愛の形

来栖瑠樺

文字の大きさ
7 / 21
第一章

新たな居場所

しおりを挟む
***
 意識を取り戻すと困惑する。
ここが、どこかも分からないが、何も覚えてない。
小さな隙間から月夜の光が入り、夜と言うことは分かった。
どうして、俺は、こんなに怪我をしている?
必死に思い出そうとするが分からない。
分かるのは自分の名前だけ。
痛む体で頑張って起き上がった時、懐から何かが落ちる。
「折り紙の鶴」  
どうして、持っている?
やっぱり思い出せないが、それが大切な物な気がする。それと他に忘れてはいけない何かがある気がする。
しかし、今は、ここから出なければ。
懐に折り紙の鶴をしまい、立ち上がる。
扉を開けようとしたが、開かない。鍵がかけられている?!
記憶が無い上に、この状況で恐怖を感じる。
俺は助けを求めようと扉を叩き、大声で叫ぶ。
「誰か!いないのか!助けて!!!」
いくら叫んでも人が来る気配がない。声もだんだん小さくなり、立つのもしんどくなる。扉も叩くたびに怪我に響く。叩くのも困難になり、扉を引っ掻いた。
これでは、誰かが気づく可能性は低いだろうな。
そう思った時、扉が開いた。
大人の男達。格好から村の人じゃない。
「おい、お前」
助けを求めていいのか分からないが、体力の限界がきたらしく、何か言う前に気を失ってしまった。


 この音はなんだ?薪が焚き火でパチパチと爆ぜるような音が聞こえる。
「おお、目覚めたか」
「大丈夫か?何があった?酷い怪我だぞ」
「誰か大将呼んでこい」
「・・・・・・」
目の前の男達は、鎧姿に刀を持っている。
どうゆう人達なんだ。
男の一人が飲み物を飲んでるのを見かけて、凝視していた。
それに気づいた男の一人が、竹の筒を持って来る。
俺が起き上がるのを手伝ってくれた。
竹の筒を渡され、中身は水だと言われる。
俺は、しばらく筒を持ったまま、すぐには飲まなかった。
「心配しなくても、毒なんて入ってない」
声の方を向くと、左目に眼帯して鎧姿の男が立っていた。
威厳がある。
「喉が渇いてるだろ。まずは水を飲め」
そう言って俺の近くに座った。
俺は、筒の中の水を飲み干した。その姿を見届けた大将が、話しかける。
「お前、名前は?」
「井上肇」
「その怪我はどうした。どうして、あんな小屋にいたんだ」
「分からない」
分からないと聞いた瞬間、周りが動揺している。
「住んでる場所は覚えてるか。親は?」
親と言われた瞬間、体が震える。
「・・・な・・何も・・・覚えてない・・親も・・・分からない・・怖い」
大将が背中に手を当てる。
「分かった」
「・・・・・着替え」
「ああ。着物はボロボロになってたから、着替えさせた。あの着物捨てていいか?」
俺は、懐に手を入れると、ある物がない。
「折り紙の鶴は?」
「それも前の着物と一緒に保管している。汚れや形も崩れているところがあるぞ」
「返せ!!!」
周りも大将も、驚いた顔をしている。
「着物は、たぶんいらない。でも、折り紙の鶴は返してくれ!大切な物な気がするんだ」
大将は、一人の部下に目配せすると、指示された部下が、おそらく取りに行ってる。
少しすると、部下が赤の折り紙の鶴を持ってきて渡してくれた。
俺は、その鶴を受け取り汚れを着物で擦り、形が崩れているのは、できるだけ綺麗な形に戻そうと努力した。ある程度は元に戻り、その鶴を懐にしまう。
その様子を黙って見ていた大将が声をかける。
「お前にとって大切な物で思い入れがあるんだな」
「・・・どうしてかは分からないけど、この鶴と他に大切なことがあると思う。でも、思い出せない」
すると涙が落ちた。俺が泣いている。
どうしてだ?
大切なことは、泣くほどの価値があると言うことか。
「・・・無理に思い出すのはよくない。怪我も酷いし、しばらく俺らと一緒にいろ。飯は食べれそうか?できるなら、食べたら今日は寝ろ。俺らのことや今後のことは、後日話そう」
そう言って、大将はその場を離れた。
周りの部下が、ご飯を渡してくれた。
怪我をしているせいか気遣ってくれる。食事をして眠りについた。
この男達の正体は分からないが、悪い人達には思えず、警戒心なく眠れた。

 それから皆、かいがいしく世話をしてくれた。
「どうして、こんなに面倒見てくれるんだ?」
不思議だ。記憶喪失で、どんな奴か分からないのに。
「お前を拾ったのも、しばらく置いとくと決めたのも大将だ」
「じゃあ、そのうち、アンタ達はいなくなるんだな」
「さあな」
曖昧な答えだ。
この人達がいなくなったら、俺は、どう生きていこうか。

怪我がだいぶ治ってきた頃、大将に呼び出された。
言われた場所に行くと、大将は河辺に座っている。
「肇。隣に座れ」
後ろに目が付いてるのか?!
どうして、俺だと分かった?!
言われた通り隣に座った。
大将は俺を見て言った。
「どうして、自分だと分かったと思っただろ。足音だ」
「足音」
「一人一人微妙に違う。お前は分かりやすい。俺らとは違うからな」
「アンタ達は、何者なんだ?鎧姿で刀を持ってるが、人殺しか?」
大将は軽く口角を上げた。
「人殺しか。確かにしている。無差別じゃない。俺の独断の時もあれば、依頼の時もあるが、内容次第で引き受ける。手にかけるのは、悪いことをした奴だけだ。世間は賊と呼んでいる」
「・・・・・」
「怖いか?」
「・・・怖くない。皆、アンタの判断で俺の世話をしてくれた。人間は、いろんな面があるだろう」
大将は、目を細め俺を探るように見ている。
「確かに俺が決めたが、アイツら良いところもあるぞ」 
「そうかもしれないな」
「聞き分けが良いな。そんなお前に聞くのは躊躇うが、親の所に戻りたいか?初めは親に怯えていた。記憶が無いお前にとっては、理解が難しいかもしれない。悪いところもあるが、良いところもあるだろう。戻りたいなら、親の所に連れて行くし、手も出さない」
「・・・・・俺の親は殺しの対象か・・・」
「俺から見ればそうだな。肇にとって良い親と思えるのは、いつになるか分からないが・・・。肇は、どうしたい?今後も含めて」
記憶が戻ったら、親の死を悲しむだろうか。記憶を失くしても、怯えると言うことは、死んでも、そんなに悲しまない存在なのかもしれない。
「俺の親が殺しの対象なら、そうすればいい。今後は、アンタ達と一緒に連れて行ってほしい。雑用でも見張りでも・・・言われれば殺しでも」 
「本当にいいのか?その答えで後悔しないか?今は、それでよくても記憶を取り戻したら、後悔するかもしれないぞ」
「この答えでいい。記憶を失くしても親に良い感情が湧かないなら、その程度の存在。それと、俺は、大将達に世話になったから恩返しがしたい」
すると、大将が俺の髪をワシワシする。そして軽く笑った。
「子供が、恩返しなんて考えるなよ。気持ちは受け取った。だけど、条件がある。俺達と一緒に行動するなら、名前を変えてもらう」 
俺は頷いた。
「これからは、石田剛(いしだ つよし)と名乗れ。それと、俺らとの生活が嫌になったら、抜けていい。その時は、元の名前で生きろよ」
「そんなことしたら、困るのは大将達じゃないか。正体を明かしてる」
「余計なことは考えなくていい」
俺は納得しなかったが、大将は、この話は終わりと言うかのように立ち上がった。
俺は大将の後に付いて行く。
これからは、ここが俺の居場所だ。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

いちばん好きな人…

麻実
恋愛
夫の裏切りを知った妻は 自分もまた・・・。

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

新人メイド桃ちゃんのお仕事

さわみりん
恋愛
黒髪ボブのメイドの桃ちゃんとの親子丼をちょっと書きたくなっただけです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

ベッドの隣は、昨日と違う人

月村 未来(つきむら みらい)
恋愛
朝目覚めたら、 隣に恋人じゃない男がいる── そして、甘く囁いてきた夜とは、違う男になる。 こんな朝、何回目なんだろう。 瞬間でも優しくされると、 「大切にされてる」と勘違いしてしまう。 都合のいい関係だとわかっていても、 期待されると断れない。 これは、流されてしまう自分と、 ちゃんと立ち止まろうとする自分のあいだで揺れる、ひとりの女の子、みいな(25)の恋の話。 📖全年齢版恋愛小説です。 ⏰毎日20:00に1話ずつ更新します。 しおり、いいね、お気に入り登録もよろしくお願いします。

処理中です...