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第五章 桃園の謀
洪周の言葉
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洪周は茫然《ぼうぜん》として、砦が焼け落ちる様を眺めていた。
炎は曇った夜空を灼いていた。
炎の中に飛び込んだあの魁夷が、どうなったかは分からない。
「洪周。何をしているっ!」
「……兄さん」
仁傑は、立ち止まったままの妹の手を引っ張る。
あの魁夷のせいで計画は、水泡に帰した。
今できることは近くの廃村に隠した馬で、逃げることだけだ。
かつて洪家と縁のある土地の幾つかに、隠れ家を用意してある。
どこまで連中の目を欺けるかは分からないが、とにかく洪周だけは、無事に落ち延びさせなければ。
と、行く手に誰かがいた。
足を止める。
泰風。そして旬果。
仁傑は腰の剣に手をかける。泰風が同時に身構えた。
しかし仁傑は剣を抜けなかった。腕に、洪周がしがみついて「もうやめてっ!」と声を上げたからだ。
「は、離せ。洪周! こんな所で死にたいのかっ!?」
「今さら戦っても何の意味もないよ!」
洪周は涙ぐみ、「お願い、兄さん。もう、やめて……」と涙で声を濡らす。
仁傑は震える息を漏らした。
「……何もかも諦めるのか」
「お願い……っ」
妹の顔を見ていられず顔を背け、剣の柄から手を離す。
全身に無力感が広がり、仁傑は俯《うつむ》いた。
※※※※※
旬果は、ゆっくりと洪周たちに歩み寄った。
背後で泰風が「旬果様!」と止めるが、構わず歩み寄る。
洪家姉弟は力なく、その場に立ち尽くしていた。
旬果は仁傑に話しかける。
「将軍。教えて欲しいことがあるの。あなたは私達を殺して、洪周を皇后にすると言ってたわよね」
うな垂れた仁傑は、小さく頷いた。すでに諦めきったように、その顔には無力感が滲《にじ》んでいた。
「そうだ」
「どうしてそんな短絡的なことを? 洪周だけが無事に助かったら、あなた達兄妹は怪しまれるわ。そうなれば皇后になるのは難しい。一つ間違えれば、あなたが罪人として処罰されかねない、危険すぎる賭けよ。――もし誰かからの保証がなければ、ね」
旬果は仁傑を見るが、答えない。
洪周は何か言いたげな表情をするが、沈黙を守っていた。
旬果は言う。
「――王旬果に話せないのなら、瑛旬果には話せる?」
兄妹は怪訝な顔をする。
旬果は袋を取り出すと口を開け、あの玉鈴の首飾りを取り出した。
チリンッ。澄んだ音色が響く。
それを見る二人の眼差しはたちまち、驚きに瞠られた。
旬果は告げる。
「これが何かは分かる、よね?」
洪周が震える声で呟く。
「ど、どうして、旬果がそれを持っているの……?」
玉鈴の首飾りを持つ者は、帝室に連なる者だけ。
「私が先代皇帝の長女、だから」
仁傑は驚く。
「ま、まさか……」
泰風が前に進み出る。
「将軍。この方は紛れもなく、今上陛下の姉君であらせられる公主様です」
仁傑は、その場にひれ伏す。洪周もそれに倣《なら》った。
旬果は小さく首を横に振った。
「立って。そんなことをして欲しくって、これを見せたんじゃないの。――私達を殺して皇后になるなんて危ない考え、何の保証もなく、するはずもない。こんな考えを一体誰に吹き込まれたか、教えて欲しいの」
洪周は口を開こうとしたが、仁傑が「おい!」と声を上げてやめさせようとする。
しかし洪周は続ける。
「この計画を立てたのは――」
その正体に旬果はもちろん、泰風もまた耳を疑った。
炎は曇った夜空を灼いていた。
炎の中に飛び込んだあの魁夷が、どうなったかは分からない。
「洪周。何をしているっ!」
「……兄さん」
仁傑は、立ち止まったままの妹の手を引っ張る。
あの魁夷のせいで計画は、水泡に帰した。
今できることは近くの廃村に隠した馬で、逃げることだけだ。
かつて洪家と縁のある土地の幾つかに、隠れ家を用意してある。
どこまで連中の目を欺けるかは分からないが、とにかく洪周だけは、無事に落ち延びさせなければ。
と、行く手に誰かがいた。
足を止める。
泰風。そして旬果。
仁傑は腰の剣に手をかける。泰風が同時に身構えた。
しかし仁傑は剣を抜けなかった。腕に、洪周がしがみついて「もうやめてっ!」と声を上げたからだ。
「は、離せ。洪周! こんな所で死にたいのかっ!?」
「今さら戦っても何の意味もないよ!」
洪周は涙ぐみ、「お願い、兄さん。もう、やめて……」と涙で声を濡らす。
仁傑は震える息を漏らした。
「……何もかも諦めるのか」
「お願い……っ」
妹の顔を見ていられず顔を背け、剣の柄から手を離す。
全身に無力感が広がり、仁傑は俯《うつむ》いた。
※※※※※
旬果は、ゆっくりと洪周たちに歩み寄った。
背後で泰風が「旬果様!」と止めるが、構わず歩み寄る。
洪家姉弟は力なく、その場に立ち尽くしていた。
旬果は仁傑に話しかける。
「将軍。教えて欲しいことがあるの。あなたは私達を殺して、洪周を皇后にすると言ってたわよね」
うな垂れた仁傑は、小さく頷いた。すでに諦めきったように、その顔には無力感が滲《にじ》んでいた。
「そうだ」
「どうしてそんな短絡的なことを? 洪周だけが無事に助かったら、あなた達兄妹は怪しまれるわ。そうなれば皇后になるのは難しい。一つ間違えれば、あなたが罪人として処罰されかねない、危険すぎる賭けよ。――もし誰かからの保証がなければ、ね」
旬果は仁傑を見るが、答えない。
洪周は何か言いたげな表情をするが、沈黙を守っていた。
旬果は言う。
「――王旬果に話せないのなら、瑛旬果には話せる?」
兄妹は怪訝な顔をする。
旬果は袋を取り出すと口を開け、あの玉鈴の首飾りを取り出した。
チリンッ。澄んだ音色が響く。
それを見る二人の眼差しはたちまち、驚きに瞠られた。
旬果は告げる。
「これが何かは分かる、よね?」
洪周が震える声で呟く。
「ど、どうして、旬果がそれを持っているの……?」
玉鈴の首飾りを持つ者は、帝室に連なる者だけ。
「私が先代皇帝の長女、だから」
仁傑は驚く。
「ま、まさか……」
泰風が前に進み出る。
「将軍。この方は紛れもなく、今上陛下の姉君であらせられる公主様です」
仁傑は、その場にひれ伏す。洪周もそれに倣《なら》った。
旬果は小さく首を横に振った。
「立って。そんなことをして欲しくって、これを見せたんじゃないの。――私達を殺して皇后になるなんて危ない考え、何の保証もなく、するはずもない。こんな考えを一体誰に吹き込まれたか、教えて欲しいの」
洪周は口を開こうとしたが、仁傑が「おい!」と声を上げてやめさせようとする。
しかし洪周は続ける。
「この計画を立てたのは――」
その正体に旬果はもちろん、泰風もまた耳を疑った。
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