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第三章 記憶の残り香
不満爆発!
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旬果は後宮に向かう。
さすがにもう最初ほど緊張しなくなったが、その代わり今度はどんな嫌がらせをして、こちらに罪悪感を無駄に抱かせようとするのか、興味はある。
しかしこれまでと同じような集いと思いきや、そこには劉皇后がいた。
十人ほどの女官と宦官を従え、深く椅子に座し、でこやちびっ子を侍らせている。
洪周はそばにいながらも、完全にでこや、ちびっ子によって隅に追いやられていた。
(わざと皇后様が来ることを、教えなかったわね)
旬果は拝礼する。
「ご機嫌麗しゅう御座います。皇太后陛下」
黒い襦裙に身を包んた劉皇后が、真っ赤な紅を差した口元を緩める。
「今日はよくぞ来てくれました。皆、私の義理の娘になるのかもしれないのですから、こうして会いたいと思ったの
です」
旬果はおずおずと近づきながら、でことちびっ子を見る。
(どっちかが、あの嫌がらせを……)
しかし心細さは感じない。
ここには洪周がいてくれるのだから。
と、でこが言う。
「私からの提案なんですが、皇太后様に楽しんで頂くために、おのおの芸事をお見せするのは、いかがですか」
(えっ!)
ちびっ子が迷わず、でこに追従する。
「さすがは劉麗様! 素晴らしいお考えっ! 賛成ですわ!」
(……はいはい。そういう流れね)
最早、既定路線なのは明らかだ。
わざわざ舞台まで誂えられて、これでたった今思いついたと言わんばかりの物言いなのだから、腹の隅々まで真っ黒だ。
劉麗はまるで天女と見紛うばかりの羽衣をまといながら、そのとても長い羽衣の端が決して床に触れない軽快な舞を演じた。
慧星は用意された花を、大人の男が一抱えするほどの大きさの壺に、舞を踊るように動きながら生けていく。
洪周は劉皇太后が指定したお題で、即興の詩を詠んだ。さすがは貴族のご令嬢だと思わせるような朗々とした美声だった。
しかし旬果は、人様に見せられる特技など何もない。
洪周の出番が終わり、次は旬果となるはずが、なかなか舞台に行こうとしない旬果に、劉麗が声をかける。
「さあ、お次は旬果様ですよ」
劉皇太后ばかりか、女官たちの視線まで痛いくらい感じた。
(もうこうなったら、正直に言うしかない)
旬果は、劉皇太后に深々とこうべを垂れる。
「皇太后陛下。申し訳御座いません。私は村生まれの不調法者。芸事のようなものは何も……」
その時、でこが言う。
「旬果様は、狩りがお上手なのでしょう」
大袈裟にちびっ子が驚く。
「ええええ! 狩りですの!? あ……。でも村生まれの方ですから、当たり前なのでしょうか?」
(ったく。そんなにわざとらしく驚かなくても良いでしょう。余計なお世話よ!)
旬果は小さく溜息を吐く。
「上手という訳では……」
劉麗が、ホホホと笑う。
「ご謙遜なさらないで。洪周様に武勇伝を語ったのでしょう?」
「えっ」
旬果は思わず、洪周を見てしまう。洪周は目を反らした。
洪周が、劉麗にあの時の二人だけの話を教えたという事実に動揺してしまう。
劉皇后が興味深そうに身を乗り出す。
「ほう。狩り……。それは何とも面白そう。思えば、庶人の皇后候補はこれまで一人としていない。是非、狩りの腕前を見せてもらいたいものね」
旬果は慌てる。
「い、いえ。劉皇太后様に見せるようなものでは……」
旬果は一刻も早くここから立ち去りたかった。
友人と信じたはずの洪周は、旬果から目を背け続けている。
劉麗は頷く。
「決まりですね。では皇太后陛下のご所望に応じ、兵士に命じて鹿を……」
(もうこんな奴らに付き合ってられない!)
旬果はお腹に力を入れ、告げる。
「なぜ射るのです?」
劉麗は不思議そうな顔をする。
「何故って……狩猟が得意なのでしょう? でしたら折角、お出であそばされた皇太后陛下にご披露するべきでは?」
「お断りします」
ちびっ子が言う。
「あ、あなた! 皇太后様の御前ですのよ!!」
旬果は睨んだ。
「黙りなさいよ」
ちびっ子は目を剥く。
「な……!?」
旬果は責め立てる。
「ねぇ、慧星様。どうして劉麗様にそんなに気を遣っているんですか? この間は劉麗様がいなくなった途端、舌打ちして罵詈雑言を浴びせていたくせに」
旬果が言えば、ちびっ子はびっくりしたように口を半開きにしたまま、言葉を失う。
旬果は劉麗たちを見る。
「命を粗末にすることは出来ません。それは父より最も恥ずべき行為と、教えられたことだからです」
でこが眉間に皺を刻んだ。
「皇太后陛下のご所望に、逆らうと言うの!?」
「見世物のために鹿を射るなんて馬鹿らしい。そう言っているだけです。失礼します」
旬果は踵(きびす)を返す。
ちびっ子が声を上げる。
「ちょっと! あなた、お、お待ちなさいっ! ――あんた達、何やってるの。あの無礼者を捕まえるのよっ!」
慌てた女官たちが旬果の行く手を遮ろうとするのを、旬果はキッと睨み付けた。
「どきなさいよっ!」
「ひっ!」
女官たちは睨み付けられ、怯んだ。
旬果はその瞬間を見逃すことなく駆け出し、女官たちを振り切った。
さすがにもう最初ほど緊張しなくなったが、その代わり今度はどんな嫌がらせをして、こちらに罪悪感を無駄に抱かせようとするのか、興味はある。
しかしこれまでと同じような集いと思いきや、そこには劉皇后がいた。
十人ほどの女官と宦官を従え、深く椅子に座し、でこやちびっ子を侍らせている。
洪周はそばにいながらも、完全にでこや、ちびっ子によって隅に追いやられていた。
(わざと皇后様が来ることを、教えなかったわね)
旬果は拝礼する。
「ご機嫌麗しゅう御座います。皇太后陛下」
黒い襦裙に身を包んた劉皇后が、真っ赤な紅を差した口元を緩める。
「今日はよくぞ来てくれました。皆、私の義理の娘になるのかもしれないのですから、こうして会いたいと思ったの
です」
旬果はおずおずと近づきながら、でことちびっ子を見る。
(どっちかが、あの嫌がらせを……)
しかし心細さは感じない。
ここには洪周がいてくれるのだから。
と、でこが言う。
「私からの提案なんですが、皇太后様に楽しんで頂くために、おのおの芸事をお見せするのは、いかがですか」
(えっ!)
ちびっ子が迷わず、でこに追従する。
「さすがは劉麗様! 素晴らしいお考えっ! 賛成ですわ!」
(……はいはい。そういう流れね)
最早、既定路線なのは明らかだ。
わざわざ舞台まで誂えられて、これでたった今思いついたと言わんばかりの物言いなのだから、腹の隅々まで真っ黒だ。
劉麗はまるで天女と見紛うばかりの羽衣をまといながら、そのとても長い羽衣の端が決して床に触れない軽快な舞を演じた。
慧星は用意された花を、大人の男が一抱えするほどの大きさの壺に、舞を踊るように動きながら生けていく。
洪周は劉皇太后が指定したお題で、即興の詩を詠んだ。さすがは貴族のご令嬢だと思わせるような朗々とした美声だった。
しかし旬果は、人様に見せられる特技など何もない。
洪周の出番が終わり、次は旬果となるはずが、なかなか舞台に行こうとしない旬果に、劉麗が声をかける。
「さあ、お次は旬果様ですよ」
劉皇太后ばかりか、女官たちの視線まで痛いくらい感じた。
(もうこうなったら、正直に言うしかない)
旬果は、劉皇太后に深々とこうべを垂れる。
「皇太后陛下。申し訳御座いません。私は村生まれの不調法者。芸事のようなものは何も……」
その時、でこが言う。
「旬果様は、狩りがお上手なのでしょう」
大袈裟にちびっ子が驚く。
「ええええ! 狩りですの!? あ……。でも村生まれの方ですから、当たり前なのでしょうか?」
(ったく。そんなにわざとらしく驚かなくても良いでしょう。余計なお世話よ!)
旬果は小さく溜息を吐く。
「上手という訳では……」
劉麗が、ホホホと笑う。
「ご謙遜なさらないで。洪周様に武勇伝を語ったのでしょう?」
「えっ」
旬果は思わず、洪周を見てしまう。洪周は目を反らした。
洪周が、劉麗にあの時の二人だけの話を教えたという事実に動揺してしまう。
劉皇后が興味深そうに身を乗り出す。
「ほう。狩り……。それは何とも面白そう。思えば、庶人の皇后候補はこれまで一人としていない。是非、狩りの腕前を見せてもらいたいものね」
旬果は慌てる。
「い、いえ。劉皇太后様に見せるようなものでは……」
旬果は一刻も早くここから立ち去りたかった。
友人と信じたはずの洪周は、旬果から目を背け続けている。
劉麗は頷く。
「決まりですね。では皇太后陛下のご所望に応じ、兵士に命じて鹿を……」
(もうこんな奴らに付き合ってられない!)
旬果はお腹に力を入れ、告げる。
「なぜ射るのです?」
劉麗は不思議そうな顔をする。
「何故って……狩猟が得意なのでしょう? でしたら折角、お出であそばされた皇太后陛下にご披露するべきでは?」
「お断りします」
ちびっ子が言う。
「あ、あなた! 皇太后様の御前ですのよ!!」
旬果は睨んだ。
「黙りなさいよ」
ちびっ子は目を剥く。
「な……!?」
旬果は責め立てる。
「ねぇ、慧星様。どうして劉麗様にそんなに気を遣っているんですか? この間は劉麗様がいなくなった途端、舌打ちして罵詈雑言を浴びせていたくせに」
旬果が言えば、ちびっ子はびっくりしたように口を半開きにしたまま、言葉を失う。
旬果は劉麗たちを見る。
「命を粗末にすることは出来ません。それは父より最も恥ずべき行為と、教えられたことだからです」
でこが眉間に皺を刻んだ。
「皇太后陛下のご所望に、逆らうと言うの!?」
「見世物のために鹿を射るなんて馬鹿らしい。そう言っているだけです。失礼します」
旬果は踵(きびす)を返す。
ちびっ子が声を上げる。
「ちょっと! あなた、お、お待ちなさいっ! ――あんた達、何やってるの。あの無礼者を捕まえるのよっ!」
慌てた女官たちが旬果の行く手を遮ろうとするのを、旬果はキッと睨み付けた。
「どきなさいよっ!」
「ひっ!」
女官たちは睨み付けられ、怯んだ。
旬果はその瞬間を見逃すことなく駆け出し、女官たちを振り切った。
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