皇帝(実の弟)から悪女になれと言われ、混乱しています!

魚谷

文字の大きさ
41 / 49
第五章 桃園の謀

しおりを挟む
 月の見えない闇の中。
 時代から取り残されて朽ちようとした砦は、巨人が蹲るような不気味な存在感を放っていた。

 泰風はそこに忍び込んでいた。
 すでに外で見張りをしていた二人の黒ずくめを、打ち倒した。
 一人は闇から忍び寄って気道を締めて気絶させ、さらにもう一人は腹に拳を叩きつけ、伸したのだ。

 泰風は壁を這《は》い上がり、身を低くして、暗闇から敵の動向を窺う。
 耳が痛くなるほどの静けさが満ちていたが、かすかに騒がしくなった。
(侵入に気付いたか)
 わざと目立つところに、気絶させた二人を置いていた。
 相手側に動きがあれば、旬果たちの居場所を特定できる手がかりになると考えたからだ。

 三人はまだ恐らく生きているはずだ。
 なぜなら、まだ兵士たちは厳重にここを守っていたからだ。とうに処分したのならば、ただちにここを去るはず。
(だから、旬果様はまだ生きておられる)
 泰風は自分に言い聞かせるよう、胸の内で思う。

 気配が近づく。泰風は飛び出す。虚を突かれたのは、二人の黒ずくめ。一人の顎に掌底を叩き込み、もう一人のこめかみに上段蹴りを浴びせ、昏倒させた。
 そして素早く駆ける。闇の中に篝火の火の粉が舞い上がった。

 足音に耳を澄ませる。
 もし地下に旬果たちが囚われていれば、そこにある程度の人数を割くはず。
 しかし気になる足音はなかった。

(……旬果様は最上階か)
 そう思い定めた時。
「賊よ、出てこいっ!」
 大音声が響き渡った。

 その声には嫌というほど聞き覚えがあった。
 泰風が廊下を抜ければ、闇に包まれた空が見えた。どうやら砦の最上階に出たらしかった。道は真っ直ぐに伸び、その先に砦の隊長の住まいとして造られたと思しき、平屋の居館があった。
 が、泰風と居館の間には、鋼の鎧に身を包んだ男が立っていた。
「……仁傑将軍」

 仁傑はにやりと笑う。
「賊はお前だったか……。魁夷ごときが忠臣面で、単身乗り込んで来たのか?」
「旬果様を返して頂きたいっ」
「断る! 皇后の座は妹のものだっ! 再び洪家は興隆するっ!」
 仁傑が剣を抜く――刹那、泰風は背後に気配を感じ取る。

 振り向きざまに剣を抜き、忍び寄っていた二人の黒ずくめを斬り伏せた。
 次の瞬間。仁傑が地を蹴って肉迫、剣を振るう。
 間一髪の所で受け止めれば、目の前で火花が散った。

                         ※※※※※

 旬果は洪周を見る。
 彼女に声をかけているが一瞥もされず、すでに声は嗄れかけていた。
 劉麗と慧星は精も根も尽き果て、何もかも諦めてしまったかのように身動ぎ一つしない。

 と、初めて洪周が旬果を見た。その腕には、褐色の壺を抱えていた。
 旬果の目の前で、壺の中身をぶちまけ始める。
 むっとする嫌な匂いが鼻をつく。油だ。

 旬果は身動《みじろ》ぐ。
「洪周! やめてっ!」
「……もし、あなたが皇后候補でなかったら……。何度もそう思ったわ。そうだったら、私達は本当の友達になれたのにって……」
 無表情のまま、壺をさらに二つ中身を開けた。

 油の異臭に、ぐったりしていた劉麗と慧星もさすがに顔を起こす。
 洪周はゆっくりとした足取りで出入り口の扉に向かうと、その傍にあった手燭を取る。
「さようなら」
 旬果は身を乗り出す。

「洪周――――!!」
 手燭が手から離れる。火種が油の撒かれた床に落ちれば、紅蓮の炎がまるで生き物のように床をあっという間に呑《の》み込んでいく。

 洪周は、足早に部屋を出て行く。
 身が竦むような炎はたちまち、旬果達の逃げ場を塞ぐ。
 その光景が過去の情景と重なる。

 激しい恐怖に縛られ、旬果は炎に魅入られたように呼吸すら忘れてしまう。
 その間にも大人の背よりも高くなった火柱が屋根を食らい、湧きあがった黒煙が視界をふさぐ。
 激しく噎せ返り、涙で視界が滲んだ。
(泰風……!)
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します

スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」 眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。 隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。 エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。 しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。 彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。 「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」 裏切りへのカウントダウンが今、始まる。 スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!

無魔力の令嬢、婚約者に裏切られた瞬間、契約竜が激怒して王宮を吹き飛ばしたんですが……

タマ マコト
ファンタジー
王宮の祝賀会で、無魔力と蔑まれてきた伯爵令嬢エリーナは、王太子アレクシオンから突然「婚約破棄」を宣告される。侍女上がりの聖女セレスが“新たな妃”として選ばれ、貴族たちの嘲笑がエリーナを包む。絶望に胸が沈んだ瞬間、彼女の奥底で眠っていた“竜との契約”が目を覚まし、空から白銀竜アークヴァンが降臨。彼はエリーナの涙に激怒し、王宮を半壊させるほどの力で彼女を守る。王国は震え、エリーナは自分が竜の真の主であるという運命に巻き込まれていく。

【完結】奇跡のおくすり~追放された薬師、実は王家の隠し子でした~

いっぺいちゃん
ファンタジー
薬草と静かな生活をこよなく愛する少女、レイナ=リーフィア。 地味で目立たぬ薬師だった彼女は、ある日貴族の陰謀で“冤罪”を着せられ、王都の冒険者ギルドを追放されてしまう。 「――もう、草とだけ暮らせればいい」 絶望の果てにたどり着いた辺境の村で、レイナはひっそりと薬を作り始める。だが、彼女の薬はどんな難病さえ癒す“奇跡の薬”だった。 やがて重病の王子を治したことで、彼女の正体が王家の“隠し子”だと判明し、王都からの使者が訪れる―― 「あなたの薬に、国を救ってほしい」 導かれるように再び王都へと向かうレイナ。 医療改革を志し、“薬師局”を創設して仲間たちと共に奔走する日々が始まる。 薬草にしか心を開けなかった少女が、やがて王国の未来を変える―― これは、一人の“草オタク”薬師が紡ぐ、やさしくてまっすぐな奇跡の物語。 ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

【完結】魔力ゼロと捨てられた私を、王子がなぜか離してくれません ――無自覚聖女の王宮生活――

ムラサメ
恋愛
伯爵家で使用人同然に扱われてきた少女、エリナ。 魔力も才能もないとされ、義妹アリシアの影で静かに生きていた。 ある日、王国第一王子カイルの視察で運命が動き出す。 誰も気づかなかった“違和感”に、彼だけが目を留めて――。

婚約破棄された際もらった慰謝料で田舎の土地を買い農家になった元貴族令嬢、野菜を買いにきたベジタリアン第三王子に求婚される

さら
恋愛
婚約破棄された元伯爵令嬢クラリス。 慰謝料代わりに受け取った金で田舎の小さな土地を買い、農業を始めることに。泥にまみれて種を撒き、水をやり、必死に生きる日々。貴族の煌びやかな日々は失ったけれど、土と共に過ごす穏やかな時間が、彼女に新しい幸せをくれる――はずだった。 だがある日、畑に現れたのは野菜好きで有名な第三王子レオニール。 「この野菜は……他とは違う。僕は、あなたが欲しい」 そう言って真剣な瞳で求婚してきて!? 王妃も兄王子たちも立ちはだかる。 「身分違いの恋」なんて笑われても、二人の気持ちは揺るがない。荒れ地を畑に変えるように、愛もまた努力で実を結ぶのか――。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

処刑台の皇妃、回帰して復讐を誓う ~冷酷公爵と偽りの婚約者~ おまえたちは許さない!

秦江湖
ファンタジー
皇妃エリアーナは、夫である皇帝アランと、たった一人の親友イザベラの策略により、無実の罪で処刑される。 民衆に罵られ、アランの冷酷な目とイザベラの嘲笑を「始まりの景色」として目に焼き付けながら絶命した彼女は、しかし、処刑の記憶を持ったまま三年前の過去に回帰する。 「おまえたちは許さない」 二度目の人生。 エリアーナの目的はただ一つ、自分を陥れた二人への完璧な復讐。 彼女はまず、アラン(皇太子)からの婚約内示を拒絶。そして、アラン最大の政敵である「北の冷血公爵」ルシアン・ヴァレリウスに接触する。 1周目で得た「未来の知識」を対価に、エリアーナはルシアンに持ちかける。 「貴方様には帝国の覇権を。わたくしには復讐の舞台を。そのための『契約婚約』を――」 憎悪を糧に生きる皇妃と、氷の瞳を持つ公爵。 二人の偽りの婚約の行く末は……

処理中です...