愛の形

来栖瑠樺

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第四章

約束

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***
 俺は、急いでいた。途中で、返り血流し着替えた。
きっと役所の人達が、迫っているだろう。
呼んだのは、隣人だろうか。
家には、時子とその両親の遺体があり、帰ってこない旦那。
一番に疑われる。
でも、捕まるわけにはいかない。
あの方を殺すまでは。元を言えば、あの方のせいで、時子は殺された。
あの二人が、命乞いをする為に言ってきた情報は、嘘ではないだろう。
嘘をついても、俺が、あの二人の家に行けば分かることだ。
しかし〇〇村まで距離がある。なかなか厳しい道だ。
それでも俺は・・・

 「肇?」
山の中を走っていると、聞き覚えのある声が聞こえた。
「大将」
こちらに来る大将から逃げる。
「おい!!!」
大将の呼び止める声が聞こえたが、そのまま走り続けた。
大将達を、巻き込むわけにはいかない。
話したら味方になってくれるかもしれないが、もし役所の人に捕まったら、大将達も刑を受けることになる。

 走り続け、喉が渇き、川の水を飲む。
ここから、どうするか。ここ数日まともに食べてない。
頭の回転も鈍くなっている。
だから気づかなかった。突然地面に顔を突きつけられた。
「井上肇!確保!」
周りを、数人の役所の人が囲んでいる。
「詳しい話は、町奉行所で聞く」
猿轡を噛ませられ、拘束され連れて行かれた。

 町奉行所に着き、事情聴取される。
猿轡だけ外され、数人に見張られている。
「お前は、妻の時子とその両親を殺したことに間違いないか」
「違う!時子は殺してない!実行犯は、その両親だ!その人達も、あの方の命令でやったと。その二人の家に行けば、その人との手紙があると聞いた。武家の娘で、名は菊と言うらしい!!」
「お前は、どうして逃げた。現場の畳に、あの方の命令でとあった。なぜ、武家の娘の菊と書かない」
「武家の娘も菊の名が出たのも、俺が、あの二人に恐怖感を与えたからだ。その時には、時子は、すでに亡くなっていた!!身分も名も聞くことができなかったから、あの方の命令でと書いたんだ。俺は命令とは言え、最愛の妻を殺されて許せなかった!!!だから、両親を殺した。あの方の証拠を掴んでから、その人のことも、殺すつもりだったんだ!!!」
「お前の罪状は人殺し。三人の命を奪った。三日後、一般公開で斬首刑だ」
「待ってくれ!殺したのは二人だ!俺は、斬首でかまわない。だけど、あの方は、きっと菊と言う女だ!その人のことも調べてくれ!!」
「連れて行け」
俺は、牢屋に入れられた。
俺の願いは、聞き入れてもらえなかった。 
あの方と言われた人物は、これからも生きていくのか。
世間を騙し続けて。
そう思うと、悔しくて歯軋りした。

 三日後、町の広場には、多くの人が集まっている。
「人殺し!」
「最低!」
「お前は、人の皮を被った化け物だ!」
四方八方から、罵声が飛び交う。
猿轡を外された。
「おい、開けてくれ!!!」
「お前ら、退け!!」 
声の方を見ると、大将と部下が人混みを掻き分け、前まで来た。
「「「「「肇!!!」」」」」
俺を見て叫んでいた。
大将が役所の人を押し退け、俺の所に来ようとした時、止められる。
「俺は、あの男の命の恩人だ。話をさせろ」
「罪人に、そんな権利はない」
「固い頭だな、役所の人は。罪人は、何も許されないとは酷すぎるだろ」
威圧感のある雰囲気に押され、少しの時間が許された。
「肇。何があった?」
「時子が、両親によって毒殺された。両親は、あの方の命令で、金欲しさにやったらしい。俺に命乞いした時に、あの方の名は菊。武家の娘と言った。〇〇村の端っこに、時子の両親の家がある。そこに手紙があるらしい。俺は、その手紙を持って、あの方と言う奴を殺すつもりだったんだ。時子の両親を殺して、役所の人から逃げている時に、大将と会った。大将、ごめん。時子を守れなかった。それに、こんな情けない最後を見せることになって」
「馬鹿野郎。どうして、あの時、言ってくれなかったんだ。俺らの所から抜けようが、助けるに決まってるじゃないか。息子みたいに思ってるのだから。時子のことは残念だ。肇、今から行われる刑は免れない。だけど、お前の気持ちは、俺が受け取った。来世では、肇と時子が、何の害もなく、幸せになることを願っている」
「ありがとう」
お互い涙を流した。
大将は俺を抱き締めた。背中を軽く叩かれた。
大将の言葉を信用しているが、抱き締められたことで安心感を覚える。
「大将に、皆に会えて良かった」
そう伝えると、役所の人が、時間だと声をかけられ、大将が民衆の所に戻り、一番前で見ている。

 「罪人。井上肇は、妻の時子。その両親の命を奪った。とても許されるものではない。斬首刑を執行する」
役所の人が、罪状を読み上げる。

 時子。俺は死んだら、地獄だろうな。人殺しだから。
俺の意志は、大将が引き受けてくれる。
時子。お互い生まれ変わって、また結ばれるなら、次こそ理不尽なことなく、害もなく、幸せで寿命を全うしよう。
今生で、できなかったことも、いろいろしたいな。
しばらくは、お別れだな。
時子。愛してるよ。

 首を斬られる為に頭を掴まれた時、大将達に軽く笑いかけた。
そして、頭を下げられ、刀が振り下ろされるのを感じた。
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