【R18】拳銃と犬 〜御曹司とボディーガードの淫らな関係

瀬能なつ

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京介編

2 ❤️

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 社長室に足を踏み入れると、目の前にいる一之瀬尊は、資料の写真で見るよりもやや若く、まだ少年のあどけなさを残していた。

 何よりも、その美貌は、例えようもないほどに見事としか言いようがなかった。

 まるでこの世の物とは思えないほどの真っ白な肌に、真っ赤な鮮血のような唇。純血種のアビシニアンを思わせる、魅惑的な眼差しーー


 尊の放つ妖艶な空気に、京介は一瞬で呑み込まれる。


 ここまで美しい青年を今まで見たことが無かった京介は、視線を尊の顔から動かせずにいた。

 永遠に時が止まったかのような空気が流れたその時、尊は黒革のエグゼクティブチェアの肘掛けに気だるそうに肘をつきながら、

「それで……?」

 と京介に促す。

 京介は、ハッとすると、自分の後ろに控えていた秘書室長に向かって声をかける。

「プライベートな事もお聞きしたいので、少し席を外してもらえますか?」

 その言葉を聞いた秘書室長は一瞬、迷うように尊と京介の二人に鋭い視線を這わせたが、

「分かりました。失礼します」

 と頭を下げて部屋から退出した。

 ガチャンと扉が閉まったのを確認すると、京介はおもむろに胸ポケットから銃を取り出し、銃口を正面の尊に向ける。

 こんな嫌な仕事などさっさと終わらせたかった。




「貴方をお待ちしていましたよ。 田中京介さん。あなたは僕を殺しに来たのですね」

 尊は銃口を向けられている事など一向に気にせずに京介に向かって柔らかに微笑む。

 それは、慈しみ深き聖母マリアのように、聖らかで全てを受け入れる慈愛に満ちた笑みだった。

 さっきまで退廃的アンニュイな雰囲気漂わせていたと思っていたら、次の瞬間には、穢れを知らない無垢な少年の微笑みでこちらに笑いかける。
  
 掴み所のない、圧倒的な尊の存在感に、京介は畏怖すら覚えて、ゴクリと喉を鳴らす。

ーー俺の企みを全て知っていたのか。自分が今まさに殺されそうになっているのを知っているのに、この余裕の笑みは何なのだ?!

 百戦錬磨の、それこそ強面のテロリスト達を数多く挙げてきた京介に怖いものなど無かった筈だったが、其れなのに、拳銃を持つ指はカタカタと震え、引き金が引けずにいた。


    ダメだ。撃てないーー



 一度は銃を下ろしかけるが、頭の中に、

「彼は国を売るテロリストだ。それに妹さんの命も助けたいだろう?」

 竹中局長の言葉が響く。

 京介は勇気を出して再び拳銃を構えて、
 尊に狙いを定める。

 照準の向こうの尊は怯える様子もなく、京介に向かって静かに微笑み続けていた。

 その時、京介の頭にカツンと固いものが当たった。

「それを下ろせ」

 背後で秘書室長の低い声が響き、カチリと撃鉄を起こす音がする。

 銃を扱う者ならば誰もが聞きなれた音だった。

  ブラフでは無い、本物の銃だ!

 京介の背中に冷たい汗が流れる。

 次の瞬間、頭にガツンと鈍い痛みが走り、 京介の体は、社長室の毛足の長い、赤いウィルトン織りのカーペットの上に、ガクリと崩れ落ちた。



 ※ ※ ※ ※


 どれ程の時間、意識を失っていた…?ーー

 気がつくと、京介の体は社長室の応接ソファーの上に寝転がされていた。

 必死で起き上がろうとしてみるが、頭にずくずくと走る痛みで動けない。

 なんとか瞼を持ち上げると、向いのソファーに、さっきの秘書室長が座っていて、その膝の上には尊が乗っているのが見えた。

 尊はクスクスと笑いながら、秘書室長の唇にキスを落とす。

 秘書室長は右手で尊の腰を支えながら、左手は尊のシャツの胸元をまさぐっていたが、やがて、シャツの上から小さな突起を見つけると、そこに爪を立てる。

「んんっ……!」

 堪えきれずに尊が仰け反ると、その唇を秘書室長は捉えて舌を差し入れた。

     クチュ……クチュ……

 互いに舌を絡めあう二人の美しい男たち。

 やがて秘書室長の大きな左手は、尊のシャツの隙間にスルリと差し込まれて素肌を撫でまわし始めた。

         ああ…っ…

 淫らな指先が尊の紅い小さな突起を摘まみあげると、尊の白い喉が気持ち良さそうに鳴る。

「まだ、イクなよ。尊」

 秘書室長が尊の耳元で意地悪く囁くと、

「…っ… えぇ……  田中さんも…気づかれましたよ…うですし…」

 艶かしい吐息と共に尊は答えて頷く。

「チッ! 永遠に眠ってて欲しいぜ」

 秘書室長は舌打ちをすると、まだ意識を朦朧とさせている京介をギッと睨みつける。


  一体、何がどうなっているんだーー

  俺はここで何をしてるんだ……?


 京介は痛む頭を押さえてゆっくりと起き上がる。

 そうだ、一之瀬尊を暗殺する計画でここに来て……


  それで……

  俺は失敗したのだ……

 
 京介はガクリと項垂れる。


  クソッ! 俺はこれからどうなるんだ?

 財閥のトップの命を狙ったんだ、人知れず東京湾にでも沈められるのだろうか……

 この世に未練は無いが、唯一の心残りは優奈の事だ。

「田中京介さん、安心して下さい。貴方を悪いようにはしませんよ」

 まるで京介の心の中を読むようにして、尊は継春の膝の上で、優しく京介に声をかける。

「田中さん、貴方に僕のボディーガードをお願いしたいのです」

 にっこりと、尊は微笑む。

「は?」

 京介は思わず素っ頓狂な声を上げる。

「一体、何を言ってるんだ?  俺はあんたの命を狙いに来た男だぞ」

「えぇ、しかし、それは貴方の意思ではなく、命令ですよね。それならば、僕のボディーガードを貴方の意志で引き受けてくれる事は可能ですよね?」

 尊は秘書室長の首に腕をしなやかに巻きつけ、うっとりとその広い胸にもたれかかりながら妖艶に笑う。

「もちろん、相応の報酬は支払います。そうそう、妹さんの手術は、さ来週に決まりました。明後日には九州へ転院してもらいますので、今日か明日にでもお見舞いに行ってあげて下さい」

(つまり、俺の事は何もかも調べ済みって事か)


 尊の言葉に、京介は腹の中で悪態をつく。

 京介は痛む頭を抱えて呻く。
 俺が今日ここに来ることも尊たちは知っていた。だから社長室までこうも簡単に来れたのか。

 しかし、そう簡単に一之瀬尊の言いなりになって良いのか? まだ尊がシロと決まった訳じゃない。

  悪党の手先にそう簡単になってたまるか!

 京介には警察の仕事に携わる者としての矜持があった。

 尊は京介が首を簡単に縦に振らないのを見ると、美しい指先で、もたれかかっている秘書室長のスーツの胸ポケットから携帯電話を取り出し、どこかへと電話をかける。

「こんにちは。お久しぶりです篠山さん、えぇ、貴方の所の人間を1人お借りしたいのですが」

 尊はそう言うと、話していた携帯をポンと京介に向かって投げる。

「警察庁長官の篠山さんです」

 尊の言葉に半信半疑に成りながらも京介が電話に出ると、受話器の向こうから、聞き馴染みのある声がした。

「君、所属は?」

 京介に尋ねる声は間違いなく、長官の篠山だった。

「はっ!警備局公安課の田中京介です!」

 今にも敬礼をしそうな勢いで京介は答える。

「田中君、君には本日付で一之瀬尊氏の警護についてもらう」

「しっ、しかし、彼には疑惑が……」

「よく聞きなさい、田中君。一之瀬氏は我が国にとって宝のような存在だ。彼の命が脅かされれば、それは我が国もまた危機的状況になる事と同じ意味だ。一之瀬氏に傷一つ付いてはならぬ。命を懸けて全力でしっかり警護するように」

 長官の篠山は京介に念を押すように言うと、電話を切った。

 茫然とする京介に尊が声をかける。

「これで今日から僕のボディーガードをやっていただけますね?」

「し…しかし、一之瀬さん、貴方には大量破壊兵器を流出させているという疑惑がある……」

 弱々しく京介は答える。

「田中さんはその目でその証拠を見たのですか?」

「い、いや……」

 言われて見れば、確かな証拠をこの目で見たことは一度も無かった。誰よりも正義感の強いあの優秀な局長が〝尊はクロだ〟というのであれば、間違いはないのだろうと、疑いもせずに思っていた。

 尊は、混乱する京介に向かって微笑みながら話しを続ける。

「確固たる証拠を見つけたら、その時にこの銃で僕を撃てばいい」
 そう言うと尊は京介の銃をテーブルの上にそっと置く。

 なぜ一之瀬尊は俺をここまで信用してくれるのだ……?

 京介は魂を抜かれたように銃を手に取る。

「ただし、残念ながら僕の命は先約済みなんです」

 尊はそう言って秘書室長を見つめる。

「尊……」

 宝石のように美しい尊の瞳に見つめられ、秘書室長は尊を愛しそうに抱き寄せる。

「尊の命は俺が貰う事になっている。尊が死ねば一之瀬財閥総裁の椅子と金は全て俺の物になる」

 秘書室長はまるで宝物を京介に見せつけるようにして、尊の磁器のような真っ白な頬を大きな手で包み込んで撫でる。

「嗣春義兄さん、貴方が望むなら総裁の椅子も、僕の命も、いつでも差し出しますよ」

 尊は自分を殺すと物騒な事を言い放つ義兄の顔をうっとりと眺める。

「あぁ、だが俺が全てを手に入れるタイミングは今じゃない」

 嗣春はそう言うと、ルビーよりも紅い尊の唇を貪るように奪う。

 尊も負けじと嗣春の背中に腕を回すと、まるで白豹が獲物を捕らえるが如く爪を立てて嗣春の身体を押さえ込む。

 京介は、目の前の二匹の美しい獣が夢中で互いを喰らいあうのを、魂が抜けたかのように茫然と眺め続けるしかなかった。

 その時、 尊の社長デスクの上の電話が

  トゥーッ! トゥーッ!トゥーッ!

 と突然に鳴り、尊と嗣春はハッとしたように体を離す。
  
 二人の口から繋がった銀色の濡れた細い糸がツーッとエロティックに光った。

 尊は腕時計をチラリと覗き込んでから、口元を上品に拭い、嗣春の膝の上からそそと降りると、立ち上がって素早く乱れた着衣を整えて、京介の方に向き直って微笑む。

「申し訳ありませんが、僕は次の会議があります。今後の詳しい事は嗣春から説明を受けて下さい」

 京介に軽く会釈をすると、デスクへと歩み寄り、けたたましく鳴り響く電話の受話器を取る。

「今行きます。それからG社の財務諸表も用意しておいて下さい」

 電話口の相手に尊はキビキビといくつか用件を言いつけて受話器を置くと、まもなくして迎えに来た女性秘書と共に、まるで優雅な蝶が舞い上がるが如く、軽やかな足取りでそのまま部屋を出ていった。

 部屋に残された嗣春と京介は互いに無言で向かい合って相手の出方を伺っていた。

 嗣春は着ていたスーツの上着を脱ぐ。

 すると、脇に拳銃が見えた。継春は、胸のホルスターにぶら下げたその銃を隠そうともせずに、それどころか見せつけるようにして、尊大な態度でソファーに深く体を投げ出して京介を睨みつける。

 京介が警察の人間なんて事は知ったことかと言わんばかりの嗣春の態度は、一之瀬の社長室は治外法権の場所であると京介に暗に知らせているかのようでもあった。

「それで、俺をどうするつもりだ」

 京介も、負けじと睨み返しながら嗣春に問う。

「さっき尊が言ったように、アンタには尊のボディーガードになってもらう。ただし、俺の試験にパスしてからだ」

 そう言って嗣春は胸の銃に手を伸ばす。
 京介はハッとすると、反射的に、持っていた銃を嗣春に向かって構える。

 嗣春は今にも撃とうとしている京介を気にする事無く、自分の銃を取り出し、玉を1発だけ残して全てを取り除くと、シリンダーを数回回転させて、セットした銃を目の前のガラステーブルに置く。

 (ロシアンルーレットでもやるつもりかっ……?!)

 京介は目を見開いてテーブルの上の嗣春の銃を眺める。

「先攻でも後攻でもいい。アンタが1発だけ自分の頭に向かって引き金を引けば、アンタの勝ちだ。アンタが“一之瀬ファミリー”に加わる事を認めてやる。勿論、何もせずに、このゲームを降りて今すぐここを去る事も可能だ。どうする?」

 腕を組んでニヤリと嗣春は笑う。まるで、京介がここから逃げ出す事を確信してるかのような笑みだった。

 京介は暫くじっと銃を見つめていたが、やがて顔を上げる。

「ゲームに参加してもいい。ただし、条件がある」

「なんだ?」

 京介が逃げださない事に、嗣春は少し驚く。

「ボディーガードの仕事をすると同時に、一之瀬尊とその周辺がシロと分かるまで、こちらで独自に捜査させてもらう。もちろんアンタも捜査対象だ」

 凛とした顔つきの京介に、
  (案外、骨のあるいい男じゃねぇか)
 嗣春は思わず、ほぅと見惚れる。

 
「お前が勝ったら好きにしろ。捜査の邪魔はしない」

 嗣春は京介に向かって頷くと、

「それじゃ、先攻でやらせてもらうぞ」

 京介はテーブルの上の銃を取り、銃口を自分の頭に押し付け、引き金に指を当てる。

 俺にまだ運はついているのだろうか? 

 心のなかで京介は問いかける。

 今まで自分の命にあまり執着はしてこなかったが、初めて死ぬのが惜しいと思った。

 理由は一之瀬尊だった。 一目見た瞬間に、俺の心がとらわれたのが分かった。

 あんな人間に会ったのは初めてだ。

 あんなにも、人の心を魅了する人間は初めてだ……

 その気持ちは、恋とか愛とかそんなものじゃないのは分かってる。男同士の恋愛なんざ、俺はこれっぽっちも興味はねぇ。ただ、もしまだ自分に運が残っているなら、もう一度、尊に会いたい。会ってこの気持ちの正体を確かめたい……

 京介は覚悟を決めて目を閉じると、一気に力を込めて引き金を引く。


   カチリ


 空のシリンダーが回り、京介はゆっくりと瞳を開ける。

 生きてる…… 俺は生きてる……

 京介の体はふぅと一気に力が抜け、テーブルに銃を置く。

 その時、まるでショウでも楽しむかのような笑い顔の嗣春と目が合った。

「おめでとう。次は俺の番だな」

  嗣春はそう言うと、京介が置いた銃を手に取り、自分の頭に向け、躊躇する事無く引き金を引く。

 カチリと音が鳴り、今回も弾が空だった事に京介が安堵すると、嗣春はそのまま笑顔で笑いながら、自分の頭に銃口を当ててカチリ、カチリと引き金を引き続ける。

「おっ、おいっ!!」

 気でも狂ったのかッ?! 京介が驚いた次の瞬間、

 パァン!!!

 と破裂音が部屋に鳴り響き、思わず京介は咄嗟に自分の顔を守るように腕で覆う。
  
 やがて恐る恐る閉じていた目を開けると、そこには何事も無く無傷の嗣春が笑って座っていた。

「これはうちで開発した特殊な弾で、音しかしないんだ。尊の部屋を血で汚すわけにはいかないからな」

 嗣春は愛しそうに尊の応接ソファーを撫でる。

「それから、田中京介さん、アンタの銃もここに来る前に予め俺の部下が空砲に変えておいた」

 つまり、警察庁長官だけでなく、警察内部にも一之瀬の息のかかった者がいるって事か。

 京介は脱力するようにソファーに崩れ落ちる。

 嗣春は立ち上がると、力が抜けたような京介を見下ろしながら、

「ようこそ、一之瀬ファミリーへ」

 勝ち誇るような笑顔で、言い放った。
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