あなたが、って言うんじゃないわよねっ?」
「父さんもするけど、私もするよ」
「本当に? どうやってするの!?」
「どうって、弓で鹿を射るの」
洪周は余程、驚いたのだろう。口元を袖で隠す。
旬果は苦笑し、洪周を上目遣いに見る。
「残酷って思う?」
「あ、ごめんなさい。びっくりしちゃって……。残酷とは思わないわ。だって、それは生きる為にすることでしょう」
「もちろん。無駄に生き物を殺すのは絶対に駄目だって、父さんから口を酸っぱくして教えられたことだから」
「良いお父さんなのね」
「うん」
それから旬果は木の実を集めて森の中で迷い、あやうく熊と遭遇しそうになった時のことや、鞍を乗せず裸馬に跨がろうとして振り落とされそうになり、馬の尻尾に捕まって、間一髪の所で助かったことを話す。
話のいちいちが新鮮らしく、洪周は笑いを噛み殺しきれず、大きな笑い声を弾けさせた。
※※※※
楽しい時間はあっという間に過ぎてしまう。
茜色に染まった空を鳥の群が横切り、西の山に去って行く。
白鹿殿の前で旬果が輿から下りる。
旬果は、洪周に笑いかけた。
「本当はもっと話していたかったんだけど……」
洪周は頷く。
「私も。今日はすごく楽しかったわ。こんなに笑えたのは生まれて初めてかも」
「それは大袈裟」
洪周は噛みしめるように言う。
「ううん、本当に。すごく楽しかった」
「なら良かった。私もこんなにたくさん、お喋り出来て良かったわ」
「旬果。同じようなことを何度も言って申し訳ないんだけど……村に帰るべきよ。あなたのような人が、ここにいてはいけないわ」
「大丈夫。あんな奴らの嫌がらせには絶対、負けないから!」
洪周は微妙な顔をした。それはどこか悲しげだった。
「洪周?」
「……早く帰るのよ」
洪周はそう呟くように言うと、輿を出発させた。
(洪周……何が言いたかったんだろう)
旬果は後宮へ向かう行列を眺めながら、彼女が本当はもっと別のことを言いたかったのではないかと思ってしまう。
菜鈴が駆け寄ってくる。
「何を言われたんですか? 嫌味ですか?」
旬果は苦笑して、否定する。
「早く村に帰れって……」
菜鈴は不愉快そうな顔をする。
「やはり友達というのは嘘で、結局は自分が有利にならんとしたんですね! あれが天然の悪女という者です!」
「そうは思えないけど……」
菜鈴は旬果の無防備具合に、呆れる。
「旬果様は生臭い世界を知らずに育たれたんですから、仕方ありません。ああいう輩は脅したり、宥めたり、すり寄ったりしながら、何食わぬ顔で罠に嵌めるんです! そんな見え透いた手に乗る必要は、ありませんっ!」
「……うーん」
菜鈴の言うことは分かるが、旬果には洪周が悪意を持ってるとは思えなかった。
いや、思いたくないだけなのだろうか……。
旬果は玄白から出された課題図書を読んでいたが、どうにも集中力が出なかった。
その時、使いの者が入って来た。
泰風が前に出る。
「承る」
使者が告げる。
「洪周様が、旬果様と共に散歩を、とのことでございます」
泰風は旬果を見る。
「如何いたしますか?」
旬果は立ち上がった。
「すぐに行くわ」
使者は「ははっ」と平伏した。
※※※※※
洪周のお付きの者はどれだけいるんだという、かなりの大所帯である。
旬果の方は泰風だけ。菜鈴は留守を預かる。
旬果は、並んだ輿の中にいる洪周に声をかける。
「洪周。今日はお誘いありがとう」
洪周は微笑んだ。
「この間、面白いものを見せてもらったから。あの二人の顔。すごく傑作だったわね」
「でしょう。あんなに露骨に疑うなんて……。で、今日はこの間上げた襦裙を着てくれて嬉しいわ」
「だって綺麗なんだもの」
洪周は無邪気に微笑むと、「――ふうん、あれが噂の、ね」と呟いた。
彼女の視線の先にいるのは、泰風である。
旬果は小首を傾げた。
「噂? ……私の、じゃなくって?」
「彼、魁夷なんでしょう」
「あ、そういうこと。そんなことも噂になるの?」
「当然よ。まさか魁夷が皇后候補になる人のそばにいるなんて。まあ、あなたが……」
「村出身の庶民だからしょうがない?」
洪周は肩をすくめる。
「まあ、そんなところ」
「村出身だって魁夷くらい知ってるわよ」
洪周は本気で驚いたように目を瞠った。
「なのに、傍に置いてるの?」
「だってすっごく強いし、しっかりしてるし、頼りになるし……。魁夷だからって、奴隷にするっていう考えが、私は嫌なの」
「ねぇ、村の人たちってみんな、そういう考えなの?」
「そんなにびっくりされちゃうこと?」
洪周は頷く。
「まあね。そんな風に考えたことなんて、今までなかったから……」
「ま、村でも私みたいな考えは特殊よ。村や街の人も、魁夷の扱いはここと同じ」
「あ、そうよね。びっくりしちゃった……」
「でも私だって、びっくりしてるんだから」
洪周は眉をしかめた。
「何を?」
「洪周がすっごく名門のお嬢様だってこと。教えてくれれば良いのに」
洪周は苦笑する。
「大したことじゃないから言わなかっただけ。それに、そのことを知ってるんだったら、別のことも耳にしてるんじゃない? 没落貴族、って」
「まぁね。でもお兄さん、錦衣衛の将軍なんでしょう。没落だなんて……」
「――やめましょう。こんな話。あなたとはもっと違う話がしたいから……。友達、でしょ?」
「ごめん。そうだった。家がどうのって話、どうでも良いもんね」
「ね、村での暮らしのこと、もっと詳しく聞かせて」
「詳しくって言われても、猟をしたり……」
洪周は無邪気な光を、目にたたえた。
「猟!? もしかして、あなたが、って言うんじゃないわよねっ?」
「父さんもするけど、私もするよ」
「本当に? どうやってするの!?」
「どうって、弓で鹿を射るの」
洪周は余程、驚いたのだろう。口元を袖で隠す。
旬果は苦笑し、洪周を上目遣いに見る。
「残酷って思う?」
「あ、ごめんなさい。びっくりしちゃって……。残酷とは思わないわ。だって、それは生きる為にすることでしょう」
「もちろん。無駄に生き物を殺すのは絶対に駄目だって、父さんから口を酸っぱくして教えられたことだから」
「良いお父さんなのね」
「うん」
それから旬果は木の実を集めて森の中で迷い、あやうく熊と遭遇しそうになった時のことや、鞍を乗せず裸馬に跨がろうとして振り落とされそうになり、馬の尻尾に捕まって、間一髪の所で助かったことを話す。
話のいちいちが新鮮らしく、洪周は笑いを噛み殺しきれず、大きな笑い声を弾けさせた。
※※※※
楽しい時間はあっという間に過ぎてしまう。
茜色に染まった空を鳥の群が横切り、西の山に去って行く。
白鹿殿の前で旬果が輿から下りる。
旬果は、洪周に笑いかけた。
「本当はもっと話していたかったんだけど……」
洪周は頷く。
「私も。今日はすごく楽しかったわ。こんなに笑えたのは生まれて初めてかも」
「それは大袈裟」
洪周は噛みしめるように言う。
「ううん、本当に。すごく楽しかった」
「なら良かった。私もこんなにたくさん、お喋り出来て良かったわ」
「旬果。同じようなことを何度も言って申し訳ないんだけど……村に帰るべきよ。あなたのような人が、ここにいてはいけないわ」
「大丈夫。あんな奴らの嫌がらせには絶対、負けないから!」
洪周は微妙な顔をした。それはどこか悲しげだった。
「洪周?」
「……早く帰るのよ」
洪周はそう呟くように言うと、輿を出発させた。
(洪周……何が言いたかったんだろう)
旬果は後宮へ向かう行列を眺めながら、彼女が本当はもっと別のことを言いたかったのではないかと思ってしまう。
菜鈴が駆け寄ってくる。
「何を言われたんですか? 嫌味ですか?」
旬果は苦笑して、否定する。
「早く村に帰れって……」
菜鈴は不愉快そうな顔をする。
「やはり友達というのは嘘で、結局は自分が有利にならんとしたんですね! あれが天然の悪女という者です!」
「そうは思えないけど……」
菜鈴は旬果の無防備具合に、呆れる。
「旬果様は生臭い世界を知らずに育たれたんですから、仕方ありません。ああいう輩は脅したり、宥めたり、すり寄ったりしながら、何食わぬ顔で罠に嵌めるんです! そんな見え透いた手に乗る必要は、ありませんっ!」
「……うーん」
菜鈴の言うことは分かるが、旬果には洪周が悪意を持ってるとは思えなかった。
いや、思いたくないだけなのだろうか……。
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