皇帝(実の弟)から悪女になれと言われ、混乱しています!

魚谷

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第三章 記憶の残り香

脅迫騒動

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 翌朝。
 旬果は、菜鈴の悲鳴で目を覚ます。
 飛び起きた旬果が、何事かと扉を開けようとすれば、扉ごしに泰風の声が聞こえた。
「――お待ち下さい。私が確かめるまで、何があっても扉を開けないように……」
「でも!」
「旬果様、お願いしますっ」
 強い口調に、旬果は頷く。
「……分かったわ。気を付けてね」
 旬果は扉の前で胸の内で、焦燥感を抱きながら待ち続けた。
 ここで生活を始めてから自分では思うように動けないことが多く、本当に焦れったい。
 やがて私室の扉が開けられる。
 泰風と菜鈴の無事な姿に、ほっと胸を撫で下ろした。
 旬果は菜鈴を見る。
「菜鈴。何があったの?」
 菜鈴は深々と頭を下げる。
「ご、ご心配をおかけしまして……」
「そんなのは良いから。怪我とかは大丈夫なの?」
「はい」
 泰風がある物を差し出す。
「こんなものが表の門に、刃物で掛けられておりました」
 差し出された紙は、赤黒く汚れていた。
 旬果は匂いを嗅ぐ。
「血……?」
 泰風は言う。
「おそらく動物の血でしょう」
「なるほどね」
 旬果は溜息をついた。
 この間の衣装の仕返しだろうか。
(っていうか、先に仕掛けてきたのは向こうじゃない! どうせあのお茶会だって、沈んでる私を腹の底で笑おうって腹づもりだったんだろうし)
「こんなことをしそうなのは、劉麗か慧星だと思うんだけど、どう?」
 泰風と菜鈴を見る。二人とも同意見のようだった。
 泰風は決然として告げる。
「すみやかに陛下に奏上申し上げましょう。このような外道、許されぬ行為ですっ!」
 旬果は言う。
「でもこれをしたのが、あの二人だって証拠はないわ。問い詰めても、とぼけられるだけよ」
 菜鈴は頷く。
「本当にお二方は、知らない可能性もございます。周りの者が勝手にやったと言われれば、何もできることはございません。それどころか……」
 旬果は、菜鈴の言葉を引き継ぐ。
「――私が瑛景に告げ口をしたと分かれば、もっと嫌がらせはひどくなるでしょうし、第一、告げ口女なんて思われたくないわ」
 泰風は不満げだった。
「では放っておかれるのですかっ」
 旬果は肩をすくめた。
「それしかないでしょ?」
 その時、訪問者があり、菜鈴が部屋を出て行く。

                           ※※※

 しばらくして菜鈴が戻って来たが、その表情は優れない。
 旬果は尋ねる。
「どうかしたの?」
「ただいま後宮より使者が参りまして……旬果様をお招きしたい、とのことにございます」
 泰風はかぶりを振った。
「おやめになるべきです」
 しかし旬果はかぶりを振る。
「やり返されるのが怖くて、後宮からずっと離れている訳にもいかないでしょ?」
「そんなことを言っている場合ではありません。旬果様を直接傷つけることも十分、考えられますっ」
 菜鈴もさっきのことがあって、珍しく泰風に同調する。
「左様で御座います。ここまでするとは予想外です。後宮にのこのこと出かけていけば、どんな災いが降りかからないとも限りませんっ!」
 二人の自分を想ってくれる気持ちはよく分かるし、ありがたい。
 しかし旬果の気持ちは変わらない。
「行くわ。私が行こうが行くまいが、ああいう性根のねじまがった連中は、どんな手でも使うはずだし……。今朝みたいにね」
 泰風は、旬果の決意を前に諦めたように俯く。
「どうか、十二分にお気を付けを……」
「ありがと。……菜鈴も、心配してくれてありがとうね」
「……はい」
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