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終章
歪んだ愛
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***
俺は後悔した。
あの時、肇を追いかけ続ければ、こんな酷い姿を晒すことはなかっただろう。
肇に馬鹿野郎と言ったが、俺は、大馬鹿野郎だ。
肇は最後の願いを、俺が引き受けたことに安心したのか、軽く笑っていた。
それが最後の顔。首と胴体が離れた。首は見せしめの為、括り付けられ、胴体は無造作に荷車に放り込まれた。
そんな雑な扱いに怒りが込み上げる。
しかし、罪人は、それが普通の扱いだ。
今は堪えるしかない。
肇。時間をくれ。お前の願いを叶えてみせる。
「大将。肇と何を話してたんですか?」
俺は、部下に肇が言ったことを伝えた。
「すぐに〇〇村に行き、手紙を見つけろ。あの方の正体を突き止めろ。それと、時子に恨みを持つ人物がいないか探せ」
部下は返事をすると、この場にいない部下にも共有された。
あの方は、菊と名乗ったらしい。
俺は、ある人物を思い浮かべた。
この予想は当たってほしくないが、この感覚は当たる気がする。
もし、そうであれば、俺は腹を括るしかない。
二週間後、部下が〇〇村の時子の両親の家から、手紙を持ち帰って来た。
その手紙の内容は、あの両親が、娘に対する憎悪が増すように。
時子の幸せの境遇を細かく書かれていた。
お金を援助していて、娘を殺せば、お金をさらに渡すこと。
そして、確かに、菊と書いてある。
この字は見覚えがある。
それと同時に、時子に恨みを持つ人物の名を聞いて、手紙を握り締める。
やっぱり、そうか・・・・・。
俺は、その人物に手紙を書き、呼び出した。
一人で行くと部下に伝え、制止を振り切って、待ち合わせ場所に向かう。
その場に着くと、相手はもう来ていた。
「菊」
名前を呼ぶと、相手は振り向き、嬉しそうに笑った。
「孝之。久しぶりね。三十年くらいは経ってる。待ち合わせに、ここを指定するなんてね。懐かしいわね。昔、よく遊んだわ」
「どうして、呼び出されたか分かってるだろう」
「分かってるわよ。時子のことでしょ」
「どうして、こんなことをしたんだ」
すると、つまらなそうな顔をする。
「貴方が、なかなか来てくれないから。結果的に、時子になっただけよ」
「は?」
何を言っている?
結果的に?
俺が怪訝な顔をすると、菊は溜め息をついた。
「貴方は、悪者を討つと言って、私の所からいなくなった。私は、貴方のことが好きなのよ。でも、身分差で結ばれない。貴方は、使用人の子供だから」
「・・・」
「私は、将軍様の側室になったけど、子供ができなかったから、捨てられた。元々無理やり側室にされたから、私には、ちょうど良かった」
「・・・」
「実家に戻ってきたら、家の面汚しと言われたわ。家の連中からも、そう言う目で見られて・・・貴方に、話だけでも聞いてもらえれば、心が落ち着いたかもしれない。それから、私は数々の側室の侍女になった。その時に思ったの。孝之は、悪者を討つと言ってたから、自分が悪者になれば、現れると思ったの」
「・・・」
「だから、妊娠した側室がいれば、わざと流産させたり。濡れ衣を着せて、御殿から追い出されるか、最悪、処罰されるように仕組んだ。でも、孝之は現れなかった」
「・・・」
「そして、時子の侍女にもなった。最初は、庶民に仕えるなんて冗談じゃないと思った。でも調べたら、少しだけ私と境遇が似ていたわね。将軍様も悪者だから、城と御殿に賊が来た時、貴方の所にいる連中じゃないかと思ったわ。確信はなかった。当たれば奇跡だなと思いながら、わざと時子を逃がした。それから私は、時子と肇の名前を頼りに情報を集め続けた。そして、夫婦で仲睦まじく暮らしてることを知ったのよ」
「・・・」
「似てるところがあるからかしら。時子だけは許せなくて。肇は記憶が戻ってる。戻らず、時子を拒絶して心を痛めればよかったのに。捨てられればよかったのに。時子が、菊のせいだとでも恨み言を言えばよかったのに。そうならなかった。だから、時子の両親と文通のやりとりをした。嘘も交えて、時子に憎悪が増すようにした。お金で動く人達だから、扱いやすかったわ。時子、肇、両親も死んだわね。でも、少しも後悔してない。孝之に会えたから」
菊は高笑いをした。
歪んだ心だ。
「俺に会って、殺されるのが目的なのか」
俺は菊を睨む。
そんな俺を不思議そうに見た後、少し考え込んでいた。
「会って話したかったしか考えてなかったわ。そうね。私達も、時子と肇みたいに、逃げ出して夫婦になろうかしら。孝之も、私に気があるところあったから、お互い良いことじゃない」
俺は、菊に近づき、頬を平手打ちをした。
「ふざけるな!!!確かに、菊に気がある時はあった。もう今はない。お前のせいで、どれだけの人が犠牲になった!お前の身勝手さで!俺は、肇を息子のように思っていた。肇と時子が再会して、良い方向に変わっていくのが嬉しかった。肇と時子が抜ける時も、俺と菊の分まで幸せになってほしいと思うくらい。理不尽を受けた二人が、やっと幸せになって、まだまだこれからって時に、今回のことが起きた!!」
「・・・・・」
「菊と言う名を聞いた時、お前じゃなきゃいいと思った。でも、残念ながらお前だった。お前は、歪んでいる」
「私が、謝っても許せない?」
菊は、言葉とは裏腹に悪びれてる様子はない。
「当たり前だ。それに肇と約束したからな。お前を殺す」
「なによ!肇だの、時子だの。もう、うんざりよ!それなら一緒に死にましょう!!!」
菊は懐から、小刀を取り出すと俺を刺そうとした。俺は、その刀を奪うと、菊の胸を刺した。
菊は倒れ込んだが、まだ息はあった。
俺は胸に刺した小刀を抜き、菊の喉元を刺した。そこで息絶えた。
菊の最後の顔は、何と表現すればいいだろうか。
いろいろな感情が入り混じっているように見えた。
目を開けたままの菊の目を、そっと手で閉じさせた。
菊の懐から、俺が出した手紙を取り出し、自分の懐に入れた。
待ち合わせの時、持ってくるように言ったが、守ったんだな。
菊の遺体を見て胸が痛んだ。
菊を刺した感触が今もある。
菊に恋心はないはずなのに・・・。
結ばれない相手だと分かっていた。
菊に悪者を討つと言ったのは、何も言わずに、姿を消すのは嫌だった。
もしかしたら、応援してほしかったのかもしれない。
菊を見かけても、遠くから見てるだけでいい。
穏やかで幸せになってくれれば、それで良かったのに。
俺の行ってることを、また会う口実にしてほしくなかった。
「菊。お前が行ったことは許されない。ただ、俺に会う為とは言え、迷いがあったんじゃないか。自分が気づいてないだけで、苦しかったんじゃないか。最後、後悔してる顔も見れたから・・・俺達、出会わなければよかったな。他に悩みを聞いてくれる人が近くにいれば、こんな結果にならなかっただろう。さよなら・・・・・」
その場を去ろうとすると、冷たい風が吹いた。
俺はもう一度、菊を見て片膝をつくと、菊の手を重ね、乱れた髪を軽く整えてあげる。
そして、菊の前で手を合わせた後、今度こそ、その場を後にした。
俺は後悔した。
あの時、肇を追いかけ続ければ、こんな酷い姿を晒すことはなかっただろう。
肇に馬鹿野郎と言ったが、俺は、大馬鹿野郎だ。
肇は最後の願いを、俺が引き受けたことに安心したのか、軽く笑っていた。
それが最後の顔。首と胴体が離れた。首は見せしめの為、括り付けられ、胴体は無造作に荷車に放り込まれた。
そんな雑な扱いに怒りが込み上げる。
しかし、罪人は、それが普通の扱いだ。
今は堪えるしかない。
肇。時間をくれ。お前の願いを叶えてみせる。
「大将。肇と何を話してたんですか?」
俺は、部下に肇が言ったことを伝えた。
「すぐに〇〇村に行き、手紙を見つけろ。あの方の正体を突き止めろ。それと、時子に恨みを持つ人物がいないか探せ」
部下は返事をすると、この場にいない部下にも共有された。
あの方は、菊と名乗ったらしい。
俺は、ある人物を思い浮かべた。
この予想は当たってほしくないが、この感覚は当たる気がする。
もし、そうであれば、俺は腹を括るしかない。
二週間後、部下が〇〇村の時子の両親の家から、手紙を持ち帰って来た。
その手紙の内容は、あの両親が、娘に対する憎悪が増すように。
時子の幸せの境遇を細かく書かれていた。
お金を援助していて、娘を殺せば、お金をさらに渡すこと。
そして、確かに、菊と書いてある。
この字は見覚えがある。
それと同時に、時子に恨みを持つ人物の名を聞いて、手紙を握り締める。
やっぱり、そうか・・・・・。
俺は、その人物に手紙を書き、呼び出した。
一人で行くと部下に伝え、制止を振り切って、待ち合わせ場所に向かう。
その場に着くと、相手はもう来ていた。
「菊」
名前を呼ぶと、相手は振り向き、嬉しそうに笑った。
「孝之。久しぶりね。三十年くらいは経ってる。待ち合わせに、ここを指定するなんてね。懐かしいわね。昔、よく遊んだわ」
「どうして、呼び出されたか分かってるだろう」
「分かってるわよ。時子のことでしょ」
「どうして、こんなことをしたんだ」
すると、つまらなそうな顔をする。
「貴方が、なかなか来てくれないから。結果的に、時子になっただけよ」
「は?」
何を言っている?
結果的に?
俺が怪訝な顔をすると、菊は溜め息をついた。
「貴方は、悪者を討つと言って、私の所からいなくなった。私は、貴方のことが好きなのよ。でも、身分差で結ばれない。貴方は、使用人の子供だから」
「・・・」
「私は、将軍様の側室になったけど、子供ができなかったから、捨てられた。元々無理やり側室にされたから、私には、ちょうど良かった」
「・・・」
「実家に戻ってきたら、家の面汚しと言われたわ。家の連中からも、そう言う目で見られて・・・貴方に、話だけでも聞いてもらえれば、心が落ち着いたかもしれない。それから、私は数々の側室の侍女になった。その時に思ったの。孝之は、悪者を討つと言ってたから、自分が悪者になれば、現れると思ったの」
「・・・」
「だから、妊娠した側室がいれば、わざと流産させたり。濡れ衣を着せて、御殿から追い出されるか、最悪、処罰されるように仕組んだ。でも、孝之は現れなかった」
「・・・」
「そして、時子の侍女にもなった。最初は、庶民に仕えるなんて冗談じゃないと思った。でも調べたら、少しだけ私と境遇が似ていたわね。将軍様も悪者だから、城と御殿に賊が来た時、貴方の所にいる連中じゃないかと思ったわ。確信はなかった。当たれば奇跡だなと思いながら、わざと時子を逃がした。それから私は、時子と肇の名前を頼りに情報を集め続けた。そして、夫婦で仲睦まじく暮らしてることを知ったのよ」
「・・・」
「似てるところがあるからかしら。時子だけは許せなくて。肇は記憶が戻ってる。戻らず、時子を拒絶して心を痛めればよかったのに。捨てられればよかったのに。時子が、菊のせいだとでも恨み言を言えばよかったのに。そうならなかった。だから、時子の両親と文通のやりとりをした。嘘も交えて、時子に憎悪が増すようにした。お金で動く人達だから、扱いやすかったわ。時子、肇、両親も死んだわね。でも、少しも後悔してない。孝之に会えたから」
菊は高笑いをした。
歪んだ心だ。
「俺に会って、殺されるのが目的なのか」
俺は菊を睨む。
そんな俺を不思議そうに見た後、少し考え込んでいた。
「会って話したかったしか考えてなかったわ。そうね。私達も、時子と肇みたいに、逃げ出して夫婦になろうかしら。孝之も、私に気があるところあったから、お互い良いことじゃない」
俺は、菊に近づき、頬を平手打ちをした。
「ふざけるな!!!確かに、菊に気がある時はあった。もう今はない。お前のせいで、どれだけの人が犠牲になった!お前の身勝手さで!俺は、肇を息子のように思っていた。肇と時子が再会して、良い方向に変わっていくのが嬉しかった。肇と時子が抜ける時も、俺と菊の分まで幸せになってほしいと思うくらい。理不尽を受けた二人が、やっと幸せになって、まだまだこれからって時に、今回のことが起きた!!」
「・・・・・」
「菊と言う名を聞いた時、お前じゃなきゃいいと思った。でも、残念ながらお前だった。お前は、歪んでいる」
「私が、謝っても許せない?」
菊は、言葉とは裏腹に悪びれてる様子はない。
「当たり前だ。それに肇と約束したからな。お前を殺す」
「なによ!肇だの、時子だの。もう、うんざりよ!それなら一緒に死にましょう!!!」
菊は懐から、小刀を取り出すと俺を刺そうとした。俺は、その刀を奪うと、菊の胸を刺した。
菊は倒れ込んだが、まだ息はあった。
俺は胸に刺した小刀を抜き、菊の喉元を刺した。そこで息絶えた。
菊の最後の顔は、何と表現すればいいだろうか。
いろいろな感情が入り混じっているように見えた。
目を開けたままの菊の目を、そっと手で閉じさせた。
菊の懐から、俺が出した手紙を取り出し、自分の懐に入れた。
待ち合わせの時、持ってくるように言ったが、守ったんだな。
菊の遺体を見て胸が痛んだ。
菊を刺した感触が今もある。
菊に恋心はないはずなのに・・・。
結ばれない相手だと分かっていた。
菊に悪者を討つと言ったのは、何も言わずに、姿を消すのは嫌だった。
もしかしたら、応援してほしかったのかもしれない。
菊を見かけても、遠くから見てるだけでいい。
穏やかで幸せになってくれれば、それで良かったのに。
俺の行ってることを、また会う口実にしてほしくなかった。
「菊。お前が行ったことは許されない。ただ、俺に会う為とは言え、迷いがあったんじゃないか。自分が気づいてないだけで、苦しかったんじゃないか。最後、後悔してる顔も見れたから・・・俺達、出会わなければよかったな。他に悩みを聞いてくれる人が近くにいれば、こんな結果にならなかっただろう。さよなら・・・・・」
その場を去ろうとすると、冷たい風が吹いた。
俺はもう一度、菊を見て片膝をつくと、菊の手を重ね、乱れた髪を軽く整えてあげる。
そして、菊の前で手を合わせた後、今度こそ、その場を後にした。
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